第五話 黒い煙
「その辺で許してあげるんだ、お嬢さん」
男の首を絞めている夏織を止めようと、声をかけた人物がいた。
「?」
その声に反応した夏織は、無意識のうちに男を放し、声がした方を向いた。
革のコートに、口には葉巻を咥え、顎と口元に立派な髭を生やした、ワイルドな男性がいた。
両腕に若い女を二人抱いており、更に男を取り囲むように五、六人の女がいる。
(あんなに女連れて街を歩く奴なんているのか……現実にいるのか)
鋭太郎は男に対して率直な感想を持った。
だが、その男を羨ましいとも、妬ましいとも思わなかった。
現に、鋭太郎が夏織という超絶美女と交際しているのもあるが、男の堂々たる雰囲気に悪い奴ではないと感じたからである。
男は女達を連れたまま、夏織に近づき始める。
「愛する人を侮辱した輩を成敗する君の姿は、薔薇のように美しかった。だが、君のような美しい女性が、こんなゴミ屑を殺してはならない。醜い害虫を潰し、手を汚してしまう君の姿を見たくないんだ」
男は口説くように褒め、同時に叱った。
「ご忠告どうも。でも、私は既に汚れているわ」
夏織は、普段と変わらぬ態度で男と接した。
「そうか? 俺には、以前より清らかな『波動』が見えるけどな……」
(以前? 会ったことがあるのか? なら、この男は――!?)
「きっと、心の支えとなる、彼氏が出来たからだな」
「っ!?」
男は、鋭太郎の方を向きながら言った。
鋭太郎は思わず身を引く。
(この男、何が狙いなんだ!? いや、そもそも敵なのか味方なのか、それすら判断できない! どちらにしろ、こいつは強い!!)
「そう構えるな。俺はお前から彼女を奪ったりしない」
男は鋭太郎を安心させるように言った後、鋭太郎をジッと見つめ始める。
警戒を解かない鋭太郎を見て、夏織が優しく告げる。
「その男は……少なくとも敵ではありませんよ」
「!?」
夏織の言葉に鋭太郎は驚き、目を見開く。
詳しく訊ねようと思ったところ、男が優しい表情で語り始める。
「素晴らしく、懐かしい『波動』だ。昔を思い出す…………互いに愛する一人の女を手に入れようと、激戦を繰り広げたあいつの『波動』に、よく似ている」
「あいつ? それは――」
誰だ――と聞こうとしたところ、後ろから聞き慣れた、場の雰囲気を壊す声がする。
「すげー!! メッチャ美人いるじゃん! 一人くらい貰っていいよね?」
女に飢えている(?)恋侍が、突如男の後方より姿を現し、男を取り囲む女達に目を輝かせていた。
その性欲丸出しの声を聞いた女達は、後ろを振り向くと同時に汚物を見るような目で恋侍を睨む。
「は?」「何見てんのよクソ虫が」「お前なんか輝幸様の足下にも及ばねえから」「消えろ童貞」「あんたと一緒にいるくらいならゴキブリに犯される方がマシよ!」
女達の容赦ない罵倒が、恋侍を襲った。
「ぐはッ!!」
それがあまりにもショックだったのか、恋侍は血を吐いて、倒れる。
少し遅れて、輝幸と呼ばれた男が後ろを向いた。
「おや、来てたのか。気づかなかったよ」
「別に、こいつは気にしなくていいだろ」
そう答えたのは、恋侍の後ろにいた秋葉だった。その隣に、神奈もいた。
「探したぜ……ユピテル」
※
水無月市と皐月市の境界付近。
森の片隅にて――
「この辺か?」
『そこら辺だ。やってくれ』
鋭太郎達から姿を暗ましている荘夜がそこにいた。
彼の全身をグルグルと回っている『黒い煙』が、もう一つの声の正体だ。
「暗夜<■■■・■■■■■■>」
荘夜が地面に右手をかざし、エフェクトを唱えると、その先に魔法陣が紫色の光を出しながら現れた。
数秒後、何事もなかったように、その魔法陣は消滅した。
「……………」
その一部始終を、小さな神――ヘルメスが木に隠れて見ていた。
(あのエフェクトは、大掛かりなもの。ニュクスは何を考えているんだ? それにあの『黒い煙』。あれは何なんだ?)
