第三話 神は告げる
「クソ! どこに逃げたんだ!?」
住宅街から離れた街中にて――
ガイアとアキレスは夏織たちを探し回っていた。
「明日学校で鉢合わせした方が早いぜ」
金髪で、身に纏った制服を着崩している。いかにも不良な男が言った。
彼こそが、ギリシャ神話に登場する英雄――アキレスである。
生意気な態度とは裏腹に、アキレスはガイアに冷静な案を出した。
「うっさいアキレス!黙って探しなさい!」
「ったく、しゃーねーなぁ……だが一つだけ守って欲しいことがある」
「何?」
先行していたガイアが足を止め、アキレスの方を向いて聞いた。
それに合わせてアキレスも立ち止まる。
「この世界の中で本名を使うな。俺には秋葉、お前には神奈という人間世界に溶け込むための名前がある」
「えー、やだ! あの名前ダサいじゃん。本名使ってもバレないバレない」
「こっちの世界では、俺らの本名の方がダサいそうだ」
「は? それって僕たちの名前を侮辱してるわけ!」
「いやそういうわけじゃ――」
「相変わらず仲が良いですね」
二人が論争しているところ、前から来た緑髪の男が話しかけてきた。
高身長の穏やかな顔立ちの青年に見えるが、優しく微笑む姿は大人の魅力を醸し出していた。
「……誰?」
「……誰だ?」
ガイアとアキレスは互いに目を合わせ、記憶を探った。
「失礼、この姿で会うのは初めてですね。クロノスですよ。今は黒崎と名乗ってますが」
クロノスは紳士的に伝えた。
「あー、クロノスか。全然わかんなかったよ」
ガイアが頭を掻きつつ申し訳なさそうに言った。
「随分可愛く化けましたね。ガイア」
「そうか? 変わらずブサイクな――ぐはぁ!!」
アキレスがクロノスの言葉を否定しに入ると、ガイアがアキレスの腹を強く殴る。
アキレスは膝を地面に着かせ、腹を押さえてしばらく悶絶していた。
「ところで、任務の方はどうですか」
「やっと正体掴めたけど、逃がしちゃってさ」
ガイアが不満を露わにしながら答えた。
「詳細を教えてくれますか」
「水色の髪にポニーテール。高校生だな。学校も特定済み。隠れ家まではわからねえが」
痛みが治まったアキレスが体勢を戻しながら答えた。
「そうですか……僕に一つ、提案があります――」
クロノスは小声で二人に提案内容を話した。
「……なるほどね」
「その話、乗ったぜ」
※
「ただいま――といっても誰もいないけどな」
鋭太郎は部屋の鍵を開け、中に入る。後に続き、夏織も中に入る。
鋭太郎の部屋は一人暮らしの自堕落な男性とは思えないほど、きれいに整理されていた。
「わりい。ただのマンションだから部屋が小さくて」
初めて部屋に女性を入れ、緊張気味の鋭太郎であったが――
「――すぅぅぅぅぅ……………はぁぁぁぁ////」
夏織はお構いなく鼻で大きく息を吸い、気持ち良く息を吐いて鋭太郎の部屋の臭いを堪能していた。
(何故に!? 確かにそういうシチュエーションあるけどそれ本人の前でやるもんちゃうだろ!!)
「っ!? 気にしないでください! 変な臭いがする訳じゃないですから!」
我に返ったように夏織は頬を赤く染め、顔を鋭太郎から逸らした。
「お、おう……お茶用意するから適当に座ってて」
「はい」
鋭太郎は台所に向かい、冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに移す。
その際、リビングで何かをあさるような音が聞こえた。
「?」
鋭太郎は台所からリビングを見る。
「ふぁいィ!?」
夏織は鋭太郎がベットの下に隠していたエロ本を、真剣な眼差しで見ていた。
それを目撃した鋭太郎は混乱して思わず変な声を上げてしまった。
「ななななななななにをしてるんじゃい!」
鋭太郎は動揺しながらも、迅速に夏織からエロ本を奪いベットの下に隠す。
「ここここれは前に恋侍の野郎が置いてったやつだ!」
※もちろん嘘です。
「鋭太郎さんは後ろから責めるのが好きなのですか?」
「いやいやいやいや! なななんの話やら!」
※図星です。
「と、とにかく変な詮索はするな!」
「ごめんなさい」
落ち着きを取り戻した鋭太郎は台所からお茶を持ち、机に置いた。
鋭太郎は机を挟んで夏織と向き合って座ろうとしたが――
「……………………」
「……あのー、夏織さん?」
夏織はなぜか鋭太郎の左側に座り、体を寄せた。夏織は懐いた小動物のように頬を擦りつけてきた。
(そういや、俺のことが好きなんだっけ? ……奥手なのか積極的なのかイマイチよくわからんが)
「そこにいられると、話しにくいのですが……」
「――はっ、失礼しました!」
夏織は改まって、鋭太郎と向かい合って座る。
「ゴホン。まず、私たちの存在について。信じてはくれないと思いますが、私は混沌を司る神――カオスです」
「あぁ、その点に関しては信じる。あんな訳わかんねえ戦い見たからな。だがそうなるとやはり『夏織』は偽名なのか?」
「そう思ってもらって構いません。人間世界に溶け込むために考えたものですから」
