3. 真相編
店内に有線で流れる音楽が、明るいラップから、しっとりとしたバラードに変わった。魔女の呪いで、恋人を花に変えられてしまった男の歌だ。男は呪いを解こうとするが、その呪いは魔女自身にも解けない。男は懸命に花の命を伸ばそうとするが、最終的には枯れてしまうという、悲恋の話である。
そんな話はどうでも良い。静かな曲なので、真解の話も聞き取りやすい。真実たちは、ナゾが解けたらしい真解に、視線を集めた。
「今の話で、犯人の目的がわかったの?」
「断言は出来ないけどね」と頷く真解。それから声を落として、「それと、たぶん犯人も」
「え、誰!?」
真実は辺りを見渡した。すぐ近くには、立ち読みをしている女子高生がいるだけだ。しかし、本棚で見えないだけで、立ち読みの客は、まだ何人もいる。
「話す前に、外に出よう」
どうして、と小首を傾げる真実に、真解は小さな声で言った。
「犯人が、まだこの店の中にいるからだ」
「まずは、犯人の目的を話そう。そうすれば、犯人の目星も自ずと付く」
店を出て、真解たちは駅に向かって歩き始めた。歩道は4人が広がっても他人の迷惑にならないくらい広かったが、4人は固まっていた。真解の話を聞くためだ。車道を頻繁に車が通るため、肩を寄せないと時々声が聞こえなくなる。
「犯人は、何故箱だけを盗んだのか。……さっきも言ったとおり、断言は出来ない。でも、可能性の提示は出来る」
「で、その可能性って?」
真実が顔を近づけた。真解は半歩下がった。
「箱を盗む理由は、大別すれば2つに分けられる。1つ、箱そのものが欲しかった。2つ、箱を盗むことで起こる何かが目的だった」
3人は少し考えてから、確かにそうだ、と頷いた。箱を盗む目的は、箱そのものか、箱以外か、そのどちらかしかない。
「では、箱そのものを欲しがる理由は何か。ボクがパッと思いつく可能性は、次の2つだ」
真解は右手を前に突き出して、人差し指を1本挙げた。
「1つ。犯人がゲームのコレクターと言う可能性。ほら、よくいるだろ? ソフトそのものだけでなく、箱も大事にしまっているような人」
「確かに、いるな」
と謎事。真実はわからないようで首をひねっているが、「まあ、いるか……」と呟いた。
「で、もう1つは?」
「2つ」真解は中指を挙げた。「箱を得ることで、より高く売ろうとした可能性だ」
今度は3人とも、揃って首を傾げた。真解が解説する。
「さっき謎事が言ってたな? 同じソフトが、箱のあるなしで全然違う値段で売られてたって」
「ああ」謎事は頷いてから、「あ!」と言った。
「そうだ」ニヤリ、と真解は笑った。「箱があるソフトの方が、高い値段で売られていた……と言うことは、買い取りもその分高い値段で行われているはずだ。つまり犯人は、自分の持つソフトをより高く売るために箱を盗んだ、と考えられる」
なるほどねー、と真実は呟いた。
「で、お兄ちゃん。箱以外の理由は?」
「うん。それは、箱が盗まれると何が起こるか、を考えれば明白だ」
「?」
真実が首を捻って考え出した。謎事とメイも顔を見合わせて考えている。
「あっ」と真実。「そっか。箱だけ盗まれれば、ソフトだけ残る。ソフトだけ残れば、ソフトだけ売られる」
「そうだ」
真解が後を継いだ。
「さっきも言ったとおり、同じソフトであっても箱のあるなしで違う値段で売られる。それが犯人の目的だ。犯人は『魔獣狩人』のソフトが欲しかった。それも安く……あるいはタダで。しかし、店頭にソフトは出ていない。だから箱だけ盗んで、ソフトを店頭に出させることにした」
なるほど、と頷いてから、謎事が首を傾げた。
「待てよ。タダで手に入れるってどういう意味だ?」
「そのままだよ。ソフトを盗むって意味だ。盗むためにも、ソフトは店頭に出てくれないと困る」
「だとすると……」とメイが呟いた。「犯人は、ソフトも盗むつもりなんでしょうか? それとも、ソフトは買う気でいるのでしょうか?」
その質問に、謎事が答えた。
