第六話 戦い方
時刻は一時過ぎ――
鋭太郎、夏織、秋葉、神奈、恋侍の五人は、ワイルドな男――輝幸ことユピテルに連れてかれ、アパートの一室に招かれた。
ポセイドン、ゼピュロスは、お腹を空かせたネプチューンのために、その三人でファミレスで昼食を取った後、合流することになっている。
アパートの部屋の中は、部屋と呼ぶには広すぎるもので、一般的な体育館と同じくらいの広さだった。その広さ故に、家具が多くインテリアショップに来たような感じだった。
部屋の中心にある、大きなテーブルを囲むように、鋭太郎達は椅子に座る。
「さて、早速俺が集めた情報を――」
「おい、タナトスの野郎、まだ寝てるけどいいのか?」
秋葉が言うように、恋侍だけは近くのベッドに横たわっていた。これは、ユピテルが連れていた女達から受けた罵倒にショックを受け、気絶しているだけである。
「問題ない。あとでポセイドン達と一緒に話をすればいいさ」
「話に入る前に1つ聞きたいんだが……文月市が壊滅したというのは本当か?」
「えぇ、そうよ。アネモイ四兄妹の襲来もあるけど、どちらかとあいつの方が街を壊しているわ」
夏織が恋侍に視線を向けながら答えた。
「なるほど。通りで奴らも騒いでるわけか」
「奴らって?」
神奈が首を傾けて訊ねた。
「アイテール側の神々だ。ユノに頼まれて、俺は神世界に潜入して情報を盗むこともしててな。今あいつらは、文月市の惨状を見て『タナトスが姿を現したのかも知れない』とかで、大騒ぎしている」
(敵が文月市を見て恋侍の名を出すってことは、やっぱり神々の中でもかなり強いのか。恋侍の存在によって、敵が警戒してしばらく刺客を送って来なくなればいいんだが……)
そう思った鋭太郎であったが、現実はそう上手くいくものではなかった。
「そこで、奴らは新たに『四星神』をこの世界に送った。フューリズ四姉妹だ、かなり厄介だぞ」
「フューリズ……エリーニュスのことか?」
鋭太郎が困惑していると、夏織が説明に入る。
「私たちの世界のエリーニュスは、フューリズ家の長女です。
アレークトーは次女。
ティーシポネーは三女。
そして、メガイラが末女です」
――エリーニュス。
ギリシャ神話に登場する復讐の三女神。
複数形でエリーニュエス、フューリズとも称される。
アレークトーは、「止まない者」の意。
ティーシポネーは、「殺戮の復讐者」の意。
そしてメガイラは、「嫉妬する者」の意である。
「で、フューリズの奴らは今どこに?」
秋葉が聞くと、ユピテルは空かさず答える。
「ヘルメスの情報では、皐月市に潜伏しているらしい」
「潜伏? 捜索の間違いじゃないの?」
神奈が聞くと――
「ポンコツだなぁ……カオスの捜索とは別に何か企んでるって察しなさいな」
目を覚ました恋侍が、煽るように答えた。
恋侍は目を擦りながら、鋭太郎の隣の空いてる椅子に座る。
「んな、ポンコツって言われても! こんなの察しろって方がおかしいだろ!」
「ユピテル、彼女はあれでもアイテール氏の側近なりかけだったんだぜ。おかしいよな? 神世界の主、ロリコン説ワンチャンあるぞ! 妻はあんなに母性あふれるバ――ゴホン、お姉さんだってのに!」
「まあまあ、あいつに限ってそんな事はないさ。それに、俺が唯一伴侶にしたいと思ったユノを、あいつは自分のものにしたんだ。浮気なんざ、俺が許さねえよ」
「えっ? ちょ、ちょっと待って!?」
このように動揺して、立ち上がったのは鋭太郎だった。
だがユピテルの発言に動揺を示しているのは鋭太郎だけであり、他の皆は逆に、鋭太郎の反応に困惑していた。
(なんで皆平然と――あっ…………)
鋭太郎は何かを思い出し、腰に付けていた木刀を右手に取って眺める。
「ん? カオスの彼氏――確か、鋭太郎だよな? なぜ鋭太郎がそれを持っているんだ?」
