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混沌のディオス・ウォー  作者: 白沼 雄作
第一章 選ばれし少年
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第四話 変わりゆく日常

 曇天――町全体に雨が降る朝。


 鋭太郎は傘を差しながら登校していた。

 昨日、あの後夏織たちが泊まるだの何だの討論し、夜九時まで居座ったあげく、毎日飲んでいるというココアがないという理不尽な理由で帰っていった。


(昨日は色々ありすぎて疲れが取れてねえ…………今日も早退するか)


 そう思いながらチンタラ歩いていると、後ろから気にかかる声が聞こえてくる。


「夏織先輩、髪型変えましたか? とても似合ってますよ」

「そう? ありがとう」


 鋭太郎は後ろを覗き見る。

 一年でありながらテニス部のエースである武田と、傘を差さずに濡れている夏織の姿があった。

 夏織は普段と違い、長い髪を縛らず下ろしている。


(替えのヘアゴムがない――わけないよな普通。昨日俺が変な反応示したのが原因か?)


「僕の傘に入りますか? 風邪を引かれては困りますよ」

「大丈夫よ。濡れるのは慣れっこだから」

「そうですか…………」


 相合い傘を断られた武田は露骨に悲しんでいた。


(一般の女子は不憫だな。どのイケメンも夏織にしか興味持たねえみたいだしな)


 覗き見てる中、鋭太郎は夏織と目が合った。


「あっ、鋭太郎さん!」


 夏織は鋭太郎の左隣に近づく。自然と相合い傘をしている状態となった。


「おはようございます!」

「おう、おはよう」


 だが鋭太郎は相合い傘についてはとやかく思うことはなかった。


「大丈夫か? びしょ濡れじゃねえか」

「大丈夫です。エフェクトを使って乾かしますから」

「魔法を無駄なことに使うとは…………それより」

「何ですか?」

「髪下ろしてる方が似合ってるぞ。あくまで俺個人の感想だが」

「!? そそそうですか? ありがとう……ございます」


 鋭太郎に褒められ、武田の時とは全く異なる恥ずかしそうな反応を見せた。


「あっ、荘夜の話なんですが今日――」



「おい鋭太郎」



 夏織が何か重要な事を言い出してる中、妨害するように武田が鋭太郎を呼んだ。その声は重々しく憎んでいるように聞こえた。


「あー、やな予感がする……」


 と、言いつつも鋭太郎は武田の方に近づく。すると突然、武田は鋭太郎の胸ぐらを掴み上げる。鋭太郎は反動で傘を落とすが、動揺はしなかった。


「お前夏織様に対してタメ口とか完全に調子こいてんだろ? おい」


 武田は小声で威圧するように言った。


「あっ・・・・・・はい」


 そして武田の言葉で鋭太郎はやっと気づく。

 混沌神だの、カオスだの、ギリシャ神話だのと、ぶっ飛んだ真実を聞かされた鋭太郎は、夏織が先輩であることをすっかり忘れていた。


(ていうか何だよ夏織『様』って。ファンクラブでも出来てんのか? あってもおかしくはないが、こんなイケメンが入会してると考えるだけで笑っちまいそうだ)


「何笑ってんだよ」

「すんません」

「こいつ! 夏織先輩に好かれたからって調子に乗って――!!」

「やめて!」


 夏織が止めに入った。


「どうして止めるんですか?」

「離してあげて! 彼、雨に濡れるのが怖いの」

「え?」


 夏織の発言に、鋭太郎の方が驚いた。


「鋭太郎さんは幼い頃、親から酷い虐待を受けてました」


(おい、また俺の過去話し出したぞ)


「鋭太郎さんは何かをやらかす度に暴力を受けていました。

 拳や蹴りを入れられるだけでなく、様々な方法で。ある一つの方法では全裸で縄を縛り付けられ、雨降る外で夜が明けるまで放置。酷い場合は首から下を地面に埋められた事も。その際も全裸で地中の虫に噛まれたり刺されたりすることも。

