マッスルキノコとユキ子さん(後編
「次はユキ子やってみなさいよ」
目の据わったノーコちゃんが腰からナイフを取り出して、無表情のままにマッスルキノコの腕をサクサクと切り取った後、無防備になったキノコをむんずと掴みながらそう言いました。
まあ順番的には私ですよね。
「ノーコちゃん、ナイフ、貸してくれません?」
「いいわよ。ほら」
「ちょっ!? ナイフを投げないでください! 危ないです!」
「なんだかんだ言いながらきちんとキャッチしてるじゃない」
まださっきのマッスルキノコとカミューさんに対して不機嫌なノーコちゃんはなんだか投げやりな感じでした。
むぅ……由々しき問題ですね。ノーコちゃん、割とすぐに機嫌が直りそうなタイプの女の子だと思っていたのですけれど、流石にキノコに投げ飛ばされたとあってはそうもいかないのでしょうか。前にギルドでも格闘術が得意だと言っていましたので、相当ショックだったのかもしれません。
それはともかくとして、私もあの気持ち悪いキノコをどう攻略するか考えなければいけません。
「頑張ってね。ユキ子ちゃん。もしダメそうだったらボクの事頼ってもいいからね」
ニコニコと、まるで私がマッスルキノコを採取できないことを期待しているような表情でカミューさんは笑っています。
なんだか悔しいですね。
「ユキ子! あそこにいたわよ」
少し歩いたところで、ノーコちゃんがマッスルキノコを見つけたようでした。
倒れ朽ちた木の上で気持ちよさそうにポージングをしていました。このマッスルキノコは腕組や、力こぶを作ってみたり、なんだかしっくりこないというようで何度もいろいろなポージングを試しています。
……さっさと終わらせましょう。
私は筋肉を強調するようなポーズをとるマッスルキノコに近づくと。
「えいっ!」
ポージング筋肉を強調されているマッスルキノコの右腕に思いっきり、ナイフを振り下ろしました。
「マッシュ――――!」
マッスルキノコの断末魔が、静かな森の中に響き渡ります。
そう、断末魔です。
私の振り下ろしたナイフは、マッスルキノコの腕ではなく、傘からその体を両断していたのでした。マッスルキノコの身体は根元のところでギリギリつながっている程度で、二つに分かれた体はそれぞれが必死にじたばたと暴れています。
「ユキ子、エグイわぁ……」
「あはははは……見事な兜割りだね」
ノーコちゃんはドン引きです。さっきまでニコニコ顔だったカミューさんも、その表情に浮かんでいるのは苦笑い。
「とりあえず、腕を切り取っちゃおうか」
カミューさんに言われて、少しづつ二つに割れたマッスルキノコに近づきます。
まだ生きているのか、両腕をぶんぶん振り回していてなかなか掴めません。ナイフを近づけても真っ二つになっているせいなのか全く動きを止めませんでした。
それどころか。
マッスルキノコは器用にもその両腕を使って自らの真っ二つになった体をぴったりくっつけてしまったのです。
「えっ!?」
「ふわぁ!?」
「うわ!?」
ノーコちゃん、私、カミューさんの順番です。
マッスルキノコを敵視していたノーコちゃん。
気持ち悪かったので若干目をそらしていた私。
多分ですけど、私を見ていて若干反応の遅れたカミューさん。
身体をくっつけたマッスルキノコは何事もなかったかのようにまたポージングを取り続けています。
「これ見るとマッスルキノコが魔物なんだってよくわかるわね」
「ですねー……」
ノーコちゃんと私はお互いに顔を見合わせました。
けれどカミューさんはぽかんと口を開けたまま。
「ボクも二十歳になるまで何度もキノコ狩りをしたけれど、マッスルキノコがこんな性質を持ってたなんて聞いたこともなかった。初めて見たけど、びっくりだよ」
私は初見ですが、この不思議生物をキノコと認めるのは間違いなくなくなりました。魔物といわれるだけの理由がはっきりした気がします。
というか、カミューさんがさらりと年齢バレしています。昨日お店に来ていたお客さんたちに教えてあげたら喜ぶでしょうか。
いや、泣きそうです。泣いて喜びそうです。
「ねぇユキ子、あいつさっさとやっちゃって。キノコじゃなくて魔物だと思えば楽になれるわよ。楽にしてやりなさい」
楽になるのはノーコちゃんの気持ちではないでしょうか。
私は手に持ったナイフをノーコちゃんに渡しました。
「ん? アタシがやる?」
違うんです。私は同じ過ちを犯すつもりはありません。また真っ二つにしてしまってあの気持ち悪い動きを見たくないのです。
私は一歩、マッスルキノコに近づきます。
「クリスタル・アイスウォール」
マッスルキノコ本体と両腕の間に氷の壁を作り出し、腕を肩から両断です。
「アンタどのみちエグイのね」
ノーコちゃんは半分呆れを含んだ声でした。