鋭太郎の木刀を見て、ユピテルの表情が険しくなる。
「あー…………これ、やっぱりアイテールの愛用武器なんですよね?」
鋭太郎は以前ポセイドンに、なぜアイテールの武器を持っているのかと、問われていたことを思い出したのだ。
「えっ、そうなの!?」
鋭太郎の問いに、神奈は驚く。
「そうよ。アイテール様が幼少期から愛用していた木刀よ。どうして鋭太郎さんが持ってるのかはわからないけど」
夏織が冷静に神奈にそう教えた。
「カオスの言う通り、アイテールはそれ1本で神世界の頂点に立った男だ。あいつがそれを簡単に手放すとは思えん、それを何処で手に入れた?」
ユピテルが真剣な表情で鋭太郎に聞く。
「これは、柚乃先生から貰ったものです。夫からの要望と言ってました。その夫が、アイテールだと思いませんでした…………」
「……なるほど」
鋭太郎の話を聞いて、ユピテルは納得する。
「そうか、お前が――」
「ぶぇっくしょん!!!」
突然、秋葉が大きなくしゃみをする。
わざとらしく、耳障りな感じで。
「ちょ、アキレスうるさい!」
「わりぃわりぃ、花粉症か? いや、この時期花粉飛んでないか」
秋葉が鼻を掻きながら、恋侍に視線を送る。
恋侍はそれに気づき、秋葉が大きなくしゃみをした動機を察した。
ユピテルは今、鋭太郎に対して柚乃とアイテールの間から産まれた息子であることを漏らす所だったのだ。
鋭太郎はまだそれを知らないため、それを言ってしまえば混乱してしまうだろう。
そして、柚乃にはまだ話さないように口封じされているため、下手すれば柚乃に殺される可能性もある。
そのため、秋葉はユピテルの発言を阻止しようと、わざとくしゃみをしたのだ。
そして、ユピテルがその話を続けないように恋侍は話を切り替える。
「あ、そうそう。ユピテル氏、ニュクスを見かけなかったか? 実は最近、誰にも何も告げずに一人で雲隠れしちゃってさぁ。柚乃の話だと、ここ水無月市に来たのをヘルメスが確認したとかだけど」
「ニュクスか…………あぁ、確かにそれらしき人物を、俺も見たな」
「ッ!? どこで!?」
夏織が焦燥の顔を浮かべながら、思わず机を叩いた。
「そう焦るな。あいつはちゃんと生きてるさ。ただ、妙なことがあってな」
「妙なこと……?」
「あいつに何かが纏わり付いていた。『黒い煙』というか……荘夜が話しかけてたことから、何かしらの生命であることは確かだが」
「今は何処に!?」
「ヘルメスに調査を任せているから、俺にはわからない。今は、ヘルメスの連絡を待つしかないってことだ」
※
「ニュクスの個人レッスンも兼ねるが……久しぶりに暴れさせてもらうぜ!!」
水無月市と皐月市の間にある森の中――
荘夜の体を乗っ取った『黒い煙』は、不気味な笑顔を浮かべながら、ヘルメスの右手首を強く握っている。
「ぐっ!!」
『荘夜』の握力は強く、ヘルメスは手を解けずにいた。
『荘夜』はその状態のまま立ち上がる。
彼の左足は、いつの間にか元の状態に治っていた。
「このまま殺してもいいんだが――」
『荘夜』は、ヘルメスを前方へ蹴り飛ばした。
ヘルメスは受け身を取り、後転した勢いで立つ。
「それじゃあ授業ができなくなるんでな……悪いが付き合ってくれねぇか?」
そう言って、『荘夜』は地面に落ちたヘルメスの剣を蹴り飛ばし、彼の足下へ運んだ。
「はぁ?」
ヘルメスは、『荘夜』の行動に困惑した。
「それが普通の反応だよな? 安心しろって、その代わり殺さねえから。相手を弄んだ後に殺すのは流石に後味が悪い。オレッちはタナトス程の外道にはなれねぇよ」
「…………」
ヘルメスは、剣を拾いながら考える。
(ここは一旦引くか? あいつが簡単に逃がしてもらえるとは思えないけど、逃げながらでも連絡は――)
「取らせねぇよ」
「ッ!?」
『荘夜』に思考を読まれ、思わず体がビクついた。
