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箱泥棒  作者: 黄黒真直
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1. 寄道編

私は、古本屋を冷やかすのが好きです。

特に、聞いたことすらない小説やゲームを手に取り、あらすじを読むのが好きです。

そんなとき、ふと思いついたお話です。

 骨川スネ夫、という人物をご存知だろうか。

 社長令息であり、家が裕福である彼は、いつも高価なおもちゃを手に入れては、同級生に自慢している。親に甘やかされて育っているのだろう。それらのおもちゃはもちろん親に買ってもらったものであり、また、母親への依存心が他の同級生に比べて高いようだ。

 一方、我らが相上謎事あいうえ めいじくんは、同じ社長令息であっても、いくぶん事情が違った。

「…………」

 昼休みの教室。廊下側に位置する自分の席で、謎事は頬杖をついていた。学ランの前を全開にし、白いシャツを露わにしている。しかし、決して着崩しているわけではない。服装に関してルーズな遊学学園では、男子の標準的な格好である。ところどころ跳ねた癖毛が、蛍光灯の光を反射してわずかに茶色く光っている。染めているようにも見えるが、地毛だそうだ。

 謎事はつまらなさそうに、教室内の人間たちを見ることもなしに見て、聞くこともなしに声を聞いていた。

 廊下の窓がすぐ横にあるため、廊下を歩く生徒たちの足音もひっきり無しに耳に入ってくる。だから、謎事はその気配に気付いていても、完全に無視していた。

「……謎事くん、ゲーム欲しいの?」

「うぉうっ!?」

 その気配にいきなり声をかけられて、謎事は飛び上がった。クラスの視線がこちらに向いた。しかし、その視線に謎事は気づかない。声の主を見るために、後ろを向いていたからだ。

「脅かすなよ……」

「気付かない方が悪いのよ」

 同級生の実相真実みあい まさみが、教室と廊下を隔てる窓からこちらを覗いていた。悪戯好きな猫みたいな目の上で、ナイフを模ったヘアピンとフォークを模ったヘアピンが光っている。グルメであることをアピールしたいのだろうか。

 真実の隣には、やはり同級生の事河謎ことがわ めいがいる。真実はブレザーを着ているが、メイは黒いセーラー服姿だ。黒い長髪と赤いスカーフ、そして白い肌のどれもが原色そのままのような鮮やかさで、コントラストがはっきりしていた。

「で、ゲーム欲しいの?」

 窓から顔を突き出して、真実が聞いた。首をひねって、先ほどまで謎事が見ることもなく見ていた方向に視線を投げる。そこでは、クラスメートの男子が3人、集まってゲームをしていた。「狩れ!」だの「斬れ!」だの、物騒な言葉が飛び交っている。最近流行りの、「魔獣狩人」というゲームだ。

「ああ」

 と謎事はぶっきらぼうに答える。

「謎事くんって、家はお金持ちなのに、貧乏だよね」

「悪かったな」

 そうなのだ。謎事の父親は大企業の社長を務めており、家は非常に裕福である。が、それと謎事の懐具合とは全くの無関係である。

「父さん、ケチだから」

「謎事くんに、金銭感覚を身につけさせようとしているんですよ」

 と、いつの間にか謎事の背後に回ってきていたメイがつぶやいた。

「それにしても少ないと思うんだよなぁ」

 謎事は、少し離れた席で突っ伏して眠る真実の双子の兄……実相真解みあい まさとを見た。確かに家は裕福だが、持っている漫画の冊数やゲームの本数は、たぶん真解よりも少ない。

「そんなにゲームが欲しいのでしたら」

 メイが後ろから言う。謎事は体ごと後ろを振り返り、メイを見た。

「帰りに寄り道しませんか?」

 わたしの家に、と続くのかと思って謎事は一瞬期待したが、もちろんそんなわけはない。

「通学路に古本屋がありますよね。あそこなら、中古ゲームも売っていますよ」

「あ、あるよね、本屋!」

 横から真実が口を挟んだ。

「booksサトーだっけ。わたしは行ったことないけど、メイちゃんあるの?」

「ええ、何回か」

「じゃあ、今日の帰り、みんなで行こうか!」

 真実が謎事に尋ねる。謎事はメイの方を向いたまま、答えた。

「そうだな」

 メイはほとんど無表情であったが、同意するように小さく頷いた。


 遊学学園から最寄り駅まで、徒歩で10分ほどかかる。駅からそれなりに距離があるのは、理由がある。遊学学園は幼稚園(幼稚部)から大学まであり、そのうち幼稚部から高等部までが同じ敷地に存在する。そのため広い敷地が必要であり、その敷地が駅から離れたところでしか確保できなかったのである。

