街に来たユキ子さん
青い空、白い雲。
真上に広がる快晴はまるで、私のこれからを祝福してくれているかのようです。
目の前には左右へと果てが見えないほどに広がる石の壁。
やってきました。ファストの街。
ここは私の住んでいた村から一番近い街で、乗合馬車を乗り継いで乗り継いで約一月。
すごく遠いですけれど、故郷の家族に仕送りするため出稼ぎにきた私としてはこれくらい遠い方がホームシックになっても頑張れそうです。というか、片道分のお金とちょっとのご飯代しかないですし、早くお仕事を探さないとそれどころではありません。
既に私以外の街へ入る人たちは馬車から降りて、門番をしている兵士さんの前に列を作っています。
私も馬車から降りて、列の最後尾に並びます。
「あ~……街は暑いですねぇ……」
私の住んでいた村は一年中雪が溶けることのない山の上でした。そうでなければ私たちの一族が快適に生活することなんて不可能なのでして……
そうです。私たちの村は雪女の村なのです。
お母さんとお母さんと家出した姉に私と妹の五人家族で、姉は三年前に十五歳になり「こんな限界集落みたいな村で暮らしてられるか!」と家を飛び出していきました。
たまに手紙が私と妹あてに届くのです。どうやらどこかのお城に勤めていて元気にやっているらしいので、きっと幸せなのでしょう
私もつい先日十五歳になり、姉とは違う形になりますが家を出てこうして出稼ぎに来ているのです。
十五歳というのは、きっと何かの節目なんでしょうね。精神的に何か大人になれる気がするというか、そんな感じの曖昧なものですけれど。
両親からは街に着いたら『ショクアン』という場所に行けという助言をもらっています。なんでも出稼ぎに出たらその場所に行くのが礼儀だと……。
ショクアンとはいったい何なのでしょうか。たくあんは毎朝のように朝食に出ていたのですが……。
それはそうとして、長かった列はなくなって気付けば私の順番が回ってきました。
「おっと次は……ずいぶんきれいな女の子だね」
優しそうな門番さんは槍を片手にどっしり構えていて、なんだか熊さんの様です。
私の中では熊さんと呼ぶことにしましょう。
「じゃあ街に来た理由と、あと身分証明書はあるかな」
「ミブンショウメイショ……? なんでしょうそれは。私のいた村ではそんな言葉聞いたことないのですが……」
私がそういうと熊さんは困ったような顔をして。
「ん~、無いんだね。じゃあ名前と街に来た理由を教えてくれないかい?」
それならわかります。
私は嬉々として答えました。
「私の名前はユキ子といいまして、村から出稼ぎに来たのです。お仕事を探しに!」
私の言葉に熊さんはなるほどといった表情をしました。
「よくいる出稼ぎ娘さんだね。孝行娘でえらいことだ。ちなみに村の名前は?」
「コオリ村というところです」
「コオリ村……聞いたことないなぁ」
「ここに来るまで一か月かかりました」
「それはまたずいぶん遠くから来たもんだね……まあいいか、素直そうな子だし」
と、熊さんは街の中を指さしました。
「この門からまっすぐ行ったとこにある大きな建物が見えるかい?」
「あ、あの真四角な箱みたいな大きい建物ですか?」
「そうそう、それそれ。出稼ぎにきたんなら身分証明書がないと困るからあそこで作ってもらうといいよ。あそこは冒険者ギルドと言って、まあなんというか、君みたいな子たちの一時受け入れ場所みたいなところなんだ」
「これはこれはご丁寧にありがとうございます」
「頑張れよ、出稼ぎ娘さん」
私は熊さんにお礼を言うと、意気揚々と歩き始めます。
あ、一つだけ、大事なことを聞くのを忘れていました。
「あの~、く……門番さん、すみませんけれどお尋ねしたいことがあるのですが……」
「なんだい?」
「ショクアンって、どこですか?」
私の質問に、熊さんはショクアンというのは冒険者ギルドの事だと教えてくれました。
私はどうやらこれから行くところの事を聞いていたようです。顔がほてって溶けてしまいそうなほど恥ずかしい……。
快晴はどこへやら、いつの間にかの鉛色の空に、どことなく先行きが不安になるのでした。