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体にある傷はおそらく鞭で打たれた跡だろう……とても似つかわしくない傷跡が幼子の境遇を想像させた。
「確か森の…それも奥の方で倒れてたんじゃろ?子供を痛め付け捨てるなんて……いや、それとも逃げてきたのかの?」
医師そう言って憤っている。
だが今回は………
「………入ったんじゃなくて、出てきちゃったみたい。」
「………どうゆうことじゃ?出てきたとは森の奥から…つまり未開拓領域からってことかの?」
ただ奥から来ただけならどれほどよかっただろうか…
「違うよ。……………転移者だよ、この子。」
医師は驚きつつも、実際には理解しきれてないような表情をした。
「この辺で分かりやすく言うなら………『悪魔拐い』で連れてこられたんだよ。」
『悪魔拐い』とは人が前触れもなくいなくなってしまう現象の事だ。他の地域では『神隠し』などとも言うらしい。
言葉通りの事なら極端な話、悪魔に拐われた人を助け出してあげればすむ事ではある。
「悪魔拐いとは……子供の頃よく言い聞かせられてたが……まさか拐われた子を実際に目にすることになるとはのぉ……」
ただ今回の問題は拐われた子が転移者であるということ。
別の世界から来た人を元の場所へ帰すことが、今の私にはもう出来ない。
まだ目を覚まさない幼子を引き続き治療院に預け、私は未開拓領域で幼子を見つけた所まで来ていた。
せめて彼女が元いた世界の情報をどうにか得たかったのだ。
結果として、この場所で幼子の世界のことはなにもわからなかった。いくら探索しても彼女以外にこちらに来たものはないようだ。
(でも微かに『歪み』が生じた跡はある………)
周辺の魔物や動物らには変わった影響は出てはいないが、幼子が倒れていた場所すぐ近くの木と地面の草の一部が枯れたように変色していた。
―――――『歪み』
かつてこの世界に様々な異常を起こした現象。魔物や動物、人の突然変異。辺り一帯の空間の変異。大小関係なく世界へ様々な影響を与える危険な現象であった。
特に危険なのが異世界と一時的に繋がってしまう現象であり、最悪、空間一帯が繋がり、異世界の場所に塗り替えられてしまうこともあった。それだけでなく、それぞれの世界から別の世界へ人が来てしまい帰れなくなることだってあった。
今の時代では歪みはほとんど起こらず起きても被害はほとんどが認知もできないほど最小限に収まっているので、歪みが原因で人が消えることはまずなくなった。
翌日から私は治療院へお見舞いへ行っていた。幼子の回復具合を診つつ、少しずつではあるが傷跡を消していった。
幼子が目を覚ましたのは見つけてから四日後のことだった。傍で見守っていたらゆっくりと目を開けたのだ。
「おはようございます。」
起きてすぐの自分の現状に混乱しているのも無理はないと思う。ゆっくりと声をかけた私にきれいな紅い目を向けてきたが、その目にだんだんと恐怖の色がついていってしまうよう見えた。
幼子に少しでも落ち着いてもらうためにしっかりと、優しく手を握る。
「…大丈夫。ここにあなたを傷つけるものはありません。私があなたを守りますから。」
私の思いが伝わったのか幼子は手を握り返し、声を静かに出して涙を流した。
だが、泣きつかれてたのかすぐにまた眠りについてしまった。
少しでも落ち着けたのならうれしいのだが…
少しして駆けつけた医師が様子を見てくれたがやはり体力が充分に回復していないため、しばらくの間入院することになった。
翌日、幼子は自身の境遇を教えてはくれた。だがどうもほとんどのことは憶えていないようで自身の名前はおろか、森の中に来た経緯も「夜に突然部屋の隅が光って、気がついたら森の中だった。」と言うことぐらいしか分からないようだった。
少し意地悪な質問かもしれないが彼女の意思を聞いておかなければならない。
「………そのお部屋に帰りたい?」
幼子はすぐに首を横に振った。
「やだ……っ!」
「………ではどこか行きたいところはある?」
「いきたい…?……………わかんない…………でもっ!あそこはやだ……………」
目に涙を溜めてうつむく幼子の震える手を優しく握り言葉を続ける。
「そっか……………じゃぁ私と一緒に暮らしませんか?」
驚くような表情をしてこちらを向いた。
この子は事情が事情なだけに、孤児院に預けるのは不安が残る。
「えっ………でも……………」
「いやかな?」
「えっと………その…………やじゃない…です………」
「よかった。では改めて………私はヘデラ=ベリーキャンド。これからよろしくね。さっそくだけれど、あなたのお名前どうしよっか?」
いつまでも名無しの幼子では不便でもあるし、思い出してくれるのが一番なのだが…
「なまえ………?わかんない…」
ふと思い出した。
「そっか………なら私からあなたには名前を贈らせて?」
昔仲間達との他愛もない会話のあの人の言葉を。
『はぁ?もし僕に子供が出来たなら?そうだなぁ―――――』
「―――――『イオン』。なんてどうかな?」
「『イオン』……………」
「うん。『イオン=ベリーキャンド』。あなたの名前。嫌かな?」
「ううん!やじゃない。」
「フフ。……気に入ってくれたならよかった。よろしくね、イオン。」
こうして私は幼子…イオンを預かる事になった。あらかじめイオンが寝ている間に周りには彼女の育て親になるかもしれないと言っておいたが、育て親になったと訂正しておかなければならないな。
イオンを拾った日から私の時間は気持ち早く流れ始めたが、多分これからも早くなったままなのかもしれない。