第八話 パニッシュメント・ネメシス
止むことを知らない雨の中。雲は薄く日の光は少なからず入っている。
鋭太郎と秋葉は、クロノスたちと対峙していた。
「最後に聞くぞ、本当に俺たちを裏切るんだな?」
「二言はねえ」
クロノスの問いに秋葉は即答。もうすでに裏切ることに心を固めている。
「そうか…………実に残念だ!」
クロノスは後ろ腰に隠していた拳銃を取り出し、早撃ちガンマンの如く秋葉を狙い、二発お見舞いする。
「!?」
油断していた秋葉は回避しようとするも、間に合わないことを自ら悟った。
通常の銃であれば、神世界の中でも異常な身体能力を持ち合わせている秋葉であれば油断しててもかわせるが、クロノスが使ったのは神世界製オーダーメイド。弾丸の速度が通常の三倍近くなっており、弾丸が自動追尾弾で、不自然な軌道で秋葉の左胸に向かっている。こればかりは秋葉でも回避は困難だった。
秋葉は何かで防ごうとするも、それも間に合わず弾丸が体に着弾する――と、秋葉は諦めていたが。
「!?」
秋葉は信じられない光景を目の当たりにした。
弾丸が体に当たる寸前、隣にいた鋭太郎がなんともないように、素早く二発とも素手で掴み取ったのだ。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!?」
その一部始終を目の当たりにしていたクロノスも、らしくない声で驚きを表した。
「…………」
本来なら一番驚くはずの鋭太郎本人が、無表情で何の反応も示さず掴み取った弾丸を見ていた。
(夏織から力を貰った時からだ。徐々に……異常だが身体能力が上がりつつある。貰った直前――ガイアが投げた剣の残像すらよく見えなかった。咄嗟に動いて取れたのはきっとマグレだろう。家で荘夜に襲われたとき、刀の動きは速かったが目で追ってなんとかかわすことができた。そして今は、発射弾を確実に目で捕らえ、人間離れした速度で掴み取った。もう、俺も人間じゃないようだ)
「何なんだお前は! どんな力を手に入れた!」
「!?」
「その弾丸は別の物体に触れた瞬間爆発する――いわば小型グレネード弾だ! 魔術構成でできており、それを解除すればただの弾だが……どうやって解除した!?」
「と、言われても――」
クロノスの問いかけに、鋭太郎は答えられずに困った。
解除もクソもない、ただ掴み取っただけであるからだ。
クロノスの方に気を取られている隙を狙ったガイアが、剣で鋭太郎の首を貫こうとした。
その気配を感じ取った鋭太郎は、後ろを向くことなく手に持っていた一つの弾丸を、気配だけを頼りにガイアの方へ投げつけた。
投げられた弾丸の速度は、クロノスが銃で発射したときよりも断然早く、攻撃しか考えていなかったガイアは対処できず右肩に命中。すると弾丸が爆発、大きい爆発とは言えないが威力は十分だった。握っていた剣とともに、ガイアの右腕がもぎれ飛んだ。
「うぐぅ!」
「え?」
鋭太郎は後ろを向き、初めて自分が人間離れしたことをやったことに気づいた。
(ほぼ直感で、突拍子にやっただけなんだが…………)
「やっぱり、あの時ちゃんと殺しておくべきだった…………」
ガイアは【ケイパビリティー】を使い、草に吹き飛んだ右腕と剣を運ばせ、左手で右腕をもとの部分に付ける。数秒後、右腕は元通り完治した。
「今度こそ、確実に殺す!!」
ガイアは治った右手で剣を取り、間を空かさず斬りかかる。
そうはさせまいと秋葉はガイアに飛びつき、抱きしめ合ったまま転がり始める。
「考え直せ! 今お前がクロノスに味方する意味はもうない!」
「離せ変態! シスコン! ロリコン! ペドフィリア!」
