面
――面に、喰われる村がある。
僕は、興味本位でその村に行った。
本当に、ただの興味本位だったんだ――。
××××
僕は、昔から何かを夢想するのが好きだった。
それが、大学生になると一気に爆発した。
僕がハマったのは「心霊スポット巡り」、あるいは「廃墟巡り」。
たまに何人かのグループを作っていったけど、基本は一人で行って、帰ってきた。
そういうところに行って、当時の人の動きを想像するのが、楽しかった。
――どうやって、この崖の上に登ったんだろう。
――どんな言い争いをして、刺されたんだろう。
いつしか、想像では満足できなくなった。
「進行形の怪異現象を見てみたい」
だから、僕は伝承を漁った。
なるべく怖いもの……怖いもの……。
血眼になってようやく見つけたのが、「鬼無村」だった。
今住んでいる県から三つくらい隣。
日帰りは難しそうと悩んだが、一念発起、僕はこの村へ行くことにした。
――行くことに、してしまったんだ。
××××
村に着いたのは、お昼を少し回った頃。
結局、一日ではたどり着くことも難しかった。
タクシーに乗り込み、「鬼無村」へと伝えた。
やや引き攣った顔をしながら、運転手さんはカーナビに僕が言う住所を打ち込む。
「鬼無村」と、カーナビにその地名が映り、僕は少し安堵した。
タクシーの運転手さんは、僕を村の入り口で降ろすと、そそくさと行ってしまった。
僕は、車内での運転手さんが言っていたことを今でも覚えている。
「鬼無村かい……兄ちゃん。悪いことは言わんから、日が暮れる前には村を出るんだよ」
話半分、聞き流していた自分が恨めしい。
入り口に立っていた僕は、ひどく興奮していた。
イメージ通りのボロボロな木造平屋住宅。
屋根は、瓦が目立つが、所々に茅葺の屋根が見える。
今時、こんなところがあるのか、と感心した。
じゃり、と僕は村の地面を踏んだ。
じゃりじゃりじゃり――。
しばらく歩を進めても、誰にも会わない。
だんだんと不安になってきた僕の耳が、突然声を拾った。
驚いて飛び退き、すぐに声がした方に目を向ける。
「あんさん。旅人さんかえ?」
腰の曲がった老婆が尋ねてきた。
旅人、という言葉に引っ掛かりつつも、僕は何度も頷きながら返事をした。
「ほぉかい、ほぉかい……。旅人さんは久しぶりのぉ~」
優しい口調で老婆は何度も首を縦に動かす。
僕は、これ幸いと老婆にその日の宿を聞き、村で一番大きなお屋敷の場所を指南してもらった。
どうやら、村長さんの邸宅らしい。
老婆に手を振って、僕は教えてもらった道を歩き始めた。
顔中しわくちゃで、体全体から活力が失われた出で立ちの中。
ひどく爛爛とした瞳だけが、やたらと頭から離れなかった――。
××××
村長の邸宅というだけあって、それは別格の大きさを誇っていた。
横幅だけで、この村にある住居三つ分は余裕で入る。
よく見えないが、奥行きもだいぶ深そうだった。
僕は、とりあえず玄関先から声をかけてみた。
しばらく待つと、家の奥からドタドタという足音。
すりガラスの向こうに、人影が見えた。
大きめの音を立てて開かれた引き戸から、あずき色の着物を着た妙齢の女性が現れる。
「あら。旅人さん?」
思いがけず、若くて気立てのよさそうな女性の出現に面食らっていた僕は、その問いに無言で頷いた。
「あらあら。何年ぶりかしら。こちらに宿をお求めですよね。ささ、入ってくださいな」
言われるがまま、僕は邸宅の中へ入る。
靴を脱ぎ、歴史を感じさせる綺麗な廊下を、女性の後ろについて歩いた。
僕は、チラチラと見える彼女のうなじに、すっかり目を奪われていた。
時折見える、整った横顔と薄紅色の口紅にも。
「こちらを、お使いになって」
