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箱泥棒  作者: 黄黒真直
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4. 解決編

 真実は、急いでbooksサトーに戻った。真解たち3人は、booksサトーのすぐ近くの喫茶店に入った。この作戦を実行するのは、真実1人なのだ。

 真実が店に入ると、丁度店長が『魔獣狩人』のソフトを金網に吊り下げているところだった。吊り下げ終わると、店長が振り返った。真実と目が合う。

「いらっしゃいませ」

 黄色い歯を見せながら、店長が笑顔で言った。そのまま、スタッフルームに引っ込む。

 真実は金網の前に立った。いま吊り下げられたばかりのソフトを見る。値段は1500円。真実はそのソフトを手に取ると、少女マンガコーナーに向かった。そして、ソフトを手にしたまま、立ち読みを始めた。

 真解の打ち出した作戦は、いたってシンプルなものだった。ますうらは、犯行の半分を既に終えている。しかし、肝心のソフトはまだ手に入れていない。だから、そのソフトをこちらが握ってしまえば、ますうらの犯行を阻止できる。ますうらが帰るまでソフトを隠し、帰ったところで店長にすべてを打ち明ける。それが、真解の作戦だった。

 ますうらは、本棚の整理でもしていたらしい。真実が入って来たときにはレジにいなかったが、立ち読みを始めたタイミングで、ますうらがレジに立った。少女マンガコーナーはレジの目の前にある。真実はレジから見えないよう、左手の中にソフトを隠した。

〔万引きしてるみたい〕

 と真実は思った。

 ますうらが帰るまで、ソフトを守り抜かねばならない。もちろん、真実たちはますうらがいつ帰るのか、知らない。もしかしたら、閉店まで帰らないかもしれない。だから、ある程度時間が経ったら、諦めて「買って帰って来い」というのが真解の指示だった。

 しかし、それから30分もしないうちに、その時がやってきた。

「それじゃ、お先に失礼します」

 と言うますうらの声が、スタッフルームからかすかに聞こえた。真実は、立ち読みしていたマンガで顔を隠しつつ、入り口を見る。エプロンを取り、青いバッグを肩に担いだ大学生らしい格好のますうらが、出て行くところだった。

〔……それじゃ、行かなきゃ〕

 キリの良い所までマンガを読んだところで、真実は顔を上げた。

 レジには、店長だけが立っている。年のころは60くらいだろうか。分厚いレンズの眼鏡は、よく見ると上半分と下半分で曲率が異なっている。遠近両用めがねのようだ。髪の毛は真っ白だが、髪はないよりもある方が圧倒的に若く見える。だから、もしかしたら70なのかもしれない。定年退職し、昔からの夢だった古本屋を経営している……と言うのが、ありそうな線か。

