ご褒美
十数頭いる馬のうち、狙いの馬が孤立するようにしなくてはならない。
フェルディナンドと息を合わせて群れから引き離していく。
標的が群れからはぐれ駆け出して逃げ回りはじめたところを、フェルディナンドが馬捕り竿に付いている輪になった革紐を馬の首を目がけて振った。
首に紐がかかった馬がバランスを崩し、横倒しになった所へすかさずアリシアが馬から飛び降り標的の馬の背へと跨る。
あ、スカート履いてくるんじゃなかったな。
非番の日は普通に女性用の服を着ているので、今日はもちろんスカートを履いてきている。
祭りも終わってみんな帰って行くところだし、誰も見てないか、と開き直る。
頭絡も鞍も付いていない正真正銘の裸馬。
たてがみをむんずと掴んで、暴れながら立ち上がった馬の上でバランスを取っていく。
フェイントをかけたかと思えば尻っぱねからの急ブレーキ。
背中に得体の知れない生き物が乗っかっていると言う恐怖とパニックで、全力でアリシアを落としにかかってくる。
こんなに激しい動きをしているのにバランスを崩して転ばないとは物凄い脚力ね。絶対種付けさせたい。
アリシアは男の格好をしようとも女なので、力づくで馬を御するにはパワーが足りない。
とは言え、赤子の頃から馬の背の上で育ったアリシアにとっては揺りかごのようなもの。馬の気が済むまでひたすら馬上でバランスをとり、根負けするのを待つ。
そして、10分と経たないうちに馬が大人しくなってきた。
私の勝ちね。
まだ人間の出す指示の意味を分かっていないので自由に乗りこなせはしないが、振り落とそうとはしなくなった。
馬場の中をゆっくりとした駆け足で走る。
「フェルさまー! 食事の件、お願いしますねー!!」
手を振りながらフェルディナンドの方を見ると、その隣には彼の父親、もとい国王陛下が立っていた。
げえっ、ウソでしょ。お祭りが終わって王宮内に戻ったんじゃないの?!
慌てて馬から飛び降りると王の前へ跪く。
「よいよい、服が汚れる。立ちなさい」
「は、はい」
こう言う時、どうやって挨拶していいのかよく分からない。謁見なんてした事ないし。
息子に対する態度を責められるのだろうか。
それとも祭りが終わったとは言え馬に乗っちゃったのってやっぱりマズかったかな……。これってもともとは男のやる儀式だし。いや、フェル様の許可を貰っているし大丈夫なはず。
仕事をクビになるくらいだったらいいけど、本当に首が飛んでいったら困る。
一体何を言われるのかドキドキしながら顔を上げると、王の横でフェルディナンドが面白いものでも見るような顔をしている。
くっそー!
「フェルからそなたの事は聞いている。女の厩番を雇ったとな。以前から気になってはいたが、まさか屈強な男達が乗れなかった馬を乗りこなすとは魂消た」
「あ、ありがたきお言葉にございます」
「ただ、次回からはスカートの下になにか履いた方が良さそうだな」
「……はい。そのように致します」
こうなったら非番の日でもズボン履いてやろうかな。
「何か褒美をつかわそう。何が良い」
「褒美だなんてそんな……」
「陛下、この娘は私に褒美として男性使用人と同じ食事にして欲しいと申しておりました」
それ今言う?! 今言っちゃうの?
この男にデリカシーと言うものは存在しないのだろうか。
後ろに控えている侍従達が笑いを堪えているのか、くくっと言う声が漏れ出ている。
「ハッハッハ、確かに女子はもっと肉付きのいい方が良い。なあフェル?」
「同感ですね」
よし。この2人を今日からエロガッパ親子と呼ぼう。
遠目からみても王妃はグラマラスな体型をしていたので、この親子はそう言う体型の女性がお好みなのかもしれない。
「折角だ。男性使用人ではなく士官兵と同じ食事を出してあげなさい」
「えぇ?! 本当ですかっ?! じゃなくて、ありがとうございます、陛下」
前言撤回。グッジョブ、フェル様。と心の中でガッツポーズをする。
使用人に出された今朝のメニューは豆のスープにケニエルとチーズだったけど、士官の方にはスープにソーセージが1本入っていたし、チーズの他ザワークラウトとパプリカのスライス、パンにはジャムまで付いていた。
「陛下、そろそろ次の予定に参りませんと」
「おお分かった。フェル、面白い厩番を見つけたな。アリシアと申したか。そなたのこれからの活躍を期待しておる」
「はい」
王が去っていくと、ホッと胸を撫で下ろす。
首飛んでいかなくて良かったー。
「良かったなアリシア。士官達と一緒の食事がたべられる」
「良かったなじゃ無いですよ。肝を冷やしたではありませんか」
「父上は面白いものを見るのが好きなお方だから、俺は少しも心配していなかったぞ。それにしてもお前、よくもまぁあんなに暴れ回る馬に飄々とした顔で乗ってられるな」
「あぁ、赤ちゃんの頃から馬の背に縛り付けられて育てられたのでなんて事ないです」
「縛り付けられて? 乗せてもらって、ではなく?」
「ええ。文字通り、ロープで馬の背に括り付けてたそうですよ。ベッドに寝かすより、父の背におぶさるよりも大人しかったからだそうです」
「んん? 母親はどうしたんだ」
この国では母親が育児を一手に引き受ける。でもアリシアに母親はいない。父に育てられたが、父には仕事があるので馬に子供のお守りをさせていたらしい。
「私、捨て子なんです。父とは血の繋がりはありません。ある朝馬小屋へ行ったら赤ちゃんが置かれていたらしいですよ」
「そうだったのか」
「父はその当時、結婚して間もなく奥さんを流行病で亡くしたばかりだったそうで。赤ちゃんが置かれているのを見て、死んだ妻が自分が寂しがらないように天国から贈ってきたんだ、って思ったらしいです。それでここまで育ててくれました」
教会の孤児院にでも預けてしまえばいいものを、赤の他人の子供をよくもまぁここまで育ててくれたよな、と思う。
子供の1人もいなかった父が赤ちゃんを育てるのは並大抵ではなかっただろう。
おっぱいなど出るはずもないので馬乳や牛乳を飲ませ、仕事中は馬の背に乗せて育てたんだそう。
おかげで歩くよりも早く馬に乗ることを覚え、頑丈な身体に育った。
そんなアリシアにとっては、馬が母であり兄弟であり友でもある。だから人の機微よりも馬の機微の方を強く感じ取れる。
「なかなか苦労してきたんだな」
「いえ、父には何不自由なく育ててもらいましたので。孫の顔が見たいってちょっとうるさいですけど」
そんな話をしているとちょっぴり寂しくなってくる。
後で手紙でも出そうかな、と考えながら宿舎へと戻って行った。