第四話 特訓
「では、改めて特訓を始めましょう」
鋭太郎の教室――
鋭太郎は柚乃から力の制御の特訓を受けることにした。
教室には二人以外にも、夏織、荘夜、秋葉の姿があった。秋葉はコンビニで買ってきた唐揚げ棒を食べていた。
「では、まずこれを持ってみて」
柚乃は手にしていたビー玉を鋭太郎に渡す。
「っ!」
(下手な取り方したら割れるってことか……!)
鋭太郎は恐る恐るビー玉を優しく手に取る。
たかがビー玉を取るだけだが、以前持っただけでマグカップを破損させた鋭太郎にとっては緊張が走る作業なのだ。
「…………!」
ひとまず、ビー玉を割ることなく受け取ることができた。
(うまくいったか…………)
鋭太郎が手のひらにビー玉を転がしながら安心している矢先――突然ビー玉が割れ、粉々になった。
「!?」
(手のひらに乗せてるだけなのになぜ!?)
「…………なるほどね」
柚乃は割れた原因を理解し、鋭太郎の手にある破片をすくい取る。
すると柚乃の手の上で破片が集まり、元のビー玉の形に戻る。
「今の鋭太郎くんは、有り余った魔力が全身から常に放出されている状態なの。放たれた魔力は制御の枠からはみ出ているから、不意に力が働いてものを壊しちゃうわ」
柚乃は話しながら、教卓に置いてあったリストバンドを取る。それは黒一色に、金色で神という文字が刺繍されていた。
「このリストバンドは神世界製で、着けただけで魔力を抑えることが出来るの」
柚乃は鋭太郎にリストバンドを渡す。彼は受け取り、右手首に着ける。
(今後これを着けて生活しろってパターンだろ? それはいいんだが、文字の刺繍どうにかならないか? 非常にイタいんすけど)
「じゃあ改めて、着けたまま持ってみて」
柚乃は先程のビー玉を再び渡してくる。
鋭太郎はそっとビー玉を手にする。
「…………」
手のひらにビー玉を転がしても、リストバンドを着ける前のように割れることはなかった。
(実感はないが、しっかり抑えられてるみたいだな)
鋭太郎はビー玉をつまみ、力を入れると、簡単に割れてしまった。
「あっ」
「あくまで抑えているだけだから、人並みより力は強いはずよ」
(なるほど。まあそっちの方が色々と楽だしな)
「それじゃあ、今度はその状態で簡単なエフェクトを覚えましょう。夏織さん。何か教えてあげて」
「わかったわ」
夏織は近くの机に手をかざす。
「混沌<アン・グラビティ>」
夏織がエフェクトを唱えると、机が浮き上がり天井に勢いよくぶつかった。
机の重力だけが、逆になったのだ。
「私の力を得た鋭太郎さんなら、簡単にできると思いますよ」
「おう…………」
(一見簡単そうだが、何の前知識もない俺にできるのか?)
鋭太郎は自身近くの机に手をかざし、エフェクトを唱える。
「<アン・グラビティ>」
しかし……
「…………何も起きない」
机は微動だにしなかった。
「大丈夫です! 頭の中で重力の逆方向を浮かべながらもう一度!」
暗い顔をする鋭太郎に対し、夏織は励ましの言葉を贈った。
「お、おう」
(重力の逆方向か……)
「<アン・グラビティ>」
鋭太郎はもう一度唱える。
……何も起きなかった。
「やっぱ何か違うのか?」
「――おかしいわね、適量の魔力は放出できてるのに・・・・・・」
柚乃は顎に人差し指を当て、深刻に考える。
(このバンドが妨害してるのか?)
鋭太郎は一度リストバンドを外して唱えようとする。
「ダメよ! 万が一発動できてもこの校舎ごと持っていかれるかもしれないわ!」
鋭太郎の行動にいち早く気づいた柚乃が強く言い止めた。
「す、すみません」
(本来の俺の魔力はそこまであるのか!? 分けて貰っただけなのにか!?)
