第十話 信用
「その武器、アイテール様愛用の木刀ですよ!」
「ぇ……………………」
鋭太郎は唖然とする。
秋葉、荘夜、ポセイドン、皆が驚愕眼差しで木刀を見ていた理由――その木刀が、神世界の頂に座しているアイテールのものであったからだった。
(柚乃先生は、彼(夫)からの要望って言ってた……つまり、先生の夫はアイテールなのか……? だが以前、アイテールに嫌われてるとか――いや、そうは言っても反抗してるとは言ってない! もしそうなら、スパイをするためにわざと――!?)
「お義兄さん、詳しい話は後で聞きます。今は計画通り――」
「いや待て!」
荘夜は事前に用意していたマントを取り出し、何かをしようとしたところ、鋭太郎はやめるように言った。
「今送るのは危険だ!」
「なぜですか? 一刻も早く送らねばウラノスに先を越されますよ」
「そうだが……」
(今この場で先生がスパイだ――なんて言ってもただ混乱するだけ。元より信じてくれないだろう。俺も信じたくないし。だがもし、俺の直感が当たってるなら、重傷の秋葉を見た先生が好機だと思い、すぐにでも裏切りを始める可能性もある。どうすれば……)
「……送れ」
「!?」
鋭太郎の思っていることに何となく感づいた秋葉は、自ら学校に送るよう言った。
「鋭太郎……お前が何に感づいたかは知れている。だが安心しろ、ユノは決して俺たちを裏切らない」
「っ!? どうゆうことだ!?」
案の定、荘夜は理解できずに混乱する。
もとい、クロノス戦の時はほぼ気絶状態、柚乃から木刀を受け取った時にその場に秋葉すらいなかったため、それが当たり前の反応である。
「裏切る前提の奴が、わざわざ敵の特訓をすると思うか?」
「……特訓と偽って殺すことはできるだろ。昨日の特訓で<パニッシュメント・ネメシス>を当てられそうになった」
「万能の<リウィンド・ヒール>がある。パニッシュメントを喰らっても完全に消滅する前にかければ元に戻るからな」
「今日の特訓でも、ヘルメスに殺してもいいと――」
「ヘルメス……あのガキか。あいつは元神衛部隊一番隊副隊長だが、バカだから油断しなきゃお前でも勝てる」
(一番隊副隊長っておま、見かけによらずヤバい奴だったのか。一応勝ったけど)
「だがそれは理由に――」
「お前……何が何でもユノを信じれねえのかよ!!」
「…………!!」
秋葉は叱るように声を張って言った。その言葉に鋭太郎は、心がたたき起こされたような感覚に陥った。
(何言ってたんだ俺……何で俺は先生を信用しようとしなかったんだ……?)
その時、柚乃のあの言葉が浮かび上がる。
――ごめんなさい…………私が不甲斐ないせいで、あなたに辛い思いをさせて……
(俺は本当に最低な人間だな。自分の事を本気で心配してくれる人を疑って……自堕落的な生活を送った反動は、こういう場面で表れちまうんだな)
「――その木刀、ユノから貰ったんだろ? 理由は何であれ、主の武器をそう易々と、しかも人間に渡すと思うか?」
「…………」
「これは俺の主観だが、ユノは面倒見のいい奴だ。俺の特訓もよくしてくれた。内容は滅茶苦茶だったが、そのおかげで俺は強くなれた。今はこのざまだが。妹の武器生産、改良の手助けもしてくれたさ。正直、ユノの考えてることはさっぱり分からねえ。だが俺は信じている。何が正しいか正しくないか、それくらいの判断はできる神だと。だか……ら…………」
秋葉が話してる途中で力尽き、倒れる。
「っ!? 秋葉!?」
「お義兄さん! 後ろ!!」
「!?」
鋭太郎は秋葉に寄りかかろうとするが、荘夜に言われ後ろを向く。
ポセイドンがタイミングを図り、大剣を片手で持ち鋭太郎に振り下ろしていた。
「ちぃ!」
鋭太郎は素早く木刀で対応し、大剣を受け止めた。
その衝撃で地面が凹み、鋭太郎を中心に小さなクレーターができた。
(重い! 少しでも気を抜いたら押しつぶされそうだ!)