失礼ですね。ちゃんと今度はマッスルキノコも暴れていませんよ。
静かになったマッスルキノコを私は引き抜きました。木が腐っていたためでしょうか、簡単に抜くことが出来ました。
「ユキ子ちゃんお疲れさま……ってこの氷の壁なに?」
カミューさんはいったい何を見ていたのでしょうか。
もうこれ以上私はマッスルキノコにかかわりたくありません。
ノーコちゃんはどうか分かりませんが。
「ねぇユキ子、このクエスト数とか指定されてないし、もう帰ろ。アタシこのキノコ嫌いだわ」
「あら、ノーコちゃんもですか?」
「そりゃあそうよ。これ以上あの筋肉見せつけられたら頭がおかしくなりそうよ」
「それならこういうのはどうでしょうか?」
私はノーコちゃんの耳もとでそっとささやきました。
「え? ほんとにやるの? アタシ嫌よ」
「使えるものは使いましょう。あのキノコと相対するのとどっちが嫌かです。私はマッスルキノコをもう見たくありません」
「まあ、ユキ子がそう言うなら」
ノーコちゃんの同意も得られました。
私はノーコちゃんの手を引っ張ってカミューさんのところへと向かいます。
「どうしたんだい? 二人共そんなに仲良く手をつないで……ボクとも手をつなぐ?」
「私たち、カミューさんにお願いがあって」
「いいよ。何でも言ってごらん」
よし、完璧な流れです。
「私たち、あのキノコの採取がうまくできないのでもっとカミューさんにお手本を見せてほしいんです」
「……お願い」
ノーコちゃんもぶっきらぼうに、私の後に続けました。
「うーん、そうだなぁ……うまくできなくても何度も繰り返しやってみることが上達のコツなんだけど……」
ちょっとだけ難しい表情のカミューさん。
私は両手を胸の前で組み、カミューさんを見上げました。
「お願い。カミューさん」
「いいよ! ボクに任せて! そうだよねかよわい女の子二人にお願いされてやらなかったらそれこそ騎士としてどうだよって話だよね! いくらでもお手本見せてあげるから二人共ボクについてきて! あほらあそこにマッスルキノコがいたさぁ行こう!」
マッスルキノコへとむかって早足で歩きだしたカミューさんの後ろで、私は内心ガッツポーズです。
「何よあのイケメン……ちょろすぎじゃない?」
その日の夜、『黒輪っか亭』でノーコちゃんは自棄になってリンゴジュースをあおっていました。お客さんのいない静かな店内にノーコちゃんの叫びがよく響きます。
「何よ! ギルドカードに討伐した分が自動で記録されてるとか聞いてないわよそんなの! 報酬だってアタシとユキ子の倒した二体分だけじゃない!」
「まあまあノーコちゃん、飲みすぎは毒ですよ」
結局、私とノーコちゃんのもらえた報酬はマッスルキノコ二体分の千ジェニー。一人頭では五百ジェニー。今晩のおつまみが一品か二品増えるくらいです。
ギルドにパーティーとして申請していたのは私とノーコちゃんの二人だけだったので、善意でついてきてくれたカミューさんの分はカウントされなかったようなのです。『黒輪っか亭』での稼ぎにプラスアルファとして考えている私はともかく、冒険者としての収入がメインのノーコちゃんには非常に痛かったようで、その結果がヤケジュースというわけでした。
私は唇を尖らせているノーコちゃんの横で、カミューさんから借りた魔物図鑑のページをぺらりぺらり。流し読みしていたのですけれど、その中にファストの街の特産品というページを見つけてその手を止めます。
『マッスルキノコ……ファストの街の三大特産品の一つ。滋養強壮に優れ、栄養満点。傘から生える二本の腕で森の中を歩き回り、気に入った木があるとその木を倒し自らの栄養とする。またキノコでありながら太陽光を好む習性をもつ』
『ミラクルネギ……ファストの街の三大特産品の一つ。魔力を多く含み、また魔法を使用する。使う魔法はネギの色で変化し、千差万別である。国の保管している資料では虹色のミラクルネギが見られたという記録もある』
『スライムこんにゃく……ファストの街の三大特産品の一つ。ファストの街の周辺の森でしか見られず、その生態はまだあまり詳しく分かっていない。通常のこんにゃくよりも弾力があり、専門家の間ではこんにゃくが魔物化したものなのかスライムの変異種なのか意見が対立している』
私の知っている食材とあまりに違う魔物食材を見て、この街の特産品にかかわるのはやめようと、そう強く思ったのでした。
次回からちょっと真面目に物語を動かしていこうと思っています。若干難産していますが、更新ペースは現状維持で行く予定ですので温かく見守っていけたら幸いです。
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