それを見た『荘夜』はニタァっと薄気味悪い笑顔を浮かべた後――
「暗<アイソレイション・テアトル>」
エフェクトを唱え、森全体が透明な半球の中に閉じ込められた。
これにより、外部から二人の姿は認識されなくなり、外部との連絡も遮断されてしまった。
ヘルメスは動揺していたため、<スキル・ネガティブ>を唱えられなかった。
「わりぃな、今回はタイマンでの戦い方を、こいつにご教授したいからな」
『荘夜』が、自分に纏わり付く『黒い煙』に視線を送りながら言った。
あの『黒い煙』に、今は荘夜の魂が乗り移っている。
「そんじゃ、まず一番ダメな攻撃箇所についてから教えるか。ひとまず……」
『荘夜』は、地面に落ちている自分の刀を拾うと同時に、ヘルメスの首を貫こうと突進する。
「ッ!?」
その速度は、荘夜本人よりも速く、地面を蹴った勢いだけで周囲の木々を大きく揺らした。
かわせないと判断したヘルメスは、『荘夜』の攻撃を剣で防ぐ。
ヘルメスの身に強い衝撃が走るものの、『荘夜』の攻撃が通る事はなかった。
「今、オレッちはニュクスより速く、力強く刀を突いた。だが、ご覧の通りヘルメスは防いでいる。また――」
『荘夜』は、ヘルメスの首を力強く、何度も突き刺そうとする。
だがヘルメスは、全ての攻撃を防いだ。
「同じ急所を何度攻撃しても、ヘルメスは全部防いじまう。これはまぁ、普通の事だな。じゃあ別の急所を狙えばいいかって?」
『荘夜』は一度身を引いた後、再度ヘルメスに向かって突進。
左胸を突き刺そうとする『荘夜』だったが、またもヘルメスが剣でそれを防ぐ。
立て続けに、『荘夜』は刀を引いた勢いに任せて身を翻し、ヘルメスの頭を水平に斬ろうとする。ヘルメスは冷静にその攻撃も剣で防ぐ。
『荘夜』は悪ふざけのつもりなのか、今度は股間を狙う。
ヘルメスは攻撃を剣で受け止めつつ、横にかわし『荘夜』との距離を置く。
「くッ…………!」
普段のヘルメスであれば、ふざけてるのかと文句を言うところである。
だが、今それを言えば『荘夜』に弄ばれていると、自虐することになる。
「体の反射? 危険察知? うーん……オレッち馬鹿だからそこら辺よく分かんないや。まぁともかく、今のを見てわかったと思うが、急所を狙っても防がれるものは防がれる。ただ急所を狙うだけじゃあ意味ねぇんだ」
『急所以外を狙えと言うのか? それなら急所を狙い続けた方が効率良いのでは?」
『黒い煙』に乗り移ってから初めて、荘夜が発言した。
「甘いなー……確率論じゃこの先戦えねぇぞ。それに、あえて確率論に沿うのなら、急所を狙わない方が当たるんだぜ。急所ってのは自分自身が一番よく知っている。一撃でも喰らったら致命傷になるんだから、目ン玉見開かせて意地でも防ごうとするに決まってる」
『だとしても、急所以外に攻撃したところで、相手に防御意識があれば意味がないだろ』
「んま、それに関してはごもっともだ。今から急所以外狙ったって――」
『荘夜』はヘルメスに急接近し、彼の右腕に斬りかかる。
ヘルメスはスッと左にかわした後、右足で『荘夜』を蹴り飛ばす。
『荘夜』は動じることなく宙で一回転し、きれいに両足で着地する。
「当たるどころか逆に反撃を喰らっちまう。…………さて、ここからが本番だぜ、ニュクス。よーく見とけよ」
『荘夜』身を屈める。
これまでとは違う攻撃が来ると思い、剣を構えて集中する。
「いいか、相手は機械じゃない。感情を持った神だ。防御意識なんざ、気の揺らぎだけで簡単に崩れる――」
『荘夜』が凄まじい勢いで駆ける。
「ッ!?」
ヘルメスは思わず身を竦めてしまう。
『荘夜』の速度は、先程よりも断然速かったが、対処できない程のものでもない。
恋侍のように、姿が見えなくなるほどの速度でもない。
ただ、『荘夜』の不気味な笑みに――
悪魔のような笑い方に――