障子の戸を開けた先には、6畳ほどの部屋に文机と火鉢。
なんとも簡素な部屋だった。
僕は、無意識に抗議の目を女性に向けていたのかもしれない。
彼女は申し訳なさそうに目を伏せて言った。
「この村は見ての通りかなり辺鄙なので……。旅人さんには少し退屈でしょうが――」
そう言って、上目遣いに僕を見た彼女へ僕は、よい返答をした。
いいところを見せようと、少し張り切ったんだ。
僕は、荷物を下ろすとすぐに、その女性へ邸宅の中を案内してもらえるよう頼んだ。
女性は快く応じてくれた。
その女性は、名をカヤコと教えてくれた。
僕はカヤコさんにいろいろなことを聞いた。
村の生活、成り立ち、生業に至るまで。
カヤコさんは、知りうる限りで答えてくれた。
中でも驚いたのは、この村が完全な自給自足で成り立っているということだ。
なぜ、そんなことが可能なのかを問う。
「守り神様が、おりますので」
カヤコさんはそう言って僕を邸宅の奥へと誘う。
ある引き戸を開けると、暗く、湿っぽい空気が僕の顔に叩きつけられた。
「これが、村の守り神様。私をはじめ、村長の家系が代々お祀りしています」
暗い中、目を凝らした僕が見たのは、鉄製の椅子に鎮座した人のようなものだった。
今にも動き出しそうな迫力を感じたことを覚えている。
両脇の扉が閉じられているせいで、僕がいた場所からその椅子までが一直線に結ばれていた。
あれは人か、と僕は問うたのだと思う。
カヤコさんは、静かに答えてくれた。
「いえ。あれは人ではございません。もう少し近づいてみますか?」
カヤコさんの問いかけに、僕は小さく頷く。
「では、ここで少しお待ちください」
そう言って、カヤコさんはどこかに行ってしまった。
取り残された僕に、邪な気持ちが芽生える。
ゆっくりと、僕は鉄製の椅子へ近づいた。
開けっ放しの戸から入り込む光はあれど、椅子のところまでは届かない。
そっと、僕は手を伸ばして椅子の足に触ってみた。
ひんやりとした感覚と、ザラザラと錆びた手触り。
少々、鉄の匂いが濃いことを除けば、いたって普通の椅子だと感じた。
ほとんど手探りの状態で、僕は少しずつ椅子を撫でる手を上にあげていく。
ヒタ。
不意に感じた感触に、僕は慌てて手を引っ込めた。
椅子に座っている人を模した何か。
その手の部分に触れたのだと理解する。
しかし、その感触はあまりに精緻で、僕はそれの顔の部分を目を凝らしてみた。
それは、石膏で作られた不格好な面を被っていた。
目の部分は空洞になっているが、何かが流れたような跡が黒く残っている。
額の辺りに小さな角が二つ、突起していた。
ざわざわと、僕は久しぶりに心の奥で恐怖を覚えた。
しかし、好奇心が勝っていた僕は、もう少しよく見ようとさらに顔を近づけた。
不意に、不気味な面が明かりに照らされる。
そのグロテスクさに驚いて身を仰け反ると、後頭部に柔らかな感触を覚えた。
甘い匂いに包まれながら、僕は恐る恐る振り返る。
「お待ちください、と申し上げましたのに……」
光源を持ちながら不機嫌そうに言うカヤコさんの胸の中で、僕は申し訳なく頭を下げた。
僕の頭の中は、カヤコさんの感触と匂いでいっぱいになった。
直前の恐怖心は、どこかにすっ飛んでいった。
××××
守り神の部屋を見せてもらった後も、僕はカヤコさんに案内を続けてもらった。
邸宅の人にも何人か会うことができ、挨拶もそこそこに村での暮らしぶりを尋ねる。
会う人は皆優しく、一様に「旅人さんは、久しぶり」と言っていた。
「次はこの人なんだねぇ」
「若いねぇ~。長生きしそうだねぇ」
なんてことも言われたけど、意味はよくわからなかった。
あの老婆と同じく、皆の目は爛爛と輝いていたのが、少し気持ち悪かった。
