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天才の子供たち



ここはとある海上に浮かぶ豪華客船の中。


世界でも片手の指に入る資産を持つもの、そして某国の首脳など人類にカースト制度を設けたならば、頂点に立つようなものがひしめき合う舞台だ。


乗客二人は、テーブルに並ぶ世にも珍しい食材や、豪華絢爛な食事を口に運ぶ。


「ふふ、私もついにこの船に乗ることが出来るようになるとは……。全く、人生とはどうなるか全くわからんもんだ」


「まあ、凡人はこの船に乗るどころか存在すら知らないような場だからな」


「今夜は最高峰の料理と人間がそろう場。存分に楽しませてもらいましょう」


乗客は先ほど見たものを思い出し、怪訝に眉間にシワを寄せる。


「そういえば、この場に似つかわしくない子供が何人かいたようだが……。彼らはなんだったのだ? 家族といえども子供は入れない決まりのはずだが」


「ああ、彼らをご存知ないのですね。恐らくその一人はパスカル・ユディット。年齢12歳にして、チェスの世界チャンピオンとなった少女のことでしょう。余興として元チャンピオンと試合をするらしいですぞ。よろしければ見に行きますかな?」


彼の視線の先はホール中央に注がれている。


そこには、まだ幼い少女と壮年の男がチェス盤を挟んで対峙していた。


男は髪をかきむしり、盤面を睨みつけている。


「ぐっ、まだナイトでキングを守れば……!」


「ううん、もう積んでるよ。おじさん」


少女はまるで遊戯をしているかのように笑顔を浮かべてそういった。


「な、なにをバカなことを! まだ負けが決まったわけではない。私を馬鹿にしているのか!?」


「別に馬鹿にしてるわけじゃないよ。40手先、こっちのルークでチェックメイト。これは運命ってやつだね」


「よ、四十手先だと? バカバカしい、そんな先のことが分かるはずがない。勝手なことを言いやがって!」


「まだ分からないの? 僕、勝ちが決まった勝負ってあんまり好きじゃないんだけどなあ」


そして、暫くしてから。

少女は盤面に駒をおき、にっこりと笑った。


「はい、チェックメイト。ね、合ってたでしょ?」」


男の駒を持つ手が、小刻みに震えていた。

どう盤面をにらんでも返せる手段は残っていない。


「……きっかり40手、そして本当にルークで積みだと? あ、ありえん。……俺の負けだ」


男が降参すると、客席から歓声が上がる。

少女は手を振ってそれにこたえつつ、立ち上がった。


「あはは、また僕の勝ちー。これでチャンピオンになってから五十連勝かな? いや、公式じゃないから含まないのかな……。まあいいや、そろそろ飽きてきたし行くね! 今日は楽しかったよおじさん」