「もっとまとも罵倒はなかったのかよ! ……今クロノスは任務を放棄して鋭太郎を狙っている。無理に味方すればお前もアイテールから罰を受けるぞ!」
「アキレスの言うこと聞いても同じだろ! それに忘れたの? クロノスは親がいない僕たちの面倒を見てくれた、いわば兄のような存在じゃないか! 今恩を返したっていいじゃないか!」
「そう思ってるなら止めろ! 裏切った俺にもう説得力はねえが、お前ならいけるはずだ! 今止めればクロノスも死なずに済む!」
「うっさい! 離せ! クソアキレス!」
秋葉とガイア、互いに譲る気はなかった。
その中、鋭太郎とクロノスは無言で面を合わせていた。鋭太郎は距離を詰めようと歩き始める。
「なあ頼む、どうしたら諦めてくれるんだ? 夏織のことも、俺のことも」
「…………さすがにどっちも諦めることは無理ですね」
クロノスは落ち着きを取り戻し、何か悪いことを企んだ顔で言った。
鋭太郎は思わず足を止める。
(敬語? 一体何を考えて――)
そう思っていた鋭太郎は、今になってあることに気づく。
「そういやこれなんだ?」
鋭太郎が左の方に指を指さして言った。その先には、先生、生徒たちが閉じ込められている檻があった。生徒たちは異常におとなしかった。
「人質か? 生憎死んで欲しくない奴がその中に、多分一人しか――」
「残念、人質ではありませんよ」
「? じゃあ何に使うっていうんだ?」
鋭太郎が聞くと、クロノスはニヤリと笑い、話を変えてくる。
「あなたを食べるのを諦めても構いませんよ」
「!?」
「もとい、未だ誰もやったことありませんからね。神の力を人間を介して得ることは。ですが、その代わりにカオス様は貰っていきますよ」
「ならいいや」
鋭太郎はクロノスの要求を拒否し、再び足を運び始める。鋭太郎は何があっても夏織を差し出す気は無い。
クロノスの次の言葉が出るまでは…………
「今差し出せば…………あなたの姉に会わせますよ」
「!?」
鋭太郎の動きが止まり、驚いた顔で硬直する。頭の中は、『何か』の期待で満ち溢れていた。
「姉を亡くしていることに、我々は既に把握済みですよ。僕は伊達に『時間の神』ではありません。空間、生命などの時を戻すことも【ケイパビリティー】で可能ですよ。ただ――」
クロノスは右手の親指を檻の方へ指し、話を続ける。
「『時間停止』とは異なり、莫大な魔力を消費しなくてはなりません。今の僕の状態で使えば脳がオーバーヒートして即死でしょう。そこで、この方々を生け贄に捧げることにしました」
「儀式って、ことか」
「僕の言い方が大袈裟でしたね。捧げるといっても普通に殺すだけですよ。我ら神々は死者の魂を吸収すると結構な魔力を得ることができるのです。そう、あの方々は最初から殺すこと前提です。あなたが承っても断っても、殺します」
「…………」
本当に時を戻してくれるか、確証はない話だ。だが鋭太郎は迷っていた。
――夏織を差し出して、姉を救うか
――姉のことを忘れて、夏織を守り続けるか
「本来なら死者の魂を吸収するなんて外道、神世界でも許されていませんが、それを監視、管理するタナトスがカオスよりずっと前に行方知らずとなりましたからね。サクッとできますが・・・・・・どうしますか?」
「…………俺は――」
「よせ、鋭太郎!!」
決断しようとしていた鋭太郎を、秋葉は呼び止めた。未だにガイアと交戦しているが。
「クロノスが、確かに過去に戻せるのは本当だ。だが仮に連れてったところで後で食うに決まってる! それ以前にまず連れてってくれるかの問題だ!」
