恋のスタートライン
あたしは今まで恋をした事がない。
仲のいい男子がいても、せいぜい友達止まり。
そんな男友達のひとりに、格別に仲のいいヤツがいる。
名前は香介。
高校で同じクラスになって、意気統合した男友達のひとり。
本人曰く「女々しいんだか男らしいんだかビミョーな名前」って言ってる。
何か話し掛けやすくて、いきなり名前で呼び捨てにしちゃってたけど、本人は気にしていないみたいだから、そう呼ばせてもらっている。
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香介は、走る事が好き。
実際に陸上部に所属している。
あたし、実際に香介の練習風景を見たけど・・・。
ゴールの遥か先を見て、全力疾走する。
チーターも顔負けなんじゃないかってくらい、速くて力強い。
そんな感じがした。
それは性格にも影響していた。
ずっと先を見ていて、そこに向かって突っ走っていく。
自分の限界以上にがんばっちゃう。
成功したときはまだいいんだけど・・・失敗したら、思いっきりへこんじゃう。
ホント、不器用なやつ。
ちょっとは加減しろっつーの。
そこまではまだいいの。
何であたしがへこんだ香介のフォローに回らなきゃいけないわけ?
野郎同士でじっくり話せばいいのに・・・。
でも、まんざらじゃないのよね。
香介があたしを頼ってくれるのが、素直に嬉しい。
それだけ信頼してくれてるんだろうし・・・。
ありきたりな言葉しか返せないけど、あいつはそれで納得してくれてるみたい。
時々ケンカすることもあるけど、一晩経てばまたいつも通りに「おはよう」って仲直り。
そんな関係。
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夏休みのある日。
香介は、陸上の県大会で優勝した。
数秒単位で二番手を引き離した、ぶっちぎりの大勝利だった。
その時の香介の喜びようったら、もう半端じゃなかった。
飛び跳ね、喜びの雄叫び・・・。
あたし達が止めないと、大変なことになっていたくらいに、香介は喜んでいた。
その夜。
香介から電話がかかってきた。
「また喜びの記者会見かな?」と思っていたら。
「明日さ、ちっと付きあってくんね?」
一緒に遊ばないか?との事だった。
あたしは軽くOKを出し、その日の電話は終わった。
翌日。
あたしは仰天することになる。
日曜日の午後。
待ち合わせ場所にいたのは、香介だけだったのだ。
「・・・みんなは?」
あたしは呆然としながら、香介に聞いた。
「は?俺、お前しか誘ってねえぞ?」
あたしは絶句した。
「ほら、つっ立ってねぇで行くぞ」
混乱しているあたしの手を引き、香介は歩き出した。
あたしは、呆けつつも後ろを付いていく。
今日の香介は、フード付きのノースリーブのプリントシャツに、モスグリーンのハーフパンツ。
足元には、黒のハイカットのスニーカー。
こんなコーディネートだった。
香介の私服姿って、初めて見るんだっけ。
(こんなに印象が変わるんだ)
制服姿とジャージ姿の香介しか知らないあたしにとって、とても新鮮だった。
何て言うか・・・こいつ、おしゃれじゃん。
今まで、何かちぐはぐな感じがしてたんだけど、制服姿だったからなんだ。
これが本当に、香介「らしい」姿なんだ・・・。
それに、今更気が付いたけど・・・
あたし、香介と手をつないでるんだ。
思わず身体が強張った。
「あ?どうした?」
香介が振り向く。
「な、何でもないよ!」
何で香介を正視できないの・・・?
顔が熱い。胸がドキドキする・・・。
あたしはうつむいたまま、香介の後を付いていった・・・。
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黄色と赤のピエロで有名なファーストフード店でお昼ごはん。
その後、デパートへ。
興味がなさそうに見えていたけど、香介は服を見るのが好きみたいだった。
新作の服を片っ端から見ていく彼の表情はとても楽しそうだった。
しまいには、「これ似合うぞ」と、あたしの服のコーディネートまでする始末。
こうして一緒にいると、意外な一面がたくさん見えてくる。
そのひとつひとつを見ていく度に、どんどん香介に惹かれていく自分がいた。
「お前に見せたい所があるんだ」
腕時計から目を離すと、香介はまた私の手を引いた。
「ちょ、ちょっと!」
さすがに冷静になったあたしは、声を上げた。
「早くしろよ、時間のタイミングがシビアなんだ」
そうじゃなくて!手!手!
結局言い出せずに、あたしは香介に引きずられるようにして、歩いていった。
着いたのは、砂浜だった。
「到着」
そこから見えたのは。
真っ赤な夕焼け空。
夕日色に染まった海。
そして、少しずつ水平線に沈んでいく夕日。
美しい、一日の終わりの風景。
「うわぁ・・・」
「俺、お前にこの景色を見せたかったんだ」
感嘆の声を上げるあたしに、香介は自慢げに言った。
話している間に、夕日が完全に沈んだ。
幕を引くように、空がラベンダー色から夜色へと変わっていく。
「すごい・・・」
「ロードワークしてて、偶然見たんだ。地球ってホントに回転してるんだって実感したよ」
へへっと笑い、ふと真面目な顔になった。
「今日、お前を誘ったのはさ、学校以外での俺の事を知って欲しかったからさ」
「そ、そう・・・」
ぎこちなく頷くあたし。
「それと・・・」
一呼吸置いて。
「俺の気持ちも、お前に知って欲しかったんだ」
「え?」
私は目を見張る。
「俺さ、お前好きだよ」
・・・あまりにも突然すぎて、思考が停止する。
「何だかんだで、いつも俺をフォローしてくれてさ。ありがたいって思ってんだぜ?
