大倉恵美子は壇れい似の45歳の主婦。子供のためにも、昔から憧れてきた海外生活を実現したいと願っているのだが・・・・。
首都東京、城南地区。
居住環境、利便性、私立校、優良公立校も多く
23区でも人気のあるエリアで家賃、不動産価格ともに群を抜いている。
その中でも羨望の的の戸建に住む主婦たちの日常は華やかなばかりではない。
幸せオーラムンムンに見えて、家族関係、教育、経済関係など
悩みは深く多いのだ。
したたかでしなやかな魅力的な40代の主婦たちの日常を描きます。
第一章 大倉恵美子のグローバルな野心
大倉 恵美子(45歳)はキッチンでキーシュとフォンダンショコラの仕上げにかかっていた。
今日は恒例のポットラックランチの日。
九品仏界隈の主婦仲間が自前の料理を持ち寄って
舌が外れんばかりにおしゃべりをする日なのだ。
キーシュをル・クルーゼのオレンジのプレートに乗せ、
フォンダンショコラをケーキ用の蓋付きトレイに収め、
パリ旅行で買ったグランデピスリーのバッグに入れて家を出た。
友人宅での集まりは普段着ながらもクラス感のある装いがしっくりくる。
テーブルに座ることが多いのでトップスには気を遣う。
ADOREのベージュのニットにユニクロの細身のオフホワイトのパンツに
トリーバーチのローヒール。
壇れい似の色白の甘い顔立ちだがヴェリーショートにしているので
服装のシャープさが際立ち、洗練されて見える。
会場の鵜沢家は徒歩5分のところにあり、
友人の華英とは娘の地元の公立小学校時代からのママ友である。
クリスマススワッグのかかった門の脇のインターホンを押し
リースのかかった玄関を開けると、ホールには大きなツリー、
リビングにはアドベントカレンダーもかかっている。
華英の夫は商社勤務で、数か国の駐在を経た自宅は
駐在先の調度品や家具や食器に溢れているのだ。
料理、テーブルコーデ、食器など多方面への賞賛の嵐の中、
ランチは賑やかに進み、スイーツタイムになった。
もう一人の参加者、絢子の夫は大学病院の勤務医で、本人も薬剤師としてパートで働いている。
長男が来年医大受験を控え、気がかりは尽きない。
「クラスにアメリカ帰りの子が入ってきたんだけど、議員の選挙事務所とか
ソーシャルワーカー事務所とかでボランティア経験も豊富で
AO入試でどこでも行けるんじゃないかと言う噂よ。
うちは英語で足を引っ張られてるから本当に羨ましいわ。」とフォンダンショコラをほおばる。
駐在経験のある華英は
「中高で駐在すると勉強の苦労は多いけど実りも多いわね。
ロンドン時代の上司のお嬢さん、インターで国際バカロレアを取得して
東大に入ってしまったわ。」ジノリのカップにコーヒーを注ぐ。
恵美子は英文科卒で短期留学の経験もあり会社では海外勤務を希望していたが、
久が原の地主の三男と結婚、出産を機に退職してしまった。
夫は海外勤務とは縁遠いメーカー勤めで、駐在の可能性は低い。
娘は大学附属の共学校に通っているので、
大学受験など未来予想図には無い。
英語の教材も公立と同じ教科書を使い、進学校に比べて進度も遅い。
将来の夢も野心もなく、同じクラスの彼氏と毎日楽しくリア充の学生生活を送っている。
英語には興味がある様子なので「留学でもしてみれば?」と薦めてみても
「なんか、めんどくさいな。このまま日本で幸せに暮らせればいいや」と
向上心の欠片も感じられないのだ。
「ここで駐在でもあればこの子もバイリンガルに育つのに・・・」と
美しい唇を噛む。
夫から思いがけない話を聞いたのはその夜だった。