「部外者が何か言ってますね……ガイア、いい加減にイチャイチャするのをやめてください。あなたには彼氏がいるはずですよ」
「!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
クロノスの言葉を聞いた秋葉が動揺し、ガイアを見る。
「うそ……だろ…………?」
「何? 僕に彼氏の一人、できないとでも!!」
ガイアは秋葉の腹に鋭い蹴りを入れる。秋葉は今までの抵抗が嘘のように、あっけなく遠くへ飛び転がっていく。
秋葉は死んだ魚の目で倒れたまま、動くことはなかった。交戦した疲れでも、蹴りを入れられた痛みのせいでもない、また別の精神的ダメージが、秋葉の気力を失わせていた。
降り注ぐ雨が余計にその虚しさを引き立てていた。
「うーわー、汚れちゃったじゃん」
秋葉を他所に、ガイアは立ち上がり服を払う。雨で濡れているせいもあり、土の汚れがうまく取れなかった。
ガイアの様子を確認したクロノスは鋭太郎に問う。
「さて、どうしますか? 鋭太郎様」
「―――――――――――――――――――――――」
夏織を差し出せばまた、姉ちゃんに会える。
もしかしたら、姉ちゃんを殺した犯人もわかるかもしれない。
だがその後、クロノスに食われるかもしれない。
それでもいい――
一瞬でも、もう一度この目で姉ちゃんを見れるなら、俺はどうなっても――
「鋭……太郎…………」
徐々に体力を戻していた夏織が、いつの間にか鋭太郎の背後近くまで来ていた。だが夏織の体は傷だらけ。少しでも気を抜いたら倒れそうな状態で、ふらつきながらも鋭太郎に少しずつ近づいていた。
「んなっ!? こいつ、まだ動け――ぐはっ!!」
ガイアは夏織を止めに入ろうと攻撃を仕掛けるも、逆に拳を撃ち出された。体力がない状態とは思えない、素早い殴りに油断したガイアは飛ばされ、倒れている秋葉に当たった。
ビリヤードの球のように、ガイアはその場で倒れ、秋葉だけがまた遠くに飛ばされていく。
「鋭太郎……」
夏織は鋭太郎の背中に体を寄せ、抱きしめるとそのまま膝を崩す。
「はぁ…………はぁ…………」
夏織の体が小刻みに震え、息があれているのが鋭太郎の体に伝わってくる。横になっている方が楽なのにも関わらず、夏織は必死にしがみつく。
まるでほんの一時も離れたくない子供のように――
「…………………」
俺は屑だ。
たった一人の――救いようのない俺のことをこんなに想っているのに差し出すとか……ゲスの極みだ。
もう姉ちゃんに見せる顔がないな――
「その話、遠慮させてもらう」
鋭太郎は姉のことを諦め、夏織を守ることを選んだ。
「本当にいいのか?」
クロノスが聞いてくると、鋭太郎は迷いなく話す。
「構わないさ。夏織が元の形が人間じゃないことも知ってる。得体の知れない者の傍にいるってことがどれだけ異常かもわかってる。それでも俺は、夏織の気持ちを踏みにじむことはできない」
鋭太郎は夏織の両腕を解き、後ろを振り向き夏織と同じ高さにしゃがむ。
そして鋭太郎は――
「!?」
自分の唇を、夏織の唇に重ねた。
キスの仕方なんて、恋愛経験が破滅的な鋭太郎にはわからなかった。
正直に勢いだけでやった鋭太郎。
それでも、夏織に思いは届いていた。
「…………」
キスを終え、鋭太郎は立ち上がり、クロノスの方を向く。
「俺は夏織が好きだ、大好きだ! 誰にも渡さねえ! お前に差し出すってんなら俺を食え! 食ってみろ! 今の俺なら負ける気がしねぇ!!」
「……そうですか」
(うわー、何言ってんだ俺! なぜこのタイミングでキスしたし! そして勝てるわけねえだろ! 相手は時間操作できるチート神だぞ!)
