トイレの怪談
ひだまり童話館「ひらひらな話」参加作品です
小学校で流行っているトイレの怪談を知っていますか?
「へっ、トイレの花子さんなんて古いね」
「何言ってんの、最近はねえ、花子さんのお祖父さんとか弟とかもいるんだよ」
「なにそれー、あははは」
怪談は地域によってもさまざまで、花子さんの家族が「うちの花子に何か用かね?」と聞いたりするところもあるらしいのです。
「やっぱり一番怖いのは“紙をくれ”だよね」
「そうそう!体育館の横のトイレは“紙をくれ”が出るんだって」
「やっぱり!あそこのトイレ暗いもんね」
「その紙じゃない。この髪だー!」
「うわあー!」
お化けになりきって脅かす子と笑いながら怖がる子もみんな楽しそうです。
「あそこのトイレにいるのは、赤い紙青い紙じゃないの?」
「あれって、赤い紙白い紙じゃなかったっけ?」
「白じゃないでしょ。血を抜き取られて真っ青になるんだもん」
「白でも良いんじゃない?白い顔になるし」
サトルはそんな怪談を横目に聞いていました。
「やっぱり一番怖いのは“紙をくれ”だね」
怖いと思いながらも、サトルがその話題を聞いてしまうのは、お化けが出た時の対処法が知りたいからです。
たとえば、トイレの花子さんだったら「扉を叩いて花子さんがいたら、すぐに逃げる」というのが鉄則です。
赤い紙青い紙の時は、個室に入っていますから逃げられませんが、紫やピンクの紙を所望すればいいらしいと聞きました。
だけど“紙をくれ”の時だけは対処法がありません。教室のみんなは、そのお化けが一番怖いと噂しているのに、どうすればそのお化けに遭遇しないで済むか、遭遇してしまった場合はどうしたら良いのかが語られないのです。
だからサトルも、紙をくれのお化けが一番怖いと思っていました。
「ま、男だから個室に入らなきゃいいだけだ」そのはずでした。
ところが、学校が終わる時間サトルはお腹が痛くなりました。
家に帰るまでモちそうもありません。仕方なくサトルは途中にある体育館横のトイレに行きました。
「サトルー、先帰ってるぞー」
いつも一緒に帰るツヨシの声が聞こえました。
「うん」
と言って、腹痛の波が去るのをトイレでやりすごし、やっと用を足してお腹がすっきりした時、サトルはドキっとしました。
ペーパーホルダーに紙がないのです!
頭に”赤い紙青い紙”のお化けがよぎります。
紙がない時に「赤い紙がいいか、青い紙がいいか」と聞いてくるお化けです。「赤い紙」と答えると、全身から血が噴き出して真っ赤になって死んでしまうのです。逆に「青い紙」と答えると体中の血液が抜き取られて真っ青になって死んでしまうと言います。
「どうしよう」
本当にお化けが出たらと思うとサトルは怖くて、変な汗が出ました。だけど、お尻を拭かなくてはトイレから出られません。
「か、紙っ、紙がない、紙をください」
サトルは勇気を出して言いました。
だけど、誰も気づきません。放課後なのでみんなもう帰ってしまったのかもしれません。
「紙がないんです!誰かー、紙とってください!」
サトルはもっと大きな声で叫びました。
すると、体育館の方から女子の声が聞こえました。
「きゃー!トイレに紙をくれのお化けがいる!」
まさか、自分がお化けと間違われるとは思いもよりませんでした。
「違うよっ、お化けじゃないよ!紙がないんだよ」
サトルは必死になって叫びました。もう、赤い紙青い紙のお化けのことなんてすっかり忘れています。
「だれかー、紙くださーい」
「ほらっ、トイレに紙くれお化けがぁ」
「ちがーう!」
女子はパタパタと走って逃げていってしまったようです。
なんだか静かになってしまいました。
サトルは困ったな、パンツを途中まで履いて隣の個室へ行こうかと思いました。その時です。
「紙がないの?これくらいでいいかい?」
と、目の前にトイレットペーパーが降ってきました。ひらひらと膝の上に降ってきたトイレットペーパーは少し短めでしたが、なんとかお尻を拭くことができました。
「ああ、よかった」
ホッとして個室から出て「ありがとう」と見渡すと、そこには誰もいませんでした。
おかしいな。出ていった音もしなかったし、と思いながらトイレを出ると、体育館前にはツヨシが待っていました。
「あ、ツヨシ。待っててくれたの。もしかして、今紙をくれたのはツヨシ?」
「紙?俺じゃねえよ」
「そうか。じゃあ違う人か。誰か通った?」
「誰も?」
サトルに紙をくれたのは・・・もしかすると優しいお化けだったのかもしれません。