第十四話 タナトスという男
※※注意※※
この話は、通常の倍増しでグロテスク・ショッキングな回となっております。
苦手な方は注意してお読みください。
「生きていたとはな……………………タナトス!!!」
話は現代に戻る――
ボレアスは恋侍の正体を掴み、その名を口にした。
これに鋭太郎も驚きを隠せず、思わず片足を引いた。
「タナトスって、夏織よりも先に消えたっていう……」
「おっ、よく知ってんじゃん!」
恋侍が鋭太郎の方に顔を向けながら話す。
「あー、確かクロノスの野郎がペラペラ話してたな。それにしても、お手柄だぜ鋭太郎。俺も相手にすんのが面倒なクロノスを倒すなんてよ!」
(そのことを知ってるって事は、あの場にいたのか!? 檻の中にいたとは思えないし、体育館から俺達を観察するにしても遠すぎる。どこだ……?)
「てかボレアス氏、できれば名前出さないでほしかったんすけど」
恋侍がボレアスの方に顔を戻し、だらけきった顔で言う。
「鋭太郎に正体を隠す対策として考えてきた必殺技が無意味になったじゃねえか!」
(いや、エフェクトで夏織を蘇生した時点で神であることはバレバレだったぞ)
「必殺技……面白い、使って見ろ」
ボレアスは微笑んで挑発する。
「おっ、いいんすか!? んじゃ遠慮なく――」
恋侍は嬉しそうに指をポキポキ鳴らし、ボレアスとの距離を一気に縮めた。
「必殺!! マジカル☆パンチ!!」
(は?)
説明しよう! マジカル☆パンチとは、その技名を口にすることで、特殊なパンチを出す――と思わせる、ただの物理攻撃である。
(要するに普通に殴るだけかよ!)
説明の通り、恋侍は普通に右拳をぶつけようとする。ボレアスは先程蹴り飛ばされた衝撃を考慮し、両足に体重をかけ、恋侍の拳を左手で受け止める。
「ッ!!」
見た目へろへろのデタラメな殴り方であったが、鉄球が豪速球で投げ当てられたような感覚が、ボレアスを襲った。その凄まじい衝撃に、ボレアスの手が拳から離れ、後ろに押される。地面に両足を引きずった。
また、その衝撃で突風が生まれ、辺りに建つ崩れかけの建物がそれに押され崩壊する。
「うおぁ!?」
その突風は鋭太郎をも巻き込み、押し退けられないよう踏ん張った。
(何だよこの威力! これでも神なのは隠せねえぞ!)
「ぅ……」
突風に起こされたように、夏織が目を開ける。
「夏織! よかった……!」
夏織の目覚めを確認した鋭太郎は安堵した。
「あれ……どうして……?」
「あいつが助けてくれたんだ」
鋭太郎が前方に顔を向けると、夏織はその視線を追った。
「マジカル☆キック!」
視線の先には恋侍の姿が。恋侍は右足を水平に降るが、ボレアスは身を屈めて回避する。足を振った衝撃が真空波を生み、ボレアスの背後にある一軒家を横両断した。
「……来るのが遅すぎるわ」
「えっ、もしかして、さっき助けを呼んだって言うのが――」
「おっ、目覚めたんすか?」
鋭太郎と夏織の声を耳にした恋侍が後方を向く。その一瞬の隙を逃さなかったボレアスがレイピアで恋侍の体を貫こうとする。
「恋侍!!」
思わず叫ぶ鋭太郎であったが、その心配はいらなかった。
「マジカル☆エスケープ!」
恋侍は体を回転させながら横に回避する。
「かーらーの~! マジカル☆ハンマー!」
ボレアスの方を向いて静止した恋侍は、いつの間にか手に握られていた市販の金槌で、ボレアスを叩く。
「……ありゃ?」
しかし、不思議なことに金槌が当たる寸前で恋侍の手から消えていた。そして間もなく、鈍い音が聞こえてくる。
