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コトリ
と、僕は手にしていた缶コーヒーを黒塗りの机の上に置いた。
そのままクルクルッと首を回す。
すると、それに合わせて、
ポキ ポキッ
と、小気味よく骨の鳴る音が響く。
僕はチラッと壁掛けの時計を見やった。
午後3:00を少し過ぎている。
もう、こんな時間か・・・。
仕事に熱中している間にずいぶんと時間が経ってしまったな。
少し、休むとしようか。
そうして、そんな事を考えながら、椅子の背もたれに深々と寄りかかり、腕を組む。
僕は、天井を見上げつつ、大きなため息を一つ吐いた。
それにしても疲れたな。
それから、そのまま、しばらくのあいだ、ボォ~と天井を眺め続けた後、僕は、小さなため息を一つ吐くと、ようやく仕事を再開する事にした。
ノロノロと椅子の背もたれから身を起こし、再び、ノートPCの液晶画面と向かい合う。
さて・・・。
僕は軽く目を細めた。
黒の背景に白い文字で画面一杯にオドロオドロしい内容の書き込みがズラリと並んでいる。
僕が、今、チェックしているのは怖い都市伝説投稿板というコンテンツだ。
このコンテンツは、全国から寄せられたユーザーの投稿から成り立っているわけだが、怪奇倶楽部の中でも屈指の人気を誇っていて、その書き込みの総件数はゆうに数万件を超えている。
さっそく、僕は、マウスのホイールボタンをクルクルと回転させると、画面を素早くスクロールさせていった。
そうしながら、手際よく、業者の広告の書き込み、荒らしの書き込み、無関係な書き込み等を削除し、必要ならば、各書き込みに対してレスを付けていく。
こうして、各コンテンツを適切に管理して、ユーザーがそれを気持よく利用できるようにするのも、僕の重要な仕事の一つというわけだ。
そうしていると、やがて僕の目がある書き込みの上で留まった。
『呪いの人形館という携帯サイトがあって・・・。
そこの管理人の地獄の人形使いさんに呪いの代行を頼めば100%確実に憎い相手を呪い殺す事ができるらしいよ。
岩手 ReN』
「呪いの人形館か・・・」
僕はポツリと呟いた。
そう言えば、最近、このサイトの名をこの掲示板でよく見かけるな。
都市伝説化しているという事は噂はかなり広まっていると考えていいだろう。
僕はイスの背もたれに深々と寄りかかった。
ギィ ギィ
と、軋んだ音が響く。
それから僕はしきりにあごをさすり始めた。
僕の考え込む時の癖だ。
それにしても、呪いの代行か・・・。
呪いの代行サイト。
実は、この手のサイトはネット上には掃いて捨てるほど存在している。
その手段は、日本古来の呪術から、西洋の黒魔術にいたるまで、たきに渡るが、概ね、術者にいくらかの料金を支払い、特定の相手に呪いをかけてもらう、という形式のものが多い。
もちろん、そのほとんどはインチキなわけだが・・・。
僕はゆっくりとイスの背もたれから身を起こした。
ギィ
と、もう一度、軋んだ音が響く。
では、この"呪いの人形館"の場合はどうなのだろうか?
やはり単なるインチキなのか?
それとも・・・。
ズキズキと好奇心が疼き始める。
こうなったらもう止められない。
また僕の悪い病気が始まったようだ。
僕は、再び、ノートPCの画面と向かい合った。
まずは手始めに、呪いの人形館について、この怖い都市伝説投稿板の書き込みから、調べてみるとしようか。
とは言っても、この掲示板の書き込みの総件数はゆうに数万件を超えている。
普通なら、これらの中から、目当ての書き込みを探し出すのは、相当、難しいはずだ。
しかし、幸い、この掲示板にはキーワードによる検索機能が付いている。
これさえ使えば一発で目当ての書き込みを探し出す事ができるだろう。
そうして、さっそく、僕は、検索窓に"呪いの人形館"と入れると、検索ボタンを押してみた。
すぐに50件程の検索結果が表示される。
こんなに書き込まれていたのか・・・。
その意外な多さに、少々、驚かされつつも、僕は、さっそく、その検索結果を頭から順にチェックしていった。
『呪いの人形館という携帯サイトがあって・・・。
そこの管理人の地獄の人形使いさんに頼めば誰でも100%確実に呪い殺してくれるって・・・。
東京 未来』
『あたしの友達の知り合いがすごい虐められてたんだけど・・・。
呪いの人形館の地獄の人形使いさんに頼んで虐めてた人達を呪い殺してもらって助かったんだってさ。
本当らしいよ。
山口 れぃな』
『呪いの人形館という携帯サイトがあってね。
そこは無料で呪いの代行をしてくれるんだって・・・。
しかも100%確実に呪えるんだってさ。
私の友達の友達がそれで憎い相手を呪い殺したって・・・。
大分 ゆき』
「なるほど・・・」
僕は、小さくそう呟くと、おもむろにイスから立ち上がった。
そのままベッドまで歩いていく。
そうして、僕は、その上に放り投げてあったショルダーバッグの中から愛用の黒塗りの手帳を取り出すと、それを持って、また机へと戻ってきた。
そして、再び、イスに腰を下ろす。
とりあえず要点を整理しておこうか。
そうして、僕は、手帳を開き、ボールペンを手に取ると、再び、ノートPCの画面と睨み合った。
①呪いの人形館という携帯サイトがある。
②そこでは無料で呪いの代行をしている。
③呪いの成功率は100%である。
④その管理人は地獄の人形使いと名乗っている。
そうして、じっとそのメモを見つめながら、考え始める。
それにしても、呪いの成功率100%か・・・。
凄いね。
まぁ、もっとも、ここに書かれているのは、当然、どれもいわゆる都市伝説、噂の類にすぎない。
信じるも、信じないも、あなたの自由、そういう世界の話なのだ。
とは言え、ここまで噂が広まっていると、もしかしたら、そこには本当に何かあるのかもしれない・・・という気もなんとなくしてくるから、不思議なものだ。
全く人間の心理とは面白い。
そうだ。
そう言えば、書き込みの中に"呪いの人形館"のURLを貼り付けたものもあったな。
そうして、その事を思い出した僕は、さっそく、マウスのホイールボタンをクルクルと回転させ、画面をスクロールさせると、その書き込みを表示してみた。
どうする?
行ってみるか?
酷く興味をそそられた僕は、迷うまもなく、さっそくそのURLをクリックしてみた。
しかし・・・。
"当サイトは携帯専用のサイトです。
携帯端末からアクセスしてください。"
「なるほど・・・」
僕はポツリと呟いた。
確かに、携帯サイトの中には携帯からしかアクセスできないサイトも多い。
まぁ、しかたがないだろう。
僕は、ため息まじりにそんな事を考えながら、さっそくそのURLをメールで携帯に転送した。
これで大丈夫だろう。
すぐに携帯のメール着信音が騒々しく鳴る。
それを聞いた僕は、いそいそと、机の上に置いていた携帯を手に取ると、受信メールホルダーを開いてみた。
受信メールの件名一覧の一番上に、"呪いの人形館のアドレス"と、今、自分宛に送ったばかりのメールの件名が見えている。
そうして、僕は、さっそく、そのメールを開くと、そのまま"呪いの人形館"へとアクセスしたみたのだった。