休日も出稼ぎたいユキ子さん
ブラックワーカー(?)のユキ子さん
小鳥のさえずり、ポカポカした優しい陽の光。
なんとすがすがしい朝なのでしょうか。
今日は街へ来てから初めてのお休みです。私が『黒輪っか亭』で働くのは七日ある一週間のうち五日です。霊、火、水、木、金、土、陽のうち、陽と霊の日がお休みになります。その日は普段は冒険者として働いているリッツさんの姪という方が働きに来るそうで、私はまだお会いしたことはありませんがとても素敵な人だそうです。
初めてのお休み。
何をするかはもう決めています。
バイトをするのです!
ショクアンもとい冒険者ギルドでは日雇いの仕事が色々とあるのだと『黒輪っか亭』にご飯を食べにくるお客さんたちに教えてもらいました。
きてね。ぜひきてね。ともアルさんにも強く誘われました。
それにせっかく街まで出稼ぎに来ているのですから、これも経験だと思いいろいろやってみたいのです。
着物の帯をきゅ、っと締めると、私は街へと繰り出しました。
ファストの街はその広大な敷地の外周をぐるりと加工用に塀が建っています。これは時折来る凶暴な動物や魔物から街を守るとともに、街への侵入経路を減らすことで効率よく門番さんが働けるようにするためです――――と、このまえ『黒輪っか亭』にご飯を食べに来たアルさんが酔っぱらいながらお話をしてくれました。
私が入ってきた熊の門番さんがいた門は、街の東の端っこのところらしいです。冒険者ギルドも『黒輪っか亭』も街の中心から見れば端っこらしいのですが、端の方という言葉のイメージと反してとても賑わっています。
石畳の地面。道沿いで客引きをする露天商の人たち。どれも故郷の村では見られないものばかりです。
冒険者ギルドは『黒輪っか亭』のすぐ真横。これでもかというくらいに真四角の建物です。
私は数日ぶりにその敷居をくぐりました。
朝の冒険者ギルドは、前に来た時とはまた違った様相でした。
前来たときは昼間にもかかわらずテーブルでお酒を飲んだり語り合ったりしていたのですけれど、今日は皆さん忙しなく動いています。
色々な張り紙のしてある大きなボードの前に立つ人、カウンターの前に列を作って並ぶ人。
受付をしているアルさんもなんだか忙しそうです。
「あ! あれ『黒輪っか亭』のユキ子ちゃんじゃない!?」
そんな喧騒の中、誰かが私を名前を呼びました。
「なに、ユキ子ちゃんだって?」
「どこだどこだ」
「いた! 入り口のクエストボードの近くに立ってる!」
皆さんが一斉に私の方へと視線を向けました。
なんだかデジャヴです。
「あの……こんにちは」
戸惑った私はとりあえず挨拶をしてみました。
「かわいー」
「ユキ子ちゃーん、出稼ぎ頑張れよー」
「俺、今日の仕事終わったら『黒輪っか亭』行くからなー」
たぶん場違いであろう私にも、みなさん気さくに手を振ってくれました。
「お、ユキ子ちゃんじゃねぇか」
「あ、ゴウルさん」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこには常連さんのゴウルさんが片手をあげて立っていました。
「ゴウルのやつ、また新人の女の子に声かけてやがる」
「しかもユキ子ちゃんだろ。あいつ、プラネとかいう幼馴染がいるくせに色んな女に声かけまくってんだ」
周りの方もなんだか楽しそうにこっちを見ています。ここの人はほんといい人たちばかりですね。
「今日は仕事休みなのか、それにしてもこんなとこに来るなんて何かあったのか?」
「ええっと……お仕事が休みなので何か他の事をしてみようかと思ったんですよ。出稼ぎに来ているのですから、お仕事が休みの日も何か働ければいいなと思いまして」
私の発言にゴウルさんはなんだか戸惑ったような表情をして
「お、おお、そうか。休みの日も働くのか、よくやるな。それならあの受付の姉ちゃんの手が空くまで待った方がいいかな。初心者向けの仕事を紹介してくれると思うぜ」