「……次はどこだ?」
『えっとな……次は卯月市だぜ』
(ともかく、ユノに報告した方が――)
「わかった。だがその前に――」
ヘルメスの存在に気づいた荘夜が振り返り、姿を隠してる木を見つめる。
「あのガキを始末しないとな……」
「ガキとは失礼だな!」
ヘルメスは、逃げずに荘夜の前に姿を現した。
それに合わせ、荘夜は体の正面をヘルメスに向ける。
「こう見えても、僕の方が年上だからね!」
「そうか……なら、遠慮する必要はないようだな」
荘夜が右手を横に構えると、何もない空間から刀を取り出す。
刃が紫色に塗られている、変わった日本刀だった。
『お前が戦うとこ見んのは初めてだな。とりま拝見させて貰うぜ。あと、オレッちの武器壊すなよ!』
「安心しろ、すぐに終わる」
『黒い煙』にそう言い終えると、荘夜は地を蹴り、一直線にヘルメスの首に刀を突き刺そうとする。
その瞬発力に、並大抵の者なら反応すら出来ないだろう。
だがヘルメスは、動じることなく横にかわす。
荘夜は勢いに身を任せ、そのまま直進してヘルメスと距離を置く。
「どうしても戦うの? 下手にやったらカオスに怒られそうなんだけど」
ヘルメスが訊ねてきた。その口調から、勝つ気満々だった。
「これは、僕が『悪』を働かせたことによって引き起こった戦い。そんな僕に、姉さんが心配などしてくれるとは思えない。それと、お前は今勝てると思っているだろ? この場では、僕の方が有利だ」
不意に姿を消した荘夜。それも束の間、ヘルメスの背後、木の影から荘夜が飛び出し彼の首を切断しようと刀を横に振る。
ヘルメスは振り向きもしてない。今からでは時を止めない限り、かわせない。
そう、確信していた荘夜。
「!?」
だが、首を斬る寸前、ヘルメスの姿が目の前から消えていた。
「信じられん、この消え方は…………ッ!?」
荘夜は、着地しながら驚く。
真下に沈むような消え方――そのような技は、荘夜が一番よく分かっていた。
「ぐッ!!」
呆気に取られていると、突然左足に激痛が走り、荘夜は右に横たわる。
反射的に左足を手で抑えようとするが、何故か空回りする。
荘夜が自分の目で確かめると、左足の膝より先がなかった。
「悪いけど、足を切断したよ。ユノに診てもらえばすぐ元に戻るからね」
いつの間にか、ヘルメスは荘夜の背後に回っていた。
「っ!!」
荘夜は、激痛に耐えながら体勢を整えようとする。
左足の出血をものともせず、刀を地面に刺し、それを支えにして右足だけで立つ。
「まだやる気? いくら神だからって不死身じゃない事ぐらいわかってるよね?」
ヘルメスは、あくまでも良心で荘夜に聞いた。
荘夜は黙って刀を抜き、右足を軸に反転してヘルメスに正面を向ける。
だが、痛みが伴いバランスを崩し、横に倒れる――と同時に、木の影の中に潜る。
「はぁ…………やっぱり僕の事、本気でガキだと思ってるんだね……」
ヘルメスはため息を吐いた後、背後から現れた荘夜の攻撃を振り向きもせず、剣を肩に乗せるように防いだ。
先程と同じように、荘夜はヘルメスの影から飛び出して首を貫こうとしたが、それをあっさりと、馬鹿にするようにヘルメスは止めたのだ。
「攻撃パターンが毎回同じ。はっきり言って、基礎がなってないよ」
「クソッ!!」
荘夜はやけくそに刀を引いては、宙に浮いたまま身を翻し、その勢いのままヘルメスの体を横に斬ろうとする。だが、ヘルメスは再び目の前から沈むように消え、空振りとなった。
