終話 揺るがない絆
翌日――
「ポセイ~!」
「……………………」
街中で建物の修復作業に専念していたポセイドンの左腕に、ゼピュロスが抱きついてくる。
昨日の被害は、文月市の八割に及び、街全体が瓦礫の砂漠と化していた。
なお、その被害の七割が恋侍とボレアスによるもので、隕石衝突の衝撃の被害はそこまでなかったということは、誰も知る由もなかった。
また、この騒動で住民のほとんどが巻き込まれ、命を落としたが、神々にとってはどうでも良いことだった。
「ゼピュロス、仕事に専念できませんから今は離れてくれませんか?」
「えー! あと十分だけ!」
ゼピュロスが気持ちよさそうに自分の頬をポセイドンの腕に擦りつけてくる。
当初のお嬢様気質が完全に抜け、甘えん坊な性格が表となっていた。
その影響あってか、髪型が平凡なツインテールに変わっていた。
昨日の戦いで、ポセイドンが誤って口説いてしまったが故に、ゼピュロスが完全に惚れ込んでしまい仲間となった。
結果的には一番良いことであるが、そのせいでゼピュロスがポセイドンにくっつきぱなしで、彼にとって面倒な事になってしまったのである。
兄姉の三人が恋侍に殺された事については、今のところ目を瞑っている様子。恋侍は真っ先に謝りにいったものの、何も返事はしなかった。血の繋がった兄姉を殺されて黙っていられる訳がないが、下手なことをして離脱するようなことになっては、ポセイドンと一緒にいられなくなると考えたのであろう。
「そう言って、昨日は一時間もずっとこの状態でしたよね?」
「別にいいじゃん! それに今時ここまで大胆にくっついてくれる美少女なんていないよ!」
「自分で言うんですか……否定はしませんが、このようなカップルは別れやすいと聞きますよ」
「このような事で嫌うようなポセイじゃないってわかってますよー!」
「…………」
ポセイドンは、ゼピュロスの呼び方が引っかかり、作業の手が止まる)
(ポセイ――か……そんな呼び方をしてくれるのはニュクスだけだった。彼は、一体何処に行ってしまったのか?)
昨日――騒動が片付いた後も、荘夜の消息が掴めずにいた。律儀な彼が、何の連絡もなく単独行動に出るはずがないと思ったポセイドンは捜索に出た。
一人ではキリがないため、皆の手を借りたが、鋭太郎は今でも気を失ったままで、無論手を借りれる様子ではなかった。
夏織はピリピリした状態で、非常に頼みにくかった。だが、実の弟ということもあり、頼んでみるとすかさず<コム>を起動してくれた。しかし、荘夜が応答することはなかった。
恋侍は気が滅入った様子であったが、嫌がることなく協力してくれた。恋侍は自慢のスピードを用いて文月市全体を駆け巡ってくれたが、何巡しても荘夜が見つかることはなかった。荘夜はすでに、この街を出て行った可能性が高いとされた。
柚乃、秋葉、神奈の三人は昨日皆の前に姿を現すことはなかった。三人についても心配になったが、連絡を取れていた恋侍が無事を報告したため、捜索に移ることはなかった。しかし、ここまで街に大きな被害が出たにも関わらず、何の目的で別行動を取っていたか疑問になったが、恋侍はそこまで教えてくれなかった。
「大丈夫?」
「えっ……?」
心配そうに顔を覗き込んできたゼピュロスに、ポセイドンは漠然と戸惑った。
「ボーッとしてたけど?」
「あぁ、すみません。疲れが出てしまいましたね」
「少し休もうよ。昨日からポセイずっと働きっぱなしだよ!」
「……そうですね。休みましょう」
ポセイドンとゼピュロスは、その場を去った。
(いくらでも待とう。ニュクスの帰りを。彼ならきっと戻ってくる)
※
文月学園屋上――
「殺風景だなー、まるで冥界みたいだ」
街の景色を眺めていた恋侍が、暇そうに呟いた。
「ここでサボっていたのね」
恋侍の背後に、夏織が突然姿を現した。
「んげっ! 夏織っちか!」
参った顔をして恋侍が後ろを向く。
「私だとマズいことでもあるの?」
「いやーだって、何かあると夏織すぐ殴ってくるじゃん?」
「あら、やっぱりあなたドMだったのね」
夏織は笑顔を見せるが、右拳を強く握り閉めていた。
「悪かったって! 許してください! あの事は非常に反省してますから」
恋侍は五体投地して必死に許しを求めた。
「……あの時は助かったわ。あなたがいなかったら死んでたもの」
「うぇ!?」
夏織が礼を言ったことに、恋侍は驚きのあまり体が飛び跳ね、直立する。何がどうなって体が飛び跳ねたのかは不明であるが。
「あ、あのカオス様がお許しを下さると!?」
「えぇ、そうよ。それともう一つ――」