恐ろしいものが急接近することに――
ヘルメスは恐怖した。
『荘夜』は連続でヘルメスの体に斬りかかる。
ヘルメスは体を震わせながらも、攻撃を剣で受け止め続ける。
恐怖心が、ヘルメスの体を無意識に引いていた。
だが、それをお構いなしに『荘夜』は突進しながら、何度も刀を振る。
右腕、左足、右肩、左肩、右足、左腕――
『荘夜』は左右交互に刀を振っている。
ヘルメスは後ろに下がりながらも攻撃を防ぎ続ける。
『荘夜』は攻撃しつつ、後ろについてくる『黒い煙』の荘夜に説明する。
「いいか、相手の足が自分より遅いのに、やたらと攻撃を防いでくる相手の場合、まず体力を消費させるのがベスト。これに関しては、どんな相手だろうと言えることだが、攻撃を防ぐのが得意な奴ほど、体力温存が上手い。なぜだと思う?」
『……必要最低限の動きしかしないから』
「その通り! そして、攻撃を防ぐのに一番体力を使わない箇所は?」
『……首』
「そゆこと。ニュクスは今まで、相手に全く体力を使わせない戦いをしてきたってことだ。んじゃ、どうすれば相手の体力を効率よく削れるかって? それは簡単、相手を動かせる攻撃をすればいいだけの話。
オレッちが今素早く、敢えて全体的に攻撃しているのも、相手の腕を多く動かして腕を疲労させるため。
突進しながら刀を振り続けているのも、相手を無理矢理下がらせて、体力を消耗させると同時に体勢を崩すため――」
――パキィン
『荘夜』が説明している内に、ヘルメスの剣が折れる。
折れた刃の上半分が、回転しながら宙に舞い、そして切先を下にして地面に刺さる。
「――武器を消耗させることを教え忘れるところだったぜ。とはいえ、思ってたより折れるのが早かったな」
「はぁ……はぁ……」
ヘルメスは息切れを起こし、体をふらつかせている。
「さて、ここまで来たら好きなだけいたぶってもOKだが……殺す訳にはいかないからなぁ~。と言っても、気絶させるやり方わかんないし……下手すると死んじゃうもんな」
『荘夜』が迷っていると、ヘルメスが折れた剣を振ってくる。
当然、ヘルメスは心体ともに疲れ切っているため振りが遅く、『荘夜』は前から来た人を避けるような感覚でかわした。
「おいおい、これ以上抵抗されると困るぜ。お前を殺さなきゃいけなくなっちまう」
「だったら……殺せばいいだろッ! どのみち、僕たちと敵対してるようじゃ、いずれ皆に殺されるよ。あんたも……ニュクスも!」
「…………はぁ」
ヘルメスの発言に、なぜか『荘夜』は大きなため息を漏らす。
それも普段よりも低く重い、真剣なものだった。
「んなッ! ため息を吐きたいのはこっちだ!! どうして僕を生かしておく!? それに、ニュクスもどうして! どうしてこいつと手を組む!?」
『………………』
『黒い煙』の荘夜は、何も答えなかった。
だが『荘夜』の方は答えた。
「お前を殺すと…………悲しむ奴がいるからな」
「それは誰なんだよ!!」
「正直残念だよ……ヘルメスなら、戦っている内にオレの正体がわかると思ってたんだが」
「こんな滅茶苦茶な戦いでわかるか!!」
ヘルメスは最後の力を振り絞り、全力で剣を振る。
先程よりも段違いに、今まで以上に素早く剣を振ったヘルメス。
だが、『荘夜』はそれをあっさりと右に避けながら、ヘルメスのうなじに峰打ちを入れる。
「うっ…………」
ヘルメスはゆっくりと、前に倒れていく。
意識が消えていく中で、『荘夜』の言葉が耳に入ってくる。
「お前を殺すと……オレの親友の、嫁が悲しむからな」
引っ越し作業などがあり、大変遅くなってしまいました。
本当にすみません!!
その作業がまだ続きますので、次回の更新は間を置いて4/16にします(その間に、第二章の修正を終わらせるかもしれません)
今後とも、よろしくお願いします!




