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モンスターより手強いものは……涙をこぼす女性だよ

 既に辺りは暗い。もうあと2時間も経てばギルドも閉まる時間になるだろう。


 そのギルドの中は既にギルド長と受付嬢のユーナしかおらず、ギルド長は奥の部屋でユーナはカウンターでギルド内の事務処理に追われている。


 書類を片手に持って中身を見ながら別の羊皮紙へ必要な情報を記載し纏める。それをギルド内で人がはけてから30分程やっていた。書類整理は問題ないのだが、ギルドの入り口外側からチラチラ中を伺う人物が気になるのだ。


「あの。用があるなら中へ入ってもらえませんか?」


 苦笑気味にユーナが言うと、その人物は「ごめんなさい」と言いながら中へ入ってくる。


 背が低く、金色の長い髪を揺らしながら入ってきた少女はリリアだ。


 法衣の様な服装で2枚ほど重ねて着ているが、その一枚目は白く太ももまであり、これだけだと体のラインをくっきりさせる。二枚目が白と青で作られた服は足膝までありそれを上から被るように着てお腹の辺りを紐のようなもので縛る聖女の服。


 身の丈より長い杖をその右手で持つ。純銀でできたその杖には聖女の力を向上させる文様が刻まれており、シンプルでありながらも美しく見事な作りになっている。


 そして杖先には丸い宝玉が置かれている。その宝玉の中にさらに丸い宝玉が収まっている。二つの宝玉の効果により聖女の力を更に上げることができる完全に聖女用の杖でありこの世に二つとないのだ。


 宝玉だけでも珍しいものだが聖女が使用した場合の能力向上を考えると、この杖の付加価値は計り知れない代物である。しかし、この杖は決して盗まれることはない。それは良くも悪くもリリアという少女の知名度が非常に高いのだ。その広さはホワイトキングダム城や城下町、果ては辺境の村までも名前がいきわたるほどである。その彼女の名前と共に杖についても広まっていることで、もし盗んだとしても売ることは出来ず、逆に城の兵士に捕まってしまうだろう。


「リリア様。どうしましたか?」


 ユーナが意識せずに尋ねるとリリアは困ったような顔をした。


「様をつけるのはやめてください……」


「あ、ごめんなさい」


 しまった。という顔をしながらユーナは自分の口を掌で隠した。


 しかし、本来なら彼女は敬意を持たれてしかるべきなのだし、ユーナ自身も彼女に敬意を払っている。その為、油断するとつい口調が戻ってしまうのだ。


「それで、こんな時間にどうしたんでしょう?グラネスさんも一緒ではないんですね」


「あの方はお父様が無理やり護衛にしたので……。それに私わがままでこの時間まで時間を使わせては可哀そうですから……」


 リリアのことを考えれば護衛も必要だった。それは間違いない。しかしそれは昔の話だ。今ではリリア一人でも戦う力は養われている。


 その為、今では護衛というよりはパーティメンバーの一人なのだ。


「そ、それより!」


 リリアが意を決したように口を開くが、その声は上ずってしまった。


「ダ……」


 ――が、その意気込みは一言目を発した瞬間に消失した。


「ダ?」


 ユーナが首を傾げながらそのたった一言を反復する。


「ダイチさんは……いませんか?」


 ようやくリリアの目的が分かった。彼女は大地を探していたのだ。そしてユーナはピンときた。


 ギルドを飛び出した彼女は時間が経つにつれて冷静になっていく。しかし、勢いで飛び出した手前なかなか戻れない。おそらく早い段階でグラネスとは別れていたのだろう。そうこうしている内にさらに時間は経つし今朝のことを気にしながら街を徘徊でもしていたのかもしれない。そして、顔を出しずらい人がはけた時間帯……つまり、今の時間帯になるのを見計らってからここに来た。最後に大地へ言った言葉を気にしているようで、彼に謝ろうとしているのかもしれない。ここまでをユーナは一気に推測した。


