第二話
広がる歓声と怒号、戦を見る人々は目を奪われ、戦を経験する戦士は目を疑った。
「――何だ、何なんだ。こいつらは何だ!」
『竜の尾』団長デリックは肩を震わせた。目の前の光景から目を逸らせなかった。
傭兵団を結成して二十年以上経った『竜の尾』。それだけの月日が経てば、人も増え、名声も、それなりに増えた。当然、戦は命の奪い合い。散っていった仲間も数え切れないほど見てきた。
しかし、今ここで出場している戦士たちは歴戦の戦士。数々の修羅場を潜り抜け、近隣諸国に名を轟かせてきた傭兵団だ。
だから、信じられなかった。信じたくなかった。油断していたつもりもなく、ただ圧倒的すぎたのだ。
「脆弱! 惰弱! 貧弱! 虚弱! 弱い、弱すぎる! 貴様らはそれでも戦士か!」
逆立つ黒髪に精悍な面構え、はち切れんばかりの肉体。両手で握るバスタードソードで横に一閃。大きすぎる剣に四つの命が薙ぎ払われた。
その迫力ある長身、全てが大きく、豪快で、正に野獣の如し。
「前に出すぎだジェラード。これではただ暴れているだけではないか」
野獣のジェラードとは対称的な騎士風の男が言い切った。山吹色の髪に威厳ある甲冑を身に纏い、整った輪郭に淡白な顔立ち。正に騎士。
「ふむ、若様が好きにせよと言って下さったのだから良いではないのか?エドウィンよ」
雄叫びを上げ、切りかかってくる敵の攻撃を軽く往なし、横に悠々と佇む騎士に声をかけた。
「バージル様は気にしないだろうが、品の無い戦い方をするとクリスティーナが五月蝿くするぞ?」
飛び掛る敵を切り伏せ、後方に視線を向けるエドウィン。それに釣られてジェラードも主の隣にいるクリスティーナの方向へ振り向いた。
馬に跨る凛とした女騎士。瑠璃色の長い髪に白雪の肌、切れ長の目に品のある顔立ち。鶸色の瞳が二人を射抜いていた。
野性に満ち溢れる戦士と知性を漂わせる騎士が視線を合わせた。
「……よし、少し自重するとしよう。エドウィンよ、しっかりついて参れよ!」
そう言い放つと大剣片手に敵陣へ駆け出した。当然ながらそれを阻止しようと『竜の尾』の団員達が食い止めようとするが、ジェラードの怪力に成すすべも無く、七人の団員が宙を舞った。
「……おいおい、自重する気なんてないだろう。まぁ、『黄金の夜明け』に犠牲が出ることは皆無だ。少し無茶をするぐらいあの方ならば許してくれるだろう」
鞘に収まった剣の柄に手を当て、ジェラードが切り開いた道を歩き出す。襲い掛かる敵には可憐な動きでかわし、抜刀したブロードソードで切り伏せる。
「今大会最強と呼ばれた我が『竜の尾』傭兵団が! ただ蹂躙されているだけではないか……四十人にじゃない! それも二人にだ!」
デリックの悲痛な叫びが『黄金の夜明け』の圧倒的強さを物語っていた。
しかし、デリックはまだこの戦、諦めていなかった。勝敗の条件は団長の戦闘不能、若しくは死亡。生き残る方法はただ一つ。デリックは敵の団長を見据えた。
白馬に跨る白衣の魔術師。左手にはシンプルだが、高級感が漂うロッドを握っている。フードを被っている故、人物像は見えないが、遠目でもわかるほどの圧倒的な存在感。
そんな存在に自分は勝てるのかと、疑ってしまったデリック。しかし、やらねばなるまい。団長として、一人の戦士として。
カルコサ公国傭兵団『竜の尾』デリックは敵陣へ向け馬を走らせた。