「箱を盗んだくらいなんだから、ソフトも盗むつもりなんじゃねぇのか?」
「そうかな?」と真実。「箱はレジから離れたところにあるし、防犯カメラの死角になってる。だから簡単に盗めると思う。でも、ソフトがあるのはレジのすぐ横だし、防犯カメラもあるでしょ? 盗むより、買った方が安全じゃないかな? 言い訳も出来るし」
「言い訳?」
「仮に店員の誰かが犯人の目的に気付いて、そのソフトの購入者を尋問してもさ、『自分はたまたまこのソフトを買っただけだ!』ってシラを切れば、それ以上追及されないでしょ?」
「あ、そうか」
謎事を納得させてから、真実は真解に向き直った。
「お兄ちゃんは、どう思う?」
真実の質問に、真解は肩をすくめて見せた。
「さすがに、今回は情報量が少ないからね。今言った以上のことはわからない。いま挙げた3つの可能性のうち、どれが真相かもわからない」
それを聞いて、真実は残念そうに眉を下げた。いくら真解を信じきっている真実でも、真解にだってわからないことがあることぐらい、承知している。解けないものは解けない。それは受け入れるしかない。
「あれ、でも待ってよ、お兄ちゃん。さっきお兄ちゃんは、犯人の目的がわかれば犯人もわかるって言ったよね?」
「うん」
「いま、可能性とはいえ目的はわかった。じゃ、犯人は誰?」
その質問に、真解は頭をかいた。
「1つ目、2つ目の可能性が真相なら、犯人は誰かわからない」
「え?」
メイが目を丸くした。が、真実がすぐに反応する。
「じゃあ、3つ目ならわかるわけね」
「うん」真解は頷いてから、「犯人は、アルバイトの『ますうら』だ」
その答えに謎事とメイは驚いたようだが、真実は小さな声で呟いた。
「名前のある容疑者、1人だけだったからね……」
「何だって?」
「気にしないでいいよ、お兄ちゃん」
「そんなことよりよ」と謎事。「なんで店員が盗むんだ?」
「店員と言っても、アルバイトだからね。ソフトが欲しかったら、買うか盗むしかない」
買うと盗むを選択肢として並べるのは、倫理的にどうだろうか、と謎事は思った。
「待ってください」とメイ。「真解はさっき、ソフトを店頭に出させるために箱を盗んだと言いましたが……店員なら、店頭に出ていなくとも盗めるのではないですか?」
「店頭に出てない商品を盗めるのは、店員だけだ。だから、店頭に出てない商品を盗んだら、一発で足が付く」
「! ……それもそうですね」
言われてみればその通りだ。簡単なことに気付かなかったのが恥ずかしかったのか、メイは少し顔を伏せた。
「でも、どうしてわかったんですか?」
トラックが道路を走り抜けて、メイの髪を乱した。その髪が元に戻り、静かになったところで、真解は話し始めた。
「犯人はソフトをどうやって手に入れるのか? 買うのか、盗むのか。そのどちらなのかはわからないが、そのどちらだとしても、ソフトが店頭に出る必要がある」
「そうですね」
「でも、もし客が犯人だとしたら、ソフトが『いつ』店頭に出るのか、知ることが出来ない。何故なら、店員がいつ箱がなくなったことに気付くか、わからないからだ」
「あ、そうか」と真実。「もしかしたら、次の日まで気付かないかも知れないのね」
「それがどうしたんだ?」と謎事が首をひねった。「別に、いつ出てもいいんじゃねえの?」
「人気のソフトは、すぐに売れる。店頭に出た直後に手に入れないと、せっかく箱を盗んだのに、誰か別の人に買われてしまう恐れがある」
説明を聞いて、謎事も納得したようだ。真解は続ける。
「だから、犯人は店員の誰か。いまあの店には、店長とますうらさんしかいなかった。店長ならそもそも盗む必要がないんだから、犯人はますうらさんだろう」
なるほど、と3人とも納得したようである。
犯人の目的は、箱ではなくソフト。ソフトを店頭に出させるために、箱を盗んだ。可能性の1つだが、納得できる動機だ。そして犯人は、ソフトが店頭に出るタイミングを操作できる人間。つまり、店員。
