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3 黒魔術連続殺人事件
冬子さん、フルネームは月島冬子と言い、日本でも有数の霊能力者だ。
僕とは、仕事上の良きパートナーで、緊密な協力関係にある。
つい最近も、『吸血鬼連続殺人事件』で、ご一緒したばかりだ。
無類の猫好きで、捨てられている子猫を見ると、たまらずに拾って帰ってしまうらしい。
おかげで彼女のマンションは猫屋敷状態らしいが・・・。
しかし、冬子さんに言わせれば、猫ちゃん達と過ごす一時こそが、彼女にとっての唯一の癒しの時間なのだそうだ。
彼女らしいと言えば、彼女らしい。
また、彼女は、かなりの美人なのだが、なぜか、飾り気がなく、地味な格好をしている事が多い。
彼氏でもできれば少しは変るのだろうが・・・。
今は霊能力者としてのキャリアを積む事に夢中と言った感じだ。
そうして、そんな事を考えていると、
「突然、すいません。
今、お時間、大丈夫ですか?」
と、冬子さんがいかにももうしわけなさそうに言った。
「えぇ、全然、大丈夫です。
で、何でしょうか?」
「はい、実は・・・。
優輝さんは黒魔術連続殺人事件ってご存知ですか?」
黒魔術連続殺人事件?
それなら知らないはずがない。
今、世上を最も騒がせている謎の殺人鬼による連続猟奇殺人事件だ。
今年、5月に入った頃から、突如として、始まり、犠牲者はすでに3名を数えている。
その犠牲者達は、いずれも、若い女性ばかりで、ともに、その心臓をえぐり出されて、いずこかへと持ち去られており、また、その胸には、鋭利な刃物のような物で、古来、悪魔の象徴とされてきた、逆十字が刻み込まれていた。
さらに、現場には、黒魔術の儀式に使用したと思われる、ヤギの血で描かれた魔法陣、ロウソク、銀製の皿、祭壇等が残されており、警察では黒魔術を信奉するカルト的な教団の関与を疑っていた。
しかし、犯人はまさに神出鬼没であり、捜査は難航を極め、警察は事件解決の糸口さえつかめていなかった。
「えぇ、もちろん、知っていますが・・・。
あの事件が何か?」
「えぇ、実は、あの事件、冴子さんが担当していまして・・・」
なるほど・・・。
冴子さんは、冬子さんの古くからの友人で、警察庁でこのようなオカルト的な連続猟奇殺人事件を専門に捜査している、凄腕の特別捜査官だ。
僕とは、僕が『吸血鬼連続殺人事件』の捜査に協力したときに冬子さんの紹介で知り合い、以後、緊密な協力関係にある。
「どうにも捜査が行き詰っているみたいで・・・。
私に捜査への協力を依頼してきたのです」
僕は、携帯を耳に当てたまま、繁々とうなづいた。
「なるほど・・・。
で、引き受けたんですか?」
電話の向うで冬子さんがポンと軽く胸を叩く音が響く。
「えぇ、もちろんです。
捨てられている子猫を・・・。
見捨てるわけには絶対にいかないですからね」
「やっぱり・・・」
しかし、捨てられている子猫ね。
あの凄腕捜査官の冴子さんの精悍な姿が、ふと目に浮かぶ。
子猫と言うよりは・・・むしろ、ライオンとか、タイガーとか、そう言った類の感じだが・・・。
僕は、思わず、プッと噴出した。
「えっ、何ですか?」
すかさず携帯の向こうから冬子さんの当惑した声が聞こえてくる。
「いゃ、何でもないです」
僕は、あわてて、笑いを噛み殺すと、誤魔化した。
「で、一人では心細いので・・・」
「なるほど、解りました。
喜んで協力しましよう」
僕は、とびっきりの笑顔を浮かべると、携帯の向こうの冬子さんに言った。
「すいません。
助かります」
「いぇ、冬子さんにはいつもお世話になってますから・・・」
「では、さっそく三人で会って話しましょう。
いつ、どこで、待ち合わせしますか?」
そうだなぁ・・・。
しばし考え込む。
「じゃ、明日、午後1:00に、新宿駅の東口の交番の前でどうですか?」
「解りました。
では、その時に・・・」
「はい、じゃ、また、その時に・・・」
そうして、僕がそう答えると、そのまま冬子さんからの電話は切れた。
さて・・・。
チラッと壁掛けの時計を見やる。
もうすぐ午後5時だ。
そう言えば、お腹も空いてきた事だし、少し早いが、そろそろ夕食にでも出かけるか・・・。
そうして、そう決めると、僕はいそいそと外出の準備に取りかかったのだった。