「ああああああああああああああああああああああああああああ!!」
消えた金槌は、ボレアスの手にあった。【ケイパビリティー】で金槌を奪ったボレアスは、恋侍の頭を叩き割った。
頭から見事に血を吹かせている恋侍が悲鳴を上げ始める。
「頭がぁあああああああああ!! 頭がぁああああああああ!!」
聞いている側の耳が痛くなるほどの大音量の悲鳴。とても痛そうであるが、恋侍は頭を抑えながらなぜか、鋭太郎の周りを走り始める。
一週、二週、三週、四週…………
「あああああああああああああ!!」
「…………」
心配そうに見ていた鋭太郎も、次第に呆れてくる。
「うるさい」
鬱陶しく感じた夏織が、鋭太郎から降りた後、恋侍の顔面を殴った。
「うぶッ!!」
恋侍の顔面は崩壊。原形のかけらも見えず、直視できるものではなかった。
「おい! いくらウザいからってやりすぎだろ!」
「大丈夫ですよ。これは頑丈ですので」
「それは俺もよく知っているが、流石にこれは…………えッ!?」
焦る鋭太郎であったが、目の当たりにした光景に目を疑った。
「あいててててて……」
恋侍の顔が、一瞬にして元に戻ったのである。それと同時に頭の傷も消えていた。
「おい! 俺のイケメンフェイスを壊すとか非常識にも程があるぞ!」
「あら、今ので豚顔がマシになったと思ったのだけれど、より一層ひどさが増したわね」
「そんなこと言うな夏織。こいつより懸命に生きている豚に失礼だ」
「おいおい鋭太郎! そこは俺のフォローを――」
「くだらん」
ボレアスがボソッとその言葉を口にすると、恋侍達三人がそちらを向く。
「あーいや、確かにこのコントは世間ではさぞかしお寒いと――」
「違う。お前の戦い振りだ。お前の言う必殺技を使うよう言ったのはオレではあるが、あまりにもふざけが過ぎる。噂では、お前はかの有名なユーノーの養子だそうだな」
「!?」
衝撃の事実に鋭太郎は度肝を抜かされた。
それを見た夏織が少し解説を入れる。
「彼の言う通り、タナトスは柚乃先生の養子。あいつは幼い頃に『呪子』として両親に捨てられ、誰一人見向きもしない中で唯一、先生だけが救ってくれたんです。あんな性格じゃ驚くのも仕方ないですね」
「……!」
しかし、驚きすぎて鋭太郎は何も言葉が出なかった。
(呪子……忌み子とは別なのか…………?)
一つの疑問が残ったが。
「ん、だったら何すか?」
恋侍が首を傾げボレアスに聞く。
「オレもそれなりに実戦を積み上げてきたからわかる。お前は強い。恐らく、オレよりもな。だから本気で来い! それで負けるなら本望!」
ボレアスは金槌を後ろに投げ捨て、レイピアを構えた。
「そこまで言うなら、本気で――その前にマジカル☆シリーズあと三種類出し切ってからでいい?」
恋侍は真剣な表情で対応したかと思ったら、瞬く間にいつもの間抜け面に。
「……いいだろう。心残りがあっては本気を出せないだろうからな」
本来であればキレてもいい場面であるが、ボレアスは快く受け入れた。
「おっ、あざっす!」
恋侍は笑顔で礼を言った。
「…………」
何かを察した夏織は、恋侍に聞こえないように小声で鋭太郎に話しかける。
「……鋭太郎さん?」
「どした?」
「彼は、あなたにとって大切な親友ですか?」
「当然だ。神ってのを隠してたからって嫌う理由はない」
「この先、何があっても?」
「あぁ。腐れ縁だし、今更絶交とかしないだろ」
「そうですか…………それでも、覚悟しておいてください」
「?」
(夏織は何を伝えようとしているんだ? 恋侍が何かやばいことでもするのか?)
