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3.疑念エンカウント

  扉の前にいたのは見間違えることがない、俺の元カノの鷹瀬カンナであった。

  彼女はいつも通り肩口まで伸ばし、明るい茶色に染めたセミロングの髪を靡かせながら、図書室をキョロキョロと見回していた。


  「似合わねぇな……」


  思わずそんな声が漏れでる。細江もそれには同意らしく、ゆっくりと頷く。

  髪は校則で染髪禁止ながら当然の如く染め、それで地毛登録をしているはずだ。それだけに限らずスカートも限界まで折り、見てるこっちが冷や冷やするほどだ。

  とにかくそのTHE・女子高生という感じは教養の場である図書館には不釣り合いだった。


  「げっ」


  そんな声を漏らしながら、鷹瀬が近づいてくる。元々鋭い目が不機嫌も合わさって、怖さが四割増しな気がする。

  それより人の顔見て「げっ」とか失礼だろ。


  「なんであんたがいんの?」

  「図書当番だからだよ」


  鷹瀬は俺のことを睨み付けながら、強い口調で言い放つ。それに軽くイラッとして、俺もまた強い口調で言い返した。


  「カンナ、どうしたの?」

  「別に。ただ本返しに来ただけ」


  そう言って鷹瀬は担いでいたリュックサックから一冊の本を取り出し細江に渡す。位置的には俺の方が近いのにこの仕打ち。


  「お前もこんな本、読むんだな」

  「は? 何、見てんの? 気持ち悪っ」

  「見てるだけで気持ち悪いとか……。じゃあ俺の方も見るなよ」

  「分かってるわよ」


  そこからは本当に俺の方を見ずに返却手続きをする。完全に俺を隔絶した会話が繰り広げられる。


  「ねぇ、カンナ〜、これってあの映画化したやつ?」

  「ん? あーうん。そうみたい」

  「へー。面白かった?」

  「あんまり、私には合わなかったかな」

  「まあ、アクションだしね〜」


  大して面白くもない会話。それをわざわざ聞いていたのは学校図書館が静かすぎるからだろう。聞こえていたという方が正しいかもしれない。

  ついに気になって鷹瀬が返している本をちらと見る。それに目敏く鷹瀬は反応する。


  「なに見てんの? ウザイんだけど」

  「静かな場所でお喋りしてんのはそっちだ。嫌でも耳に入ってくるんだよ」

  「見てるのがウザイって言ってるんだけど?」

  「なら手遅れだ。周りを見ろ」


  こんな静かな中で口論しているのだ。僅かながら利用する生徒から注目を集め、ちらちらと見られている。噂の一件も聞いているのかもしれない。

  それに気づいた鷹瀬は俺を睨み付ける。


  「あんたね……!」

  「はいはい。ストップね。痴話喧嘩なら他所でやって」


  襟首を掴まれそうになるとこで仲裁が入る。細江が間に入ってきた。さすがの鷹瀬も手が出せない。


  「悪い」

  「う……ごめん」

  「まあ別に喧嘩はいいけどね。そっちの方が後腐れないかもよ」

  「千尋は黙ってて」


  細江は提案したが、それを簡単に却下する。まあ俺も反対だ。俺が一方的にボコボコにされて終わりだからな。


  「う……。きついなあ。それよりさ、春宮くんに話したいことがあるみたいだよ」


  普段仲のいい細江から言ってくれるのは、とても有難いのだが何分、タイミングが悪すぎる。今の鷹瀬にその質問は危険すぎる。空腹の虎に身を投げ出すのに等しい。


  「あー。やっぱいいわ。あんま興味ないし」

  「なによ。歯切れが悪いわね。急に弱気になった?」


  一応、聞く気はあるらしい。だがその嘲り笑うかのような表情にイラッとする。


  「なら言うよ。お前、新しい彼氏いんの?」

  「はあ? なにそれ。束縛? ありえないんだけど」

  「ちげーよ。新しい彼氏いるって聞いたから気になっただけだ」

  「それ、誰から聞いたの?」

  「誰って……」


  俺は細江の方に目をやるが、細江もまた明後日の方向を向いている。回避能力高いな、くそ。


  「で、誰なの?」

  「誰でもいいだろ。それで本当なのか?」

  「ふーん。別にそんなことないけど。あたしフッ軽じゃないし、尻軽でもない」


  意外と鷹瀬は不可の反応を見せた。何を言ってるんだという表情をしている。ていうか実際にそう言われた。


  「てゆーか、あんたは何を言ってるの。そんな嘘を真に受けるのも大概にしてほしいんだけど?」

  「嘘かどうか、はっきりするために聞いてんだよ」

  「もうこれではっきりしたでしょ。それじゃ、あたし帰るから。バイバイ、千尋」

