第五話 約束
時刻は午後四時過ぎ――鋭太郎たちが帰っている頃。
ウラノスとガイアは町の中をふらついていた。
「……なんかごめん。クラスの奴が――」
「大丈夫。もう気にしてないよ。それに、彼も多分神だ…………カオス側の」
「それにしても誰なんだろう? そいつ、恋侍って名前なんだけど・・・・・・エロス、じゃないよね?」
「うん、エロスは女だし、もう既に亡くなってる」
「えっ、そうなの!?」
ガイアは驚き思わず大きな声を出した。ウラノスは不思議に思うと、その理由をすぐに理解出来た。
「あっ、そっか。これ機密事項だった」
「それ言っちゃったけど大丈夫なの?」
「まあ結構前だし、言ったからって何か悪いことが起きるってことも無いから問題ないと思うよ。それに、今の状況じゃ逆に知っておいた方がいいかもしれないね」
ウラノスは、エロスについて話し始める。
「カオスの事件よりもずっと前、エロスは同様の事を起こした」
「つまり、人間に恋を?」
「うん、一人の少年に。その少年が後の『一号』って言ったら、話が見えてくるだろ?」
「…………!?」
「エロスは上に偵察任務と偽って人間世界に侵入し、少年と接触を試みた。見事、互いに心を打ち解けられ、交際にまで発展した。しかし、ある日を境に決裂してしまう。ある日、少年はエロスに頼み事をした。『神の力を分けることはできないか』と。エロスは愛する人のためにとあっさりと力を分け与えた。その日から少年は神の力を得た特別な存在となった。当時いじめを受けていた少年は、力をただその仕返しのためだけに使うはずだった…………」
「悪化…………したってわけか」
「その通り。少年は圧倒的な力に溺れた。これまでのお人好しの心優しい少年が一変、力を手にするためならどんな手段も選ばない凶悪な人間となってしまった。もちろん、エロスは少年のためを思って止めようとしたが…………少年はお構いなくエロスの力を全て吸収、その後殺害した」
「!?」
「イカれてるだろ? ともに愛を誓った人を――神を殺すなんてな。オレには到底できないし、したくもないよ。まあ後は知っての通り、事態を聞きつけた他の神々が処刑しに向かったが、皆が返り討ちに遭い、今現在行方知らずとなってしまった」
「……結構深い話だったんだね」
ガイアは真剣に聞いた――が、自分にはどうでもいいことだと思った。
「けど、話の後半はおおよそ上層部の推測。エロスの遺体が発見できず、完全に死んだと断定できないからね」
「なるほど……となると、恋侍の正体は誰なんだろう?」
「これはオレの直感なんだけど、実はエロスの事件でもう一人――」
「探しましたよ!」
誰かが二人の背後から突然声をかけた。二人は同時に振り向き、確認する。
青髪で身長がガイアと同じくらいの小柄な青年の姿があった。
「どこ行ってたんですか! 無断で行くなとあれほど!」
「ごめんごめん、悪かったよポセイドン」
ポセイドン――海と地震を司る神――
神衛部隊五番隊副隊長――神衛部隊の中で実力は第十位で、ウラノスの部下である。
「ところで、この方は?」
「ガイアだよガイア。オレの彼女!」
「うわぁ!? ここで抱きつくな!!」
唐突に抱きつこうとしてくるウラノスに、ガイアは阻止しようと両手で彼の体を押す。
「あぁ、例の…………すみませんね。こんなアホみたいな奴と付き合ってもらって」
「いいよ、気にしなくて」
ガイアは優しく返した。
ウラノスは疲れたのか抱きつくのを諦め、ポセイドンに聞く。
「なんか採集あった?」
「いえ、今日は何も。ただ、今ガイアに出会えたことが幸いです」
「えっ、何?」
ガイアはキョトンとした顔でポセイドンを見る。
「さすがにもう、アキレスは一緒じゃないですよね?」
「……もうあれ以降会ってない」
「ダメ元ですが、電話をかけてもらえますか? 敵になった今でも、あなたからの電話なら出てくれるはずです。場所を聞き出していただけますか?」
