マッスルキノコとユキ子さん(前編
「ユキ子! キノコ狩りに行くわよ!」
ドンっと、勢いよく扉を開けてノーコちゃんが『黒輪っか亭』へと入ってきました。
昨夜のカミューさんの色々をなかったことにした、直後の事です。
その日はリッツさんが「今日はお店休みにするから」と、closeの札をかけていたにもかかわらず、ノーコちゃんは入って来たのでした。ちなみにリッツさん、「あたしも月に一日くらいは休みたい日あるんよ」との事。確かに昨日はカミューさん効果? でかなりの人が来ていてリッツさんも一日中お菓子を作っていたらしいので、疲れてしまったんだと思います。
まだ店内には甘い香りがふわりふわり。
「ギルドのあのおっぱいの受付さんに聞いてきたら、アタシたちでも受けられる討伐クエストがあるっていうからそれ受けてきたのよ!」
「……討伐クエスト? キノコ狩りですよね?」
「ああ、ユキ子ちゃん知らなかったんだね。この街の特産品の一つで、マッスルキノコって言うのがあるんだけど、魔物扱いなんだ。ミラクルネギと、スライムこんにゃくと、マッスルキノコの三つでファストの街の三大特産品なんだ」
私の疑問には、カミューさんが答えてくれました。
キノコと、ネギと、こんにゃく。
それくらいは私でも知っています。よく故郷の食卓にも並んでいましたし。
でもそれが魔物だというのが全然想像できません。
「アタシも知らないけど! 見ればわかるでしょ!」
ノーコちゃんのなんと適当な事でしょう。
「カミュー、あんたついてってやんなよ」
「いいの? リッツさん? お店開かなくても掃除とかいろいろやることあるんじゃない?」
「あんたあの二人ほっとけるかい?」
「無理。ありがとうリッツさん……………………うへへ、小さい娘二人とお出かけ……」
最後の方は小声で聞き取れませんでしたが、どうやらカミューさんもついてきてくれるようです。どことなく目が輝いて見えるのは気にしないことにします。
「なに? あのイケメンもついてくんの? まあいいけどさ、アタシたちの邪魔をしないでよね! よし! 行くわよユキ子!」
そう言うとノーコちゃんは私の手を引いてずかずかと歩き出しました。
「…………街の外だし危ないし、何か魔物が出たらボクが頼られたりして、ボクの後ろで二人のロリっ娘が抱き合って、「カミュー様ー」って…………うへへ、うへへへへ」
マッスルキノコ。
ファストの街の特産品であるそれは、魔物であるがためか一年中季節を問わずに収穫することが出来、そのためギルドでも常駐依頼として常に初心者向けのクエストボードに貼ってあるらしいのです。
その生態は普通のキノコとは全く違い、なんでも傘の横から生えた二本の腕で森の中を自由に歩き回るそう。
そうして気に入った木を見つけると、自らの苗床とするべくその二本の腕でへし折るのだとカミューさんが教えてくれました。
それは本当にキノコなのでしょうか? 少なくとも、私の知っているキノコとは間違いなく違います。
街の外、東の森へ来た私たちは、けもの道を添うようにキノコを探して歩いていました。
「それにしても、変なキノコね」
「変だからこそ街の特産品になるんじゃないでしょうか?」
私とノーコちゃんはお互いにマッスルキノコを『変なキノコ』として認識していました。
そんな私たちを眺めながら、カミューさんがほほ笑んだような、苦笑いのような、なんとも言えない表情をしていました。
今日のカミューさんは腰に細身の剣を差していて、凛と立つその姿はなんだか騎士様の様です。
「確かに変なキノコかもしれないけど、結構有名なんだよ。栄養満点だし、鳥肉みたいにさっぱりしていてそれでいて濃厚な味わいが人気なんだ……あ、ほら、あそこにいるよ」
早速、カミューさんが見つけたようでした。
カミューさんのぴんと伸びた指が示した方へと私とノーコちゃんは視線を向けました。
そこには、照らしつける太陽に向かってポージングを取るキノコの姿が。シイタケのような本体の傘から生えた、筋肉ムキムキのマッシブな両腕を掲げていたのです。
大きさは大人の頭くらいの大きさで、キノコとしてはかなり大きめです。形は筋肉質な腕を除けば色も形もほぼシイタケ。
……なんでしょう、頭痛がしてきました。私の知っているキノコと全く違う姿をしたマッスルキノコに、私の中の常識が邪魔をしてきます。
「なにあれ? アタシの知ってるキノコじゃないんだけど、キモいんだけど」
ノーコちゃんもこめかみを抑えていました。私と同じことを思っている様です。
キノコって湿ったところに生えるものではありませんでしたっけ?