なんつーかさ、俺、鉄砲玉みてぇなヤツだろ?」
それは確かに否定しない。
でも、言葉にできない。声が出ない。
仕方なく、私は頷いた。
「だからさ、俺の側にいてほしいっつーか・・・ブレーキ役でいてほしいっつーか・・・俺と付き合ってほしいんだ」
香介の告白に。
あたしは涙を流して頷く事しかできなかった。
「OKって受け取っていいんだな」
あたしは何度も頷く。
「サンキューな。『勇子』」
そう言うと、香介はあたしの頭を撫でたのだった・・・。
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付きあい始めたはいいけど・・・。
あたしは初恋。
右も左もわからない。
思っている事が伝わらなくて衝突するなんて事はザラ。
でも、今日は一段とド派手なケンカをしてしまった。
それは香介とのデートの時、待ち合わせの駅を間違えていることに気づかず(似たような名前の駅だったの)、待ちぼうけを食わされた私は、香介を責めてしまったのだった。
冷静に考えれば、香介の方が正しくて、携帯を忘れた上に勘違いしていたあたしが完全に悪いんだけど・・・。
引くに引けず、今香介と断絶状態になっている。
「おねーちゃーん・・・」
「ん?どしたの?」
タバコをくわえながら、姉が振り向く。
あたしは困った事があると、大体は姉に相談する。
あたしはこれまでの顛末を全て話した。
「・・・ふーん。それはあんたが悪い」
「う・・・だよね」
私は肩をすぼめた。
「だったらさっさと香介君に謝んな」
「・・・うん」
私は姉の部屋を後にしようとしたが・・・。
「勇子」
姉が呼び止めた。私は姉の方を振り向く。
「頑張んなさい。自分の気持ちに正直にね」
あたしは黙って肯いた。
何だか楽になった気がした。
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こーすけ
件名:ごめんね
本文:
あたしが悪かった。
本当にごめんなさい。
こんな事、言い訳にしかならないけど・・・
あたし、初めてなんだ。
男の子を好きになったの。
友達の間が長かったから、分かりきってると思っていて、うまく伝わらなかったのが悔しくてつい口をついちゃって・・・。
本当にごめんなさい。
正直あたし、こーすけとどう接してたらいいか、わからなくなっちゃったよ・・・。
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送信ボタンを押す。
やっと、メールを送れた。
裕に30分の時間が経っていた。
その日、返事は来なかった。
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翌日・登校日。
何とも重たい気分で登校した。
香介とは同じクラスだ。嫌でも会わなきゃいけない。
どうしよう、気まずいよー・・・。
足取りも重くなる。
近道である路地裏に差しかかった時。
「ひゃ!」
何かにつまづき、私は転びそうになる。
何とか踏みとどまって、振り向くと・・・
「香介・・・」
香介が電柱に寄りかかっていた。
「何ぼさっとしてんだよ。寝ボケてんのか?」
一気に頭に血が上った。
「う、うっさいわね。寝ボケてなんかないわよ!大体メールの返事もよこさないで・・・」
「直接口で言いたかったんだよ」
あたしの言葉をさえぎり、香介が口を開く。
あたしは口を閉じた。
「俺だって女の子と付き合うのは初めてだぞ?」
「うそでしょ・・・」
私は驚いた。
だって香介、部活とかで、いろんな女子から声かけられてたんだよ。
「嘘じゃねえよ。お互い初めて同士なんじゃん。かえって俺、安心したよ」
そう言うと、香介はあたしを抱きしめた。
「カレカノだろうが、友達だろうが、付きあい方なんて変わんねーと俺は思うんだけどなぁ」
・・・
あたし、考えすぎてたのかな?
恋人になると、何か友達とは違う「何か」になるとか・・・。
「そっか。今まで通りでいいんだ・・・」
「そーだよ。それと、俺も悪かったよ。ごめんな」
香介の言葉と温もり。
香介は悪くないのに。
腕の中で、あたしは恥ずかしくって、嬉しくって、ちょっと胸が痛くって・・・すごく優しい気持ちになれた。
「ばか」
口ではそう言ったけど、あたしだって感謝してるんだからね。
人を好きになる事の喜び。
あたしに「優しくなれる心がある」って知れたこと。
じんわりとした、温かくて深い想い。
みんな香介が教えてくれたんだもん。
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右も左もわからないけど。
香介と一緒なら、未知の世界を歩いていけそうな気がする。
迷っても、手さぐりで進んでいけばいい。
初めてなんだから、わからなくて当然だもんね。
でも、ひとつだけ変わらない事。
香介が、何かにつまづいてへこんだ時は、絶対にあたしが守るから。
この事をはっきりと言えるようになるには、もう少しの月日を必要としたんだけど・・・。
恋のスタートラインに、あたし達は今立ったのだった。
「恋のスタートライン」。最後までお読み頂きありがとうございました。
「高校生の恋」を扱った作品作りに挑戦してみました。
私こと「山菜歩」が恋愛系の創作をするとなると、実話系が多かったりします。
あんまり、「夢のある恋物語」を書くことが出来ないんです。
そういう意味でも挑戦だったのですが・・・。
これは本当に作るのが大変でした。
いかがでしたでしょうか?
ご意見・ご感想がございましたら、是非是非お願いします。