「ますうらさんなら、店員の目を盗んでソフトを盗むことも可能だろう。なにしろ、本人が店員なのだから。それに、店員に尋問される危険を冒すことなく、ソフトを買うことも出来る。なにしろ、本人が店員なのだから」
聞いてしまえば簡単な、身も蓋も無い話である。
「以上、考えられる可能性は3つ。1つ、箱が欲しかった。2つ、箱を盗んでソフトを高く売ろうとした。3つ、箱を盗んでソフトを安く買おうとした。そして、もし3つ目が真相なら犯人はますうらだ。……もしかしたらもっと別な可能性があるかもしれないけど、状況的にこの辺りが妥当だと思う」
なんだか歯切れの悪い真相編だと真実は思った。なんとかならないだろうか。
「どの可能性なのか、決定する証拠はないの?」
そうだなぁ、と真解は俯いて考えた。それからすぐに顔を上げると、
「1つ目の可能性が真相だったら、どうしようもない。2つ目が真相なら、数日以内にこの近隣の中古屋に『魔獣狩人』が箱付きで売られるはずだから、その売った人物が怪しいと言える。3つ目が真相なら、このあとbooksサトーの『魔獣狩人』が即売れるだろう」
一応、決定する方法はある、と言えるわけだ。
「でも、ボクらにはどうしようもないな。犯人を捕まえたところで、ろくな証拠があるわけでもないし」
仮に捕まえたところで、犯人が言い逃れするのは容易い。『魔獣狩人』の箱を持っていたところで、それがbooksサトーから盗まれたものかどうか、判断できないからだ。
「ちなみに余談だけど」と真解は付け加えた。「さっきメイが感じたらしい視線は、おそらく犯人の物だ。自分が狙っていた『魔獣狩人』の箱を謎事が取ったのを見て、思わず2人に近づいたんだろう」
それを聞いて、メイはホッとしたようだ。
「てっきり、あの『立ち読み自由』のシールを貼った人の視線かと思いました」
そういえば、あのシールは誰が何のために貼ったのだろうか。やはり店長が、女子中学生を愛でるために貼ったのだろうか。などと話しているうちに、駅に着いた。駅舎に入り、改札へ続く階段を上る。真実によると、この階段は23段あるらしい。
真解たちは階段を上りながら、銘々カバンから定期券を取り出す。
そのとき、メイが立ち止まって振り返った。
「どうしたんですか、謎事くん」
謎事の歩みが、妙に遅い。メイたち3人よりも、何段も後ろで俯いていた。真解と真実も振り返り、謎事の元に寄る。
「……なんかさ」
謎事は頭を掻いた。跳ねた癖毛が、指に掻き乱される。まだ明るい日差しを反射して、茶色に輝いた。
「前に、父さんが言ってたんだ。万引きって、店に被害を与えるだけじゃなくて、経済全体にも影響を与えるって」
真実は目を瞬かせたが、メイはすぐにピンと来たようだ。
「そうですね。もし一冊の本が万引きされれば、その本を売っていたお店だけでなく、その本を卸した出版社や印刷会社、著者などにも不利益になります。これは、どんな商品であっても同じことです。たった1つの物を盗むだけで、多くの関係者に被害を与えることになります」
「そう言うことらしい。あと父さんが言ってたのは、もし泥棒が増えたら、それまで泥棒じゃなかった人たちも、『盗まない方がバカバカしい』って考えるようになって、泥棒になるって」
謎事の父親がこんなことを話したのは、謎事に対する教育のためだろう。謎事がこの場面でその教えを思い出すところを見ると、父の教育は立派に成っていると言える。
しかし、真実はまだ謎事の言いたいことに合点がいかないようだ。
「で……それがどうしたってのよ?」
「3つ目の可能性だよ。もし3つ目の可能性が真相なら、犯人はますうらなんだろ? だったら、なんとかしてますうらを反省させることは出来ねえかな? たとえば、いまの真解の推理を、ますうらに言うとか……」
「それはボクも考えた」
と、真解が腕組をしながら言った。
「でもボクは、2つの理由でそれを棄却した。1つ、あくまで可能性に過ぎないこと。2つ、ますうらの報復が怖い」