「二人共マッスルキノコを見るのは初めてかい? ボクが採取の方法を教えてあげるよ。簡単だけどちょっとコツがいるからよく見ててね」
そう言いながらカミューさんはつかつかとマッスルキノコに近づいて。
「やあっ!」
掛け声とともに腰に差していた剣を振りぬきました。
「えっちょっ!? エグっ!」
ノーコちゃんが驚きの声をあげました。
カミューさんはマッスルキノコの筋肉ムキムキな両腕を一瞬のうちに切り落としたのです。
ぼとりと地面に落ちた腕はその指をぴくんぴくんと動かすと、手を開いたのを最後にその動きは止まりました。
腕のなくなったマッスルキノコは若干腕の生えていた跡はあるものの、もう普通のシイタケです。
「マッスルキノコは腕を切り落とせばもう普通のシイタケとおんなじだから、あとはほら、こうやってぎゅっと引っこ抜くんだ」
「……アタシにはこれを特産品にするこの街の人の神経が分からん」
「そうかな? ボクは生まれた時からこれが普通だったからわからないなぁ」
どちらかといえば私もノーコちゃん寄りの意見です。あの筋肉質な腕を見た後では食べる気がしません。
「あそこにもう一株見つけたから、今度は君たちがやってみなよ」
「あー、あいつか。あんまし乗り気はしないけど、アタシが受けてきたクエストだしね。アタシがやる…………って何これ怖いんだけど。早速心折れそうなんだけど」
カミューさんが指さし、ノーコちゃんが少し進んだ後ピタッと止まりました。
そこには今まさに大人程あるサイズ木を倒そうと二本の腕を必死に振るうマッスルキノコの姿が。
「マッシュ、マッシュ、マッシュ、マッシュ」
なんか掛け声かけてますし。
その声に合わせて、二本の腕がリズムよく振るわれていきます。
「コイツどこから声出してんのよ……」
「え? お腹からだよ」
ノーコちゃんの呟きにカミューさんが真顔で答えました。
目を凝らしてみてもマッスルキノコのお腹と思われるところには何にもついていないので、「腹から声出せー」とかそんな感じなのでしょうか。
「マッシュ、マッシュ」
マッスルキノコが叩き続けていた木が、ようやく倒れました。勝利のガッツポーズが太陽に爛々と輝いています。
「……まあいいわ、アタシの手刀であんな腕切り落としてやる」
キノコにつられてかノーコちゃんもなんだか物騒です。
マッスルキノコに近づいたノーコちゃんは、不思議な構えを取りました。相手に対して体を半分斜めに構え、右手を前に、左手を腰の後ろに回しています。
よく見れば、マッスルキノコも同じように腕を構えていました。
不思議に思った私が首をかしげていると
「あれはマッスルキノコの威嚇だね。相手と同じポーズをとって食べられないために相手を威嚇するんだ。年齢を重ねたマッスルキノコによくみられる特徴で、歳を重ねれば重ねるほどうまみが熟成されるんだ」
あれは魔物です。キノコではありません。魔物です。
私の中の常識は見事なまでに砕け散りましたが、そう思えば少しは楽になれる気がしました。実際にマッスルキノコは魔物なので、それでいいのです。
「てやっ」
あ、ノーコちゃんが動きました。マッスルキノコに攻撃を仕掛けるようです。
「あ、そうだ。言い忘れてたんだけど、マッスルキノコは刃物じゃないと……ってごめん。遅かった」
マッスルキノコに放った手刀を両の腕で捕まれ、投げ飛ばされるノーコちゃんの姿が。
「マッスルキノコはすごく強いんだ。それこそ武術の達人に少し劣る程度なくらいに。けれど刃物で攻撃すれば筋肉が傷つくのを恐れて無防備になるから、剣とか包丁で腕を切るのが一般的なんだけど……」
「アンタ、そういうことはもっと早く言いなさいよ」
太い木にぶつかって、ずり落ちてくるノーコちゃんの顔は不満げでした。