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地獄の人形使い  作者: 零-Rei-
第七章 呪いのフランス人形
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6

深く暗い闇の中、得体の知れない何かが僕の胸の上に重くのしかかっている。


いったい何だろう?


そのせいで思うように息をする事ができない。


ハァ ハァ


と、荒く乱れ始める呼吸。


苦しい。


苦しい・・・。


心臓がまるで早鐘のように乱れ打ち始める。


僕は死に物狂いでその何かから逃れようとした。


が、指先一本動かす事ができない。


まるで金縛りにでもかかったかのように・・・。





苦しい。


苦しい。


息ができない・・・。


次の瞬間、僕はカッと目を見開いた。


いつもの見慣れた自分の部屋の天井。


夢か・・・。


形のない得体の知れない悪夢。


しかし・・・。


助かった。


思わず、長い、長い、安堵のため息が漏れる。





僕はベッドの上にゆっくりと身を起こした。


額にかいた酷い寝汗をパジャマの(そで)でしきりにぬぐう。


それにしても・・・。


全く酷い夢だったな。


そうして、そんな事を考えながら、とりあえず起きたついでにトイレにでも行こうかと、僕が、寝ぼけ眼をこすりつつ、ベッドから降りようとした、まさに、その時だった。


バチッ!


と、突然、大きな音が響いた。


驚いて、音のした方を見てみる。


すると・・・。


それは机の上に置いていた携帯がひとりでに開いた音だった。


暗闇の中に携帯の液晶画面の淡い光がユラユラと揺らめいている。





僕は凍りついたようにじっとその光を凝視した。


ゾクゾクと背筋を冷たいものが()い上がってくる。


僕は、思わず、ブルブルッと身震いした。


いったい何なんだ?


僕は、急いで、ベッドから降りると、机まで歩いていった。


とにかくこんなもの早く閉じてしまおう。


そうして、懸命に恐怖を押し殺しながら、携帯に手を伸ばす。


が、次の瞬間、僕は、思わず、(すく)んだようにして手を止めた。


じっとその液晶画面を凝視する。


そう、そこには、なぜか、あの美鈴ちゃんの家で撮影したフランス人形の画像が映し出されていたのだ。





しかも、そのフランス人形はさっきまでとは全くようすが違ってしまっていた。


そう、それはその全身が鮮血で真っ赤に染められていたのだ。


まるで、呪いの人形館のTOPページに飾ってあった、あの血塗りのフランス人形のように・・・。


そのまままるで何かに魅せられたかのようにじっとそのフランス人形に見入る。


これはいったい・・・。


そうしていると、突然、その目をランランと真っ赤に輝かせ始めたかと思うと、そのフランス人形がニヤリと不気味に笑った。


恐怖が稲妻のように全身を貫く。


僕は、思わず、


ヒッ


と、短く叫ぶと、勢いよく後ずさった。





呼吸は荒く乱れ、心臓は早鐘のように乱れ打つ。


落ち着け。


とにかく落ち着くんだ。


そうだ。


魔除けのクリスタルを・・・。


が、すぐに、顔からサァ~と血の気が引いていく。





そう、魔除けのクリスタルは、一昨日、壊れてからずっとそのままになっていたのだ。


うかつだった。


思わず、ギリギリと歯軋(はぎし)りする。


では、どうする?


僕はキョロキョロと辺りを見まわしてみた。


何か、


何かないか?


と、その時だった。





シク シク


どこからともなく若い女の子のすすり泣くような声が聞こえ始めた。


シク シク


この声はいったいどこから聞こえてくるのだろうか?


全神経を集中して、じっと聞き耳を立ててみる。


すると、どうやらその声は窓の外から聞こえてくるようだった。


そっちか・・・。


僕は、


ギィ ギィィ


と、(きし)んだ音を響かせながら、声の聞こえてくる方へと顔を向けた。





窓の外、バルコニーの、さらに、その向こう側、暗闇の中に一人の少女がユラユラと浮かんでいるのが見える。


そして、その少女は、なぜかハラハラと大粒の涙を流しながら、じっと僕を見つめていた。


ふと少女と目が合う。


すると、少女は、僕に向かってゆっくりと手を伸ばし、おいでおいでと僕を手招きし始めた。




じっとその少女の顔を見つめる。


僕はその顔に見覚えがあった。


「夢香ちゃん・・・」


ポツリと呟く。


そう、その少女は夢香ちゃんだった。





とたんにぐっとある想いが胸に込み上げてくる。


それは底知れぬ罪悪感だった。


そう、もし、僕がもっと早く夢香ちゃんが虐められている事に気づいてあげられていたら・・・。


彼女の


その辛さに


その苦しみに


そして、その孤独に


気づいてあげられていたら・・・。


そして、一緒にイジメと闘ってあげられていたら・・・。


もしかしたら彼女は自殺せずにすんだかもしれない。


そうして、その事を想うとき、僕の胸は張り裂けそうになる。


「夢香ちゃん・・・」


僕は、そう小さく呟くと、彼女に向かってヨロヨロと近づき始めた。




まるで、遠くに去って行こうとする夢香ちゃんを、なんとか、(つな)ぎ止めようとでもするかのように、彼女に向って、両手を伸ばし、ヨタヨタと近づいていく。


駄目だ。


死んじゃ、駄目だ。


ハラハラと止めでもなく大粒の涙が頬を伝い落ちる。




君は決して一人ではない。




僕と一緒にイジメと闘おう。




だから・・・。


駄目だ。


死んじゃ、絶対に駄目だ。





と、その時、僕はパリッと何かを踏み割った。


足の裏に鋭い痛みが走る。


が、僕は、そんな事は全く気にもかけずに、そのまま、夢香ちゃんの方に向ってヨタヨタと近づいていった。





駄目だ。


死んじゃ、絶対に、駄目だ・・・。


さらにヨタヨタと夢香ちゃんに向かって近づいていく。


そうしていると、やがて、ふっと、何か(かぐわ)しい香りが僕の鼻をくすぐった。


あらゆる禍々しき物を祓い清める癒しの香り。


思わず、足を止める。


この嗅ぎ覚えのある香りは・・・。


そう、田中さんの研究室で嗅がせてもらったあのローズマリーの香りだ。


とたんにハッと我に返る。


ここは・・・。


見まわしてみると、目の前には東京の(きら)びやかな夜景が果てしなく広がっていた。


ふと下を見下ろしてみる。


すると、近くの幹線道路を、まるで、ミニカーのように小さく見える車が、数珠つなぎになって、走っていた。


その高さに、思わず、足が(すく)む。


そう、僕は、まさに、10階にある自宅マンションのバルコニーから、手すりを乗り越えて、飛び降りようとしていたのだった。



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