第十一話 救いの連鎖
森の中――
「初夏<ブラスト・ボム>」
「海<モイスター・シールド>!」
ポセイドンはゼピュロスと激戦を繰り広げていた。
ゼピュロスが放つ予兆の見えない爆風に対し、ポセイドンは辺りの水分を集め、壁を作った。爆風に防ぐと同時に崩れる水の壁――ポセイドンは自身の【ケイパビリティー】を用いて水を宙に止め、小さな無数の球を作ってはそれを弾丸のように発射する。
ゼピュロスは向かってくる水の球体を、【ケイパビリティー】を用いて流し取り、水の旋風を作り上げる。
「はッ!!」
ゼピュロスが旋風を飛ばしてくる前に、ポセイドンは大剣を水平に大振りし、風を起こした。その風で、旋風を相殺することはできなかったが、形が崩れるとともに水が消えていった。
ポセイドンは剣を振った勢いに身を任せ、ゼピュロスに突進する。旋風を放っても無意味と思ったゼピュロスは【ケイパビリティー】を解き、ハルバードで対抗。大剣を防ぐと、その衝撃が突風を生み、周りの木々を揺らした。
「今日は不調ですの? 動きが単調ですわよ」
「くッ……!」
ポセイドンはハルバードを押しのけながら後退し、大剣を前に降ろし、地面を叩く。
斬撃が飛んでくると同時に、地面が縦に割れた。
ゼピュロスはそれを優雅に、体を回転させながら横に移動してかわした。
それも束の間、地の割れ目から大量の水が放射状に溢れ出す。
「同じ手は通用しませんわ!」
ゼピュロスは動じずに、【ケイパビリティー】を用いて水を集め始める。
「地震<アース・イラプション>」
「!?」
ポセイドンがエフェクトを唱えると、ゼピュロスが立っている地面が、彼女を突き上げるように勢いよく上がった。だがゼピュロスは間一髪でかわしていた。意識がかわすことに集中したため、【ケイパビリティー】が解け、水が落ちる。
「海<フラッド>」
その隙を狙ったポセイドンは、すかさずエフェクトを唱えた。すると水の出方が全体的に分散するようになり、より勢いよく水が飛び出る。
「うっ! この位!」
瞬く間に辺り一面が水に満たされ、足のくるぶしより上まで水が溜まる。ゼピュロスは【ケイパビリティー】で何とかしようとするも――
「泉<フリージング>」
ポセイドンが高く飛び、エフェクトを唱える。辺り一面の水が一瞬にして凍てつき、ゼピュロスの足が固定され、移動できない状態となった。
「あなたはエフェクトが上手く使えない素質で、【ケイパビリティー】に頼る癖があることを、思い出せて良かったです」
「っ!!」
ゼピュロスは足を動かそうと力を入れるが、ビクともしなかった。
「下手に力を入れれば、足をちぎることになりますよ」
ポセイドンが着地して大剣を氷面に突き刺し手放すと、ゼピュロスにゆっくりと近づきながら言った。
「教えてください。あなたは何者ですか?」
「え……?」
ゼピュロスは、意図の読めないポセイドンの質問に戸惑う。
「私は、あなたのゼピュロスで――」
「そういう意味ではありません。ゼピュロス、あなたは神衛部隊に入っていなかったはず。確か、学校の教師をやってましたよね? ただの一般神が、人間世界に送られるには早すぎます!」
「……ポセイドン様はご存じないのですか? 『四星神』を」
「『四星神』?」
「アイテール様――ではなく、エレボス様の側近となる存在。私は、兄妹達とともに『四星神』の一員となりました。長男であるボレアス兄様を一柱として。ノトス兄様、エウロス姉様、そして私は、その柱を側近として。だから私は、エレボス様のため、ボレアス兄様のため、カオスを捕らえにここに来ているのです!」
「…………」
ゼピュロスの話を聞いてポセイドンは下を向き、思う。
(なるほど。となると今、アネモイ兄妹が人間世界に勢揃いしているわけだ。しかし、エレボス様はアイテール様の親友ではあるが、面倒くさがりで、ましてや部下を作るなどと――)
不意にゼピュロスがハルバードを突き出す。ポセイドンは見向きもせず、気配だけを察知して回避し、左手でハルバードを強く払う。その衝撃でゼピュロスの手から離れ、遠くへ滑った。
「見てないのに、どうして!?」
驚きを隠せないゼピュロスに対し、ポセイドンは顔を上げて答える。
「年季の違いとしか言いようがありませんよ。そもそも、ピカピカ新組織の一員が、歴史ある部隊の副隊長に勝てるはずがありません」
「っ~! そう決めつけないで下さいまし!」
