第一話 大商人ゾーネ
続くかもわからない暇つぶしの作品です
――メリディエス王国の王城 王の居室――
(嗚呼、なんと醜いのだろう)
この国の王は頭を抱えていた。それは、つい先ほど行われた御前会議でのことであった。
今この国を取り巻く環境は芳しくなかった。長年、中立の貿易国家として、多数の島々と大陸の一部の領土から構成されるこの国は、世界交易の中心地として数百年の歴史があった。戦争が起きれば、そのどちらにも肩入れせず、また、屈強な海軍によって外敵を跳ね除けてきたのである。
しかし、近年強大化の一途をたどる、東のオリエンス帝国が状況を変えたのだ。メリディエス王国の属国化の要求であった。
御前会議はまさに、その一大事に対処するべく開かれたのだった。しかし、貴族や大商人たちの多くは、自己保身のために、やれ金を払って見逃してもらうだの、やれ国の一部をくれてやれだのと言うのだ。
「どうしたものか……」
そう言って、大きなため息をついた時であった。
ドタドタとこちらに近づく足音がした。その音のヌシは見当がつく。
「父上ーーーッ」
割れんばかりの声と強く開かれる扉。王は頭痛がしたような気がして頭を抱えた。
「帝国が攻めてくるというのは本当ですかッ!? 国の一大事ではありませんかッ!!」
部屋に入るなり大声と早口で捲し立てるのはまだ若い女であり、歳は17か18で、長く癖のあるブロンド髪を下した少女であった。これは王女であった。
「ゾーネよ……疲れている父に大声で話しかけるのはやめておくれ」
「父上ッ! うなだれている場合ではありませんよ」
バンッと机を両手で叩く少女。王は体を震わせて飛び起きると、おおよそ我が子に向けるものとは思えない視線を向ける。
「やめないか! 我が娘、この国の王女として恥ずべき振る舞いぞ!」
普段の静かで気の弱そうな王の姿はそこになく、あるのは娘の成長に苦心する父の姿であった。
しかし、当の少女は意に介さないようなそぶりで話を続ける。
「話を逸らさないでください! それで? 帝国についてはどうする御積もりなのですか?」
少女、ゾーネの瞳はまっすぐであった。王はいつも、この目に亡き王妃を見て、目を逸らしてしまうのだ。
「我が国は戦わぬ! ここは金で解決するほかあるまい……」
「相手は帝国ですよ? この国のすべてを欲するに決まっています」
ゾーネは痛いところを突いてくる。王とて、帝国の、それも武勇多き皇帝がこの国を欲していることくらいわかっていた。しかし、戦うという選択肢は、王にとって無いに等しいのだ。
「……」
しばらくの沈黙が部屋を包む。
王は逡巡していた。この国で信用に値するものに、今回の件を任せるというのはどうかと。そして決心が行ったという顔で王は告げた。
「すまない、ゾーネよ。其方に此度の、帝国との一件を収めるように命ずる」
王は力なく、振り絞るようにして言った。
その眼には、無力な己を責める色と、こうして頼りにしてしまう娘への謝罪の色とが窺えた。
しかし、ゾーネはそれを気にしていないといった風で、先ほどまでの元気を取り戻していった。
「お任せください、父上! 必ずや、我ら“ゾーネ商船旅団”が吉報をお持ちします!」
こうして、王国のピンチは、王国一の大商人に託されたのであった。
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