  「うん。じゃあね」


  鷹瀬はその場をさっさと去る。さっぱりとした鷹瀬らしい別れだ。フラレ方もこんな感じだったなと一瞬の内に回想する。


  「ふぅ……」


  ため息が出る。嵐が来て去っていった後の空虚な気持ち。今の感情はそれによく似ていた。


  「結局、新しい彼氏の話はフェイクだったんだねー」

  「なに他人事みたいに言ってるんだよ。そもそもお前が言い出したことで……」


  ぎろりと細江に目をやるがその視線すらも何のそのという感じで言い放つ。


  「私のせいにしてほしくないなあ。よく知らないって言ったし」

  「言ったけども俺に言うんだから、ある程度信用できる情報だと思うだろ」

  「けどそれが嘘って分かって良かったじゃん」


  ニコッと細江は笑顔を作る。それを見ると、どうも毒気が抜かれてしまい、話を逸らすしかなくなってしまう。


  「てかあいつは何を返しに来たんだ?」

  「おっと。元カノの読書遍歴が気になりますかー?」

  「それは別に気にならん。気になるのはあいつは本読まないのに、返す本があるのかということだ」

  「確かに。もうこの高校に一年以上いるのに、借りてる本はこれだけだしね」


  そう言って細江は学校図書の貸し出しカードを見せてくる。確かにそこには今、返しに来た本のタイトルしかなく、ほぼ真っ白状態だ。

  でもそれのおかげで先ほどの質問の答えが分かった。


  「ふーん。借りた本は『NITRO』ってタイトルなのか」

  「みたいだね。映画化もされてる有名作」


  『NITRO』ね。いかにも男の血が湧き上がりそうなタイトルだ。けど女性が興味を持って読むとは思えない。まあ、鷹瀬だしな。鷹瀬なら興味を持ったかもしれん。面白くなかったようだが。

  細江の手元にある本の表紙を眺めるが、書店で見たことのあるものだった。しかし詳しくは知らないので、訊いてしまおう。


  「ちなみにどんな話なんだ?」

  「それが私もアクション系ってことしか知らないんだよね」

  「意外だな」


  いつも本を読んでいるイメージがあったので、有名なのは一通り読んでいると思っていたが。


  「なんか読書家として、有名になった後にその本を読むのはプライドが許さないのよねー」

  「そんなもんかね」


  俺も鷹瀬ほど読書しないこともないが、読書家と言えるほど読んだりもしないので、正直その感覚はよく分からない。


  「ついでに言うなら、人気な本を読んで『やっぱり滅茶苦茶面白いじゃん』って思うまでセットね」

  「いや知らんから、読書家じゃないし」


  それに読書家であっても細江のような嗜好を全員持っている訳でもないだろう。そういった意味では本当に知る人ぞ知るくらいに違いない。

  そんなことを考えながら、先ほどの本をちらと見る。それに気付いたのか、細江が話しかけてくる。


  「気になるなら読む? 意外と本の話題からよりを戻せるかもよ」

  「いや別に関係修復は願ってねぇよ。……ああ、でも借りようかな」

  「へぇ? 珍しいじゃん。いつもは本読まないのに」

  「ま、たまには借りたい時もあるんだよ」


  そう言いながら、借りる手続きをしてしまう。貸し出しカードに本のタイトルが刻まれる。これで高校生活中六冊目。細江に言わせてみれば、俺と鷹瀬はきっと五十歩百歩に違いない。


  「じゃあ図書室、もうそろ閉めようか」

  「そうだな」


  ちらと壁掛け時計を見ると六時を過ぎている。もう活発的な運動部の生徒以外は誰も残っていないだろう。その証拠に図書室で勉強していた生徒はいつの間にかいなくなっている。

  二人でしっかり戸締まりをしてから図書室を出て、別れの挨拶を済ます。どうやら細江にはこの後、友達と遊びに行くらしい。JKも大変だな。

  帰路を一人、とぼとぼと歩く。フラッシュバックするのは今日の鷹瀬の姿。もう別れてそれなりに経ったはずなのに。

  まだ未練の残ってる証拠なのかな。けれどすぐに来た胃に水が貯まるような気持ち悪さを覚えた瞬間、その疑念は一蹴される。

  やっぱり今はあいつを嫌いなんだ。わがままで傲慢で自分本意なあいつが。ふと今なら俺から『地獄に堕ちろよ』と言ってしまうような気がした。

すごく久しぶりの投稿です。これを書いてて気付いたのですが、書いてる間は文章は上手く書けるけどアイデアが出なくて、休んでる間は文章の書き方は忘れてアイデアが涌き出るという不思議があります。

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