「ダイチさんは――」


 ユーナが口を開いた瞬間、ギルド長がにゅっと横から出てきた。


「これはこれはリリア様」


 その意地悪そうに言うギルド長にリリアはムッとしながら言う。


「ですから。様はつけないでください!」


 ユーナと違いギルド長はからかうように言ってくる。それも一度や二度のことでもないのだ。


「ですけど」


「お願いですから」


「リリア様は聖女様ですし、そもそも大地も口調に気を付けるべ――」


「やめてくださいっ!!」


 張り裂けんばかりの声だ。今日二度目のリリアの大声をだす程追い詰められたのだと感じたユーナはリリアがかわいそうに思えて、絶対零度の視線をギルド長に向ける。


 さすがに言い過ぎたことと、絶対零度の視線とが合わさって罪悪感を覚えたギルド長は謝りつつ話を変えることにした。


「あ~悪い。ちょっとからかいすぎた。っとダイチだったな。あいつはこれに行ったよ」


 そういって軽い口調で言いながら羊皮紙を手渡した。その様子を見たユーナは絶対零度の視線から驚きへと変わっていた。もし彼女の心の中が見れるならこう思っているだろう。「何してんだこのおっさんはああああああああ」である。


「これ……え?……嘘……ですよね?」


 リリアが手に取った羊皮紙――依頼書に目を通す。


 討伐モンスター:アシッドマーダービー

 特徴:巨大な巣を作り、その中で大量のポイズンビーを従える。

 攻撃方法:針で刺されれば内部から肉体を溶かされる他、針から強力な酸液を飛ばす。また、知能が高く強力な風魔法を使用する為、弓などの遠距離をほとんど届くことはない。

 依頼ランク:C


「だって、こんなのに行ったら……ハンターになって二日目のダイチさんじゃ絶対に死んじゃうじゃないですか」


 震えながらその視線をギルド長へ向ける。


「それに、ギ、ギルドの規約で高いランクの依頼はいけないはず……ですよね?」


「あー、それはギルド長の権限でどうにもなるんだ。んで、行きたいって言ったから許可した」


「嘘……だって、森で彷徨う可能性もあるんですよ?ううん、もしかしたらそのほうがましかもしれません。だってだって、このモンスターにあったら絶対に……死んじゃうんですよ?」


 ギルド長の表情から嘘ではないことはわかる。わかるからこそ……もう会えない。 


「それなのに……ダイチさんは――!!」


「ん?呼んだか?」


 その直後、ギルドの入り口のドアを開けて大地が入ってきた。

 ――時間停止のような静寂が場を占める。


「え?え?……ダ、ダイチさん?」


 俺を俺だとわからないとは……まさか?