 そんなことを思いながら、真実はレジに向かった。

「いらっしゃいませ」

 と店長が笑顔で言う。

「あの、すみません」と、真実は店長に話しかけた。「さっき、パッケージが盗まれたって言ってましたよね?」

「え?」

 あまりに唐突だったため、店長は一瞬、理解が遅れたようだ。バーコードリーダーを取ろうとした手が、静止する。目をぱちくりさせた後、柔和に微笑んで言った。

「ああ、言った。それがどうしたのかな?」

「わたし、わかったんです。犯人の目的」

「え?」

 再び、店長の動きが止まる。真実は気にせずに、手にしたソフトをレジに置いた。

「これです」

「……どういうことかな?」

「パッケージだけ盗むと、ソフトが残りますよね? そしたら、ソフトは安く売りに出されることになります。犯人の狙いは、それだったんです」

 真実の説明を聞いて、店長は「あ…」と言った。まるで、それが大宇宙の真理を指し示す物であるかのように、まじまじとソフトを見つめた。

「もちろん、他の可能性もあります。例えば、箱があればソフトは高く売れます。犯人の狙いは、そっちかも知れません」

 店長はソフトを手に取ると、呟いた。

「なるほど、な……」

 あれ、随分あっさり信じたな、と真実は思った。真解はあんなに心配していたのに。

「そして」真実は続けた。「おそらく犯人は、店員さんの誰かです。たぶん、ますうらさん」

「鱒浦、か。うん、そうかもしれないな」店長は白髪頭をポリポリと掻いた。「パッケージが盗まれるのは、いつも奴がいるときだった。だから、私も奴が怪しいと思っていた」

 身も蓋も無い推理だ、と真実は思った。

「とにかく、これでわかった。ありがとう、お嬢ちゃん」

 どういたしまして、と真実は軽く頭を下げた。


 数日後、真実は事の結末を知るために、三度booksサトーを訪れた。今日も1人である。

 店長は真実を見るなり、黄色い歯を見せて笑顔を作った。

「あれから、どうなりましたか?」

「うまくいったよ、お嬢ちゃん」

 あれから店長は、防犯カメラの向きを少し変えたと言う。いままではゲームコーナーが死角となっていたが(パッケージしかないから、盗む人間がいるとは思っていなかったらしい)、死角とならないようにした。そして、その変更を「鱒浦にだけ」伝えた。すると、パタリと犯行が止まったという。

「あの、防犯カメラで犯行の瞬間を捕らえて、警察に突き出したりとか……」

 店長は大げさに首を振って、「そんなことはしない」と言った。随分、甘い裁量だなぁ、と真実は思った。

「あと、お嬢ちゃんには、これをやろう」

 そう言うと、店長はレジの下から、紙の束を取り出した。名刺くらいの大きさの紙が、紙テープで止めてある。ざっと50枚くらいだろうか。そこには、「50円引き」と書かれていた。

「この店の割引券だよ」

「あ、ありがとうございます」

 優しい……と言うか、甘い人だな、と真実は思った。よく考えると今回の件、真実は特に何もしていないのだ。単に、真解の推理を伝えたに過ぎない。ますうらの犯行を止めたのも、結局は店長の手腕である。真実が割引券をもらう義理は無いが、せっかくくれるというので、真実はありがたく頂戴した。今後は、この本屋をちょくちょく利用しよう、と決めた。

「あ、それと、ひとつ聞いても良いですか?」

「なにかな?」

 ここ数日、真実の頭にはずっと、ある疑問が引っかかっていた。

――何故、店長は真実の話を、ああもあっさり信じたのだろう?

 真解は、自分たちの話も、自分たち自身も、店長から信用されないに違いない、と言っていた。その考えには、真実も同意した。なのに、店長はあっさりと真実の話を信じた。

 それによく思い出してみると、真解は最初こそ「信じてもらえない」と主張していたが、作戦を考え出してからは、そんな心配は一切していなかった。つまり、真解は「真実は店長から信用される」と確信していたようなのだ。

 いったいそれは何故なのか。真解に問いただしても、苦笑いするだけで答えてくれなかった。

 だから真実は、直接店長に聞いた。

「どうしてこの間、店長さんはわたしの話を信じてくれたんですか?」

「? どういうことかな?」

「だって、わたしはパッケージが盗まれたとき、お店にいたんですよ? 十分、容疑者の1人だと思うんですけど……」

「ああ、なるほど」店長は、黄色い歯を見せて笑った。「簡単な話だ。パッケージが盗まれるのは、この間が初めてじゃなかった。だが、お嬢ちゃんがうちに来たのは、初めてだった。だから、お嬢ちゃんは犯人ではない、ということだ。お嬢ちゃんと一緒に来ていたセーラー服の子は前にも見たが、犯行時に居合わせたことはない。だから彼女も犯人ではない」

 厳密には、前の犯人が真実ではないからと言って、今回の犯人も真実ではない、と言う証拠にはならない。だが、店長が真実を信じるには、十分な理由になったようだ。

「……って、あれ? え、まさか、お客さんの顔、全員覚えているんですか?」

 真実が驚いて尋ねると、店長は「いや、まさか」と笑った。

「でも、それじゃ、どうしてわたしが初めて来たってわかったんですか?」

「お客様の顔は、全部覚えているわけじゃない」

 しかし、と言って店長は目を細めて真実を見た。

「店に来た女子中学生の顔は、全部覚えている」


 真実から割引券を譲り受けた謎事は、その後はちょくちょく、booksサトーを利用しているようだ。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。


今回の話は、『摩探』史上初の「2段構えの挑戦状」でした。

(「なろう」に投稿する以前から考えても、史上初)

お楽しみ頂けたでしょうか。


またこのお話は、実は2つの実話を元に構成されています。

1つは、私が実際に古本屋を巡っているときに、「これ箱だけ盗めば、ソフトが安く手に入るんじゃ……」と思ったこと。

もう1つは、ネットで読んだ話ですが、「本屋に『女子中学生は立ち読みOK』と書いてあって、引いた」という話。


物語の種は色々なところに落ちている、というお話でした。


……無論、1つ目の種は、実行していませんよ?

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