おお、流石ゴウルさん。
ピンポイントで私の欲しいアドバイスをしてくれます。
「じゃあ俺はこれから仕事だからな。お前も頑張れよー」
そういうとゴウルさんはギルドの外へと歩いていきました。
私は貰ったアドバイスの通り、アルさんの手が空くまで待つことにしました。
とはいえ、アルさんが受付をするカウンターには長蛇の列ができており、すぐには空きそうもありません。
それまでの手持無沙汰な間私は冒険者ギルドの至る所に貼ってある掲示板を眺めることにしたのですが、これがまた見ていると色々書いてあってとても面白いのです。
スライムだったりゴブリンだったりといった魔物がどこどこの村で出たから倒してくれだとか、さんぽの途中で飼い犬がどこかへいってしまったから探してくださいとか。
そんな中私は初心者向けくえすとぼーどとかいうものがギルドの入り口近くに掛かっているのを見つけました。
見てみれば内容は荷物や手紙の運搬や土方など、日雇い仕事の内容です。
私が探していたものはどうやらここにあったようですね。
私には体力がないので荷物や土方などは出来ないでしょうけれど、手紙を運ぶくらいの事は出来そうです。
アルさんの手が空いたら、早速お話をしてみましょう。
そうともって、ちらりとアルさんのいるカウンターの方へと目を向けました。
いつの間にやら長蛇の列はなくなっていたものの、アルさんの前で少女が一人騒がしくしています。私と同じくらいの年頃の少女でしょうか。長く伸びた紫色の髪を頭の後ろで編んで一本にまとめています。
あの子一人だけならそんなに待つこともないでしょう。私はその子の後ろに並びました。
「だから何でアタシじゃこのクエストうけらんないのよ!」
「ランクが低いからですよぉ♡」
「規則的には問題ないじゃないの!」
「規則的には問題なくても冒険者になりたての人が受けるには荷が重いと思いますので私の方で許可しないだけですよぉ~」
何やら面倒ごとの様です。アルさんはたまによくあることといった感じに飄々としていますけれど、女の子の方が納得がいっていないみたいです。
「あら? ユキ子ちゃんじゃなぁい♡」
そんな会話の途中、私に気付いたアルさんがひらひらと私に向けて手を振ってきました。私もそれに手を振り返します。
「ちょっと人の話聞いてるの!?」
納得いかない女の子――――略して納子さんがアルさんと私の間に割り込みました。
「こっちの子はユキ子ちゃんの後輩よぉ~。出稼ぎにきたみたいなの♡」
おお! ついに私にも後輩が出来たのですね。村で私よりも年下といえば妹しかいなかったの後輩という響きになんだか胸がどきどきしてきました。
わくわくもんです!
「ちょうどいいわ! あなたアタシとパーティ組みなさいよ! アタシの格闘術でゴブリンでも何でもけちょんけちょんにしてやるわ!」
えっと……何を言ってるのでしょうか?
「ユキ子ちゃん、この子ねぇ、討伐依頼が受けたいんだってぇ~。一応ギルドの規則的には問題ないんだけどぉ~、私的には新人に危ないことをしてほしくないのよぉ」
討伐依頼というと、先ほど見たスライムやゴブリンの退治の事でしょうか。まあなんにせよです。
「アルさん、私あっちのボードに貼ってあったクエスト受けたいんですけど。お手紙の配達です」
「いいわよぉ~。ユキ子ちゃん、お仕事休みなのによく働くわねぇ。はいおっけー。配達終わったら私のところにまた来てね♡」
あ、そうだ。いいこと思い思いついた。とアルさんは私と赤毛の納子さんの両方を見て。
「ユキ子ちゃん、この子、ノーコちゃんっていうんだけど、配達に一緒に連れてってあげてくれないかしら」
ぶふぅ!
ノーコ……納子……まさか本当にノーコさんだとは思いませんでした。思わず吹き出してしまったじゃないですか。
「ちょっと! アタシそんなの聞いてないわよ!」
納子さん改めノーコさんは、アルさんの提案にもまだ納得いってはいないようです。
私はいつになったらお仕事に行けるのでしょうか……