「おう。俺に似たやつでもいたのか?」


 目を見開いて驚くリリアに大地は笑いながら言う。


 状況が全くつかめないリリアがゆっくりギルド長に目を向けるとそのギルド長は声を押し殺しながら腹を抱えて笑っていた。


 だが、ユーナがそのギルド長に近づいていく。


「ギルド長?ちょっと……やりすぎですよね?」


 再びの絶対零度の視線をギルド長は内心『やべ』と思いながら取り繕う言葉を並べ――る暇はなかった。


「2回……ですね」


「いや、ちょっとやりすぎたけど……や、ちょ、まってくれ」


「2回もリリアちゃんをからかって……やりすぎましたね。待ちませんよ」


 そういうとユーナの手がギルド長の顔へと伸びた。筋肉があるギルド長を体が細いユーナがその顔を掌でがっしり掴み圧力をかけながら上へと持ち上げる。


「ぎゃああああああああああああ」


 身長さもだいぶあるはずなのだが、身長の高いギルド長をユーナが片手でほんの少しだけ持ち上げ、ギルド長がさけんでいるのは本当に異様な光景だった。


「何してんだ……あれ?」


 と、大地は困惑しながらその二人のやり取りを見るが、心の中でユーナは怒らせないように気を付けないと。と心に刻む。


「あの、ダイチさんはこの依頼に行ったんじゃ……?」


 そういってリリアが差し出した依頼書に大地が目を通す。


「いや、読めないから渡されても」


 が、何度読んでもさっぱりわからない。ただ、蜂の絵が描いてあることから先ほど自分がこなした依頼書じゃないかと推測する。


「あ、ご、ごめんなさい。えっと、アシッドマーダービーのCランク討伐依頼書です」


「討伐依頼?あれ、俺は確か蜂の巣の駆除って聞いたけど?」


 若干聞いた話と違うことに大地は首をかしげるがギルド長が「一緒のようなもんだろ」と、痛みに慣れたギルド長が宙に持ち上げられながら言う。


 やべぇこのおっさん。だいぶいい加減だぞ?依頼もEくらいかと思っていたらCだしな。


「そんなのはどうでもいいんです!でも、ダイチさんがここにいるって事はやらなかったんですよね?」


 そのリリアの表情に安堵の色が見えるが、ダイチは素直なのでしっかりと伝える。


「いや、行ってきたよ。ちゃんと終わらせて報酬ももらったしな」


「……え?」


 「なんでそんな無茶するのか!」とか「せめてパーティくらい組んで」とか言いたいことが山ほど出てくるが、それを言う為に口を開くその前に大地が近づいてきた。


「リリア」


「ひゃ、ひゃい!」


 急に名前を呼び捨てで呼ばれ、彼女は緊張した面持ちで返事をする。


「とりあえず腹減ったんだが、リリアも飯まだなら食いに行かないか?奢るぞ」


 確かに気づけば全然ご飯を食べていない挙句、いい時間なのだ。


「でも奢ってもらうようなことしてないです」


「あー、俺一人だと注文出来ないからよ。そのお礼ってことで」


 遠慮しがちなリリアの説得を試みる大地。

 あれ?これってでも絵面てきによろしくなくね?16歳(自称大人)を30のおっさんが飯に誘うってのは……。周りから通報されねぇかな?大丈夫かな?やべぇ、不安になってきた。


 その大地の不安をしらないリリアはクスクスと笑い出した。


「それではお誘いを受けましょう。よろしくお願いします」


 ギルド長はそのやり取りを見逃さず(まぁ視界はユーナの手のひらしか見れないんですけどね)、口を開いて言葉をしゃべり始めた瞬間、ユーナがさらに力を込めた。


「お、二人でデぎゃああああああああああ」


 そんな叫び声をバックに大地とリリアはギルドを出て前回行った飯がおいしい宿屋へと足を進める。



「また適当に頼んでくれるか?」


 大地がそういうとメニューを手に持ちながら見たリリアはウェイターにいくつか注文した。

 そうしてようやく一息ついたときに大地は「あー」と切り出し、リリアは不思議そうに見つめる。


「今朝は……そのよ……」


 ばつが悪そうに言う大地だが何を言いたいのか察する事が出来ずリリアは少し首を傾げた。この1時間ほどで色々と感情の上げ下げが激しかったため怒った理由はほぼ忘れかけていた。そのせいあって大地が何を言いたいのかわかるまで少しだけ時間がかかった。


「……ダイチさんがすごいのはわかりましたけど、でも……なんでそんなに無茶しようとするんですか?」


 すごい神妙な顔で聞いてきてるけど、ここで家が欲しいだけなんだ。って言ったらやっぱり怒るよな。


「まぁ大事なものを買うため。だな」


 そう大人の汚い濁し方を活用して大地が席を立ち、リリアに一歩ずつ近づいたあと視線を合わせるために膝を地面につく。


「悲しませて悪かったよ。これ、その買ったんだが。貰ってくれる……か?」


 30のおっさんが16歳の少女相手に気の利いた言葉が使えるわけもなく、ぶっきら棒に言いながら大地は彼女に渡すために購入したネックレスを取り出す。小さな箱に入れるとか何もしないのはさすがの30おっさんである。