 冬になるとゆきが降り積もり、体が埋もれるまで放置。酷いことに親が作ったアイスバーンの上で。鋭太郎さんの体には今も凍傷が――」


「誠に申し訳ございませんでした。許してください」


 夏織の話に耐えられなかった武田は鋭太郎を下ろし、傘を差すことなく土下座した。


「おい、なんでお前が謝るんだ? それに雨の中で土下座はやめろ」

「…………」


 鋭太郎が言うも、武田は体勢を立て直すことはなかった。


「行きましょう」

「え? お、おう」 

 

 夏織は武田を放置し、鋭太郎の腕を引っ張り歩く。

 鋭太郎はその際忘れずに落ちた自分の傘を拾う。


「おい、なんで俺の過去を知ってるんだ。しかも詳細深く」

「あっ、えっと…………それは禁則事項です」

「禁則事項、ねぇ……」


(漫画とかでよくある別世界を遠視するとかその体だろ。気にはせんが)


「あとあれだ」

「はい?」


 夏織は足を止め、鋭太郎の方を見る。


「凍傷の件だが、夏織が力を分け与えたおかげで、もう無くなったぞ」

「本当ですか!? 喜ばしいです!」


 夏織は満面の笑みで喜んだ。




   ※




 教室に着いた鋭太郎は、自分の席に座り考えていた。


(…………可愛い)


 鋭太郎は忘れられなかった。夏織の笑顔を。



(普通に考えてみれば、あんなに可愛いのに、惚れない男なんていないよな。

 夏織は俺のことが好き…………この場合やっぱり俺が告白するべきなのか。

 だが問題はその後だ。夏織の言う『ある目的』。ヘアゴムが切れたせいで肝心な所を聞けなかったが大体想像付く。もし『俺と結ばれること』であれば、他の神どもが黙ってないだろう。

 付き合い始めたら本格的に攻撃を始めるだろう。というか何で神どもは夏織を連れ戻したがるんだ?  この世界で悪さをしてる――なんてわけねえよな。してるならわざわざ女子高校生演じる必要もねえし。俺との関係を裂くためか? それなら俺を真っ先に殺せばいいはずだな。どうして――)



「何難しそうな顔してんだ?」


 鋭太郎の思考を妨害するように、恋侍が平然と話しかけてくる。


「いや…………疲れているだけだ」

「だろうな。最近早退多いが、大丈夫か?」

「っ!?」

 

 鋭太郎は、自分の身を案じた恋侍に驚いた。


「…………おい」

「?」

「まさかお前、俺が早退している理由が体調が崩れているから――なんて思ってないよな?」

「それ以外何があるんだ?」

「…………」


(恋侍、普段は俺をからかってばかりだが、心配する時はガチでする。よくわからない奴だ)


「あっ、そうそう。今日転校生がうちのクラスに来るっぽいぜ」

「ふーん」


 鋭太郎は全く興味がわかなかった。


「なんか噂によればクール系イケメン男子だそうだ」

「ふー…………んぅ!?」


 鋭太郎の脳裏に突然、あの時の夏織の言葉が再生された。



 ――あっ、荘夜の話なんですが今日――



「どうした? 心当たりでもあんのか?」

「いや…………何でもない」


 嫌な予感が鋭太郎の全身を震えさせる。


「なんとその人、留学から帰ってきた夏織先輩の弟らしいぜ!」



 ――ドンッ!!



 鋭太郎は額を机に強くぶつけた。当たってしまったのだ、嫌な予感が。

 他のクラスメイトの視線が鋭太郎に集まる。


「ちょ、どうしたん? やっぱり体調不良じゃ――」

「気にするな。嫌なことを思い出しただけだ」

「お、おう…………」


 鋭太郎は頭を抱えた。


(昨日のあいつが来るのかよ! 変なことしなきゃいいんだが――)


 すると、都合のいいようにチャイムがなる。

 担任の先生である秋海棠しゅうかいどう柚乃ゆの先生が、前の扉から入ってくる。


「皆さん、席に着いてください」


 先生に言われ、クラスの皆が席に戻る。


「えっと――あれ? 神奈さんと秋葉くんは?」


 鋭太郎は辺りを見渡す。

 教室の中で三つ、誰も座ってない席があった。

 一つは噂の転校生の分であろう。


「先生、どっちも体調不良で休んでいます」


 クラスの女子が先生に告げた。


「そうですか。残念です。二人がいない中になってしまいますが、今日はこのクラスに入る新しい生徒を紹介します。荘夜くん、入ってきて」

「はい」


 鋭太郎は姿を見るまでもなく確信した。


(名前と声からどう足掻いてもあいつだ!)