「それじゃ、始めに――」
鋭太郎が深く思考を巡らせる中、恋侍がボレアスに攻撃を始める。
初めの一撃で、鋭太郎は絶望することになる――
ふざけた攻撃――そう思っているだけのボレアスが、激昂することになる――
「マジカル☆アーム!」
恋侍は右腕を大振りし、ボレアスの左肩に強く当てた。
「……?」
バットをフルスイングするように素早かったが、ボレアスは痛みを感じなかった。
ボレアスは腕が当たった左肩を見る。
「――は?」
ボレアスは信じがたい『もの』に、漠然とする。
当たったのは恋侍の右腕ではなく、ちぎられた誰かの右腕であった。恋侍は誰かの右腕を鈍器代わりに、ボレアスを叩いたのだった。まだ新しいものなのか、ちぎれた断片から血の雫が流れていた。
ボレアスは、一瞬にしてその腕が誰のものであるのか理解した。
「ちっ、始まったわね」
夏織は似合わぬ舌打ちをした後、視線を逸らした。
「な、何をや、って…………!?」
鋭太郎は動揺し、口が上手く動かなかった。
「あれ、おかしいな?」
そんな三人の様子もお構いなしに、恋侍は平常運転していた。
「よし、なら今度は――マジカル☆フット」
恋侍は誰かの右腕を横に捨てると、今度は誰かの右足を手にしてボレアスの左足に当てた。
「は?」
ボレアスは、瞬時にその足が、先程の腕と同一人物であることを理解した。
「ありゃ、これも効かないか……最終奥義を使わないといかんな!」
恋侍は後退しながら誰かの右足を捨て、何処かに隠し持っていた『何か』を右手に持ち構える。
「奥義!! マジカル☆ハート!!」
恋侍は『何か』をボレアスの左胸にめがけて投げた。
漠然としていたボレアスは、それを防ぐこともかわすこともせず、直に受けた。
銃弾の如く高速で放たれた『何か』であったが、ボレアスの体を貫通することなく、ベチャッと嫌な音を立てて体に張り付いた。
「…………」
ボレアスは恐る恐るそれを左手で剥がし、自分の目で確かめた。
体に当たった衝撃で潰れた――誰かの心臓だった。
右腕――右足――心臓――ボレアスはこれらが誰のものであったか、全て理解できた。
それは、とてもとても身近な人物…………
「あぁ!?」
血の気が頂点に至ったボレアスが、不意に恋侍にレイピアを突き刺す。
「うぉ!!」
その衝撃はこれまでのものと比べものにならず、爆発と同レベルであった。
鋭太郎は両腕で顔を隠すと同時に、夏織が前に立ち、重力の壁を作り鋭太郎を守った。
衝撃は鋭太郎後方にも伝わっており、背後の建物が木っ端微塵に崩れ、一面が砂漠と化した。
「おっ、<フィジカル・ブースト>なしでそれか、さすが白兵戦最強の戦士だ」
レイピアが恋侍を貫いたように見えたが、彼は傷一つ負わずにボレアスの背後に回っていた。
「殺す!!!」
怒り狂った顔でボレアスは、素早く振り向きながら恋侍にレイピアを斬りつける。恋侍は見透かすように元の場所に回っていた。
さらに怒りが増すボレアス。再び振り向いて攻撃するも、今度は少し距離を置いた右の方に。追いかけて突き刺すもまた背後に。
追いかけては回避され、追いかけては回避され……
それを数十回繰り返していると、ボレアスが息を切らし始める。
「無駄無駄。俺の動きについてこれるのは時間停止できるクロノスと馬鹿げた身体能力を持ち備えたアキレス――あと、カオスこと夏織くらい? 他にも適応できる奴はいれど、追いかけるので精一杯って感じだな」
恋侍がボレアスの前に立ち、煽るように言った。
「よかったな! お主は数少ない『適応できる奴』だ! 特にエフェクトを使う事が無駄であることを察してる辺りが実に優秀!」
「この……外道が…………!!」
ボレアスは息を切らした中でも暴言を吐く。
「貴様が、貴様がノトスを!!!」
「その反応だとぶつけた腕、足、心臓の元所有者がわかったみたいだな。すげーな! 兄弟の絆って!」
「ふざけやがって!!」
ボレアスがレイピアを突き立てるも、難なくかわされ左に立たれた。
「あっ、そうそう。これも返さなきゃ」
そう言って恋侍が両手から地に放ったものは、ノトスの左腕と左足だった。
「葬式挙げるときにそれないと不便でしょ? お家に帰ったら接合でも――」
「あああああああああああああ!!!」
ボレアスは怒りの感情に身を任せ、恋侍に突撃する。
「さて、そろそろ仕上げるか」
恋侍は別空間から、本人の体より一回り大きい大鎌を取り出し、ボレアスの体を狩ろうとする。
我を忘れていたボレアスであったが、これに思わず笑いが浮かぶ。
(忘れたようだな。オレの【ケイパビリティー】を――!)