夏織が唐突に恋侍に突進、勢いよく彼の腹部に右拳を入れた。
「あぶぁ!?」
安心した束の間の出来事に、何もできなかった恋侍の上半身と下半身が引き裂かれた。
下半身が他所に吹き飛び、だるま落としのように上半身が地面に落下した。
「ひでぇ! やっぱり許して――ん? 待てよ、この力は……!」
「あなたが蘇生してくれたおかげで魔力構成もリセットされたわ。これでやっと、鋭太郎さんを守れる」
夏織は右手を握ったまま胸に押し当て、目を閉じ安堵していた。
――もう、鋭太郎さんを危険な目に遭わせずに済む。
「それはよかったが、俺の体で実戦するとかサイコパスの極みだろ」
恋侍が愚痴をこぼしていると、偶然目の前に転がっていた自分の携帯から着信が来る。
恋侍は手を伸ばし、携帯を取って確認すると――
「ありゃ?」
気を失っているはずの鋭太郎からであった。
「鋭太郎さん!?」
「モノホンであることを願おう……」
ひとまず電話に出ることに。
「もしもしー?」
『俺だ』
普段通りの鋭太郎の声が聞こえてきた。
「知ってる――てかお前大丈夫かよ!?」
『大丈夫だ。昨日の傷は完全に消えてる。昨日はありがとな』
「なぁーに! 当たり前の事をしただけだ! ……ところで今何してるん?」
恋侍が聞くと、耳を疑うようなことを言ってきた。
『ゲーセンの前にいるけど』
「ふぁい!?」
予想斜め上の答えに、恋侍は戸惑いを隠せなかった。
「おま、今街がどうなってるのかお分かり?」
『あぁ、見た感じで大体。さっきポセイドンとゼピュロス? に会ってきた。今は街の修復作業をしてるみたいだな』
「今それどころじゃないってこと把握できてるか?」
『お前の事だからどうせサボりながらも暇してそうだなって』
「読まれていたか……」
『伊達に十年一緒にいてないだろ?』
「……なぁ」
『?』
「俺が、怖くないのか?」
恋侍は、恐る恐るその質問を投げた。
『…………』
しばらく考え黙る鋭太郎。数秒後、考えがまとまった鋭太郎が口を開いた。
『今の俺は、怖いとか怖くないとかよくわからない。感覚が鈍っちまってるからな』
「…………」
『けど、お前がいい奴だってことは、俺が一番よく知ってる』
「!?」
『お前の戦い方は非常にイカレてるが、戦争と考えれば結果は他の奴と変わんないさ。過程が違うだけで、敵を殺していることに変わりはないんだからな。今更お前を殺人鬼呼ばわりして嫌う理由はないんだ。だから、これからも俺の親友でいてくれ』
「…………」
恋侍は感動のあまり言葉が出なかった。
その代わりに、目から涙を出していた。
「あなた…………泣けるのね」
その光景に夏織は得体の知れないものを見る目で驚愕した。
『場所はハイパーノヴァだ。わかるだろ?』
「……あぁ、今行く」
そう言って、恋侍は電話を切った。
その後、恋侍は<サイコ・キネシス>を脳内詠唱し、上半身をうまく浮かせ下半身を他所から持ってきて接合した。
「……ちょっくら行ってくる」
体が元に戻った恋侍は、夏織にそう告げ、音速でその場を去った。
「ここまで来ると、『鋭侍』が羨ましいわね」
一人になった夏織が呟くが、すぐに違和感に気づく。
「鋭侍? 違うわね、名前を変えて今は恋侍だったわね――あれ?」
その違和感が、大きくなっていく。
「鋭侍……鋭太郎…………『鋭』侍…………『鋭』太郎――――」
――彼女は、とんでもないことに気づいたのかもしれない。
第三章 完
第三章を書き終えることができました!
ここまでご愛読いただき、ありがとうございます!
結局、秋葉、神奈、柚乃の出番が全くありませんでした。ヘルメスなんか名前だけで本人が登場することはありませんでしたが、忘れてたわけではありませんので、安心を。
次章では、ちゃんとこの四人の出番を入れます。
第三章も終わり、来週からは第四章を更新! ・・・・・・と言いたいところではありますが、勝手ながら今月の更新はこれで最後にしたいと思っています。
学校の行事や進路などで忙しいという理由もありますが、ここのところスランプ続きで一旦筆を置いたほうがいいと考えたからです。
また、第一章や第二章の修正も行いたいと思ったからです。今のと昔を比べると、文の構成が異なり、我ながら昔の物は読みにくいのではと思いました(今の方が読みにくいってパターンもあるかも)。
以上のことから、次回の更新を八月の初めにします。前々話の前書きで書いたように、月曜日更新に変えるかもしれません。
グダグダが続いてしまっていますが、これからも応援してくださると、こちらも励みになります!
今後とも、よろしくお願いします!