(カオス→かお『す』→かお『り』。まあ、一文字変えただけの単純なものか)
「この世界を『人間世界』と呼ぶってことは、夏織たちが本来いた別の世界もあるってことだよな?」
「はい。私たちは人間世界に平行して存在する『神世界』に住んでいました」
「シンプルな名前だが、なんつーんだ……普通によく漫画とかでいう『人間界』とか『神界』とかの方がしっくりくるような」
「私もそう思いますが、これはアイテール様が適当につけたものでして」
アイテール――ギリシャ神話に登場する原初神。
「世界の名を適当につけるとは……」
「あの方は気まぐれが多い方で」
「だがアイテールもいるってことは、やっぱギリシャ神話の神が神世界に揃ってるって考えていいんだな?」
「はい、ですが一つだけ、言っておきます」
「?」
「神話の内容は、私たちと関係あって関係ありません」
「……………………ん? どゆこと?」
鋭太郎は夏織が言っていることがさっぱりだった。
「わかりやすくお願いします」
「はい。私たちの名前や肩書きなどはほぼ同じなのですが、そのほかは神話の内容と全く異なります。人間世界の住民のように、神同士仲良く生活していました」
「想像したらすごいシュールな図だな」
「実はギリシャ神話の他に、アステカ、アルメニア、イルカ、ウガリット、エジプトなどなど、多くの神話の神が存在します。ですが皆、人間のような性格、感情を持っており別の神話の神だからって争うことはほとんどありません。私たち神からすれば、人間世界の神話はおとぎ話、あなたたち人間からすれば私たちは神話の皮を被った生命体って事になります」
「…………何かズレているような気がするが、まあ話はわかった」
「理解していただいて助かります」
「まだ、疑問は残ってるが」
「何ですか?」
「何で夏織はこっちの世界に来たんだ?」
「……………………」
「ガイアだっけ? 夏織を連れ戻すだのなんだの言ってたが、無断で来たのか?」
鋭太郎が疑問を口に出すと、夏織は考えるように下を向き、黙り込んだ。
「悪い、言いたくなければ言わなくていい」
「いえ、いつかは言わなくてはならない時が来ると思ってましたので」
夏織は顔を上げ、真剣な眼差しで鋭太郎を見つめ、口を動かす。
「私、あなたのことを、ずっと――」
ブチッ――
決まったようなタイミングで、夏織のヘアゴムが切れ落ちた。恐らく先程の戦いが影響したのだろう。
「――っ!!」
「あっ、切れた……」
夏織は切れたヘアゴムを拾う。夏織が体勢を整え鋭太郎の方を向くと、鋭太郎が信じられないものを見る目で夏織を見ていた。
「どうしました?」
「……………………姉…………ちゃん?」
「えっ…………!?」
「!?」
鋭太郎は我に返り、目を擦って再び夏織を見る。
「すまん、気のせいだ。何でもない……」
「そう、ですか」
(おかしい……夏織と姉ちゃんは全くの別人。けど、似てる……?)
空気が重くなる中、インターフォンがなった。
「誰だ? 真っ昼間なのに」
鋭太郎は玄関に向かい、扉を開ける。
刹那――何者かが日本刀で鋭太郎に突きかかった。
「うおぉ!?」
鋭太郎は間一髪横に回避した。
「持っているのか……」
「は?」
日本刀で襲いかかった男が呟いた。
紺色の短髪に、鋭い目つき。日本刀を所持するに合わないクールなコートを身に纏っている。
「微かながら感じる。神の力が。貴様から出る特有のオーラからわかる」
(オーラ!? それ見えるものなのか!?)
「なぜだ……そのオーラは姉さんとよく似ている。さては貴様が姉さんを!」
男は再び刀で鋭太郎に斬りかかる。鋭太郎は必死にかわす。
「ちょちょ待てい! 何の話を――」
「とぼけるな! さっき姉さんと一緒にいるのをこの目で!」
(聞いてないぞ! 夏織に弟いるの!)
鋭太郎は後に引きながら刀をかわす。男は土足で部屋にあがり、リビングに追い詰める。
「懺悔の用意もさせん。死ぬが――」
男が刀を大きく振り上げ、鋭太郎に斬りかかろうとした瞬間――夏織が男の背後から勢いよくチョップを頭にくらわせた。
男は刀を落とし、痛そうに右手で頭を押さえる。
「くっ…………何者――っ!? って、姉さん!?」
男が振り向き姿を目視すると、驚いた顔をする。
「荘夜! 家から出ないって言ってたわよね? どういうつもり!」
夏織は男に対して怒った。
(敬語を使わない? 素の夏織を見るのは初めてかもな)
「勘が働いただけだ! 嫌な予感がしたから家を出てみれば、こんな見知らぬ男にノホノホと付いていく姿が見えたから心配しただけだ!!」
「何かあれば自分の身くらい守れるわ! それにこの人は――」
「あー……………………すみません」
二人が口喧嘩している中、鋭太郎が割り込む。
「一端、話整理させていいっすか?」
「紹介します。彼は私の弟のニュクスです」
「へー、そうなんだ……」
(完全にギリシャ神話の設定壊れてる件については何も言うまい!)