 前の扉から男が入ってくる。紺色の短髪に、鋭い目つき。鋭太郎の記憶にある荘夜と完全に一致していた。

 荘夜――夏織の弟にして、夜の(女)神ニュクス。

 そう、本来ニュクスは人間の形にしろ何にしろ性別は女のはずである。だがどう見ても荘夜は男。つまり、本当に神世界は神話と全くの別物と考えられるのだ。

 荘夜は入って早々、黒板に名前を書き始める。



 薊 荘夜



「薊荘夜だ。よろしく頼む」



「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」



 案の定、女子たちの黄色い声が教室に巻き起こった。


「何あのイケメン!」「私好みだわー!」「こっち見てー!」「あぁ・・・・・・死にそう////」


 女子たちの騒ぎが教室中に響き渡る。


「うわ、マジかよ・・・・・・」「あんなイケメンクラスにいらねえよ・・・・・・」「女子どもがうるさくなるな・・・・・・」「ウホッ! いい男////」


 女子たちの騒ぎを耳にし、男子たちは次々と愚痴を吐き出す。


(おい、一人変なのいるよな? 俺のクラスにホモとかやめろよ!)


「一つ言いたいことがある」


 荘夜が何か言いたげだが、女子たちは一向に聞く耳を持たない。


「皆が知っての通り、僕は夏織姉さんの弟だが――」


 荘夜は気にせず言うことにしたが、内容がマズかった。



「姉さんは鋭太郎のことが好きだから、邪魔しないでやってほしい」



「…………………………………………………………………………」


 騒ぎが嘘のように、教室が一気に静まる。そして皆、鋭太郎をイタいものを見る目でガン見していた。


「……………………」


 鋭太郎は立ち上がり、荘夜のもとへゆっくりと歩き近づいた。


「何テキトー言ってんだお前!」


 鋭太郎は荘夜の頭を掴み、黒板に強く当てた。


「え、鋭太郎くん! 暴力はいけません!」


 動揺しながらも柚乃先生が注意に入った。

 それに反応したわけではないが、鋭太郎は頭を離す――だけで済むと思いきや、今度は胸ぐらを掴み上げた。


「何って、事実を言ったまでです」

「いやいやいや、お前そういう意味じゃねえから。誰にもそれ言ってねえから」


 鋭太郎は小声で話した。


「あっ、知っていたのですか。お義兄さん」

「俺が知らないこと前提なのかよ。あとその呼び方学校ではやめろ! 気色悪い! あとなんだお前、昨日タメ口だったくせに今日は敬語かよ!」

「昨日姉さんから敬語を使えと」

「いや、使わなくていいから――」



「『お義兄さん』?」



 クラスが再びざわざわし始める。


「お義兄さんってどういうこと?」「もう結婚するとこまで決まってるの?」「なんでよりにとってあいつなんだ!」「奴を 必ず 殺す」


(あー…………もうだめだ、手遅れだ)


「とりま、これからよろしくおねがいします」

「あのなー!」


 鋭太郎の口文句がヒートアップしそうなところ、決まったようにチャイムが鳴った。


「と、とりあえず、ホームルームは終わりよ」


 場を仕切りなおそうと柚乃先生が言うものの――


「…………………………………………」

「…………………………………………」


 教室が静寂から開放されることはなかった。



   ※



 三時間目――体育。

 朝の曇天が嘘だったような快晴。雨の影響でジメジメとした嫌な暑さが生徒のやる気をなくしていく。

 鋭太郎たちのクラスは、ハンドボール投げの測定をしていた。


「うおりゃ!」


 恋侍がボールを投げる。かなり遠くまで飛んでいった。


「41メートル!」


 測定していたクラスメイトが驚いた顔で読み上げた。


「うーん、悪くないな」

「お前、昔から運動神経狂ってるからなー」


 恋侍の記録を聞いたクラスメイトたちが歓喜している。これで恋侍の印象が変わって彼女が出来るかもしれない。というより、実際恋侍の性格からモテるはずなのだが、なぜかモテない。現実は非情なり。


