2話 出会い
「……なんで急に旅に出るとか言い出すのよ!」
「……お前みたいな奴が1人で外の世界に飛び出しでも死ぬだけだぞ」
暗闇の中で兄、ヘンリと妹、アイリの声が聞こえる。
あー、ヘンリ兄ちゃんの言うことは正しかったな……。自分の強さを過信していた。世界の秩序を保つ『正道軍』の本部で育ち、幼い頃から軍の兵士に混ざり武術や魔法の鍛錬に励んでいた。だからこそ、きっと1人で生き残れると……。
しかし、そんなに甘くはなかった……。
おれ、死んだのか……。
「おーーーーい……」
薄っすらと声が聞こえた。男の声だ。でもヘンリ兄ちゃんの声ではない。
誰だ……?天使か悪魔がおれのことを呼んでいるのだろうか?
「おーーーーーーい!」
先程より大きな声でまた聞こえた。声が大きくなったと言うよりは自分の朦朧としていた意識が戻り始めていた。
「大丈夫かーー?」
「ぴくっ!」自分の手に神経が伝わるのを感じる。恐る恐る目をゆっくり開いた。とても眩しく、目を開くのが苦痛だ。
「やっと目を覚ましたか」
目を開くと天井があった。どこかの建物なのだろうか。そのまま声のする方に目を向けた。そこには自分と同じくらいの少年が横に座っていた。その少年は安心したような表情でため息を付いた。
目が合うとその少年が、
「大丈夫か?お前、死ぬ寸前だったぞ?おれがたまたま通りかかったから良かったけど」
そうか、彼に救われたらしい。幸い死んではないようだ。
「ありがとう……」
薄れた声で話しながら横たわっていた身体を起こそうとした。痛みがお腹に走る。
「おいおい。じっとしとけよ。まだ手当ても何もしてないんだから。」
少年はおれの肩に手を置き、地面に向かって押し付けた。
この様子だと熊から救ってくれて、そこまで時間は経って無いようだ。
「ここでじっとしてろよ!じっちゃん呼んでくるから!」
そのまま立ち上がり、走って部屋を出て行った。
じっちゃんか……。
きっと今の子のおじいちゃんなのだろう。ーーそんな事を考えながら、生きていた安心感と共に眠りについた。
◇◇◇
再び目を開いた。
暖かさを感じる……。
おれはベットの上にいた。
さっきとは違う部屋だ。
お腹の痛みに不安を抱きながら、身体を起こした。不安とは真逆に痛みはない。自分のお腹をさする。軽く包帯が巻かれている。
「痛くない……。」ポツリと呟いた。
「ここは何処だ……?」また呟いた。
すると、扉に方から声がした。
「目、覚めたか?なにブツブツ1人で話してんだ?」
白髪の生えた男の人がこちらに向かってきた。ーー40台くらいだろうか?
さっきの子が言ってたじっちゃんの事だろうか?それにしては若い気がする。
その人は右手に持っていたコップを目の前に差し出した。
「暖かいスープだ。飲みな」
「ありがとうございます」両手で受け取った。
コップの中に息を吹きかけ、スープをすすった。全身に暖かさが広がる。ーーうまい……。
まともな物を口にしたのはいつぶりだろうか。そのまま軽いヤケドは気にせずに飲み干した。
「わしはスナだ。もっとゆっくり飲みなされ。」
「スナさん、ありがとうございます。僕はユウと言います。ベットからスープまで頂いちゃって……。なんとお礼すればいいか……。」
そのまま頭を下げた。
「無事で何よりだ。感謝するならハクに感謝しな。あいつがいなかったら死んでてもおかしくなかったからな」
おじさんは、子供がそんなこと気にするなというような表情だ。
ハクというのは助けてくれた子のことだろう。ーー感謝しないとな。
お腹に手を当てた。ーー痛みからして数日は寝ていただろう……。
「僕はどのくらい寝てましたか?」
「3時間ほくらいじゃねぇーか?」
時計を見ながら答えた。
おかしい……。3時間しか寝てないのに、お腹の回復が早すぎる。
「この傷……」
「わしの治癒魔法で、ある程度は治しておいた。傷跡は残ることはないから心配はするな。それに包帯は取ってもいいぞ」
治癒魔法ーーすごいな。
包帯を取ると深くえぐられた傷口がすっかり消えていた。
「立てるか?」
立ち上がったおれにスナさんは、ついてこいと合図をした。そのまま建物の外に出ると、決して大きくはない道場らしき建物があった。スナさんに連れてかれるがままに道場の中に進んだ。
「すっかり元気そうで良かった!」
道場の奥から声がした。この声はハクか。改めてハクを見ると、白銀色の髪色に澄んだ青い瞳をしていた。俗に言うイケメンか。
「助けてくれてありがとう」
おれは頭を下げた。
「おれはハク、よろしくな!」
ハクは元気よく挨拶をしてきた。とても明るく、優しそうだ。
「おれはユウ。助けてくれてありがとう。」
返答がなかったので、もう一度感謝をした。
「ユウ、どこから来たんだ?」
ハクは気にするなと言わんばかりに、話を進めた。この質問にはスナさんも興味がありそうだ。
「家を出てひたすらまっすぐ進んできたかな。」
少し首を傾けながら答えた。決して嘘をついてる訳ではない。だが、正道軍本部から家出をしたなんて言ったら面倒になると思い、名前と方向は伏せた。
「行くあてはあるのか?」
おれの回答には何も不安を抱かずに、ハクは淡々と話を進めた。
質問に対し、少し考えた。ーー正直、あてはゼロに近い。何も考えずに飛び出したのだから。
「おれは強くなりたくて家を飛び出した。自分で戦える力が欲しい、自分が正しいと思える道を歩める力が欲しい……」
おれは少し黙った後に答えた。なぜ正道軍本部を、なぜバルハラの元を離れたかを自分にもう一度言い聞かせるように……。ーーこれがおれの本心だ……。
「だったらここに住め」
スナさんが続けた。
「わしが、お前の面倒を見てやる」
スナさんの目を見た。その目は、おれを信じろという思いが強く伝わってきた。
この時に「どこから来たの」の質問に対し、ちゃんと答えなかった自分に罪悪感が湧いた。
「ユウ!これからよろしくな!お前には負けないからな!」
そんな罪悪感を打ち消すかのようにハクは右手を出し、握手を求めるように笑顔で言った。
「おれも……負けないよ!」
おれも右手を出し、それに答えた……。