「初めてですよ、下等生物に挑発されたのは――」
「あっ、本当に勝てるかも。なんかスゲー小物感出てきてる」
鋭太郎が思ったことを口に出すと、クロノスがため息を吐く。
「怖くないのですか? いつ僕が時間を止めるかもわからず、いつ攻撃されるかもわからないというのに」
クロノスが聞くと、鋭太郎は少々黙り込んでから口を開く。
「怖い――はずなんだよなー…………」
「?」
「いや、なんていうの? 感覚か感情が麻痺したのかわからない。ガイアに捕らわれた時は結構怖かった。今も怖いなって思ってる――はずなんだけど体が平然としているんだよ。これも夏織から力を分けて貰ったおかげなのか?」
「さあ、神の力を得た人間がどうなるかは、誰にも理解出来ないものですから。だから掟が存在するのです」
鋭太郎はクロノスの口から出た『掟』という語に反応する。
「薄々気づいてたが、やっぱあるんだな」
「えぇ、カオス様が追われている理由はその掟が原因でして。カオス様は人間世界への無断入界、人間への恋、そして……人間への力の分配。これら三つを破っております」
「結構厳しいな、無断入界、力の分配は理解出来るが、恋愛は許してやれよ。感情を持った生き物なんだし」
「無断入界と力の分配禁止。これらはかなり前から決まってましたが、人間への恋愛禁止は最近決まったものなのです。カオス様などから既にお聞きになったと思いますが、あなたより前に神から力を貰った人間がいることを」
(荘夜が言ってたな…………俺のことを『神の力を得た人間第二号』って。無論、第一号がいるわけだな)
クロノスは間を空けずに、ある昔話を語り始める――
「ある神が、人間世界の住民に恋をし、無断入界した。複数の神が調査に行ったものの発見できず、その神は今でも行方知らず。『その神は人に恋しただけで人間世界に害を加えることはない』と判断したアイテール様は、調査を中止させ、しばらく神世界から様子をみることにした
それから数年後、神世界から人間世界を観察していた神が、あまりにも異常な脳波を放っている人間を見つけた。アイテール様は神々を調査に向かわせ、人間と対峙した。神々は神世界に連れて行くため捕らえようとしますが、なんとその人間は使える訳のないエフェクト、神をも翻弄する身体能力を持ち、次々と調査しに行った神々が倒されていったのです。神々はその人間を一度も捕らえることが出来ず、人間は姿を潜めてしまった」
「…………」
「と、いうようなことがありました。このことからアイテール様は『恋愛の中でも力の分配のやり取りが生まれる』と判断したため、人間への恋愛禁止を項目の中に増やしたそうです」
クロノスが話し終えた。
(まだ恋愛が原因とわかり切ってないのにか。相変わらずアバウトだな顔が見てみたい。てかクロノスもクロノスだな。敵相手に味方側の話をペラペラ喋ってるし)
「我々から見ればあなたもこうなり得る存在なのですよ。明日、明後日頃にはあなたの討伐命令も出されるはずです」
「夏織を守るからには命を投げ捨てるつもりだ。命令が出て狙われたところで俺の状況は変わらないぞ」
鋭太郎は何変わらず強気で出た。
「そうですか……ガイア」
「っ!?」
クロノスに呼ばれ、ガイアは体を起き上がらせた。
「やれ」
「おっけ!」
ガイアは檻の方に手を向ける。手から緑のオーラが放たれる。【ケイパビリティー】使用のサインである。
「悪く思わないでね!」
ガイアが言うと、檻の木格子が外れ、天井が落下した。生徒たちは無抵抗のまま、挟み潰されてしまった。
(あっ、やばい。あの中に恋侍いたかも知れない。どうしよう……いや、もう起きたことだからどうもこうもできないけど。まあ問題ないだろ、あいつ大型トラックに撥ねられても無傷だったっていう伝説残してるし。今回も肋骨がへし折れた程度で生きてそうだし)
鋭太郎は謎の安心をする。
檻の様子を見ていたクロノスが何か違和感を感じていた。
