第六話
黄金の姿に人々が目を奪われる中、誰かが呟いたであろうその呟きは伝染していき、やがて会場全域へと広がった。
王族、貴族、商人、平民、全てのモノを魅了した存在。ある者は英雄だと、ある者は王だと、ある者は天使だと、ある者は神だと、過剰な反応を示している。
しかし、『黄金の夜明け』の団員たちはその言葉を否定しない。事実、バージルに忠義を、忠誠を誓い、彼を神聖化している。その事に何の疑問も抱かず、戸惑いもない。そう彼らに思わせるほどのバージルのカリスマ性は、天元突破していた。
そのバージルを目の前にするデリックも圧倒されていた。完璧とも言え、理想の人間、そう思わせる存在に圧倒されていた。それと同時に本当に人間なのかと、バージルに恐れを抱く。
「ふむ、面白い、気に入った。貴公、私の下へ来ないか?」
周りの視線や感情を気にすることも無く、バージルはそう言って手を差し出した。その軽い言動は決闘の最中では異質である。
「……はぁ?」
手を差し出されたデリックの脳に混沌が訪れていた。これは所謂、スカウトや引き抜きと言われるものだ。それ自体はこれまでに幾度と無く経験してきたが、このような大舞台で、しかも決闘という名の殺し合いで勧誘されたのは初めてだった。
そして巡る激情、あの神聖を帯びた存在に認められた優越感、歓喜、高揚が心を締め付ける。彼の、バージルの手を握れば、どんな未来が待っているのだろう、そう思わずには居られない。
だが――
「折角の勧誘に心苦しいが、断る」
そんな未来はデリックには訪れない。
「何故だ?」
バージルが自ら勧誘する事は珍しく、断られる事は今までにない。その為、疑問に思った。
「俺は『竜の尾』団長デリックで、カルコサ公国の英雄だ。それ以外の何者でもない」
理由は簡単だった。自分は誰かと、自問自答した時、帰ってくる言葉は『竜の尾』団長のデリック。それだけだった。
「そうか、実に残念だ」
そう告げたバージルだったが、表情は依然として変わりなく、言葉の真意は伺えない。ただ、声色だけは哀惜の念が入り混じっていた。
「ならば、終わらせよう」
透明色の宝玉がデリックへ向くと同時に、方陣が展開される。紋様にも、言語にも、数式にも見える方陣は魔性を保有し、方陣全域に魔力が浸透すると淡く発光する。
「あはは、桁が違いすぎる」
デリックは力なく呟いた。圧倒的過ぎた。目の前の光景にただただ圧倒された。しかし、不思議と恐怖はない。幾度と感じてきた死へと誘う独特の臭いが鼻腔を突く。幻覚であるのは理解していても脳が錯覚してしまうほどの死。
「勝てないとは思ったものの、ここまで違うと清々しい気分だ」
後悔はない。しかし、未練はある。今まで選んできた道が間違いだったと思いたくない。思ってしまったのなら自分の人生を否定する事へ繋がり、共にしてきた仲間を裏切る事にもなる。だけど、欲を言えば――
「――生きたかった」
三重に連なる方陣は身の丈を軽く越す。完成の予兆でもある強烈な光に誰もが息を呑み、後は発動を待つだけ。そして無情にも発動される。
<真紅爆裂>
デリックを中心に数十メートルほどの範囲で真紅に発光し、血色を思わせる瘴気が彼を優しく包む。死が迫っているにも拘らず、心情は穏やかだった。身を包む瘴気は太陽の光に照らされ、煌びやかに輝く紅がとても幻想的で目を奪われた。
「――あぁ、綺麗だ」
強烈な爆発と共に真紅の巨大な火注が天を貫いた。莫大な威力に雲海は弾け飛び、凄絶な爆音が会場を揺らす。
バージルの強大な上位魔術を見た人々は圧倒され、言葉を発する事ができない。その傍ら術を行使したバージルは割れた空を見つめる。
「本当に残念だ。面白い奴だったのだがな」
『竜の尾』団長デリック。享年三十二。この決闘を以て、黄金が夜を明けた。