「荘夜! やれ!!」
「はい!!」
荘夜はマントを影が被さるように秋葉の上で広げ、エフェクトを唱える。
「夜<シャドウ・テレポート>」
すると秋葉の体が影に沈み消えた。消えた秋葉は、転送先である柚乃の影に出現するようになっている。
「よし!」
それを確認した鋭太郎は横に身を移しながら木刀を放す。
「っ!?」
それによりポセイドンの大剣は木刀もろとも地面を叩くことになった。その隙をついた鋭太郎はポセイドンの顔を素手で殴る。
「ぶふぁ!!」
ポセイドンの体は大剣を持ったまま後ろに飛ばされるが、宙で一回転し両足を着いて体勢を戻した。
その間に鋭太郎は地面に叩きつけられた木刀を手に取る。
(アイテール愛用……か。さすが、大剣を相手にしてもへし折れないとは)
「アキレスを追いかけたいところですが、貴方達を倒さない限り行かせてはくれなさそうですね……」
ポセイドンは両手で大剣を持ち、鋭太郎達に向かって構える。
それに合わせて鋭太郎達も構えた。
「俺にだって、守りたい神がいる。向かってくるなら容赦はしない!」
改めて今、戦いの幕が切って落とされた。
※
「よっと」
ウラノスは飛んで学校に行き、空いていた体育館の天井から中に入った。
「ここが空いてたってことは、ガイアはここから入って――ん?」
ウラノスが周りを見渡していると、ステージ側にガイアが一人、立ってこちらを見ていた。
「あれ? 一人? でもカオスがいないって事は、他に人がいたって事だよね?」
「…………」
「あー、何か言ってくれないと分からないよ」
「…………」
聞いてくるウラノスに対し、ガイアは黙って何も言わなかった。その眼差しは鋭く睨みつくようだった。
「……怒ってるよな。ごめん。『今でも愛してる』なんて都合のいいことは言わない。今日をもってオレ達の関係は終わり。だから頼みがあるんだ」
「…………」
「オレに――いや、オレ達にカオスを譲ってくれないか?」
「…………」
「そしたらお前達には一切手を出さない。あの人間にも、アキレスも。オレがアイテール様に言っとくから――」
「ふざけんな!!」
ガイアが突然怒鳴ると、無数の木の枝が床から貫通して飛び出し、ウラノスの体を拘束するように巻き付いた。
「さっきから聞いてりゃ偉そうに!! 譲ってくれないかだぁ? 冗談はその元気百倍の股間だけにしろ!」
ガイアはウラノスに近づきながら怒号を浴びせる。その中なぜか木の枝が枯れ果て、ウラノスの拘束が解けた。
「えっ……!?」
ウラノスが【ケイパビリティー】で木の水分を蒸発させ、枯れさせたのだ。ガイアはそのことに気づいてなかった。
「股間は元気百倍……か」
ウラノスが呟くと、ガイアを押し倒す。
「っ!?」
ガイアはされるがままに押し倒されてしまい、身動きが取れなくなる。
「じゃあ、それを君が抑えてくれるかな?」
ウラノスは自分の唇を、ガイアの唇に重ねる――
「…………?」
不自然に無抵抗なガイアに違和感を持ったウラノスは、唇を離すとガイアの姿はなく、人型の木に入れ替わっていた。
「やっぱりその程度の野郎か」
ウラノスの背後から男の声が聞こえた。ウラノスが反応する間も与えずその男はウラノスの頭を掴み、木ごと床に頭をめり込ませた。
「結局お前は体目当てでガイアと付き合ってたのか。ロリコンかよ」
その男の正体は秋葉。既に柚乃から治療を受けており、体が完治している。
「ロリコン……それは君も同じだろ?」
床に頭が埋まりつつも、ウラノスは冷静に言った。
「お前と一緒にされたくねえが、ガイアを愛することでロリコン呼ばわりされるなら、俺は受け入れてもいい。だが、ガイアを愛するのは俺一人で十分だ」
「……そうか」
ウラノスは不意をつくように瞬時に頭を抜き、両手で床を強く押し宙に舞う。その勢いで素早く後ろに回転し、両足を秋葉の両肩に強くぶつけた。
「何!?」
驚いたのは秋葉――ではなくウラノス。見事攻撃に成功したが、秋葉は痛がる様子もなく平然と立っていた。
「――その程度か?」
秋葉はウラノスの右足を掴み、ゴミをゴミ箱に投げるような感覚で投げた。
舐めてかかった投げ方ではあったが、それに反してウラノスの体はミサイルのように勢いよく飛び、体育館の壁を壊して校庭に投げ出された。
「奴にこんな力が――っ!?」
ウラノスが飛ばされる勢いが収まらない中、秋葉が走って追いつき、肘打ちをウラノスのみぞおちにくらわせた。
「うぐぅ!!」
何の抵抗もできないウラノスはまともに受け、地面に叩きつけられる。その衝撃で砂埃が舞い、地面が大きく凹んだ。
「……神衛部隊ってのは、いつからこんなに弱くなったんだ?」
「ぶへっ!! はぐぁ!!」
鋭く強い痛みを喰らったウラノスは血を吐く。余裕淡々な秋葉に反応する余裕はなかった。
「勘違いすんなよ。あっちで手加減してたわけじゃねえ。お前と交える前に大怪我を負っちまったから上手く力が入らなかっただけだ。誰かさんのせいでな」
「くっ……」
ウラノスは痛みに耐えながら立ち上がる。
それを見た秋葉は強気に出る。
「やめておきな。お前が俺に勝てる勝機は残ってねえよ」
明けましておめでとうございます。
今回は話の区切りを良くするため短くなってしまいました。すみません。
次で第二章最終話となります。今回は構成上、分割して二話で一話となります。その充填を兼ねて、次回の更新は再来週(1/15)となります。勝手ながら本当にすみません。
今年も、この作品をお読みしていただけましたら幸いです。
これからも、よろしくお願いします!




