第六話 悪夢の始まり
「…………」
夏織の隠れ家にて――
恋侍との電話を終えた鋭太郎は、部屋で寝ている夏織の傍に立っていた。
(あれからもう一週間。夏織の目が覚める気配がない。起きそうになかったら来るように先生は言ってたが、夏織を抱えて街を歩くのはなぁ……学校の奴らに見られたりしたら面倒な事になる。だが今はそんなこと考慮してる場合じゃなさそうだな)
鋭太郎は携帯を取り出し、柚乃に電話をかけようとする。
(……そういや何で先生の連絡先だけ知ってんだ? というかそもそもここ地下だよな? テレビもネットも使えて携帯も繋がる……不思議だ)
そう思いながらも電話を待つが、いくら待っても応答することはなかった。
「――まあ先生だし忙しいか。しゃーない、こっそり行くか」
鋭太郎は夏織を背負った瞬間――
「ッ!?」
背中に伝わる夏織の柔らかい胸の感触に思わず体がビクッとする、ベタな展開が起きていた。
「…………」
鋭太郎はこみ上げてくる感情を抑えながら、隠れ家を後にする。
「静かな場所で良かった。人がいないな」
鋭太郎は辺りを確認し、コンテナから出る。
「蒸し暑いな……あれ以来雨は降ってないはずだが」
それを見上げ、暴風雨の日を思い浮かべていると、あることを思いつく。
(飛んで行けばいいんじゃね?)
あの日、鋭太郎は約五階建ての建物の屋上まで飛び乗った。
鋭太郎は神の力によって強化された脚力で、建物の上を転々とし、学校まで行こうかと考えた。
(あー、でもあの時は絶対に人がいない状況だったしなぁ……かと言って、今後の戦いで慣れないわけにも行かないし……)
鋭太郎は思考を巡らせ、決断する。
「……どうせ来月頃には大事になりそうだし、少しくらい目立っても問題ないか」
鋭太郎は自分が元々住んでいたマンションに目を移す。
両足に力を入れ、屋上に着地できるように高く飛んだ。
「うおおおおおおお!! またやらかしたあああああああああああ!!」
高く飛びすぎた。
リストバンドで力を抑えていても、鋭太郎はまだ自分で全ての力を管理、把握できていなかった。
鋭太郎の体は雲を越え、対流圏界面を越えそうなところまで上がった。
(いつまでもこんなんじゃダメだよな……ん?)
自分の未熟さを実感しながら天を眺めていると、何かがこちらに向かって落ちてくるのが見える。
巨大な塊が火花を上げながら落下している。
「なーんだ、ただの隕石か――――いんせ、隕石!?」
鋭太郎は一度は関心を持たずに無視しようとしたが、改めて自分が口にした言葉を確かめた鋭太郎は、一変して焦り始める。
神の存在などエフェクトなどと人間が経験しようがないものを多く味わったために、常人よりも感覚が鈍くなってしまったのだろう。それでも隕石が自分めがけて降ってきたら真っ先に焦るとは思うが。
(このまままともに受けたら、俺ごと夏織もおさらばだ。このまま自然落下しても間に合わない!)
「<アン・グラビティ>!」
鋭太郎は隕石にエフェクトをかける。反重力化させて大気圏外に追い出そうという考えであったが――
「っ! 効いてない!?」
隕石はそのまま落下していた。
(射程距離か? 接近戦での用途ばかりを考えていたから聞くのを忘れていた!)
「くそっ! ここは一か八かだが……!」
鋭太郎は夏織を左腕だけで抱え、右手を構える。
「<パニッシュメント・ネメシス>」
エフェクトを唱えた鋭太郎の右腕が、赤黒く光り出す。
このエフェクトであれば、例え隕石だろうと一瞬にして消し飛ばすことができる。ただ、この衝撃で夏織に強い負担がかかってしまうが、もうこれしか手はない。
鋭太郎は夏織を離さないように左脇をギュッと締め、隕石が間近に来るのを待った。
そして――
「くらえッ!!」
衝突寸前を図り、拳を隕石にぶつける。<パニッシュメント・ネメシス>によって拳にできた高魔力が、隕石に流れ込むのを鋭太郎自身で感じ取った。
「……………………嘘だろ?」
――隕石が消滅することはなかった。
しかし、拳をぶつけた衝撃で、隕石の落下が緩やかになった。
(どうして消滅しないんだ!? エフェクトが通じないなんて事があるのかよ!)
「っ!!」
ふと夏織に目を移した鋭太郎は再び焦る。
夏織は大量の汗を流し、息が荒くなっていた。
(しまった! 隕石の熱を考慮してなかった!)
鋭太郎は落下速度が緩やかになっている隕石を蹴り、急降下をする。鋭太郎は宙で一回転して体勢を整え、夏織を横抱きにし両足で地面に着地する。
着地した場所は、町外れの森の中である。
「……痛い」
鋭太郎を中心に地面が大きく凹んだ。ジェット機が飛行する高さから落ちたため、流石の鋭太郎でも両足に痛みを感じた。いや、それだけで済んだであればもう人間ではない。
「しかし、俺は隕石の熱を感じなかった。となるとあれは……神工的に作られたって事でいいんだな?」
鋭太郎の体はエフェクトなどの魔術、能力に干渉しない。
例えるなら、エフェクトによって辺りが炎の海になっても、鋭太郎の体は燃えることもなく熱を感じる事もない。ただ、無効化している訳ではないため、辺りの炎が消えるわけではない。もちろん鋭太郎がいた場所の炎も燃え続ける。
また、鋭太郎の体と接しているものにも干渉しなくなり、それは磁化のように物から物へでも干渉しなくなる。
つまり、隕石の熱を感じる事ができなかったということは、隕石はエフェクトか何かで作られた物である可能性が高いという事である。
「敵襲か? 随分と大胆な――」
独り言を呟いている内に、隕石が近くに落ちてきた。
それと同時に大きな地震が文月市全体を襲う。
「……様子を見に行きたいところだが、中に人――神がいるってパターンとなるなら、ここは夏織と逃げるのが得策だな」
鋭太郎は夏織を横抱きにしたまま、学校へと走る。
「一体何が!?」
まだ特訓を続けていた荘夜は、隕石が落ちた場所へ走る。
「!?」
すぐ近くまで来たところで、荘夜は人の気配に気づき、木に身を潜め様子を見る。
「…………」
クレーターの中心に銀髪の青年が無表情で空を眺めていた。
(神、だな。ここまで大胆に現れるとは。見た限り人間世界に来たばかりだな)
荘夜は刀を鞘から抜く。
(落ち着いて、冷静に狙え。能力に頼るからしくじるんだ!)
青年が前を向き、歩き始めたところを――荘夜は地面を蹴り、身を投げて青年の首を貫こうとする――
遅くなったのにも関わらずいつも以上に短くなってすみません。
別作の「その探偵、問題児につき」は、今週の水曜日辺りに更新する予定です。
そちらもよろしくお願いします。




