馬祭り
「いいなぁ。私も馬祭り見に行きたかったなぁ」
「リリは去年見たんでしょ?」
「うん、でも楽しかったし今年も見たい。早く仕事を終わらせられたら見に行ってもいいって言ってくれるかも!」
目の前に座る少女が、朝食に出されたケニエルと言う大きなパンのスライスにかじり付きながら「よーし頑張るぞー!」と意気込んでいる。
リリはアリシアが仲良くなった数少ない使用人。洗濯係だそうだ。
女の厩番なんて他にいないし、男の格好をしている上、アリシアも人懐っこい性格では無いので女性の使用人達もあまり近づいて来ない。
そんな中リリはアリシアの寝ているベッドのお2階さんと言う事もあって、こうしてちょくちょく話しかけてくれる。
黒い大きな瞳に小さな顔がモモンガっぽい。
「じゃあ早速仕事してくる! アリシアまた夜にね!」
リリは豆の入ったスープにケニエルを浸して一気に口の中に放り込むと、席を立って小走りで洗濯場へと向かって行った。
一人で頑張ったところで終わるのかね、洗濯って。
アリシアもチーズの欠片を口に入れると、祭りが行われる広場へと向かった。
***
絢爛豪華に飾り立てられた広場には、多くの人が集まっている。
聖職者になった第4王子と何年か前に隣国へと婿入りした第5王子はいないが、他の王族はそろい踏みだ。
王太后は御歳78だと言うのにシャンと背筋を伸ばして座る様はさすが。
もともとは鍛冶屋の娘だったが、今は亡き前国王に見初められて王妃になったと言うのは有名な話で、若い頃は相当な美女であったであろう事が伺える。
その血を見事に引いて産まれてきているよなぁ。
みんな揃いも揃って美男美女。目の保養どころか眩しくて痛くなってくる。
現国王の子は6男1女。王位継承権第1位の長男には既に女児1人と男児が2人、第2王子にも2人の男児がいるので世継がいなくて困った、などという問題とは無縁そうだ。
そんな中に末っ子である第6王子のフェルディナンドももちろんいる。普段気さくに話しかけてくるので忘れそうになるけど、やはり、アリシアとは別世界の住人なんだなと思い知らされる。
王族席の他、招かれた貴族たちの席も用意されており、これまたお祭りということもあって華やかな衣装に身を包んだ男女が、時折挟まれる休憩時間に歓談している様子を眺める。
年頃の令嬢がいる者はフェルディナンドに、そして幼女がいる者は王太子の息子に嫁がせようと売り込みに行っているのかな、などと想像をめぐらせてみるとなかなかに面白く、そして面倒くさそうだ。
ただの牧場主の娘で良かった。
あー、ブリーディングしたいなー。
あの子とあの子を交配したら良さそうなんだけどなぁ。
催し物の最中脳内ブリーディングを楽しんでいると、最後にアリシアが1番楽しみにしていた野生馬の乗りこなしをする演目がやってきた。
昨年、新たに士官になった兵が馬場に放たれた野生馬を捕まえて乗りこなすというもの。
馬を扱えるようになって1年目での腕試し、と言ったところか。
もともとはこの国が建国される前の遊牧民だった頃、野生馬を捕まえて乗りこなすのは成人男性の嗜みで女性へのアピールでもあった。
野生下に放牧している自分の馬はもちろんの事、野生馬を乗りこなす事が出来てこそ男の中の男。一人前の男として認められる為の儀式だったんだそう。
それが今ではお祭りの催し物として各地で残っている。
女性へのアピール、と言うのは今でもそうかもね。
逃げ回り、騎乗者を振り落とそうと暴れる馬に果敢に立ち向かっていく士官たちを、女性たちが声援を送り見入っている。
それから多分、王と王太子へのアピールの場でもあるな。
下級士官の内にいい所を見せておけば、上へ上り詰めた頃に王太子が王になっているかもしれない。
アリシアが頭の中で色んな妄想と想像を繰り広げているうちに士官2年目の者たちの挑戦が終わり、馬祭りは閉幕した。
***
「アリシア、祭りは楽しめたか?」
「はっ、はいっ……ふっ……」
馬場にまだ残っている野生馬を眺めていると、フェルディナンドがやって来た。
その後ろではフェルディナンド目当てのご令嬢方が誰から声を掛けるかで揉めているようだ。面白くてつい笑いだしてしまうと、フェルディナンドが怪訝そうな顔をする。
「なんだ?」
「す、すみません。動物に限らず虫でも魚でも、多くの生き物ってメスをめぐってオスが戦いを繰り広げるのに、フェル様の場合はメスが争っていて面白いなぁ、と」
「メスってお前なぁ」
「こほんっ。ところでフェル様、あそこにいる馬たちって捕まえて騎乗馴致するのですか」
馬場に放たれているのは恐らく、ここよりずっと東の方に生息している野生馬だ。
細かい斑点模様にずんぐりとしたあまり見栄えは良くない馬だが、馬のくせして斜面の多い土地に住んでいるため足腰が丈夫でジャンプ力がある。
なのでアリシアも、時々この馬を父に買い付けてもらっては交配していた。
「んー、多方は売り払うだろうな。特にあの左端にいるやつ。あの馬には結局、誰も乗れなかったからな」
野生馬の調教は、人間に触れ合う機会の多い家畜として生まれてきた馬よりも時間がかかる。
手間ひまを考えると王宮で調教するよりも売ってしまった方がいいのだろう。
フェルディナンドが指さす先にいる馬は、どの兵達が挑んでも見事にかわされたり、乗っても振り落とされてしまっていた。
なかなかに手強そうな馬なのでまず王宮に残されることはなさそうだ。
「親父さんところの牧場に欲しいのか? それなら俺が話をつけてやろうか」
「それもありますけど……もし私があの馬を乗りこなすことが出来たら、一つお願いを聞いて下さいませんか?」
「ほぅ、言ってみろ」
「食事を男性使用人と同じにしてください」
アリシアの答えにフェルディナンドがくつくつと笑いだした。
「なんだ、足りないのか?」
「死にそうって訳では無いですけど……」
物足りない。
男性使用人は女性のと食事内容は変わらないけれど、量が1.5倍はある。
アリシアはとにかくよく動くので、あっという間にお腹がすいてしまうのだ。
「なるほど……もっと肉感的になるのも悪くは無いな」
フェルディナンドがアリシアの身体を見ながら呟く。
爽やか好青年の顔をしておいてなに言ってんだドスケベめ。
「分かった。おい、そこの馬2頭貸せ」
フェルディナンドが先程野生馬の乗りこなしに出ていたと思われる兵に声をかけると、借りた内の一頭に跨り、革紐がついた馬捕り竿を手に馬場へと入って行こうとする。
「フェル様が手伝ってくださるんですか?」
「面白そうだからな。早く来い」
アリシアも借りた馬に跨ると、馬場へと入っていく。