だが、恋侍がそれを考慮しないほど、馬鹿ではなかった。
「がはぁ!!」
悲痛の声を上げたのはボレアス。
恋侍の大鎌は、確かにボレアスの体を貫通。しかし、ボレアスの【ケイパビリティー】が発動しないのと同時に、ボレアスの体に傷一つ付けなかった。
そのはずだが、ボレアスは激痛に襲われ、膝を着きレイピアを地に落とした。
「なに……が……ぼぅえッ!」
傷跡が残るような痛みとは違う、身の毛が立つような寒気と同時に襲いかかる痛みに、ボレアスは嘔吐した。
「わからないまま死んでくってのも可哀想だから説明しよう!」
相変わらずの恋侍がハイテンションで、何が起きたか説明を始める。
「お前は自分の能力に過信しすぎたんだ。あれはあくまで体に触れた際に発動するもの。そう、体に触れた時にな」
「!?」
「察してくれたかな? 俺の【ケイパビリティー】は接触対象の選択。自分が触れたいと思うもの以外全て傷一つ付けずにすり抜け、触れたいものを手にできる。
だから、ノトスの左胸に穴を開けずに取り出すことができ……ん、それだと手がすり抜けられても心臓は無理だって? 俺の能力は右手だけに限られてる分、触れているものになら能力を適応できる。なんか多いよね? こういう都合のいい補正」
恋侍は説明しながら大鎌を別空間にしまい、身を屈めボレアスと視線を合わせる。
「そして死神として生まれてきた俺は、天性の能力で魂が見える。そこに目を付けた俺は基本【ケイパビリティー】で魂だけを攻撃するようにしている。
実は魂ってのはなぜか自分の肉体を包み込むように広がっているんだ。どうしてなのかは俺も知ったこっちゃないが、肉を帯びている体に攻撃するよりもダメージを与えられて、おまけに青白い炎が残りの体力ゲージの代わりになってくれて非常に便利だ。さて――」
恋侍は説明し終えると、左手をボレアスの左胸に突き刺した。
ボレアスの左胸には穴は空かずにすり抜けていたが、何かを握られる感覚に襲われた。
「……言い残すことはあるか?」
恋侍はボレアスの心臓に手をかけた。
「殺すなら、さっさと殺せ」
「……よしわかった。弟たちのもとへ――ん?」
恋侍は心臓を潰そうとしたところで何か引っかかった。
「そういや誰か忘れてる気が――」
「――暖気<ラピット・ボム>!!」
鋭太郎と夏織の背後から、女性の声がした。
それと同時に、二人の間から無数の小さな空気弾が発射される。
二人が振り返ると、そこには気絶していたはずのエウロスがいた。
「兄さんを殺させはしない!」
決意を固めながら、前方に出した右手から空気弾を発射していく。
「それお兄さん巻き込まない?」
などと恋侍が余裕かましている内に空気弾が次々と爆発していく。一つの爆発は小さいものの、それが複数とあらば威力は凄まじいものである。
その爆風を利用し、ボレアスは横に転がり恋侍と距離を置いた。
爆発が収まり、砂埃が治まると、そこに恋侍の姿はなかった。
「いやー大したもんだ!」
「!?」
エウロスの背後から恋侍の声が聞こえる。エウロスは振り返ろうとするが、体が動かなかった。
「どうして……!?」
「悪いな、伊達にユノの養子やってないんだわ。脳内でエフェクト唱えるのは朝飯前~!」
恋侍は呑気にいいながら右手を前に構えると、エウロスの体が浮き始める。
恋侍が使用したエフェクトは、説明不要の定番技<サイコ・キネシス>である。
「どうしよっかなー。んー……兄もいるし目の前で処女を奪うってのも中々面白い展開かもな」
恋侍の言動に、エウロスの顔が真っ青になる。
「でも今は夏織も鋭太郎もいるし、変な事はできないな。それに、処女じゃない可能性もあるよな……よし! 普通に殺そう!」
明るい口調でとんでもない事を発した恋侍。左手も前に出し念じ始めると、エウロスの両足が何者かに引っ張られるように避けようとする。
「ああああああああああ!! 痛い! 嫌!! 離して!!」
「おかしいな? 普段ならすんなり引きちぎれるんだけどなぁ」
エウロスの悲鳴が聞こえないかのように平然としていた恋侍は、もう少し強く念じた。
「いやああああああああ!! 助けてよぉ!!!」
よりエウロスの両足が引っ張られる。彼女の股から血が流れ始める。
「エウロス!!」
ボレアスはレイピアを拾い、恋侍のところへ駆け出す。
鋭太郎と夏織の間を通ったが、二人は何も反応しなかった。
鋭太郎は漠然としていたため――
夏織は何もしなくても問題ないと思ったから――
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ボレアスは雄叫びを上げながら、恋侍の左胸を貫いた――はずだった。
「兄……さん…………」
恋侍は素早く自身の前にエウロスを移動させ、盾代わりにしたのだ。
ボレアスは対処できずに、エウロスの左胸を貫いてしまったのだ。
「エウロス……オレは…………!」
動揺を隠せないボレアス。瞳に涙を浮かべていた。
「大丈夫です。兄さんに殺されるなら――私――は――――」
そんなボレアスにエウロスは責めなかった。やがてレイピアに仕込まれていた毒が全身に回り、命を落とした。
「エウロスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
ボレアスはエウロスを抱きしめ、泣き叫んだ。
「…………」
これまでの恋侍の行いに漠然としていた鋭太郎。
(なんだよ、これ……人間のやることじゃないだろ!! いや、恋侍は神だったな。だがな、神だからって何でも許されるのか!? さっきの言葉を言い換えるなら、魂を授かった生命体のやることじゃない!!)