「……夏織さん、<パニッシュメント・ネメシス>を使ってくれる?」
「…………」
夏織は右腕を構えた。その表情はなぜか暗く辛そうだった。
「――混沌<パニッシュメント・ネメシス>」
夏織はエフェクトを唱えたが、右腕が赤黒く光ることはなかった。
「…………………」
夏織は黙って机を殴る。机は割れるように壊れたが、消滅はしなかった。
(あっ、俺の机が・・・・・・・・・・・・)
「…………もう、私は使えないわ」
「!?」
席に座っていた荘夜が青ざめた顔で急に立ち上がり、夏織に近寄った。
「いつ、どこで、なぜ!? なぜそれを僕に――」
「つい最近。クロノス戦の時にはもう…………」
「…………」
荘夜はかける言葉が見つからず、一歩下がった。
「なるほどな。だからクロノス相手に手こずってたのか」
秋葉がおにぎりを食べながら言った。
「それって、俺のせいだよな」
鋭太郎がぼそっと口に出した。
「夏織が俺に力を分けた突拍子で、<パニッシュメント・ネメシス>の情報(?)も、こっちに送られたのかもしれない。さっき見せたように、俺は他のエフェクトは使えない。夏織は使えているから、この話なら辻褄が合う。だから、俺のせいだ」
「……それでも、あなたが自分を咎める必要はないですよ」
「…………」
辺りの雰囲気が重くなる。だが秋葉はそれを気にせずおにぎりをむしゃむしゃと食べ続けている。
「二人とも、大丈夫よ」
空気を変えるために柚乃が話をする。
「覚えてて。鋭太郎くんは他のエフェクトが使えないわけじゃないことを。夏織さんは<パニッシュメント・ネメシス>が使えなくなったわけじゃないことを。夏織さんが鋭太郎くんに力を分けたから、今は互いに魔力が不安定な状態だと思うの。鋭太郎くんは、特訓すれば人間でも数多くのエフェクトを使いこなせるようになるわ。夏織さんは、神々に追われ続けて溜まったストレスも原因の一つだと思うから、しばらくは安静にした方がいいわ。だから、今が正念場よ」
「そうだな、まだ諦めるのは早いな!」
柚乃の言葉を受けた鋭太郎は、机に手をかざし活気良く唱えた。
「<アン・グラビティ>!」
すると見事、宙に浮き天井にぶつかった。
――柚乃先生が。
柚乃の体が勢いよく宙に舞い、天井に頭がめり込んでしまった。
「うぇあ!? 大丈夫ですか先生!!」
思わぬ出来事に鋭太郎は変な声で驚いた。
「大丈夫よ」
柚乃は両手で天井を押し、頭を抜くと同時にかけられたエフェクトを自ら解除し、床に着地した。
「目標が逸れちゃったみたいだけど発動できたみたいね。よく勢いだけでできたわね。さすがわたしの――」
柚乃は何かを言いかけそうになり、両手で口を抑えた。
「の?」
「わ、私の愛する生徒ね! さすがだわ!」
柚乃は誤魔化すように慌てて言った。
「あ、はい……ありがとうございます」
「っ!!」
柚乃の言葉に反応した夏織が眉を寄せ、怒りの拳を机にぶつけ壊した。
「お、俺の机が……」
秋葉は飲みかけのペットボトルを床に落とし、騒然とする。
「あら、ごめんなさい。ラブじゃなくてライクの方だから安心して」
秋葉の様子を無視して柚乃は夏織に言った。
「ならいいけど、もし手をつけるのなら……覚悟して」
夏織は拳を強く握りしめ威圧しながら言った。
「いやーん。怖いわー」
柚乃はわざとらしく言うと、鋭太郎の後ろに回りこみ抱きついてくる。
「ふぇ!?」
鋭太郎は驚き体が硬直する。柚乃の大きな胸の感触が背中から伝わってくる。
柚乃が甘えてきた後に、鋭太郎の耳元で小さく呟く。
「本当はあなたのこと…………愛してるわよ」
「ぇ――」
「とっとと鋭太郎さんから離れろビッチがっ!!」
夏織はシビれを切らし柚乃に殴りかかろうとした――ところを荘夜が止めに入る。
「姉さん落ち着いて! 先生が生徒に愛情を注ぐのはあたりまぶほぉ!!」
夏織は怒りの矛先を荘夜に向け、手加減なしで殴った。荘夜は吹き飛び窓から校庭に投げ出された。
「…………あー! スッキリした!」
夏織は満面の笑みで言った。
「……………………」
(ちょ、殴る目的変わってっぞ! 弟殴ってストレス解消って、鬼畜だなおい!)