部屋に戻ると、僕は荷物の中から携帯を取り出す。
予想通り、圏外だった。
カバンに携帯を放り込み、手を枕にしながら僕は仰向けに寝転ぶ。
どれくらいそうしていたのだろう。
サッと引き戸が開けられ、カヤコさんが顔を出した。
「お食事のご用意がありますけど……」
おずおずと聞いてきた彼女に、僕は二つ返事で答えた。
運ばれてくる料理には、肉が無かった。
正直物足りなかったが、カヤコさんが隣でお酌しながら話し相手をしてくれたので、すぐにどうでもよくなった。
昔懐かしい五右衛門風呂を体験し、僕は割と充実した気分で用意された床に入る。
最高のもてなしと感じながら、僕は静かな寝息を立てた。
何時間、眠っていたのだろうか。
僕は、引き戸が開けられる音で、寝ぼけ半分に目を覚ます。
誰かが、部屋の中に入ってきた。
眼鏡を探して枕もとを探る手を、握られる。
「――旅人さま」
耳元で囁かれ、僕は思わず目を見開いた。
薄絹一枚で座すカヤコの凹凸が、月明かりで鮮明に浮かび上がる。
「旅人さま。どうか、楽になさって」
鼻腔全体が、艶めかしい香りで充満する。
僕は、理性を失い、乱れた。
「旅人さま。――私たちをお守りください」
そう言った彼女は、僕の上に乗ったまま。
――石膏の面を僕の顔面に押し当てた。
××××
急激に狭まる視界。
何が起こっているのか、僕は分からなかった。
カヤコさんは僕の上に乗り、両手を押さえつけてくる。
つながったままの状態では、体を身じろがせることもままならなかった。
声を出そうと試みた。
喉の奥に、何か固いものが食い込んでいた。
ドタドタ、と何人もの足跡が近づいてくる。
引き戸が乱暴に開けられるとともに、男女入り混じった喧騒が耳に飛び込んでくる。
「あぁ。守り神様が来てくださった」
「これでこの村もしばらくは安泰じゃのう」
「ささ。早く準備をすませねぇと」
カチャ。
小さな金属音がやけにはっきりと聞こえた。
部屋に置かれた火鉢。
そこに刺さった火鉢棒を、僕は思い出す。
この部屋で金属のものなんて、そのくらいだった。
ためらいも、恐怖する猶予さえ、僕にはなかった。
赤熱した鋭い先端が、チラリと映る。
頭の中心に近いところで、何かがはじけ飛んだ。
悶える僕の世界は、明滅を経て暗闇に落ちた。
ズルズルーー。ズルズルーー。
暗い世界で、僕は引きずられていた。
引き摺られ、持ち上げられ、降ろされたところで僕は、背中と尻に冷たい感覚を覚える。
――僕は、あの鉄製の椅子に座らされたのだと、直感した。
××××
もともとここにあったもの――いや、人はどこに行ってしまったのか。
そのような問いは、途中で途切れた。
手首から肘に掛けて、僕の両腕は完全に肘置きと一体化する。
生暖かな感覚が、椅子を伝い、落ちていく。
鉄くさい匂いが、さらに強くなった。
両足に自由を奪う何かが打ち込まれたが、その時の僕はもう何も感じなくなっていた。
――そして、その感覚が僕に戻ってくることは永遠になかった。
××××
薄れゆく意識の中、僕の耳は、祈りを捧げる村人たちの声を聞いていた。
「どうか哭くのはおやめください。どうか私たちをお守りください――」
――どうか、どうか。
「どうか、この贄を召し上がりください」
――贄? にえ?
僕は思い出した。
鉄の椅子に座る人の後ろ。
カヤコさんが明かりで照らしたあの一瞬。
人の後ろに、大口を開けた何かがあったことをーー。
××××
――僕は、いつまでこうしていればいいんだろう。
――次の贄が来る時までか……。
――ねぇ。
――次は君が、来てみないかい?
――「鬼哭き村」へ。
――興味本位、でいいからさ。