鋭太郎は、親友に失望していた。せざる終えなかった。
「ぐすん……思わず感動しちゃったぞ! 間違えて刺した兄を許すいい妹がいるなんて!」
恋侍は泣きながらボレアスの元へ歩み寄る。
「あ、思い出した。ゼピュロスは無事だぞ。夏織に助けを呼ばれた後で森にもう一個隕石が落ちたから寄り道したら、ポセイドンとイチャイチャしてたぞ。よかったなー! 好きな相手と――」
「この・・・・・・腐れ外道があああああああああああ!!」
ボレアスはレイピアをエウロスから引き抜き、その勢いで恋侍を刺そうとした。
恋侍はスッと左に避け、右手で彼の頭を掴み地面に叩きつけた。
「期待に答えて本気は出したつもりなんだけど、お気に召さなかった様子で。まあ言われなくても本気だしたけどね! だってよ――」
不気味な微笑みを浮かべたかと思うと、真剣な表情に変わり、低いトーンで真面目に話した。
「てめぇは俺の幼馴染みを二人も手にかけようとしたんだ。こっちもブチ切れねぇわけねぇだろ」
言い終えた後、恋侍は左手を横に差し出す。
「死<インフィニット・ナイトメア・コーフィン>」
エフェクトを唱え終えると、左手前方に棺が縦置きに出現し、蓋がゆっくりと開いた。
恋侍は素早くボレアスを棺の中に入れ、蓋を閉じ、どこからとなく鎖を出しては棺に投げ、その勢いだけで締まった。
「何をする気だ、ここから――っ!? なんだこれは!?」
閉じ込められたボレアスが、悪夢を見始める。
「体が動かない!! やめろ!! 来るな!!」
棺が激しく揺れるも、倒れることもなく、鎖も解けることはない。
「うああああああああああああああああああああああっ!! あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
耳を塞ぎたくなるような悲鳴が、棺越しでも大きく響いた。
「!?」
それを見た鋭太郎が動悸を起こす。
――いつもあれを庇いやがって!! しばらくそこにいろ!!
――嫌ぁ!! 開けて!!
幼い頃の記憶――
鋭太郎を庇う姉に腹が立った父が、姉を箱の中に閉じ込めていた――
悲痛な叫びが治まることなく、箱が激しく揺れ続ける――
「おぉえ!!」
鋭太郎はトラウマに耐えられずに吐いた。
「鋭太郎さん!!」
夏織が心配そうな顔で彼の背中を摩る。そして間もなくして凶相の顔を恋侍に向けた。
「おい! クソ野郎!! いい加減にそいつを黙らせろ!!!」
これまでにない程の汚い言葉遣いに、ボレアス悲鳴よりも声量のある怒声に、恋侍も思わずビクついた。
「え、あ、はい。わかりました」
恋侍は恐怖のあまり振り向けず、素直に了承すると、別空間から刀を取り出す。その刀身は並の倍以上はあった。
「ボレアス氏、今助けてやるからなー!」
そう言うと、タナトスは刀を縦に振り下ろした。
鎖とともに、棺が真っ二つに割れる。
悲鳴が治まると同時に、棺から大量の血が溢れ出た。
「――――――――――――」
ボレアスの体も二つに分かれ、蓋と一緒に地面に倒れた。
果てしない悪夢から救われた彼であったが、その代償として命を失った。
「ふぅ……やっと終わった――」
恋侍は一息ついて、後ろを振り向く。
「…………」
鋭太郎は先程のショックで気絶しており、夏織に横抱きにされていた。
「あー……………………ごめん」
さすがにやり過ぎたと思った恋侍が謝った。
「今回は助けを呼んだのは私だから、仕方なかったわ。けど――」
夏織が恋侍を強く睨み付ける。
「次自重しなかったら…………殺す」
そう言い捨てた夏織は、地を蹴り迅速にここから去った。
「だよなぁ、こうなるのが普通だよなー…………ははッ」
こうして、アネモイ襲来事件の幕が閉じた。
ここまで後味の悪い勝利は、恐らくもう二度と来ないであろう……
自分の語彙力不足で、そこまでショッキングさが伝わらなかったと思いますが、胸糞展開となってしまいすみません。
また、こちらの都合で二週間も待たせてしまい、本当にすみませんでした!
第三章エピローグは、後日更新します(恐らく水曜日辺りになるかと)