※
「……疲れた」
時刻は四時過ぎ――
特訓を終えた鋭太郎たちは帰路を歩いていた。
「今日は何をしたんだ? 全く記憶にない……」
殴られたショックで荘夜は今日の特訓に関する記憶が吹き飛んでいた。
「別に知らなくていいわ。実質鋭太郎さん以外には関係ない話だし」
夏織が冷たく言葉を返した。
「…………」
秋葉は黙って歩いていると、突然立ち止まる。
「? どした?」
それに気づいた鋭太郎も立ち止まり、秋葉に声をかける。それに反応した夏織と荘夜も立ち止まり、後ろを向いた。
「……わりい、用事思い出した。先に戻っててくれ」
秋葉が言うと空高く跳躍し、この場から去って行く。
(跳んで行くのは構わんが、他人に見られたらどうすんだろ? いや、その他人も見たからってどうかするとも限らんしな)
「行きましょう」
「おう」
三人は隠れ家へと足を運んでいく。
「……………………」
――本当はあなたのこと…………愛しているわ
(なんだろうか……不思議な感覚だった)
※
文月市のどこか――
薄暗い部屋で、男が一人ベッドで仰向けになっていた。
ベッドの近くには、写真立てが置かれていた。
部屋の扉からノックする音が聞こえ、開けて中に入ってくる。
入ってきたのは、食事を持ってきた柚乃だった。
「体の調子はどう? アイテール」
柚乃は、優しく言った。
横になっている男こそが、神世界の頂点に立ち、原初神のアイテールである。
「まあまあ……かな」
アイテールは笑顔で返した。しかし、その笑顔は何かを誤魔化してるようにも見えた。
「それより、『あの子』の様子は?」
「上々よ。力を使いこなしつつあるわ」
柚乃は食事をベッド近くの机に置きながら言った。
アイテールは起き上がろうとする。
「うっ……!」
するとアイテールの体に激痛が走り、起き上がることを拒絶した。
「ダメよ! 無理しちゃ!」
柚乃は心配そうにアイテールの傍に寄る。
「わかってる……けど、こうしている間にもエレボスが――」
「ウィーっす!」
明るく爽快に部屋に入ってきたのは、恋侍だった。
「アイテールの旦那、大丈夫っすか?」
心配してるとは思えない口調で恋侍は言い放った。
「さあ……な」
「そっかぁ、無理すんなよ」
恋侍は大きく背を伸ばすと、思い出したかのように続ける。
「あ、そうそう。そういえばあいつ来てたぜ、ウラノス」
「あのダメ男が…………」
恋侍の話に柚乃が反応した。
「案の定、カオスが目的じゃあないっすけど、どうしましょうか?」
恋侍はアイテールにそう尋ねた。
「ガイアの身に何か起こるかも知れない……念のため監視してほしい。何かあったらその時は、殺しても構わない」
「了解っす!」
恋侍は敬礼し、部屋を出ようとする。その様子を見てアイテールは言い忘れてたことを口に出す。
「もう一つ! 『あの子』のことも――」
「なーに、言われなくても。幼馴染みっすから」
恋侍は振り向かずに答えると、部屋を抜けていった。
「……大丈夫かしら」
「問題ないだろう。彼はあぁ見えてしっかりしている。それよりも、少しでも早く、この体を治さなくては……!」
アイテールは拳を強く握りしめる。
「慌てる必要はないわ。あなたがいなくても、私がなんとかするわ」
柚乃はアイテールの手を握り、目を合わせる。
「ありがとう」
アイテールはお礼代わりに、柚乃の唇にキスをし、抱きしめる。
「これ以上好きにはさせんぞ…………エレボス!」
ベットの側に飾られていた、山茶花の花びらが一枚、床に落ちた。




