はたらくユキ子さん
私が『黒輪っか亭』で働かせてもらい始めてから数日が経ちました。
ここでの生活は大変ですけれども非常に充実しています。
朝、日の出とともに私の一日は始まります。
街での初めての朝は、目覚めたときはここはいったいどこだろうと不思議な感覚に襲われました。窓の外で街を照らす朝日を見て、ようやく街に着いたんだと改めて実感したのです。
部屋にはベッドとクローゼット以外ほとんど何もありませんが、これからいろいろと小物を増やしていこうとこっそり画策しています。女将さんからは魔改造さえしなければ部屋を好きに使っていいよと言ってもらっているので、これからどうしてやろうかと今から楽しみでなりません。
クローゼットの中には、まだ一着。私の着てきた着物がハンガーに、そしてその横に着物の帯がだらりと垂れているだけです。
それをゆるゆると私は羽織り、『黒輪っか亭』の裏庭へと向かいます。
『黒輪っか亭』の裏には清水の湧く井戸があり、一年中冷たい水が手に入るそうです。そこで桶を降ろして水を汲み、顔を洗います。
女将さんの言っていた通り、ひんやりしてとても気持ちいいですね。あぁ、幸せ。
顔を洗ってさっぱりした後は女将さんの手伝いです。
私が厨房に入った時には既に女将さんは鍋をかき混ぜていました。
「そっちのイモ三箱持ってきて洗って、皮むいて。そしたらそこのお酒井戸に突っ込んで冷やしといとくれ」
「あ、冷やすならすぐできますよ」
と、私は手の中に氷で大きな箱を作り出しました。これくらい大きく作れば今日一日くらいは溶けることはなくお酒を冷やしてくれるはずです。ちょっと持ち上げるのが大変なのですぐに下におろします。
「お、便利だね。魔法が使えるのかい?」
「氷魔法だけですけど……種族柄、氷には適性があるものでして」
「そうか、雪女だもんね。ただ魔力だって使うだろ、無理はしないでいいかんね」
そういってリッツさんはまた料理の続きに戻りました。その表情はとても真剣です。
私は女将さんに頼まれたおイモを洗い始めました。
それにしても今日は量が多い気がします。団体さんでも来るのでしょうか?
お昼が近くなり、だんだんとお客さんが増えてきました。
「はろぉ~。ユキ子ちゃん。お久しぶりね♡ 一週間ぶりくらいかな?」
「あ! アルさんお久しぶりです」
冒険者ギルドでミブンショウメイショを作ってくれたお姉さん――アルシードさんがふらふらと現れました。そのままカウンターの椅子にゆらりと腰かけると、胸を台に載せて、けだるげに女将さんの方を向きます。
「やほぉ~リッツ」
「お、アルじゃないか。今日はご飯食べに来たん?」
「そだよ~。最近お酒控えてるからね~」
「なんだ殊勝な事じゃないか」
「いやあ、お酒の飲めない新人さんにギルドのお姉さんはお酒くさぁいなんて言われたくないじゃないの」
アルさんはちらりと私の方を向きました。
「あっはっは! 本気であの子の事気に入ってんのな! 大丈夫だよ。ここ数日同じ飯食ってたけどそんな子じゃないよあの子は。ホントいい子さ。お酒の匂いくらいで嫌いになんてならないんじゃないかい?」
いったい何の話をしているのでしょうか。
そんなことを考えていると
「お、今日は出稼ぎの方の看板娘だけじゃなくてギルドの姉ちゃんもいるじゃねぇか! ラッキーだぜ!」
賑やかに入ってくるのは、体格のいいお兄さん。冒険者ギルドで一番初めに会話したゴウルさんです。
女将さん曰く最近前よりもよく来てくれるらしいです。常連さんですね。
「女将さん! 肉!」
「よっしゃあ! なんだかわからない肉のなんだかわからない部位焼いてやるよ!」
「任せた!」
ゴウルさんも大概ですけど、女将さんもおおざっぱでした。けれど女将さんの作る料理に美味しくなかったものは今まで一つもなかったので絶対に美味しいはずです。
「追加でどうだい? ユキ子ちゃんが冷やしてくれた酒もあるよ!」
「なんだって!? ユキ子ちゃんが冷やした!? そりゃあ飲むしかねぇな」
「ユキ子ちゃんが冷やしたお酒のみたぁい♡」
「アルあんたお酒控えるんじゃなかったのかい!?」
ゴウルさんとアルさんだけでなく、食事に来ていた皆さんが一斉にお酒お酒と叫び始めました。
アル中怖いです。
あ、アルさんのことじゃないですよ。
そんな騒ぎをしていたら、さらに一人お客さんがやってきました。
「ちょっとゴウル、昼間からまた飲んでるの!?」
「ちょ、痛てぇって! いいじゃねえかよどうせもう今日は仕事終わったんだしよ!」
「だからって、真昼間から飲むことないじゃないの!」
そういってゴウルさんの耳を引っ張るのはプラネさん。何故でしょう、プラネさんは見るたびにゴウルさんの耳を引っ張っていますね。
ゴウルさんもなんだかまんざらでもなさそうです。
まさかとはおもいますが、そういう性癖の方なのでしょうか……
「ほらほら、痴話げんかはそこまでにしておくれ! でもってあんたはなんか食ってくかい?」
「食べます食べます! 女将さんの料理大好きですよ!」
「お、嬉しいこと言ってくれるねぇ」
『黒輪っか亭』は今日も昼から賑やかです。
「はふぅ~」
夜、お店の営業時間が過ぎた後、私はお布団にばふんと飛び込みました。
夕飯時は地獄のような忙しさでした。常に満席で、女将さんが厨房から出られずに私が配膳やら注文やら全部受けることになりまして。
おまけにお店に来る人のほとんどが酔っぱらいです。酔っぱらっていない人が来ても、すぐにお酒が入り酔っぱらってしまいます。何故だか今日はいつもよりお酒を注文する人が多かった気がしました。たぶん気のせいだとは思いますが……
それはさておき、これからはお楽しみの時間。
そう、お風呂です!
あっついのは苦手ですけれど、ぬるま湯につかった時の全身が溶けていく感覚といったらもう最高でして、そのまま溶けてなくなってしまいそうなくらい。
村にいたころは水風呂か氷風呂しかなかっので、ぬくいお風呂というのがこんなにもいいものだとは思い主しませんでした。
「ふへへ、ふへへへへへへ」
思わず笑いがこぼれます。
多分今の私の表情は人様にお店出来ない様なはしたない表情なのでしょうね。
お風呂に入ってリフレッシュて、あとはもう寝るだけ。髪の毛の水分を手のひらの上に集めて凍らせます。これをお皿に乗っけて部屋の端っこにおいておけばお部屋もひんやり。
私はベッドに横になって、毛布をかぶりました。
ようし、明日も頑張るぞ。
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