そういって、ゼピュロスはポセイドンの胸をボコスカと、両手で殴り始める。しかし、ポセイドンはビクともせず、第三者からはゼピュロスが駄々をこねている子供のように見えた。
ゼピュロスは本気で殴っているが。
「あのハルバード……風の属性強化が成されてましたね。あなたの【ケイパビリティー】を反射的に発動させ、風圧を発生させて力負けしないように。刃が当たる感触と金属音がしませんでしたから」
「うぅ…………」
ゼピュロスは膝を落とし、両腕を地に着ける。
彼女の瞳から、涙が零れ始める。
「……勝負あり、ですね」
「そうです! 私の負けよ! もう煮るなり焼くなり私の体を自由に弄べばいいわ!」
ゼピュロスはお嬢様口調をせずに、涙声で降参した。こちらが本来あるべき姿なのだろう。
「負けを認めるのであれば、すぐにでもここを去ってほしいのですが」
「な、なによ……それじゃ私、ヤり捨てられた娘みたいじゃない!」
「誤解を招くような言い方はやめてください! カオスを狙うのを諦め、ここを去れという意味で――」
ポセイドンは途中で言葉が詰まった。ある思いが口を止めたのだ。
(ゼピュロス神世界に戻ったら、間違いなく殺されるな)
ポセイドンは思い出す。
ウラノスとともに、カオス確保の任務をしたこと。
妹のために身を危険に投げたこと。
結局失敗に終わったものの、
親友が命を救ってくれた。
そして、初対面の人間が救いの手を差し伸べてくれた。
敵であったのに。
大切な神を狙っていたのに――
(僕も、仮に神世界に戻らずとも、身元が特定されて処刑されていただろう。もちろん今でも身元を探されている状態ではありますが、頼れる仲間がいる。だから、僕はゼピュロスを――)
「お兄ちゃん!!!」
後方から怒声が聞こえると同時に、強い地震が突然この森――いや、この文月市全体に起きた。氷結が割れ、ゼピュロスは足が動かせる状態に。街の建物が幾つも崩壊していく音が森にも響いてくる。手加減を知らないこの地震に、ポセイドンも体勢が崩れ、足を崩した。
地震が治まってから、ポセイドンは体勢を戻し声がした背後を向くと、木に登って見守っていたネプチューンが、地に降りて怒った顔を見せていた。
「乙女を泣かせるなんて、男失格よ!」
「そう言われましても……」
ポセイドンは非常に困るが、ネプチューンは容赦なく叱り続ける。
「それに、ゼピュロスさんは昔からずっと、お兄ちゃんの事が好きだったんだよ! ゼピュロスさんのどこが気に入らないわけ!」
「いや、そのー……」
「私の言いたいこと、わかるよね?」
「……はい」
(昔からなぜか、ネプチューンには勝てないな……ゼピュロスを救おうと思ったと同時にこれだから、自分が情けない)
ポセイドンは振り向き、身を低くしてゼピュロスに目を向ける。ゼピュロスは相変わらず下を向いて泣いている。
「顔を上げて下さい」
「…………」
しかし、ゼピュロスは顔を逸らした。
「俺を見て下さい!」
「!?」
ポセイドンは、ゼピュロスの顎を掴み、自分に向けさせた。
(っ!? しまった! これは……顎クイ!!)
ポセイドンは自分がやった無意識の行動に恥ずかしくなった。
ゼピュロスも思わぬ出来事に、顔を赤くする。
(落ち着け! 落ち着いて話をするんだ!)
「の、残れ」
「?」
「ここに残れ! 俺が守る!」
「は、はい!! えっ、今……」
(動揺しすぎだ! 要点を絞りすぎだ!!)
「おー」
訂正させる隙を与えまいと、ネプチューンがニヤニヤと拍手をした。
「あ、あの……不束者ですが、よろしくお願いします…………!」
「…………」
ゼピュロスも告白と勘違いしてしまい、この始末――
ポセイドンは、もう後戻りできないのであった。
『へぇ……お前のダチは結構なロマンチストだな!』
「…………」
『あれ、もう行くのか? 武器を拾うついでに誘う予定じゃ――』
「気が変わった」
『お前も仲間想いだなー』
「そうであれば、こんなことはしないだろ……さっさと行くぞ」
『おうよ』
遠くから、聞き覚えのある声と、不気味な声が聞こえた気がした。
先週は突然休載してしまい、本当にすみませんでした。
そのせいもあってか、ブックマークが一つ外れてしまいました。自業自得ですね。
今後もこのような調子になってしまうと思いますが、極力休載が起きないよう頑張りますので、これからもよろしくお願いします!
・・・・・・と言いましたが、再来週はテスト期間に入りますので、次の次の更新は休載確定です。すみません。
来週は忘れずに更新しますので、心配なく!




