王子様(?)とユキ子さん
明日の休みもまた一緒に何かクエストを受けましょうとノーコちゃんと約束した私は、夕焼け空を眺めながらゆっくりと『黒輪っか亭』へと帰りました。
夕方時の『黒輪っか亭』は今日も例にもれず賑やかだったのですが、今日はなんだかその賑やかさの雰囲気がいつもと違ったのです。
お肉の焼ける香り、お酒のにおい、それらが主に香ってくる、酒場というのが特にぴったりくる食堂である『黒輪っか亭』。それが今日は砂糖が焼けるような、あまーい匂いが香ってくるのです。
不思議に思いながら、正面の扉をあけました。
「いらっしゃいませ。ようこそ『黒輪っか亭』へ。可愛らしいお嬢さん」
出迎えてくれたのはいつもの喧騒と男の人たちの騒がしい喧騒ではなく、きれいな黒髪を短く刈りそろえた、背の高いお姉さん。その人はすごく綺麗な顔立ちで、物語の中の王子様の様でした。
…………どちら様でしょうか?
というより、私はどこか知らないお店と『黒輪っか亭』を間違えてしまったのでしょうか? 店内のお客様方はいつもの男の人たちでなく、冒険者から商人風の着飾った方までみんながみんな女の人で、席はカウンターまですべて埋まって文字通りに満席になっているのです。
疑問符が尽きません。
動揺する私に、王子様風の方は不思議な様子で首をかしげました。
「ちょっとカミュ―! その子はウチの子だよ! 言ったろ! 新しい子が入ったって!」
店内の騒々しさにかき消されないように厨房の奥の方から女将さんの声が響いてきました。それを聞いて目の前の貴公子然とした方は、納得がいったというようににっこりと笑いました。
「ああ、君が新しく入った雪女のユキ子ちゃんだね。女将さんから聞いてるよ。とっても頑張り屋さんで可愛らしい娘だって」
そう言いながら、私の頭をなでなでしてくださいました。
「えへへ、そうですか? ありがとうございます」
「おっと、自己紹介がまだだったね」
と、背筋をピンと伸ばすと、凛と立ち。
「ボクはカミューラ・テスタロッサ。みんなはカミューって呼んでくれてるよ。普段は冒険者をしていて、陽と霊の日だけここで働かせてもらってるんだ。よろしくね、ユキ子ちゃん」
ぱちりと片目をつぶりました。ウインクです。
何人かお店で飲んでいた方が倒れた気がしましたが、きっとお酒の所為でしょう。
「こちらこそよろしくお願いします。カミューさん」
私もぺこりと頭を下げました。
「それにしても、すごいお客さんの数ですね」
私は部屋への戻り掛け厨房でクレープの生地を焼き続ける女将さんに声を掛けました。
「そりゃあカミューが接客してるからね。あいつ元騎士でさ、あの容姿だろ。んでもって週に二回、ここでしか会えないとくりゃあ、街のお嬢様方はここに来るってもんだ。んでもって男どもは女の無言の圧力に追い出されるからこの二日は来やしない。良くも悪くもあるんだけどね」
と、そういってる間にもクレープの生地が量産されて、積み重ねられていきます。すごいスピードです。
「カミューは姫様の護衛にまでなったらしいんだけど、ある日突然やめてきちゃったんだよね」
「カミューさん、かっこいいですからいろいろ苦労も多そうですしね」
「そうだなぁ」
会話の間に女将さんはクレープを盛り付けていき、あっという間にすべての生地が可愛らしいクレープへと変貌を遂げていきました。
「あれー? ユキ子ちゃん。おひさー」
厨房で女将さんと話していた私に声をかけてきたのは、カウンターでお酒を片手に顔を真っ赤にしたプラネさんでした。
「こんばんわです、プラネさん。今日はゴウルさん、一緒じゃないんですか?」
「ゴウル? あいつどっかで遊んでんじゃないのー?」
お酒の入ったグラスを振り回しながら、プラネさんはご機嫌な様子です。
「わたしは今日はカミュー様を見に来たんだもん。そんなん知らない」
あはは。と笑って、完全に酔いが回り切った様子のプラネさん。そのまま立ち上がると、あっちへふらふら。こっちへふらふら。
この前見たプラネさんは酔っぱらったゴウルさんをたしなめる側でしたが、一人だけの時にはむしろ酔っぱらう側の様です。
と、そんな倒れそうなプラネさんの肩を誰かが抑えました。
「こらこらお嬢さん。飲みすぎはダメだよ」
カミューさんです。肩を抑えられたプラネさんは一瞬目をまん丸くして、はひぃ、と力尽きたように脱力していました。
「はい、じゃあ飲みすぎないで楽しんでいってね」
と、カミューさんがプラネさんを元いた席へと座らせます。その様子に、店内にいた女の子たちがキャーキャーと黄色い歓声を上げていました。
私の知っている『黒輪っか亭』とあまりにも違う光景になんだか慣れずに、私は早めに部屋へと戻ることにしたのでした。
「ふああ……」
その日の夜の事です。私が気持ちよくぬるま湯につかっていると、コンコン、と扉をノックする音が。
「ユキ子ちゃん? カミューだけど」
カミューさん? いったいどうしたんでしょう?