「次、クソ太――じゃなかった鋭太郎」


 数分して鋭太郎の番が回ってきた。


「お前絶対わざとだろ」


 投げる前にひとまず安定のつっこみを入れる。鋭太郎のつっこみ癖は、学校でも発揮される。

鋭太郎はボールを手に取りため息を吐く。


(ボール投げは昔から苦手だしな。テキトーにやっても変わんないだろ)


 鋭太郎はやる気なくボールを投げた。


「!?」


 投げた際、腕が思ってたより早く動いた実感があった。

 投げられたボールは遠く遠くへと重力を知らないように飛び、思い出したかのように落下した。

 測定するクラスメイトが落下地点をみる。

「……60メート――ろくじゅう!?」


 クラスメイトが馬鹿げた数値だと思い何度も確認する。

 だが、その記録は間違っていなかった。


「見たか今!」「あぁ、ハンマー投げ選手の記録だぜ完全に・・・・・・」「鋭太郎にあんな力あったのか」


 当然のように、クラスの皆がざわつく。


「――うぇ?」


 鋭太郎自身も結果に驚く。帰宅部にしてロクに運動していない鋭太郎がこの記録を出すのはあまりにも非現実的である。


「あっ・・・・・・」


 鋭太郎は思い出した。自身に夏織の力が与えられたことを。


「鋭太郎! もっかいやれ!」


 おかしいと思った測定者がやり直しを要求した。


「いや、一周した後にもう一回できるだろ」

「今やれ!!」

「お、おう…………」

 測定者の威圧に負け、鋭太郎は連続して投げる事となった。鋭太郎は近くにあった二球目のハンドボールを手に取る。


(下手にやると変な結果を出しちまう。さっきよりも力を抜くしかないな)


 鋭太郎は自分なりに、そんな力では10メートルも飛ばないだろうという要領でボールを投げた。・・・・・・だが甘かった。



「…………」


「おーい、記録頼む!」


「…………」


「もしもーし?」


「…………」



 測定者は黙り込むと、荘夜が様子を見に行った。記録を確認すると、荘夜は鋭太郎のもとに報告しに来る。


「お義兄さん、68メートルです」

「……………………は?」


 加減したのにも関わらず、鋭太郎の記録は一回目の時よりも伸びていたのだ。


「――――――――――――――――――――――」


 クラスの皆は一部始終を見て言葉すら出なくなっていた。


「さすがですね」

「いや、マグレだろ。てかマグレでもおかしいわい!」


 鋭太郎は素直に喜べなかった――いや、普通に喜べなかった。この記録はあくまで神の力があっての記録であり、本来の記録ではないからだ。



「…………おかしい…………どう考えてもあいつの力だけじゃここまで――」



「ん? なんか言ったか恋侍?」


 恋侍が小さく呟いたのに対し、鋭太郎が反応する。


「なんでもないぜ!」

「おう、そうか」


 恋侍は明るく返した。鋭太郎も気にしないことにした。


「僕の番なので、ボールを」

「おう」


 鋭太郎は近くの三球目のボールを荘夜に渡すと、普通に助走をつけて投げた。

 測定者は我に返ったように落下地点を確認し、測定する。


「54メートル!」


 これまたとんでもない結果が出された。しかし、神そのものであるはずの荘夜だが、鋭太郎の記録を上回ることはなかった。


「かなり手加減したみたいだな」


 鋭太郎は荘夜に耳打ちした。


「いえ、普通の要領で投げましたよ。本気で投げるわけにも行きませんが」


 荘夜は平然と答える。


「そ、そっか…………」


 鋭太郎は自分の結果に、返って気まずくなった。





「………なるほど、やっぱ完全には消えないんだな。きっと、あの人も喜ぶな」





   ※




「二人とも、どうですか?」


「僕の方は大丈夫」


「俺も完了した」


「そうですか。では、実行することにしましょう」



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