第十一話鋭太郎編 親友
住宅街のド真ん中にて――
鋭太郎と荘夜は今、ポセイドンとの交戦に入るその直前である。
「二対一ですか……いいでしょう。同時に相手しましょう」
ポセイドンは大剣を地面に突き刺す。するとそこから前後一直線に、鋭太郎と荘夜の間を通して亀裂が入った。
「ッ!?」
「これは!? 気をつけてください!」
荘夜が注意を呼びかけた後すぐ、亀裂から大量の水が放射状に溢れ出した。その水は波のように鋭太郎たちに迫ってくる。
「くそ!!」
鋭太郎は水を振り払おうと木刀を左に振る。力尽くでは振り払えるはずのない水の量ではあったものの、強靱的な力を得た今の鋭太郎ではそれが可能だった。
振り払われた水は、ポセイドンの方へ吹き飛んでいく。
「なんという力! ですが――」
ポセイドンは冷静に水に対し手の平を前に差し出した。すると迫っていた水が宙で止まり、一つに集まり巨大な球型の水となっていく。
「力業では俺を倒せませんよ」
「……だろうな」
(相手は神の中じゃトップクラス。クロノスと互角――いや、それ以上って可能性が高い。経験値の低い俺一人じゃあ勝てっこないが、荘夜と力を合わせれば――)
鋭太郎は警戒しながら荘夜の確認をしようと視線を右に向ける。しかし、そこに荘夜の姿はなかった。
「!?」
「波で出来た影に潜り身を隠しましたか。まあ彼は真っ向勝負じゃ力負けしますからね、無理もありません。いいでしょう、あえて……ニュクスの存在を忘れてタイマン勝負としますか」
ポセイドンは余裕の表情で言った。
(くそッ! 避けたところで追撃が来る、攻撃して水を崩したところで遠隔操作が消えるわけじゃない。どうすれば――)
鋭太郎はあることに気づく。
先程振り払った水が、一滴も自分に付いていなかった。
全部振り払えた訳ではない。近くの地面には水溜まりができている。
(ってそんなこと気にしてる場合じゃ――いや、待てよ……)
鋭太郎はしゃがみ、地面の水溜まりに手を触れようとする。
「…………?」
鋭太郎の行動を理解できなかったポセイドンであったが、この隙を突こうと一軒家程に大きくなった球型の水を彼に向けて投げ放った。
そんなこともわからず、鋭太郎は水溜まりに触れると、水溜まりが一瞬にして消える。
「……やっぱりか!」
あることを確信した鋭太郎が顔を上げる。球型の水が体に当たる目前まで来ていた。しかし、鋭太郎はそれを理解した上で動かなかった。
――動く必要がなかった。
「何ッ!?」
ポセイドンは、驚く。
球型の水は確かに当たった。しかし、鋭太郎の体に触れた水は、まるで最初からなかったかのように消えたのだ。彼の体に当たらなかった水は地面にぶつかり、地面に広がっていく。
「水の無力化!? いや、ただの無力化では……」
「うぉおおおおおおお!!」
ポセイドンが思考を巡らせていると、それを妨害するように鋭太郎は跳躍し、彼に向かって木刀で攻撃する。
「!!」
ポセイドンは我に帰り、迅速に大剣で攻撃を防ぎ、跳躍で後ろに下がった。
「あなたは、本当に人間なんですか!?」
「お前達からすれば、まだ人間だろ」
「いえ、もうあなたは人間をやめてますね」
「……そうかもな」
ポセイドンは真剣な眼差しで大剣を構える。
「あなたの【ケイパビリティー】は体に触れたエフェクト、【ケイパビリティー】の無干渉。能力そのものを無効化できないものの、自衛としての役割を果たしてくれる」
「そうらしい。俺にもよく分からんが」
鋭太郎は、神以外が覚えるのはほぼ不可能とされている【ケイパビリティー】を習得していたのだった。
その能力はポセイドンが言ったとおりである。
(さっきのはぶっつけ本番だったから死ぬほど怖かった……)
「なら、俺には勝てませんね」
「?」
「運が悪いですね。もしウラノスが相手だったら勝ってたかも知れませんが、僕の前ではその能力は諸刃の剣です!」
ポセイドンは大剣を地面に強く突き刺した。
「!?」
すると間もなく地震が起き、鋭太郎が立っていた場所の地面がピンポイントに穴が空いた。
「くそッ!」
落下する鋭太郎は落ちまいと、穴の縁に左手をかける。しかし、手をかけたところだけが消滅し、穴に落下してしまう。
(ポセイドンが【ケイパビリティー】で地面を操ったことにより俺の能力が無意識に発動して、干渉しないように消滅したって事か!)