男は十年間チャンピオンの座を守り続けていた実力者だった。

しかし、ある時現れた少女にあっさりとその座を奪われることとなる。


「化け物め……」 


男は去りゆく小さな背中を見つめてそう呟いた。






場面は代わり、密室のVIPルーム。


二人の経営者は、それぞれの利益を得ようと水面下に出し抜きあいのレースが始まっていた。


「それで我々との取引だが、こんな内容でどうかね?」


男は契約内容を記載した文書を見せる。


メガネをかけた中年の男がそれを受け取った。


しかし、書かれているのは彼の母国語でない字だ。それを見て男は顔を曇らせ、隣にいる少年に見えるように文書を動かす。


「あの、チェイン君。これなんて書いてあるのかな?」


様々な言語を操れる少年は、その文書を見て怒りが湧いてきた。


少年は、依頼者の男に分かるように翻訳してその内容を聞かせる。


「ーーって訳だ。マージンとして利益を向こうに四割持ってかれる。あんた、足元見られてんぞ」


「な、なんだって? ……けれど、それも仕方ない。向こう側は世界を股にかける有名企業の経営者、我々が対等に交渉出来るはずもないだろう」


「あ? 諦めんのかよ。明らかに取引として釣り合ってねーだろ」


「だが、我々が大企業と取引できること自体が既に破格の条件なんだ。これ以上無理を言うには……」


「チッ、あんただってこの船に乗れるくらいの人間だろうがよ」


煮え切らない態度に、少年は我慢できなかった。


この依頼主の依頼はただ商談を翻訳することだったが、目の前で相手にいいように吹っ掛けられるのを見ているだけというのは性に合わなかった。


契約書を男から奪い取り、いかにもやり手風の初老の男を真正面に捉えた。


「おいおっさん、この四割持ってくっつう話だが、舐めてんのかてめーは。あんたの負担する労力と、こっちの利益率が全く釣り合ってねーように思うが?」


普通なら子供の戯言と処理されてしまうところだが、少年にはそうさせないだけの凄味があった。


「……そんなこと当然だろう。私とあなたたちとでは立場が違う。我々と取引できるだけでもよしとしてもらわねばな。別に、この取引の話自体を無しにしてもよいのだよ」


相手側の通訳が彼の言葉を翻訳する。

依頼主は顔を真っ青にした。


「こ、困るよチェイン君! "anazon"は今までにないくらいの太い取引相手、もしこれで機嫌でも損ねてしまったら……」


「安心しろ。この商売は勝てる戦いだ」


少年はニヤリと笑い、初老の男を見据えた。


「クク、おっさん。さっきは「取引を無しにする」とか言ってたよな、本当にそうか?」


彼は眉をひそめた。


「こっちの扱ってる商品は電子部品関係だ。俺が見たところ、技術もコストパフォーマンスも突出してる。だが、調べたところあんたらの事業の中で電子部品は伸び悩んでる。だろ?」


「……!」


相手はポーカーフェイスを保っていたが、明らかに動揺をしているのを少年は感じ取った。


機密情報のようだったが、彼の情報網を持ってすれば知ることは容易い。


「クク、商売ってのは情報戦だぜ? ちっと交渉の前に相手のことは調べつくす。こいつは常識だ。んで、あんたらの立場からすればこっちの商品は喉から手が出るほど欲しいはずだ」


「……なるほど、こちらの状況はお見通しというわけか。仕方ない、条件の見直しをしよう」

初老の男がペンを持ち、書こうとするが少年はそれを手で止めた。


「おっと、いつまで自分が支配する立場にいると思ってんだ。こっちが決めるに決まってんだろうが」


少年は初老の男からペンを奪い取り、紙にスラスラと書き留めた。

そして、それを男に突きつける。


「ま、こっちの提示額はこんなもんだ」


「ば、バカなことをいうな! こんなもの、こちらが大損じゃないか!」


初老の男は、真っ青になって声を張り上げた。


「あ? なら別にこの話はなかったことでいいんだぜ。いこうぜ、メガネのおっさん」


依頼主の肩をたたき、その場を後にするしぐさを見せる少年。


すると、初老の男は慌てて少年の肩を抑えた。


「ま、待て! わ、わかったから。この条件で認める……! 認めるから!」


完全に立ち位置の入れ替わった二人。もはや、どちらの立場が上なのか分からなくなるほどだった。


少年は悪魔のような笑顔を浮かべると、契約書にサインをさせた。


「交渉成立だな。じゃ、お互い時間は有限だし俺たちはさっさと退散させてもらうぜ」


悔し顔の初老の男を差し置き、少年とメガネの依頼主はVIPルームを後にした。


依頼主は顔を輝かせて少年に詰め寄った。


「す、素晴らしい! まさかあれほどの大企業相手にこれほどの好条件を得るなんて」


「あんたの商品の価値と向こうの状況照らし合わせて、当たり前のことしただけだぜ。商売ってのは公平じゃなきゃな。ま、”ちっと”こっちが有利だったかもしれねーがな」


「本当にありがとうチェイン君! 本来なら通訳だけの報酬といったところだが、その何倍も金を出させてもらう!」


「別にいい。俺が勝手にやっただけだしな。通常の仕事分だけ口座に振り込んどいてくれ。じゃ、俺の仕事はここまでだから」


「ありがとう、本当にありがとう!」


依頼主は背を向けるチェインにいつまでも頭を下げていた。


彼の姿が見えなくなると、チェインはため息をついた。


「はぁーあ、つまんねえ」


甲板に出た彼は、手すりに手を置いて真っ暗の海原を見つめる。


「世界有数の金持ちや権力者が集まるこの場に来れば面白い奴に会えると思ったんだがな」


チェインはこの国、ニルヴァーナの神童とも呼ばれていた。だがそれ故に周りの子供たちと話が合わず、また彼自身もそのレベルの低さにうんざりしていた。



そしてこの船にいる人間に期待したわけだったが、世界有数の経営者があの程度なら他の乗客のレベルも知れている。


やはり自分と同じ程度の人間などいないものか。


そう思ったところでふと、チェインは一人で同じように海を見つめる少年を見つけた。

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