「えっ!? いいけど…………ホントに出るかな?」
ガイアはスマホを取り出し、秋葉に電話をかける。
普通なら警戒して、出てくれるはずはないのだが――
『もしもし?』
何の警戒もない、あっさりとした秋葉の声が聞こえてくる。
「…………!」
秋葉の声を聞いたガイアは緊張で言葉が出てこない。普段は緊張の一欠片もないのだが。
『どうした? 何かあったのか?』
「…………」
『気が変わったのか? 俺たちはいつでも歓げ――』
「は? 誰が行くかよバーカ!」
『何だと短気クソ女!!』
「短気はどっちだよ! この貧乳マニアが!」
ガイアは秋葉を罵倒することでいつもの調子を取り戻した。
その様子は、ウラノスとデートを満喫している姿よりも生き生きとしていた。
「ガイア、あまり刺激しないように頼みます…………!」
ポセイドンが秋葉に声が聞こえないように小さい声で注意した。
ガイアは頷き了承する。
「ところで今どこにいるの?」
ガイアは単刀直入に聞いた。
「ちょ、直球過ぎますよ……!」
その事にポセイドンは慌てるが――
『お前が住んでるアパート近くのスーパーだけど』
秋葉はさらっと答えた。
「あぁ、あそこのベニミル?」
ガイアはウラノスたちに伝えるように言った。
『来るのか?』
「あぁいや、そういうわけじゃあ…………」
『別に来ていいが』
「はぁ!?」
秋葉の対応にガイアは驚いた。
「あんたお人好しにも程があるだろ! もしこれが罠だったらどうすんだよ!」
「はぁ……ガイア、それはバラしてるも同然ですよ…………」
ポセイドンはガイアの発言に呆れる。
『そん時は返り討ちにするだけだ――てかお前、やっぱなんか企んでたんだろ?』
「い、いや……何も…………」
案の定、秋葉に事がバレてしまう。というか、ここでやっと気づく秋葉も秋葉だが。
「…………どうして」
『?』
「どうしてそんなに余裕なの? 今アキレスが置かれてる状況理解できてんの? ほぼ全ての神から集中狙いされてるんだぞ? なのに…………どうして…………!」
ガイアは涙声で言った。
カオス、鋭太郎なんかはどうなってもいい。けど、何十年も共に過ごしてきた秋葉は殺されてほしくない。それが、ガイアの本音だった。
『俺が雲隠れしたら、約束…………破っちまうからな』
「えっ…………」
『いや、約束はもう破っちまったかもな。わりい』
「何を――」
『俺は、お前を一人にしない。そう、ガキの頃から約束してたからな』
「……!」
ガイアの体が震える。
それは、怒りでも悲しみでもない――喜び。
『俺が姿をくらましたら、ガイアが完全に一人になっちまう気がしてな。だったら俺を殺しに来る神を返り討ちにして、お前の元に戻ってきた方が手っ取り早いと思ってな』
「…………」
『あっ、そういや彼氏がいるんだっけ? その彼氏に伝えてくれ、お前にガイアの旦那は務まらん、諦めろとな!』
「っ!?」
ガイアは驚き、涙が溢れる。
今の秋葉の話に、無意識でありながらも告白とも言える言葉が混じっていたからである。
『あと、ガイアは色々メンドクサいから、今のうちに別れとけってな』
「は? なにそれ、喧嘩売ってるの…………?」
その雰囲気を自覚してない秋葉が遠回しにガイアの悪口を言ってきた。
だが今のガイアにとっては、そんなことすら嬉しく思えた。
『来るなら来ていいぜ。もちろん、他の連中連れてきても構わねえぜ。そん時は全員まとめて相手してやるからよ!』
秋葉がそう言うと、電話を切った。
「……………………」
電話を終えたガイアは、涙を流したままウラノスとポセイドンの方を向く。
「ごめん、今の電話…………聞かなかったことにして」
そう言うと、ガイアは二人の返事を聞くことなく、走り去って行った。
「……行ってしまいましたね」
「…………」
「ウラノス、大丈夫ですか?」