「報復?」と真実。
「相手はゲームを万引きするような大学生だ。それを指摘したら、何を仕出かすかわかったもんじゃない」
「そっか。逆上して、襲い掛かってくる可能性もあるわけね」
真実は頷いて、
「じゃ、店長に言えば良いんじゃない? わたし達のことは伏せてって言えば、ますうらは誰が告げ口したのかわからず、わたし達は安全でしょ? 店長は危険だけど、大人相手に逆上することもないんじゃない? それにこれなら、推理が外れてても問題ないじゃない」
しかし真解は首を振った。
「店長がボク達の話を信じるかどうかがわからない。一応、推理が当たっているとすれば、証拠はあるけど」
「え、あるの!?」真実は目を輝かせた。「ならそれを……」
「問題は、その証拠をますうらが持っているってことだ。店長だけに話すには、ますうらがいなくなるのを待たなくちゃいけない。でも、ますうらがいなくなったら、証拠を処分されてしまう」
「ちなみに」眉根を寄せながら、真実が聞いた。「その証拠って?」
「もちろん、ますうらが盗んだ箱だ。店内で処分することは出来ないはずだから、まだ自分で持っているはずだ。『ソフトはレジで入れます』のテープと一緒に」
しかし、もしますうらが帰ってしまったら、その箱の証拠能力は失われてしまう。「これは、ほかの店で買ったものだ」と言い張られたら、それまでだからだ。
「あ、じゃぁさ」真実は両手をパン、と叩いた。「今回は見逃すとして、次回捕まえたら?」
「どういうことだ?」
「さっき店長が、『また』って言ってたでしょ? 同じ犯行が繰り返し行われている証拠よ。つまり、ますうらはまたやる可能性が高い。だから、今回は見逃して、ますうらがいなくなったあと店長に告げれば、次回は捕らえられるわ」
だが謎事は、真実の案に難色を示した。今回すら、見逃したくないようだ。真解も、別な理由で反対した。
「そもそも、店長がボク達の『話』ではなく、『ボク達』を信頼するかどうかがわからない」
「どういうこと?」
「盗まれたのはゲームソフトだ。容疑者はアルバイトの大学生より、4人組の中学生だろう」
正確には、盗まれたのは箱である。だが店長は、「犯人は、箱が空だと気付いていない」と思っている。もし真解たちが戻ってきていまの話をしても、「こいつらが盗んで、だけど箱が空だと気付き、疑われないためにこんな話をでっち上げた」と思われる可能性がある。
駅の階段の真ん中で、4人は黙り込んでしまった。時々通り過ぎる高校生や主婦らが、真解たちを不審な目で見る。だが真解は気にせず、口元に拳を当て、俯いた。
謎事の言いたいことはわかった。謎事は社長令息として、つまり製品を作る者の息子として、万引きを働く輩を許せないわけだ。なんとしてでも、今回の犯行を食い止め、ますうらを捕まえたい。
一方で真解は、ますうらの逆恨みが怖い。だから自分たちでますうらを告発することは出来ないし、自分たちが告発したとますうらにバレることも避けたい。そして、店長に協力を仰ごうにも、店長が自分たちを信用してくれる保証がない。それにそもそも、自分の推理があっている確信がない。
〔いや、待てよ〕
真解は顔を上げた。どんな方法を考え付いたのだろうか。期待に満ちた眼差しで、3人は真解を見た。しかし真解は、方法の代わりに疑問を口にした。
「真実も、謎事と同じ意見か?」
すると真実は、キョトンとした。少し思案するように、ヘアピンのナイフをいじる。正直なところ、真実はどうでも良かった。だが、真解の作戦には興味があった。だから、頷いた。
それを見て、真解は答えた。
「なら、上手くいくかもしれない。……あまり、気の乗る方法じゃないけどね」
~読者への挑戦状・その2~
以上で、「解答編」は終了です。
さて、真解が考え付いた作戦とは、なんでしょうか。
すべての手がかりは、「問題編」「解答編」のどこかに隠されています。
次話の「解決編」で、完結です。