呼ばれる心当たりはないのですけれど。
「一緒に入ってもいいかな。背中、流すよ」
まさかのお風呂でした。
「私は構いませんけれど、ぬるま湯……というより普通の人にとってはほぼ水ですけれど、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。ボクも昔はよく水浴びだけだったりしたしね」
そういうと、カミューさんは私のいる浴室へとさらりと入って来たのでした。
カミューさんの身体は、ほっそりとしておりながらもそれでいて一本筋の通ったような、しなやかな身体でした。肌も真っ白で、女の方なのに本当に物語の中の王子様みたいな方という表現がぴったりきます。
「やあ、お疲れ様」
「カミューさんも、お疲れさまでした」
お互いに軽く会釈を交わします。
木でできた椅子に座ると、カミューさんは頭に水を掛けながら私に尋ねてきました。
「ユキ子ちゃんはどうして出稼ぎにきたんだい? やっぱり家族のため?」
この街に来てから、もう何度も聞かれた質問です。
答えもすらすらと出てきます。
「どうして冒険者もやってるの?」
「ここの生活は楽しい?」
「ユキ子ちゃんって今何歳?」
「兄弟姉妹は何人いるの?」
「その真っ白で透き通った髪、綺麗だよ。どんな手入れしてるの?」
「身長は?」
「体重は?」
カミューさんがお風呂に入ってきてから、ずっと質問攻めでした。
けれどそれは唐突に終わりました。
「ボクは、可愛らしくて小さな女の子が好きでさ……」
「!?」
謎のカミングアウトが始まりました。
「ボクがまだ、ずっと小さいころにさ、街の視察に来た当時のお姫様――僕より少し年上だったかな? 彼女に一目ぼれしちゃったんだけど、身分違いだしボクなんかどうやってもお近づきになれそうもなかった。だから必死に頑張って頑張って騎士になって、それからも腕を磨いてようやく姫様の護衛って立場まで慣れたのに……」
カミューさんは咽ぶように、語り続けました。
「酷いんだよ姫様。ボクよりも身長おっきく育ってるし、オークより太ってるし、昔の面影なんて全然ないんだもん。二十七で未婚ってのがすっごく納得いっちゃって。なんか夢から覚めたような気分になって、それで騎士やめてきちゃったんだ。それでも夢を見ないって決めたんだ」
騎士をやめたのにそんな理由があったなんて思いもしませんでした。リッツさんは知らなかったようですけれど、これは言わない方がよさそうな気がしますね。
「でも今日、ユキ子ちゃんを見て…………ハァハァ。まだ世の中にはこんなに可愛い娘がいるんだって思った。ちっちゃくて可愛いくて、ボクのものにしたいくらい。その透明感あふれるうなじに顔をこすりつけていたい。年齢も十五だって聞いて驚いたもん、それならもうこれ以上成長することはないって……ハァ、ねぇユキ子ちゃん」
カミューさん、目がヤバいです。
雪女である私のの背筋をゾクゾクさせるなんて。
発言はともかく、これでも王子様然とした雰囲気が残っているあたりカミューさんは相当な努力をしてきたのでしょう。間違った方向に。
「カミューさん」
「なんだいユキ子ちゃん? ちょっと狭いけど一緒の浴槽に入る? 今夜は一緒のベッドで寝る?」
「……もしかして、お酒飲んでます?」
「さっき部屋で一人で飲んでたよ。騎士団やめてからは毎晩飲んでるかなぁ」
「ちょっと、頭冷やしましょうか」
私は浴槽の水を手ですくって、ほてったせいか若干乾きかけていたカミューさんの髪にかけるとちょっと霜が降りるくらいまで冷やしてあげたのでした。
翌日。
「おはよう、ユキ子ちゃん。よく眠れた?」
まるで何事もなかったかのように、カミューさんは片手をあげて挨拶してくれたのでした。
リッツさん曰く、カミューさんはお酒に極端に弱いとのこと。一口で記憶をなくすらしいのです。
「おはようございます!」
それを聞いた私は昨日の事を無かったことにして、笑顔いっぱいに挨拶を返しました。
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6/17 誤字訂正
佐藤が焼ける→砂糖が焼ける
ほぼ見ず→ほぼ水
全国の佐藤さんごめんなさい。