「……いつも」
「え?」
「いつも、いつもいつもいつもいつもいつも!! あいつはオレのものを奪っていく!!」
ウラノスは、普段表に出さない怒りの感情を露わにした。
すると、晴れていた空一面に真っ黒な雲が瞬く間に集まり、町全体に豪雨をもたらした。
「あいつを、必ず殺す!!」
※
「んげ、マジかよ」
スーパー『ベニミル』にて――
買い物を済ませた秋葉は帰ろうとしたが、予期せぬ豪雨に見舞われ、入り口で止むのを待つしかなかった。
「この時期にこんな雨降るかフツー」
秋葉が雲の様子を見ながら言っていると、傘を差し伸べる人物がいた。
何の目的で来たのかわからない、恋侍だった。
「ん、誰かと思えば…………恋侍か」
「おっ、覚えててくれたんすか、嬉しいぞ」
「お前には借りがあったからな。また借りができたな」
秋葉は傘を受け取ると、傘を差し一人で歩き始めた。
「ちょ、置いてくなよ!」
恋侍は駆け足で秋葉の隣に行った。だが傘の中に入ろうとはしなかった。
「置いてくも何も、お前を連れ回してる覚えはねえぞ」
「まぁまぁ、そう言わずに――あ、そうそう、最近鋭太郎がお世話になってるみたいだな!」
「まあな…………お前には関係ないだろ」
「一応幼馴染みなんで、無関係ではないんだな。でも安心したなー、あいつ、俺以外のちゃんとした友達ができて」
「……なあ」
「ん?」
「今なら明かしてもいいんじゃないか? お前の正体」
秋葉が言うと、恋侍は歩みを止めた。
それに合わせて秋葉も足を止める。
「正体? はてぇ…………何のことか?」
「上手く隠せてるみたいだが、若干漏れてるぞ。ドス黒いオーラが。少なくとも人間じゃあねえだろ」
恋侍の見た目はクラスに一人くらいいるムードメーカーな少年。
だが秋葉には、彼から微量ながらに放たれる異質な魔力が目に見えていた。
彼の背後に潜む悪魔が、あざ笑いながらこちらを見ているようだった。
「ありゃ、バレたか。最近力使ってないから溢れ出ちゃったのかなー。さすがは英雄アキレス」
「その不規則な口調と舐めきった態度。お前――」
「おっとそれ以上はいけない!」
恋侍は大きな声を出し、秋葉の口の動きを止めた。そして小さな声で呟く。
「俺が見た限り、お前を監視してる奴がいるはずだ」
「それがどうした?」
「あんさんが大丈夫でも俺は正体バレたらマズいっす……!」
恋侍は言い終えると、秋葉と距離を置いた。
「そゆことで、鋭太郎とかにもいいふらさんといて! じゃあな! あっ、傘は返さなくていいから!」
恋侍はその場から姿を消した。
「…………」
秋葉は黙って歩き始める。
秋葉が帰った先は、夏織の隠れ家――ではなく、元から秋葉とガイアが住んでいたアパートの一室だった。
秋葉は、隠れ家に戻るつもりはなかった。
先程の電話で、秋葉の居場所はすぐに特定されることは、当の本人が一番わかっていた。
秋葉は最初から、自分の居場所がわかるように言うつもりだった。
そうすることで、居場所がわからない夏織たちを他所にガイア達が自分を狙うことだけに専念すると考えたからだ。
その間、夏織たちに平穏が訪れる。少なくとも、目に付かない場所へ逃げられる時間を確保できる。
まさに、捨て身の作戦であった。
「ただいま…………」
秋葉は扉を開けて、中に入った。
「っと言っても、誰も――」
「おかえりっ!」
先に着いていたガイアが、無邪気な子供のように飛びついてきた。
「うぉお何だ?」
秋葉は思わぬ出来事にに驚き、顔を赤くする。
「遅いじゃないかー! あれからもう二十分は経ったぞ!」
ガイアは文句を言ってきたが、いつもとは違って優しく温かい感じだった。
「いや、急いで来るも何も――てか、なんかお前おかしいぞ? 変なもん食ったか?」
「さあね、うふふ」
ガイアは飛び跳ねるようにリビングに戻った。
「…………」
