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雨宿り

作者: 音澄 奏

雨が降り出してきたらしい。

私がそう気付いたのは、強くなった風とどこか潮騒に似た雨音によってだった。

教会堂の正面、神父が立つ説教台の真後ろよりやや上に位置するステンドグラスを見上げ、私はあきらめたようにため息をついた。

気のせいか、そこから見下ろしているステンドグラスの聖母マリアまで「観念なさい」と微笑んでいるように見える。

私は手にしていた雑巾を置くとそっと教会堂の長椅子に腰掛けた。


村よりやや北にあるこの教会は、もう50年以上、この小高い丘の上にたたずんでいる。

もともとそんなに大きな教会ではないのだが、この辺りで唯一の教会であるということと、昔からの信者が家族単位で訪れるため、日曜日の礼拝にはそれなりの人数の信者が集まる。

そのため、前日の土曜日には教会堂の掃除が義務になっており、それは二人の人間によって、毎週欠かさず行われているのだ。つまりそれは一ヶ月に二度回ってくることになり、今日は私の当番なのだが…。


「強くなってきた…。」

ステンドグラスを激しく叩き出した雨を見上げ、誰にいうわけでもなく、私は呟いた。


いつからだろうか。

私が教会堂を掃除する当番の日に限って、こうして雨が降るのである。

朝から降り出してくる日もあれば、昼過ぎから降ることもある。しかし、朝からだろうが昼からだろうが、とにかく私が掃除当番の日には雨が降るのだ。

前日が晴天でも、朝には雲一つない青空だったとしても、である。

初めは全く気が付かなかった。いや、気付いてはいたのかもしれない。しかし全く不思議には思わなかったのだ。

そもそも天気のような自然現象はそうそう人間に予測できるものではない。発達した天気予報だって100%ではないし、無論人間が左右することは不可能だ。だとしたら、ただの偶然でしかないとは思うのだけれど…。


私はうらみがましく窓の外を見つめた。外では未だ大粒の雨が降り注いでいる。

しかし、今日で通算12回目。

思えば私の当番の日に雨が降るようになってから、ちょうど六ヶ月目である。

さすがに三ヶ月を過ぎた辺りで妙だとは思い始めていたのだが、こうなったらもはや異常気象(しかも曜日限定の)か、でなければ彼が原因であるとしか考えられない。

――そう、今日でちょうど彼が現れ始めてから六ヶ月経つのである。


ふいに玄関の方でかたり、と物音がした。

軽くため息をつき、どこか諦めにも似た感情で席を立つ。

あらかじめ用意していたタオルを手に私は玄関に向かった。

「すいません。雨やどりさせてもらってもいいですか?」

彼――雨が降るようになってから、何故か毎回、雨やどりに姿を現す男――が笑顔でそう言い終るころには私はすでに玄関に辿りついていた。


「いやはや、随分降りますねェ。」

なかば他人事のように笑う男に私は黙ってもう一枚、ハンドタオルを手渡した。

「ああ、いえ、もう大丈夫です、すいません。」

男はそう言って遠慮したが、すっかりぬれた髪からは、今だあの凍りつくような秋雨の名残が滴っている。

とりあえず、目に付くところにタオルを置くと、男にコートを脱ぐよう促した。

「お預かりしましょう。そう濡れてしまっては、ただ寒いだけですから。」

そう言うと、男はまた「すいません」と笑って私にコートを手渡した。

…図々しくはないのだが、もう最初の頃のような遠慮は見えない男の様子に私はそっと苦笑いした。

ハンガーにコートをかけ、ストーブに火をつける。中で炎が踊り始めたのを確かめると、私はそっと窓の側に近寄った。

白いカーテンを手繰り、そっと隙間から外を覗きみる。

先程の強い横殴りの雨よりは、風も雨は大分弱くはなったものの、しとしとと辛抱強く未だ雨は降り続いている。

「止みそうにないですね。」

突然、間近に聞こえた男の声に驚いて、私は振り向いた。背後から窓の外を覗きこむような男の姿勢に、私は戸惑って身を引いた。私の反応を気にする様子もなく、男は未だ窓の外を見つめている。

