天才の子供たち2
「……子供? 見たことねぇ奴だが」
こんな場所に子供がいるのは自分くらいだと思っていたので、彼は不思議に思って彼に近づいた。
「ん?」
「あ?」
彼によってきたのはチェインだけでなく、もう一人いた。
その人物もまた、チェインと同じくらい年齢の少女だった。
チェインは彼女に見覚えがあった。
「お前は……パスカル・ユディットか」
「え、私の僕の名前知ってるの? うれしいなあ。そういう君は……ええっと、テレビで見たことあるような」
「チェイン・サイディスだ」
「そうそう! 確か100年に一度の神童とか言われてて、40ヶ国の言葉を話せるんでしょ!すごいなあ」
「ふん」
チェインは、このパスカルなら船に乗っていてもおかしくないと思った。
世界最高峰のプロのチェス大会で45連勝の圧倒的王者で、連日勝つたびに報道されている。知らない人間の方が珍しい有名人だ。
チェインも同じくらい有名なのだが、パスカルはすぐに思い浮かばないあたり世間にそれほど関心がないのかもしれない。
「ん? 君たちは……」
自分の周りに人が集まってきたことに気づいた少年は、観察するようにチェインとパスカルを見た。
「こんばんは。なんか、僕と同じくらいの子見つけたからつい気になっちゃってさ」
「こいつと同じく」
パスカルは話しかけるやいなや、ずいと初対面の少年に詰め寄る。
「ねえねえ、名前教えてよ! 僕はパスカル・ユディットっていうんだ。君は?」
「イクス。イクス・バーナーズリーだよ」
チェインは値踏みするようにイクスをじっくりと見た。
どこか冴えない感じで、パスカルと違って見たこともない顔だ。
ぱっと見ではこの船に乗る資格があるようには思えない。
「単刀直入に聞くが、てめーはなにもんだよ。お前も何かしらの特技があんだろ」
「……僕はただの技術屋だよ。物を作ったりしてそのアイデアを売ったりしてる。ああ、これだと発明家に近いのかな」
「発明家だと? イクス……聞いたことない名前だな」
「それはそうだろうね。仕事では別の名前使ってるから。”イズ・トーマスブラッドリー”って聞いたことある?」
「イズ・トーマスブラッドリー……。まさか、あのイズか? ……ぶはっ!」
チェインは思い浮かべた人物像と、目の前の冴えない少年と照らし合わせ、腹を抱えて笑った。
「冗談言うなよ。世紀の大発明家”イズ・トーマスブラッドリー”。超希少な合金を安定して生成できる製造法を確立したり、個人のDNAを採取して、その人物にあった臓器を培養することなど。文字通り世界を変えるような発明をし続けているあの”イズ”だって? それがお前みたいな子供なんて、誰が信じるっていうんだよ」
「……まあ信じろとは言わないけど。どうでもいいしね」
しかし、馬鹿にしたように笑うチェインと違って、パスカルは真剣に称賛するように彼の手を握った。
「へええ! 君がイズだったんだ。正体不明の孤高の発明家、って感じだったけど、まさか同じ子供だったなんてなー」
「おい、まさかこいつの言うことを信じるのかよ」
「信じるも何も、こんな噓をついてどうなるのさ。それにこの船に乗ってる子だよ? 本当のことだと思うけどな」
「それはそうかもしんねーけど……」
「それでそれで? なんでイクスはこんなところにいるの?」
「くだらないパーティーから抜け出したかっただけだよ。低次元な話が耳に入るような騒々しい空間にいるより、静かな甲板で次の発明の構想を練っている方が有意義だ」
「わあ、一緒だね! 僕も試合がつまんなくなって抜け出しちゃったんだ。はらはらする展開じゃないと飽きてきちゃうよね」
「君のことは分からないが……。自分より優秀な人間がいなくて退屈している、という点に関しては同じみたいだね」
チェインは黙っていたが、彼らと同じことを考えていた。
全く分野の違う三人だが、”自分より優秀な人間がいない”この点に関しては共通の認識を持っている。
イクスはチェインに対して口を開いた。
「もしかして、君もそうなのか?」
「ああ、まあな。あまりにも周りのレベルが低すぎて喋ってたらこっちが馬鹿になりそうだ」
「あはは、僕たち似た者同士だね!」
偶然出くわした三人だったが、初対面であるというのに妙に気が合うような、そんな連帯感というものを口に出さずとも三人は感じていた。
「だが実際問題、どうしようもないよな。この船にいても頭脳が同じくらいの奴と話ができなかったくれーだし。やっぱ、そんな優秀な人材そうそういないってことかもな」
「うん、そうだねえ。僕もとっくの昔に同じ業界の人はあらかた倒しちゃったし。今のプロの卵たちも育つまで何年かかるやら……」
ここまで大方同意していたイクスだったが、二人の会話に首を傾げた。
「なんで最初から他人に期待してるの?」
「は?」
「え?」
想定外だったイクスの言葉に、二人は言葉を失った。
「だってそうだろう? 僕たちは特別だ。正直、そこらの”天才”って言われてる人たちを集めても僕には敵わない。それが分かっていて、どうして彼らに期待できるっていうのさ」
あまりのぶっ飛んだ考えに、チェインは全く反応できなかった。
(こいつ、自分より生物として優秀な人間がいないなんて本気で思ってやがる……)
今まで持論であらゆる人物をねじ伏せてきたチェインだったが、何も返すことが出来ないというのは初めての経験だった。
「じゃ、じゃあ僕たちは我慢しろってこと?」
「いや、そうは言ってない。なければ作っちゃえばいいんだよ。”僕たちを軽く超えるような人工の頭脳”をさ」
イクスは平然とそんなことを言った。
作るという発想はチェインもパスカルも考えたことがなかった。
「こいつが完成すれば世界は大きく変化する。僕、そして君たちなんて軽く越しちゃうような、凄い頭脳がさ」
「イクス、てめーはそれを作ってどうするつもりなんだ」
「同じ優秀な頭脳として刺激を受け、己を高める。そして、改めて僕が”上”だと証明する」
チェインは今までに感じたことのない感情をイクスに対して抱き始めていた。
それは全身に熱いものが駆け巡るような、始めて他人に興味が湧いた瞬間だった。
(なんだこいつ……むちゃくちゃ”面白れぇ!”)
「クハハッ、いいじゃねーか! 実力を認めた上で、その上からねじ伏せる! ……おい、イクスっつったよな?」
チェインは拳を握りしめる。
「その人工知能絶対に完成させろよ! んで、俺もそいつをぶっ潰す!」
「ああ、もちろんだ。僕を誰だと思っている?」
イクスはニヤリと笑みを浮かべた。
「世紀の発明家”イズ・トーマスブラッドリーだぞ」
そしてこの時から三年後、イズ・トーマスブラッドリーは超高性能人工知能”エルス”を生み出した。
エルスによって繫栄を享受したこの国は、たった五年で世界トップの文明どころか、今後三百年先の文明レベルまで達したとされている。
この状況に危機を覚えた政府は、人工知能に対抗しようと画策した。
そうして生まれたのが人類から様々な分野に最も優れた人間十人で構成される組織、番号付き(ナンバーズ)と呼ばれる集団だった。
彼ら三人が八年という時を経て再び集まるのは、そのナンバーズの最初の集会時である。