秋葉は少々気持ち悪さを覚えつつ、靴を脱いで部屋に上がった。
「今日の晩ご飯何?」
「あぁ、今日はカレーだ」
「やったー! カレーだ!」
「…………なぁ、お前ガイアで合ってるよな?」
不安になった秋葉は、本人確認を行う。
「俺の名字は?」
「カメリア!」
「この世界では?」
「椿!」
「妹の名前は?」
「アキナス・カメリア!」
「クロノスの座右の銘は?」
「時は金なり!」
「ユノは?」
「 有 能 」
「最後に、俺の肩書きは?」
「神世界最強のロリコン童貞!」
「ほ、本人だな…………」
全ての質問に対して、ガイアは間違いなく答えた。
最後の質問、本来であれば『英雄アキレス』、『神を超えた男』などが正解である。
ただ、ガイアだけは罵倒混じりに、質問の答えのように呼んでいたため、本人であると確信がついた。
「やだなぁ、幼馴染みのことを疑うなんて」
「どうした? 今日のガイアはまるで昔の頃に戻ったような――」
秋葉が言っている最中、ガイアのスマホから電話の着信音がなった。
ガイアは高いテンションを保ったまま電話に出る。
「もしもし? ウラノス?」
「!?」
ガイアの口から出た彼氏の名に、秋葉の体に緊張が走る。
『今、どこにいるのかな?』
「どこって、家だけど」
『場所、教えてくれるかな? 会いたいんだ、今すぐ』
「さっき会ったばっかじゃん。それと、場所は教えられないよ」
『隠れ家にしてるのはわかる。でも、せめて彼氏のオレには――』
「彼氏? 何言ってるの?」
『え…………?』
「へ?」
信じたくない展開を予想できた電話越しのウラノスと、
嬉しがたい展開を想像した電話に耳を澄ませていた秋葉は驚く。
『何を言――』
「あっ、もしかして、本気にしてた? ごめん、僕ウラノスのこと、これっぽっちも好きに思ってないよ」
「ふぁい!?」
酒に酔った勢いで暴露したような話に、秋葉が変な声をあげ驚いた。
秋葉の中で、ガイアがウラノスのことが好きでなかった真実の嬉しさと、神衛部隊第五位に喧嘩を売っている焦りが混ざり合っていた。
「他の連中から聞いてるよ? ウラノスって別の女とも付き合ってるんでしょ?」
『それは……彼女じゃなくて――』
「どうして僕とここまで長く付き合ってくれたかは知らないけど、今までありがとね! バイバイ!」
ガイアは別れを告げ、電話を切った。
「おい! お前、今何したかわかって――」
「……わかってるよ」
慌てる秋葉に対し、ガイアは普段の口調で対応した。
「力尽くで僕を連れ戻しに来るよ、多分」
「なぜわかっていながら――」
「だって、僕があいつといたら、アキレスが約束を守れないじゃないか」
「……!?」
「僕はずっと勘違いをしていた。アキレスが約束を忘れたんじゃないかって」
ガイアはゆっくりと秋葉に近づき、優しく抱きしめてきた。
「これからもよろしくね、アキレス」
「…………」
秋葉は、ただ黙って抱き返した。
静かで、暖かい。心が安らぐような雰囲気が、二人を包んでいた。
「ガイア、好きだ」
「うん、僕も。カタツムリの次に好き」
「俺は、ナメクジの次に――」
「は?」
「ん?」
だがそんな雰囲気が、二人に限っては続くわけがなかった。
「ナメクジって、さすがにないでしょ」
ガイアはドン引きするように秋葉から離れた。
「いや、カタツムリもないだろ」
秋葉は冷静に返した。
「そもそもなんでナメクジの次なんだよ! 一番愛してるんじゃないのかよ!」
「なぜに逆ギレ! 発端はお前だろうが!」
「うっさい! 普通は受け流すかツッコむかだろ! この変態!」
「今の場面でその罵倒はおかしいだろ! 単細胞が!」
「は? 多細胞ですけど。あんたの目は節穴ですか?」
「単細胞ってのは目に見えない脳みそに向かって言ったんだ!」
「なんだとー!!」
二人は相変わらず、低レベルな喧嘩をしていた。
二人にとっては、とても幸せな時間だった――




