嘘つきの隣人
いつも有り難うございます
よろしくお願いします
おのれを愛するが如く、汝の隣人を愛せよ。それからでなければ、どうにもこうにもなりゃしないのだよ。
太宰治「十五年間」より
「やっぱり太宰って苦手」
まだ薄暗い夜明け前。
新聞配達のバイクの音に目を覚ます。
私は隣に眠る男の顔を眺める。
眠る顔さえ好みだ。
男のくせにすべすべした肌、優し気な目元、笑うとちょっと垂れ目気味になるところがまた好き。
私を見つめる眼差しも…私を抱きしめるその手も。
好き。
半年程前にSNSで知り合った人。
映画鑑賞の趣味の話で盛り上がり、上映中の新作を観る約束をして…
でも。
この人は嘘つき。
私はわかっている。
「嘘つきは一生嘘つき」
…と言うことを。
この顔で何人の女を泣かせてきたのだろう。
この男、少し前に二人目の子どもが産まれたばかりの妻帯者だ。
「遥の事が好きだよ」
嘘である。
私を引き留めるための嘘。
私は憎々しくなって、男の鼻をキュッと摘む。
「…んん…」
ふふ。ちょっとは苦しめ。
「ねぇ、起きて…今日は始発で帰ってくれない?その方が奥さんに「仕事で徹夜しても、朝イチで帰りたかった」って言い訳出来るでしょ?」
「…う〜ん…もう少し遥と一緒にいたい…」
男が私の腰に手をまわす。
「嘘つき…あのね、私、明日、ここを引っ越すの。だから今日中に荷物をまとめなきゃいけないのよ…」
「えっ?」
男ががばりと起き上がる。
今の驚きは本当…
「先月の連休に実家の愛知に帰ったでしょう?あれ、こっちを引き上げて実家に帰る相談だったの。父は小さいけれど会社を経営しているから…私は一人娘で会社の為にもそろそろ結婚しないといけないのよ…私もいつまでもこんな関係…」
「…もう少し…もう少し待てないかな…遥を待たせるかもしれないけど…タイミングをみて妻とは別れるから…」
「…嘘つき…そんな気少しもない癖に。奥さんに私との関係もバレたくないでしょう?お互いの為、今日で終わりにしましょう…」
そう言うと、男はしばらく沈黙した後、
「……わかった…」
絞り出すようにそう言った。
私には分かる。
今のわかったは「良かった」よね?
「…うん、ありがとう。ちょっとの間だったけど、凄く幸せだった……」
「コレで全部ですか?」
「はい」
「では…お荷物はこちらの…長野県の住所にお届けでお間違いないでしょうか?」
「はい、お願いします」
部屋を引き払う手続きも終え、私は新幹線に乗った。
「ただいまー」
「おかえり〜!お疲れ様でした。すぐに夕食にしようか」
私の為に並べられたご馳走。
「わー!私の好きなのばっかり!淳史の作ったご飯がどれだけ恋しかったか!主任に東京で6ヶ月の新人研修指導を言い渡された時「私新婚なんですけど!?」って主任を殴りたくなったわ。やぁーっと戻って来れたぁ」
「ははは。俺も結婚してすぐに奥さんが6ヶ月も居なくなるとは思いもしなかったよ」
私はビールの入ったグラスを持ってソファーから立ち上がり、淳史の隣に座った。
「でも私、マメに帰ってきたじゃない。先月の連休だって帰って来たでしょう。……寂しかった?」
「もちろん」
「嘘?」
「本当。愛菜がいなくて寂しかったよ」
淳史が私にキスをした。
淳史は嘘はつかない人。
「私も寂しかった…何よりもあなたが好き」
私は知っている。
嘘つきは一生嘘つきだということを。
拙い文章、最後までお読み下さりありがとうございます
ミカンコン11参加作品です。