話を整理するため、再び夏織と鋭太郎は向かい合って座っている。その弟は夏織の隣で正座している。
「ニュクスだ。この世界では荘夜と名乗っている。先程は失礼した」
荘夜は深く土下座した。
「いや、別に何もなかったからいいが、いきなり日本刀ぶん回すのはね・・・・・・どうかと」
(意外と礼儀正しいな。まあ夏織の弟なら納得)
荘夜は体勢を戻す。
「その点に関しては深く反省する」
「ごめんなさい。人間世界に来てからこうでして――」
「おい、それって俺以外にもやったって事だよな!? 死人出てるよな!?」
「安心してください。たった三人です」
「いやいやいやいや、それダメだろ!!」
荘夜が話をしようと咳払いする。
(こいつ、ぜってー誤魔化すためにしただろ)
「それより、この人が例の少年なんだな?」
「そうよ。見たらわかるでしょ?」
「…………何の話してんだ?」
例の少年
その言葉に鋭太郎は引っかかった。
「それはつまり…………」
「つまり?」
「この人が、僕のお義兄さんになるってことか」
「あっ……………」
鋭太郎は察した。
例の少年――それは夏織が好きな人の事であった。
「ちょっ!? 馬鹿!!」
夏織は荘夜を蹴り飛ばした。荘夜は横に吹き飛び、壁に強く当たった。振動が鋭太郎の体にも伝わる。
(隣の人が仕事でいないことを願おう)
夏織は素早く荘夜の元へ近づき、鋭太郎に聞こえないよう小声で話し始める。
「まだ告白してないのになんてことを!」
「ならなぜ今日ここに来た?」
「色々話さないといけないことがあったからよ!」
「別にここではなくとも――」
「でも絶好のチャンスだと思ったからよ! それも全部、荘夜のせいで壊れたのよ!」
「僕が悪いのか?」
「そうよ!」
※違います。
「おーい、そろそろいいか?」
少々見苦しさを感じた鋭太郎が二人に声を掛けた。
「ごめんなさい、今戻ります!」
二人は素早く鋭太郎の前に戻る。
「何を話してたかは、あえて追求しないが、いい加減に聞きたいことがある」
「何でしょう?」
鋭太郎は両手を前に向け、握ったり開いたりして動かして見せる。
「あの時、確かに俺の腕は切断された。けど、夏織が治してくれた。そこまではいいし、恩を尽くしたい。問題なのは、治った後の身体能力が異常に上がっていたことだ。俺に、一体何をしたんだ?」
(キスされてこうなった――とは言えんな。俺も恥ずかしいから)
「…………………」
「!?」
鋭太郎の問いかけに夏織は考え込む。鋭太郎の話を聞いた荘夜が驚いた顔で夏織を見てきた。
「姉さん! まさか!?」
「…………鋭太郎さん、本当にごめんなさい」
夏織は拳を強く握りしめる。
「私は回復系のエフェクトを持ってませんでした…………」
(エフェクト――来る前に話してたな。まあ魔法とか超能力を言い換えただけに過ぎないが)
「あのまま放置すれば完全に死んでいた。だから、唯一鋭太郎さんを救える奥の手を使いました」
「奥の手?」
「――私の力の一部を、あなたに分けました」
「……………………」
鋭太郎は驚かなかった。やっぱり――という気持ちが強かった。
「自身が一番お分かりだと思いますが、体が軽くなったり、動きがゆっくりに見えたりすることがあるでしょう。私の力を得たことにより、身体能力が上がったのです。他に両腕が再生したように、人では絶対に出来ないような治癒能力も出来たと思います」
「……………………」
「ごめんなさい。私のせいでバケモノのような――」
「何で謝るんだ?」
「え…………?」
予想外の言葉に、夏織は戸惑う。
「自分の力を削ってまで俺を助けてくれた――いわば命の恩人だ。恨む理由もない。それに、身体能力の向上がデメリットになるわけがない。だから気にする必要はハナからないんだ」
鋭太郎は、夏織を安心させるように優しく微笑みかける。
「助けてくれて、ありがとう」
「鋭太郎さん……………………!」
夏織は安堵の涙を浮かべる。
荘夜も、鋭太郎の言葉を聞いて安心した。
「……話が変わって申し訳ないが、今の俺ってなんかエフェクト使えたりする?」
「いや、それは無理だと思った方がいい」
鋭太郎の問いに荘夜が答える。
「エフェクトはあくまで独学で身に付けるものだ。単に力があれば使えるものではない。それに、神の力を得たお義兄さんだとしても、人間の器では負担がかかり体を壊してしまう恐れがある」
「んげ、マジか……使えれば便利だと思ったんだがな」
鋭太郎はため息を吐いてがっかりした。
「――荘夜、今度彼にそう呼んだら殺すから」
「善処する」
(あれ? 俺の中の夏織というイメージが壊れていくような…………気のせいだな)