「妙ですね・・・・・・魂どころか、血の一滴も吹き出てこないとは――」
「月<リウィンド・ヒール>」
すると誰かがエフェクトを唱えた。夏織でもガイアでもない、別の女性の声。
鋭太郎たちは声のした方に顔を向ける。
黒髪で、その長い髪をうなじ近くで一つ縛りしている優しいお姉さんのような女性――
遠くに放置されていた荘夜をエフェクトで回復を行っている、柚乃先生がいた。
「うぇ!?」
鋭太郎は変な声で驚いた。今という今まで、柚乃先生を普通の一般人と思っていたからだ。
「えっ、嘘!?」
ガイアも驚きを隠せずにいた。
「ガイア、学校に他の神がいないかチェックするように伝えたはずですが…………」
クロノスは呆れたように目を伏せながら言った。
「そんなこと言われたって、柚乃先生はカオスが学校に来る前々からいたみたいだし――」
「柚乃?」
クロノスは先生の名前に引っかかる
「ゆの……ユノ……ユー…………っ!? 馬鹿な!? こんなことが!?」
クロノスが敬語を忘れて驚く。
「なぜこんなところに! ローマ神族最高位であるユーノーが!! 信じられん!!」
(…………あっ、そっか。日本ではユノって言い方が一番馴染んでいたが、神世界では正式名称の方で呼ばれていたみたいだな。それにしても、何の捻りもなく柚乃って名前使ってたのに気づかなかった俺も俺だな……つっても、神と関わりを持ったのはホントに最近だし仕方ないか)
「ええええええええええええええええ!? 嘘でしょ!? 先生があの、史上最多のエフェクト保持神ユーノーだったの!?」
ガイアが驚きのあまり尻もちを着く。
(二人がここまで驚愕するってことは相当の実力者ってことか。だが荘夜を回復させてるってことは……夏織たちの味方、ってことでいいのか? その証拠なのか夏織に驚いた様子はない)
夏織も先生の方を向いているが、クロノスやガイアのような反応は示さなかった。
荘夜の回復を終えた柚乃は長い髪をかき上げ、クロノスの方を向く。
回復された荘夜の体は傷一つ残っておらず、ちぎれた右手も元通りになっていた。
「神奈さんがガイア、秋葉くんがアキレス、夏織さんがカオス、そして今日転校してきた荘夜くんがニュクス。全員この学校の生徒と化していることを知って先生をしてきました。しばらく様子を見ていましたが、ここまで大胆なことをするとなると、私も黙ってはいられません。残念ですが、先生方、生徒たちは既に体育館に避難させています」
「えっ、潰されるときにも檻の中にいたじゃないか! この目でちゃんと確認したぞ! それに、人質を捕らえたのは僕だぞ! 偽物なわけないじゃないか!」
ガイアがタメ口で柚乃に言い返した。
「あなたが捕らえたのは本物の生徒たちで間違いありません。檻に閉じ込めた後で、あなたたちが荘夜くん、夏織さん、そして秋葉くんと鋭太郎くんに気を取られている隙を狙ってエフェクト<テレポート・アフターイメージ>で、生徒たちを体育館へ転送させました。その際に残像が永続的に残るため、あなたたちの目からは何も変化がないように見えるのも仕方ないでしょう」
(なるほど、だからやけに静かだったのか)
「生徒たちが外に出られても困るから、<セイフティ・スリープ>も同時にかけて眠らせています」
(何がともあれ、恋侍は無事そうだな)
鋭太郎は本心ホッとした。
「いいのですか? あなたほどの神であっても、カオス側に付くのであればアイテール様も黙ってはいられませんよ」
クロノスが額に汗をかきながら、柚乃に言った。
「私は元々アイテールに嫌われてますし、命を狙われた程度では動じる必要もありません。この世界にも無断で来ましたし」
「――なぜカオスに味方する…………どいつもこいつも!!」
クロノスが柚乃に向かって突進する。
突風が出るほど速く勢いが強かったが、近くにいた鋭太郎に腹を殴られ、あっさり食い止められてしまう。
「くっ!!」
クロノスは後ろに押され、体勢が崩れかける。