穴の中に落下する中、鋭太郎は木刀を逆手に持ち替え、断面に突き刺し制止しようとした。しかし、その断面も消滅し落下を止めることができなかった。
(そういや隠れ家のトラップで服に一切の害が起きなかったって事は、間接的にでも【ケイパビリティー】が発動するってことか! 参ったな、打つ手が――)
一瞬ないと考えた鋭太郎であったが、一つだけ打開策が思い浮かんできた。
(だが、自分のエフェクトにも反応しない可能性もある! そういや先生や夏織のエフェクトには反応していたが、何の違いがあるんだ!? いや、考えるよりも動く方が先だ!)
「<アン・グラビティ>!」
鋭太郎はエフェクトを唱え、自身にかかる重力を逆転させ上昇した。
「何ッ!?」
鋭太郎が穴を抜け上がってきたのを見て、ポセイドンは驚く。
しかし、鋭太郎はそのまま上昇を続け、地上から離れていく。
「行けたか! 理由はわからんが……<アン・グラビティ>!」
鋭太郎は、地上から約百メートル離れたところから再びエフェクトを唱え、自身の重力を元に戻して落下を始めた。
「重力に身を任せ、その勢いで俺に攻撃してきますか。今は地面に干渉されないからどんなに速くとも死にはしないと。この剣が刺さったままであれば――の話ですが」
鋭太郎の様子を確認したポセイドンは、大剣を抜こうとする。
「?」
しかし、抜けなかった。どんなに力を入れても。まるで何かが大剣を地面の中へ引っ張っているように。
「どうして!? ……まさか、ニュクスが!!」
ポセイドンは、身を潜めているニュクスが大剣を固定していると考えた。
大剣の先端が埋まっていることにより、その先端に光が当たらず影に埋もれていることになっているからだ。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
気がつけば鋭太郎は間近にまで迫っていた。
「くッ、負けるわけにはいきません!!」
ポセイドンは剣の先端を折ってまで抜き取り、向かい来る鋭太郎に対抗する。
鋭太郎はこのまま突っ込んでくる――そうポセイドンは思っていた。
しかし、鋭太郎はポセイドンとまだ距離があるところで、木刀を投げた。
「ッ!!」
その木刀はポセイドンの手に命中し、その衝撃で大剣を落とした。
その後、鋭太郎は右拳を構え、エフェクトを唱える。
「<パニッシュメント・ネメシス>!」
「!?」
鋭太郎の右拳が赤黒く光り始める。
「馬鹿な!? なぜそのエフェクトを――!?」
ポセイドンは大剣を拾うことを忘れるほどに驚愕した。仮に大剣を拾えたとして、鋭太郎の拳を防げるほどの距離がなかった。
(よし! これで終わりだ!!)
鋭太郎は勝ちを確信し、拳をポセイドンに向けて突き出した。
ポセイドンは死を覚悟し、瞳を閉じた――
「……………………?」
――突然鳴り響く金属音。
ポセイドンが目を開くと、目の前に荘夜がいた。
荘夜は鋭太郎の前方にできた影から現れ、刀で鋭太郎の拳を防いでいた。<パニッシュメント・ネメシス>を受けた刀は粉々に散り、最終的にはその粉さえ消滅した。
「荘夜…………」
鋭太郎は何かを察した切ない顔で地に足を着ける。
「なぜ……なぜ僕を庇ったんですか!!」
ポセイドンが動揺しながら聞くと、荘夜はゆっくりとポセイドンの方を向く。
「僕には無理だ……敵になったとしても、親友を殺すことは…………」
(俺は危うく荘夜の親友を殺すところだった……もし、恋侍が敵に回ったら躊躇って手を出せないだろうな)
そう思った鋭太郎は、木刀を拾うことなくポセイドンの前に行く。
それに対しポセイドンは大剣を拾い、警戒する。
「確か、妹がいるんだっけ?」
「そうですが、何か?」
「もうやめよう。この戦いでお前が死んだらその妹が悲しむだろ?」
「んな、それは俺に任務放棄しろと! ふざけるな! そうなれば僕より妹が危険な目に合うかも知れないんですよ!」
(あぁ……妹は神世界の方にいるんだもんな。連れ逃げようと一旦戻ってもバレれば即行処刑されるもんな。やっぱり説得は困難か……?)