 その代わり、と言っては何だが、駅から学園までの道の両側には、明らかに学園の生徒たちをターゲットにした商店が存在する。本屋や喫茶店、ラーメン店などだ。定期テストの最終日には賑わうようだが、残念ながら普段はあまり繁盛しているとは言えない。

 駅までの歩道を、4人は真実を先頭に歩いた。真実の後ろに真解が続き、そのさらに後ろを謎事とメイが並んで歩いた。

 真実は小走りするように進んでいるし、メイはゆったりと足を運んでいるように見える。なのに、真実とメイの距離は一定に保たれている。不思議だな、と謎事は思った。真実とメイには大して身長差はない。もしかして、メイの方が脚が長いのだろうか。

 謎事はなんとなく、真実とメイの脚を見比べた。真実は赤いスカートを、もはや「股下」で計測する方が妥当そうな長さまで詰めているので脚の長さがわかるが、メイは膝丈のスカートである。黒タイツに包まれたその脚の長さは、いまいちわからない。

 しばらくメイの脚を見ていると、ふと視線を感じた。顔を上げると、メイと目が合った。細いメタルフレームの奥で、目を細めて謎事を睨むように見ている。メイはつり目なので、目を細めるとそれなりに迫力がある。

「……なんですか?」

 ややトゲのあるメイの声。

「あ、いや、えっと」謎事は慌てて、「き、綺麗な脚だな、と思って!」思ったままを口走った。

 するとメイは、細めた目を元に戻した。理知的な黒い瞳が、ふい、と前を向く。

「……そうですか」

 それだけ言うと、変わらぬ調子で歩き続けた。

「とうちゃく~!」

 しばらくして、真実が言った。その目の前には、3階建てのビルがある。その1階が、目的地の古本屋である。白髪の老人が個人経営しているそうだが、見た目はポップである。「booksサトー」とカラフルに書かれた看板が、店舗入り口の上に掲げてあった。

〔日本に何店舗、同じ名前の店があるんだろう〕

 と真解は思った。

 余談だが、日本で会社を設立する場合、既に存在する会社と似た(あるいは同じ)名前を使ってはならないことが、会社法と言う法律で決まっている。ただし、条文には「不正の目的をもって(同じ名前を使ってはいけない)」と但し書きがあるので、不正の目的がなければ、同じ名前で設立してもいいのかもしれない。

 4人は続けて店内に入った。男性店員の「いらっしゃいませ」という事務的な挨拶と、有線で流れる最新POPが4人を迎え入れた。店の中はそこまで広くなく、本棚の間の通路は狭かった。その狭い通路に立ち読みがいるので、よりいっそう狭く見えた。入り口のすぐ右側は壁であり、左側にはレジがある。レジには、大学生と思しき茶髪の男性店員がいた。ベージュ色のエプロンには、左胸に名札が付いており、「booksサトー」と印刷されたカードに、「ますうら」とサインペンで書いてある。

 店内には本棚が平行に3本立ち並び、また入り口とレジのない3つの壁にも本棚が据え付けてあった。本棚を埋め尽くすカラフルな背表紙が、目移りを誘う。……ほぼ全てのスペースが、漫画で埋め尽くされているようである。そして、万引き防止なのであろう。レジからほとんどの通路が見えるように、本棚が配置されている。防犯カメラも数台、設置されているようだ。

 店に入ると、4人は好き勝手に散らばり始めた。謎事も目当てのソフトを探して、うろつき始めた。

 L字型のレジの前を、回りこむように進む。レジの隣に「STAFF ONLY」と書かれた扉があり、そのすぐ横に白い金網がぶら下がっていた。

「お、あった」

 そしてその金網に、ゲームソフトがぶら下がっていた。四角かったり丸かったりする小さなソフトが、警察が使っているようなビニール袋に入れられ、金網に付いたフックに引っ掛けられている。袋にはそれぞれ値段の書かれたシールが貼ってあり、「¥300」とか「¥200」とか書いてある。

〔へぇ、色々あるな〕

 中古ソフトというものに、今まであまり縁がなかった。最新の、人気のゲームにばかり気にして来たが、そうでないゲームもたくさんあるのだということを、謎事は知らなかった。「トライアングル」100円、「ミステリーテラー」200円、「盗んでメルル」100円、「星のハービィ ハイパーデラックス」300円、「ミステリーテラー」300円……。

「あれ?」

 謎事はすぐに気が付き、目を戻した。まったく同じソフトが、違う値段で売られている。片方は200円、もう片方は300円だ。

 何が違うのだろう。疑問に思ったが、2つを見比べれば違いは明らかだった。300円の方にはソフトの説明書がついていて、200円の方にはそれがないのだ。

〔説明書があるだけで、100円も違うのか〕

 そんなことを思いながら、謎事はソフトの物色を続けた。

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