「そういえば、この間お貸しした傘はどうしました?」

沈黙に降り注ぐ雨の音に耐えかねて、私がそう尋ねると、男の背中が振り向いた。

「いや、申し訳ないです。ちゃんと大事に使わせていただいたんですが、今朝はあの天気でしょう。まさか、降り出すわけはないと思って、家に置きっぱなしなんです。」

確かに今朝は見事な青空だった。あの空ではまさか雨が降り出すなどとは誰も思わないだろう。…男の話すことに矛盾はないのだが、どうも不信感を拭えないのは、あまりにも続く偶然のせいだろうか。

「すいません、ご迷惑ばかりおかけして。」

「別に迷惑なんて…。」

苦笑する男に私は思わず言葉に詰まる。

迷惑ならば、まだいいのだ。私もどこか、この男を待っているようなのがいけない。

私の曖昧な態度を肯定と受け取ったのか、男は居心地が悪そうに笑った。私はそれを否定することもできず、ただ黙って窓の外に目を逸らした。雨あしは大分弱くなってきていた。今はもう、雨というよりは霧が降り注いでいるのに近い。――けれど、ああいう雨はしっとりと芯まで濡れる。本当に雨が止むのはまだ大分先だろう。私がそう思った時、男が立ち上がった。

「ありがとうございました。雨も小降りになってきたようですし、そろそろおいとまします。」

軽く会釈をし、身支度を整え始めた男に私は驚いてそちらを見た。

「もう少しお待ちになったらどうですか?もうすぐで雨も止みそうですし。」

男は私の言葉に笑って言った。

「ええ、でもああいう雨は止みそうでなかなか止みませんから。それにこのくらいだったら家まで走れば何とかなります。」

「でもお身体が冷えますし…」

言いかけた私に男は黙って手を取った。冷たい秋雨に濡れたはずの男の手は(あるいはその冷たさの反動か)思ったより熱く、私は驚きから思わず男の手を振り払った。

「あなたの手の方が冷たいようですが?」

私の挙動にも動じることなく、にっこりと笑って言う男に私は何故だか悔しくなった。

「ここも冷えますから。」

苛立ちまぎれにそう呟いてはみたが、男の耳に届いていたかどうかは分からない。


乾かしておいた男のコートを手渡すと、ありがとうございます、と言って男は雨の向こうに目をやった。走り出すタイミングを見計らっているようだった。その横顔に私はふと思い付き、

「お待ち下さい。」

と告げると教会堂の奥に走った。戻って、男に群青色の傘を手渡すと、男は戸惑ったように傘をながめた。

「良ければお使い下さい。」

私の言葉に男は困ったように笑った。

「でもこの間借りた傘もまだ…。」

返していませんし、と言うより先に私は告げる。

「構いません。今度来た時、返して頂ければ結構ですから。」

意味を計りかねて、きょとんと私を見返していた男から私はわざと視線を外す。

「また――どうせまたお寄りになることもあるでしょうし。」

怒ったように言った私に男の微笑む気配がした。

「ええ、では今度お返しします――また」


また

雨が降ったら。


END

私にしては珍しく、恋愛色が強め??な小説でした。

え~と、読んでいて気付いた方もいらっしゃるかと思いますが、この「私」、作中でほとんど外見等の描写がされてないんですよね~。なので実は性別についても分からない、という…(にやり)

どちらとして読むか、「私」とは一体どんな人物なのか、はご自由に想像して頂けると面白いかな~と思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] 恋愛ものですね! 余韻が残る感じと、想像を膨らませる表現がとても好きです! 雨男さん(仮)の心情も妄想捗りますね!!
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