「元より、俺はアイテール様に借りがあります。それを返すためにも、ここを退くわけはいかない!」
ポセイドンは大剣を鋭太郎に振り下ろそうとする。
「お兄ちゃん!!!」
「!?」
「!?」
ポセイドンと鋭太郎は声のした方を向く。
荘夜の影から現れた小さな女の子が、涙を浮かべながら駆け足でポセイドンに抱きついてくる。
「ネプチューン!? どうしてここに!?」
「もうやめて!! お兄ちゃんが死ぬのは嫌!! ニュクスさんが死ぬのも嫌!! 人間……は死んでもいいけど、これ以上喧嘩しちゃダメ!!」
「…………」
泣きじゃくる妹のネプチューンに心を打たれたポセイドンは、大剣を落とし優しく抱きしめる。
(――――ひどい)
人間の鋭太郎は死んでもいいと言われた本人は心を痛めていた。
「すみません、大丈夫でしたか?」
荘夜が恐る恐る鋭太郎に尋ねた。
「あぁ、別に何の問題もなかったが、荘夜はポセイドンの妹を連れてくるためにここを離れたのか?」
「はい。この戦いを止められるのは、彼女だけですから」
「それにしても、なんでこの世界にいるとわかったんだ?」
「実は学校で合流できなかった理由が、アニメ以外にもう一つあったんです」
「まあ確かに、一時間以上経っても来なかったしな」
「実は向かう途中で、暴風雨の中ポセイが幼女と歩いている姿を目撃し、しばらく観察していました。二人の会話を聞いて幼女が妹であるとわかりました。どうしても今日見に行きたい映画があったとか」
(ウラノスが別件で仕事を任せたんじゃなかったのか? まあ、仕事より妹を優先したってことかな)
「よくあの暴風雨で行かせようとしたな」
「あの二人は伊達に海の神じゃありませんから。どんなに強い雨でも何とも思わないでしょう」
「なるほど――ん?」
鋭太郎は荘夜と離している中、荘夜の背後から少し離れて置いてあったものに目が移った。
それは秋葉の武器『トランス・オールマイト』だった。
「あっ、マジか」
鋭太郎は武器を取ろうと足を運ぶ。
「どうしまし――あっ」
「マズいよな? これなかったせいで秋葉苦戦してるとかないよな?」
鋭太郎は落ちている『ライフル』を拾う。
(走って学校に向かうよりは投げ飛ばした方がいいか? だが銃じゃ投げにくいな)
そう思っていると、突如『ライフル』が変形し、『アックス』へと姿を変えた。
「うおっ、変形すんのか!」
驚いた後、鋭太郎は学校の方を向き、『アックス』を勢いよく投げ飛ばす。
(暴風雨が止んだとはいえ、すぐに一般人は外に出ないだろうから変なところに行っても誰かが死ぬことはないだろう…………多分。つうか、なんで自信ないのに投げたんだよ俺!? 馬鹿だろ!)
鋭太郎は自分の行動に後悔する。
「ニュクス」
「?」
ポセイドンの呼ぶ声に、荘夜は振り向く。それに反応して鋭太郎も振り向く。
「今後一切、僕はあなた達に危害を加えないことを約束します。これから僕はネプチューンを連れて遠くに――」
「ちょっと待て!」
ポセイドンが話している途中で、鋭太郎がストップをかけた。
「……荘夜、ちょっといいか?」
「はい?」
鋭太郎は手招きを入れて荘夜を近づかせると、耳打ちで何かを話した。
「――構いませんよ。姉さんもわかってくれると思いますよ」
荘夜は鋭太郎の提案に賛同した。
「あの、一体何を?」
気になったポセイドンが聞くと、鋭太郎が手を差し伸べ、答えた。
「――俺達の、仲間にならないか?」
かなり遅くなってしまいました。本当にすみません。
同時に出す予定だった秋葉編は、都合により明日出します。
もうしばらくお待ちください。




