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白を基調とした清潔な室内。
所狭しと並べられた様々な医療機器。
静まり返った室内には規則正しい機械音だけがかすかに響いている。
僕は、今、地域の医療を担う中核病院の一つ、武蔵野総合病院の個室の一室にきていた。
ここに一人の少女が昏々と眠り続けている。
その固く閉じられた瞳は二度と開かれる事はないのだろう。
医者の話によれば、彼女は、脳死状態で、もう二度と意識が戻る事はないだろうという。
人工呼吸器に繋がれて、機械の力で、無理矢理、生かされているにすぎない。
そして、その機械の力で、この世界とわずかに繋がれた命も、もうすぐ燃え尽きようとしていた。
そう、後、一週間、彼女が生きていれば奇跡だという。
その少女の名前は川口夢香ちゃん。
カトレア女学院の三年生で、まだ18歳だ。
頭の後ろで結んだ黒々とした艶やかな黒髪。
少しエラが張った丸顔。
キリリと引き締まった細い眉。
少し、垂れ気味の、二重の形の良い目。
口角がクィと上がり、少し、尖り気味の、唇。
透き通るような白く美しい肌。
小柄で、華奢な、まるで、人形のように綺麗な子だ。
しかし・・・。
夢香ちゃんは学校で酷いイジメにあっていたという。
そう、彼女はそのイジメを苦に自殺を図ったのだ。
どうやらこの世には死ぬよりも辛い事があるらしい。
5階建ての学校の屋上から飛び降りた夢香ちゃんが、救急病院に搬入された時には、すでに心肺停止の状態になっていた。
医者達の必死の救命措置のおかげで、なんとか命だけは取り留めたものの・・・。
そのまま、脳死状態に陥り、それ以来、今も昏睡状態が続いているのだった。
と、その時、病室の中にサッと何かの影が走った。
窓に目を向けるでもなく向ける。
鳥でも通り過ぎたのだろうか?
季節は初夏。
窓の外にはさわやかな初夏の日差しが燦燦と降り注いでいる。
この美しい世界が、彼女の瞳に映る事は、もう二度とないのだ。
突然にギュッと胸が締めつけられる。
僕は目の端ににじんできた涙を誰にも気づかれないようにそっとぬぐった。
どうにも・・・。
最近、涙もろくなってしまっていけない。
「優輝さん・・・」
僕は、その声に、ふと、現実に引き戻された。
一人の女の子が心配そうに僕の顔をのぞきこんでいる。
「大丈夫ですか?」
僕は、無理矢理、笑顔を作ると、答えた。
「うん・・・。
大丈夫だよ」
彼女の名前は、河合園子ちゃん、夢香ちゃんと同じカトレア女学院に通う三年生だ。
僕の管理・運営する怪奇倶楽部の熱心な常連さんで、そのオフ会で知り合って以来、リアルでもいろいろと付き合いがある。
夢香ちゃんの事も彼女から教えてもらったのだ。
ショートカットにしたサラサラの黒髪。
少しエラが張った丸顔。
眉は少し太い。
二重のパッチリとした目。
少し丸みを帯びた愛嬌のある鼻。
少し厚めの唇。
肌の色は日に焼けていて浅黒い。
部活はテニスをしているという。
よく焼けた肌の色はそのせいだろう。
綺麗というよりは、どちらかと言えば、可愛らしいと言った感じの顔立ちの女の子だ。
園子ちゃんと夢香ちゃん、二人は、同じカトレア女学院に通う、親友同士だ。
とは言っても、二人が学校で知り合ったというわけではない。
怪奇倶楽部に魔法研究板という人気の掲示板があるのだが、二人ともその板の熱心な常連さんで、二人はその魔法研究板のオフ会で知り合ったのだ。
同じ学校という事で意気投合したらしい。
そう言えば・・・。
僕が夢香ちゃんと初めて出会ったのもこの板のオフ会だったな・・・。
そうして僕の思考は過去の記憶の中をユラユラと漂い始めた。