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ドロドロに溶かして蓋をしよう

作者: 冬樹 春

「好きだよ」

 その言葉が自分の口から出ているものだと知るには、数秒の時間が必要だった。

 目の前の男は先ほどまでの動きを止め、驚いたように目を大きく開けて私を見ていた。私の脳内もクエスチョンマークでいっぱいだった。

「えっ……と、え?」

 普段は澄ました顔でなんでも行う目の前の男が、私の言葉で呆然としている様子を見るのは、とても愉快だと思った。

「もしかして、ラブの方の好きだとでも思った?」

 私はからかうように言った。

 心臓がズキズキ痛むのはきっと気のせいだろう。

「だ、だよな!良かったぁ。お前とも友達じゃいられなくなるなんて、辛いからな」

 男はほっとしたように胸を撫で下ろす。

 この男はとてもモテる。左右均等に整った美しい顔は、まさに物語に出てくる王子様のようだし、勉強も常に学年トップスリーに入っているし、所属しているバスケ部には、実力者揃いと言われているのにも関わらず、エースとして君臨している。

 まさに完璧超人。アニメや漫画の世界からでてきたのか、と思うほどに彼は完璧な男だ。

 そんな彼から『友達』から告白されたら、その友達とは縁を切る。それが、お互いにとって一番いいから、と言っていたのを聞いたのは、もう随分と前のことだ。

 この男は好意を、もっと言うと恋愛感情を向けられることに嫌悪感を覚えるらしく、告白の後、『友達』として振る舞えなくなってしまう。

 そう説明し、縁を切ろうとした彼に、その後も『友達』でいようとした女がいたが、その扱いは酷いものだった。

 受け答えはしてくれるものの、彼の『人懐っこさ』が完全に消え、必要最低限の相槌しか打たなくなり、普段は優しげに微笑む顔も、完全に無表情となり、その女はすぐに傷ついた顔をして離れていった。

 その後も数人はそんな人がいたが、この話が広まると、ほとんどいなくなり、最近では告白すらも減っている。

 なぜそんなに『恋愛』を嫌悪しているのか、と聞いたことがある。

 彼の母親は男を見る目が無く、すぐに恋に落ちてはその感情を利用されて、多額の金を吸い取られてしまっていたらしい。

 そんな母親も数年前に他界し、今は親戚夫婦の家に住んでいる。

 親戚の家、というといびられたりなどしてあまり歓迎して貰えなさそうだが、彼のずば抜けた容姿と才能、天性の人懐っこさで親戚との仲は良好に見えた。

 と、言うのも私が彼の家に遊びに行ったことがあり、その時に義理の両親にもあったからだ。彼らは人の良さそうな顔をしていたし、子供もいないと言うことだったから、たとえ彼が普通の子だったとしても、邪険には扱われないだろう。

 と、ここで私の話をしよう。

 私は極々普通の一般家庭に生まれた女で、特に飛び抜けて優れているところはない。

 ではなぜ私が完璧超人の彼のそばにいることが許されたのか。

 彼曰く、私が一番『恋愛』から遠そうだったから、らしい。失礼なことだ。だがその認識のおかげで私は今日も彼の側にいることができる。

 当然、苦しいときもある。私の彼への想いが他でもない彼に否定されることだって一度や二度ではないし、彼は私を異性として認識していないのか、やけに距離が近いので、心臓が破裂しそうになるし、この心を隠すのも骨が折れる作業だ。

 どんなに苦しくても、辛くても、彼の笑顔をそばで見ることができるなら、私はいくらでも私の心に蓋をすることができる。

 だから、今回思わず呟いてしまった言葉に自分でも驚きを隠せなかった。

 黒板を丁寧に消している彼の背中を眺める。後ろ姿でさえカッコいいなんて反則だ。

 私は意識して口を閉じる。声に出してしまわないように。

「……?どうかしたのか?」

 彼は私の視線に気がついたのか、こちらに振り向いて不思議そうに問いかけてきた。

「いや、随分と丁寧に消すんだなぁ、と」

 私はあらかじめ用意していた言い訳をなんでもないように話すと、納得したのか意識を黒板に戻した。

 彼がラブコメ主人公のように鈍感で助かったと思ったのはこれで何度目だろうか?

「今日は見たいテレビがあるから早く帰りたいんだけど」

 私は不満を含んだ声色で彼に言う。

 そもそも黒板消しは彼の仕事ではない。押しつけられたとかではなく、彼が自主的に日直に代わってくれと頼んだのだ。

 掃除をしながら考え事をすると捗るのだそうだ。まぁ、わからなくはない。

「ごめん。あとちょっとで答えが出そうなんだ。なんだったら先に帰ってもらっても構わないよ」

 彼は私に背を向けながらそう言った。

 私は窓の外を指さす。

 外は太陽が沈みかけ、もうすでに薄暗かった。時計の時刻は十八時を示している。

「この薄暗い中、女子高生を一人で返す気?ありえないでしょ。変なおっさんに絡まれたらどうすんの?」

 私が早口でまくし立てると、彼はやれやれと「わかった、わかった」と言った。

 その答えに満足した私は視線を窓から彼の背に移す。

「君が好きだよ」

 愛おしさが詰まったその言葉は、口の中でドロドロに溶けて消えていった。


最後まで読んでくださり有り難うございました。

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