「お前、キャラがコロコロ変わると、読者が困るだろっ!」
鋭太郎は言い終えると同時に、手に持っていた残りの弾丸一つを、クロノスに向けて投げ飛ばす。
「っ!?」
クロノスが撃った銃よりも速く正確に向かってくる弾丸に、クロノスは【ケイパビリティー】を使い回避する。
風が止み、雨が宙に浮く。
弾丸がクロノスの手前で止まった。
誰一人瞬きもしない。夏織すら動けていない。
「おっと危ない危ない。念を入れて強く時間停止をかけてよかった。カオスも動けない様子ですし。やはり僕の能力は最強のケイパ――」
「? 風が止んだな」
一人を除いて――
「なんだこれ!? 雫が宙に浮いてるぞ!?」
「…………」
クロノスはその様子を目の当たりにし、叫ぶ。
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
「流石の神でも、この現象は驚――」
「そうじゃない! お前が何気なく平然と動けることに――ぶふぁあ!!」
クロノスが突然爆発を体に受けた。【ケイパビリティー】を使うのにも集中力がいる。鋭太郎が動けることに驚きすぎたクロノスは集中力が逸れ、不意に時間停止が解除された。時間が動き始めたことにより止まっていた弾丸が動き、鋭太郎に注目していたクロノスはその存在をも忘れてしまい、抵抗することも出来ず着弾。そして爆発したのだった。
(あっ、時間を止めていたのか。意外と区別がつかないんだな)
鋭太郎は必要のない納得をする。
「クソが!」
クロノスは意外と頑丈で、服が破け体に火傷を負っただけで、体の一部が吹き飛ぶことはなかった。
「貴様!! いつから入れるようになった!!」
「悪い、今のが初めて――」
クロノスが怒り狂う鬼のような鋭い目つきで、鋭太郎を睨み付ける。
「いやまて! 本当だぞ! そうじゃなかったらアキレスに言われる前からお前の存在に――」
「黙れ!!」
クロノスがやけくそに鋭太郎に突進、殴りかかる。
鋭太郎が立ち向かおうと構えると、後ろにいた夏織が力を振り絞って立ち上がり、向かってくるクロノスに拳を出す。完全に油断していたクロノスはそれを顔面にくらい、鼻血を出して後ろに吹き飛んでいった。
夏織は拳を出す勢いに流されるように倒れた。
「大丈夫か!?」
鋭太郎が夏織の心配をし、しゃがみ寄り添う。
「大丈夫……鋭太郎さんが付いてくれてるから」
「!?」
鋭太郎は夏織の言葉に顔を赤くし、返す言葉に迷う。恐怖心以外の感情はそこまで麻痺していないようだ。
「クロノス!」
ガイアがクロノスの助けに出ようと剣を持ち鋭太郎たちに接近しようと試みるが、意識をした荘夜がガイアの影から現れ、音も立てずに刀でガイアの体を突き刺そうとする。
「ガイア! 後ろだ!」
何の前触れもなく復活した秋葉が、遠くからガイアに声をかけた。
「?」
ガイアが後ろを向いたときにはもう遅い。
刀は――
「え…………?」
ガイアを抱きしめるように庇った秋葉の背中に刺さる。
「!?」
荘夜は剣を抜く。秋葉は指されたものの、辛い表情を見せることはなかった。
「アキレス、お前が一度姉を逃がしてくれたことに感謝している。だから今は殺したくない、どいてくれ」
「その貸しを今返させてくれ! 頼む! こいつだけは殺すな!」
「は? 裏切ったくせに何言ってんの?」
「裏切り?」
ガイアの言葉を、荘夜は理解できなかった。それもそのはず、ついさっきまで気絶していたため、秋葉がクロノスたちに刃向かったことなど目にも耳にもしていなかった。
「俺はクロノス、アイテールの野郎を裏切っただけだ。俺はお前を裏切った覚えはない! もとい、裏切っても傍にいるつもりだ!」
秋葉はガイアを強く抱きしめ、動きを封じた。
「何それ、ただのエゴじゃん。というか離してよ童貞!!」
ガイアは必死に解こうとするが、秋葉の力が強く、解くことができなかった。
「断る!!」
「は?」
(あの二人仲いいな……ガイアはなぜ秋葉を彼氏にしなかったんだ?)