ヘルメスは、またも荘夜の背後に回っており、今度は右足を切断しようとする。
「夜<オンブル・ブークリエ>!」
回りこまれたのを気配で察した荘夜は、素早くエフェクトを唱える。
すると、荘夜の影から黒い盾が具現化され、ヘルメスの攻撃を防いだ。
荘夜は地に右足を着け、その勢いで前回りをしてヘルメスと距離を置く。
「ま、流石に僕も同じ手は通じないか」
ヘルメスはそう言うが、余裕があった。
荘夜は身を屈めたまま、ヘルメスの方を向いた。
『へぇ~、中々面白い奴だな! 相手の【ケイパビリティー】を真似できるのか!』
荘夜が窮地に陥っている中、『黒い煙』はヘルメスの能力に感心していた。
「その通り!」
ヘルメスの【ケイパビリティー】は、『個性模倣』
相手の【ケイパビリティー】をそのままコピーして使う事が出来る能力。
だが、コピー出来るのは一度に一つ、それも一回までしか使えず、相手が【ケイパビリティー】を使用したのを目視で確認しないとコピーできない。また、時間制限があり、三十秒以内に使用しないと効果が消えてしまう。
そのため、その場その場で相手の【ケイパビリティー】を瞬時に把握し、それを我が物のように応用して戦わなければならない。
「……というか、ずっと気になってたけど、あんた誰?」
ヘルメスは、『黒い煙』に訊ねた。
『黒い煙』の正体が、少なくとも神ではあると推測していたからだ。
『ん、オレっち? 声でわからない? オレだよオレ!』
「……ごめん、わからない。でも、そう言ってくるって事は、少なくとも一度は会ってるみたいだね」
『うん。二、三回くらいは会ってると思うんだけどぉ……まあいいや、それよりニュクス――』
『黒い煙』は、ヘルメスの話を流しては荘夜にこう言った。
『あいつの言う通り、お前の戦いは基礎がなってない。職業病で動きが暗殺型になっちまってる。油断している相手を、不意打ちで、一撃で仕留めるには完璧な動きだ。だが、それは面と向かった殺し合いでは、通用しないぜ』
『黒い煙』は、ヘルメスの存在を無視して、荘夜の悪いところを指摘する。
不意打ちを仕掛けたいヘルメスであったが、荘夜の視線がこちらを向いたままであるため、その機会を掴めずにいた。
『まあ、とりあえず手本を見せてやるから、体を貸しな』
「!?」
『黒い煙』の発言を聞いたヘルメスが突進する。
(あの『黒い煙』が何者かわからない以上、容赦はできない! 乗り移るのを防ぐのは今からじゃ間に合わない! カオスには申し訳ないが、ニュクスの四肢全てを切断するしかない!)
ヘルメスは、先に右腕の切断を試みるが――
「!?」
それより先に、荘夜が右手でヘルメスの右手首を強く掴んできた。
「いてッ!!」
荘夜の握力の強さに、ヘルメスは思わず剣を手放した。
「……思ってたより馴染むな。属性が近いからか? ま、いいか」
荘夜が、普段のクールな嘘のように、まるで恋侍のような愉快な口調に変わっていた。
すでに、『黒い煙』が荘夜の体を乗っ取っていたのだ。
「ニュクスの個人レッスンも兼ねるが……久しぶりに暴れさせてもらうぜ!!」
更新が遅くなってすみませんでした。
来週は、この続きではなく、第二章の第八・五(8.5)話を投稿します。
第三章で投稿したエフェクトとケイパビリティーの解説を、鋭太郎の特訓の一環として移し替えます(本来であればこれが正規の解説編となったものです)
それに伴い、第三章の解説編の内容も変えます。大掛かりな修正となってすみません。
今後とも、よろしくお願いします!