「これを買うために……あの依頼を行ったんですか?」


 その少し気落ち気味の声を聴いて、喜ぶ確率50%、怒る確率50%の賭けに負けたか?と思いつつ様子を見る。


「それで死んだら……しょうがないじゃないですか……」


 賭けは負けだった。ただ、喜ぶでも怒るでもなく、リリアの瞳から水滴がこぼれていた。


「私があんなこと言ったから無茶な依頼に行ったのかもって……怖かったんですよ?」


「悪い。でも大事なものだからな」


 16の少女を怒らせて泣かせたままというのは嫌なのだ。


「だいじな……もの?このネックレスのために命を懸けてきたんですか」


「まぁな」


 命を懸けるなんて大げさなこと言うが、正直大した敵ではない。何せ、この世界にきてノーダメージ継続中なのだからな。俺に初めて傷をつけるやつは一体どんなのやら。


 そう考えるも決して口に出さないのは単純に言ったらかっこ悪いからである。


「もう……」


 再び怒るか泣くかされるのかと思ったが、リリアはその一言の後に目にたまった涙が乾く前にクスクスと笑い始めた。


「ダイチさんってバカなんでしょうか」


 いきなりけなされるとは思わなかった。まぁ頭はよくはないよ?バイトしかできなかったしね?あまり良い大学に行ってないよ?お金も頭もなかったしね。あれ?けなしてるんじゃなくて本当のこと……。グエー。


 自問自答の末、セルフ精神ダメージを受けている大地の傍らでリリアは装飾部分に宝石が埋め込まれている可愛らしい花のネックレスを眺めている。


「あ、あの。ダイチさん?」


 今度は何だろうか?また精神攻撃でもするつもりだろうか?もういっそ食事が来て話が変わらないと俺死んじゃうよ?メンタルポイントが0になるよ?


「どうした?」


「その……」


 なぜか赤面してモジモジキョロキョロと落ち着かない様子で、且つ、言葉に詰まっているリリア。こういう反応はいたって決まっていることがある。例えば、俺の社会の窓が開いているとか!


 大地はすぐさま自分の身なりを確認するが特に変なことは見受けられず、リリアに目を向けた。


「ネックレスをつけて戴けませんか」


 この子正気か!?30のおっさんにすげーハードルが高いことを平然と言いだしたぞ!?いやまて、落ち着け俺。きっとこの世界はこういうのも普通なんだろう。そうだきっとそうだ。


「ダメですか?」


 ああ、まだ涙目だよこの子。こんなの断る勇気ないぞ。


「わかったよ。じゃあ後ろ向い――」


「お願いします」


 大地がすべてを言い切る前にズイッとリリアが前に出てくる。お互いが正面を向いた状態だ。


 まさか、これ以上ハードルを上げるすべがあるとはな。この子は今日戦ったモンスターより断然強い……。


「えーっと。このまま?せめて髪を――」


「お願いします」


 大地が何を言おうとリリアの手は下に置き、全てを任せるといわんばかりにもう一歩近づいてきた。大吐息がかかってきそうなほど近い立ち位置は至近距離という名のリリアの攻撃範囲である。


 くそっいい香りもただよってくるし、目まで閉じてやがる。このままではやられる。かくなる上はこちらも打って出るしかない!


「リリア。失礼するぞ」


 そう言って大地はネックレスをリリアの手から優しく取り、ネックレスの取付先を両方の手でつまみながらリリアの肩辺りから背中の方へ回す。サラサラする髪の毛に触れながらその内側に手をまわした。背中に本の少しだけ手が当たると一瞬だけ体を震えさせてしまう。だがあとは腕を上にあげてネックレスを合わせればそれで終わりだ。――が。


 お、おお、落ち着け俺。いや、こんな若い子にこんな接近した試しなんてねぇから手が震えんだよ!このおっさんになんて事させやがるんだ。


 誰に言うでもない心の中で盛大に言い訳めいた愚痴を叫ぶ。


「あ、あの……」


 その心の叫びとか色々で手が止まっていることに気づいたリリアが目を開ける。が、すぐに目を一瞬だけ右にそむけた。目の前に無精ひげを生やしたおっさんがいるんだ。驚くのも無理はない。


「だ、大丈夫でしょうか?」


 顔を赤くしているリリアが心配そうな声で聴いてくる。


「任せろ。もう少しだけまってな」


 そういって腕を上げ彼女の首の後ろでネックレスを――ネックレスを――ネックレスを――ネックレスが合わせられない。


 いや、え?ナニコレ難しくない?よく元の世界にいた男どもはこんなこと平然とできるな。


 こうなると赤面していた顔もムードもすべてが引っ込んでしまう。


 5回目のトライで出来たころにはリリアは逆に楽しそうな表情で見ていて、離れて座った大地に向かって「難しかったですか?」などと含み笑いで訪ねてくるのだった。

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