鋭太郎が秋葉とガイアの様子を確認し、倒れているクロノスに目を向ける。
「夏織、どうする? やっぱ殺すしかないのか?」
「当然です…………生かしても、害にしかなりませんから――」
「時<ダブル・スピード>」
倒れているクロノスがエフェクトを唱える。
鋭太郎がそれをしっかりと耳にしたが、構えたときには既にクロノスは間近に迫っていた。クロノスは鋭太郎にも捕らえきれない速度で動き、夏織の首を閉めながら鋭太郎と距離を置く。
(速い! さっきの倍はあったぞ!)
「散々俺をコケにしやがって!! でももうこれで終わりだ…………鋭太郎! お前を食わせろ! さもないと…………アッハハハハハハハ!!」
「ぅ…………ぅう………………!!」
クロノスが発狂しながら夏織の首を強く絞める。体力も底を尽きた夏織は、抵抗することもままならなかった。
「―――――――――――――――――」
鋭太郎の中で、過去の記憶がフラッシュバックする――
――おい! お前は弟の面倒もロクにできねーのか!!
――ゅる……じて…………ぉと…………さ……………………
鋭太郎は姉を諦めて、夏織を守る方を選んだ。
ただ――姉のことを忘れることはできなかった。
――忘れられるわけもなく、忘れてはいけないようだった――
「どうした? 早くしないと――っ!?」
クロノスの顔が一気に青ざめる。
「な、何だよお前!?」
クロノスは鋭太郎に対して、初めて恐怖心を覚えた。
さっきまで見えてなかった巨大な影のようなものが鋭太郎の体を包んでいるように、クロノスは見えた。
「…………」
鋭太郎は無表情のまま、ゆっくりとクロノスに近づく。
「ひっ!?」
クロノスが怯えた声を上げ、体に力が入らなくなり夏織が手から離れた。
夏織は倒れながらも鋭太郎を見るが、鋭太郎から何も感じなかった。
「わかった! 俺が悪かった! お前も食わない! カオスも諦めるだから…………!」
クロノスは腰を抜かし、間抜けのように後退りしていくが、鋭太郎の歩みの方が早く、もう拳が届く範囲にまで迫っていた。
「…………」
鋭太郎は黙ったまま右拳を握り締め、構える。
「だから命だけは――――――――」
無情――鋭太郎は問答無用でクロノスの頭を殴る。
すると殴っただけとは思えない衝撃が校庭中に伝わったと思っていると、クロノスの体が水風船のように炸裂し、血飛沫が飛び上がる。
内蔵も飛び出るが、溶けるように跡形もなく消えていった。
鋭太郎にかかったクロノスの血も、数秒後には完全になくなっていた。
殴った衝撃はあまりにも巨大なもので、空中の雲をもかき消した。
「…………」
夏織、荘夜、秋葉、ガイア、柚乃。
五人は鋭太郎がやったことに衝撃を受け、硬直した。
「今のは…………」
夏織は鋭太郎が何をしたのか理解していた。
エフェクトを使った。
<パニッシュメント・ネメシス>を。
「…………」
鋭太郎はゆっくりと倒れ、気絶した。
「鋭太郎――うぐっ!」
秋葉が鋭太郎を気にかけていると、ガイアがみぞおちを殴る。秋葉がひるみ、解放された隙を逃さずガイアは空高く跳躍し、どこか遠くに消えた。
「くそっ、待て!!」
秋葉も痛みに耐えながら跳躍し、ガイアの後を追いかける。
荘夜も後を追おうとするが、柚乃に腕を捕まり止められる。
「追う必要はありません。きっと戻ってくるでしょう…………今は鋭太郎くんたちの治療が先です」
「……わかりました」
荘夜と柚乃は、鋭太郎たちの元に駆け寄る――。
「――なるほど、しばらくは様子見ってことにしますか」
屋上にいた恋侍が、そんなことを言ったような気がした。