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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

作者: 阿月 結希
掲載日:2026/02/15

 ――面に、喰われる村がある。


 僕は、興味本位でその村に行った。


 本当に、ただの興味本位だったんだ――。


 ××××


 僕は、昔から何かを夢想するのが好きだった。


 それが、大学生になると一気に爆発した。


 僕がハマったのは「心霊スポット巡り」、あるいは「廃墟巡り」。


 たまに何人かのグループを作っていったけど、基本は一人で行って、帰ってきた。


 そういうところに行って、当時の人の動きを想像するのが、楽しかった。


 ――どうやって、この崖の上に登ったんだろう。


 ――どんな言い争いをして、刺されたんだろう。

 

 いつしか、想像では満足できなくなった。


 「進行形の怪異現象を見てみたい」


 だから、僕は伝承を漁った。


 なるべく怖いもの……怖いもの……。


 血眼になってようやく見つけたのが、「鬼無村」だった。


 今住んでいる県から三つくらい隣。


 日帰りは難しそうと悩んだが、一念発起、僕はこの村へ行くことにした。


 ――行くことに、してしまったんだ。


 ××××


 村に着いたのは、お昼を少し回った頃。


 結局、一日ではたどり着くことも難しかった。


 タクシーに乗り込み、「鬼無村」へと伝えた。


 やや引き攣った顔をしながら、運転手さんはカーナビに僕が言う住所を打ち込む。


 「鬼無村」と、カーナビにその地名が映り、僕は少し安堵した。


 タクシーの運転手さんは、僕を村の入り口で降ろすと、そそくさと行ってしまった。


 僕は、車内での運転手さんが言っていたことを今でも覚えている。


 「鬼無村かい……兄ちゃん。悪いことは言わんから、日が暮れる前には村を出るんだよ」


 話半分、聞き流していた自分が恨めしい。


 入り口に立っていた僕は、ひどく興奮していた。


 イメージ通りのボロボロな木造平屋住宅。


 屋根は、瓦が目立つが、所々に茅葺の屋根が見える。


 今時、こんなところがあるのか、と感心した。


 じゃり、と僕は村の地面を踏んだ。


 じゃりじゃりじゃり――。


 しばらく歩を進めても、誰にも会わない。


 だんだんと不安になってきた僕の耳が、突然声を拾った。


 驚いて飛び退き、すぐに声がした方に目を向ける。


 「あんさん。旅人さんかえ?」


 腰の曲がった老婆が尋ねてきた。


 旅人、という言葉に引っ掛かりつつも、僕は何度も頷きながら返事をした。


 「ほぉかい、ほぉかい……。旅人さんは久しぶりのぉ~」


 優しい口調で老婆は何度も首を縦に動かす。


 僕は、これ幸いと老婆にその日の宿を聞き、村で一番大きなお屋敷の場所を指南してもらった。


 どうやら、村長さんの邸宅らしい。


 老婆に手を振って、僕は教えてもらった道を歩き始めた。


 顔中しわくちゃで、体全体から活力が失われた出で立ちの中。


 ひどく爛爛とした瞳だけが、やたらと頭から離れなかった――。


 ××××


 村長の邸宅というだけあって、それは別格の大きさを誇っていた。


 横幅だけで、この村にある住居三つ分は余裕で入る。


 よく見えないが、奥行きもだいぶ深そうだった。


 僕は、とりあえず玄関先から声をかけてみた。


 しばらく待つと、家の奥からドタドタという足音。


 すりガラスの向こうに、人影が見えた。


 大きめの音を立てて開かれた引き戸から、あずき色の着物を着た妙齢の女性が現れる。


 「あら。旅人さん?」


 思いがけず、若くて気立てのよさそうな女性の出現に面食らっていた僕は、その問いに無言で頷いた。


 「あらあら。何年ぶりかしら。こちらに宿をお求めですよね。ささ、入ってくださいな」


 言われるがまま、僕は邸宅の中へ入る。


 靴を脱ぎ、歴史を感じさせる綺麗な廊下を、女性の後ろについて歩いた。


 僕は、チラチラと見える彼女のうなじに、すっかり目を奪われていた。


 時折見える、整った横顔と薄紅色の口紅にも。


 「こちらを、お使いになって」


 障子の戸を開けた先には、6畳ほどの部屋に文机と火鉢。


 なんとも簡素な部屋だった。


 僕は、無意識に抗議の目を女性に向けていたのかもしれない。


 彼女は申し訳なさそうに目を伏せて言った。


 「この村は見ての通りかなり辺鄙なので……。旅人さんには少し退屈でしょうが――」


 そう言って、上目遣いに僕を見た彼女へ僕は、よい返答をした。


 いいところを見せようと、少し張り切ったんだ。


 僕は、荷物を下ろすとすぐに、その女性へ邸宅の中を案内してもらえるよう頼んだ。


 女性は快く応じてくれた。


 その女性は、名をカヤコと教えてくれた。


 僕はカヤコさんにいろいろなことを聞いた。


 村の生活、成り立ち、生業に至るまで。


 カヤコさんは、知りうる限りで答えてくれた。


 中でも驚いたのは、この村が完全な自給自足で成り立っているということだ。


 なぜ、そんなことが可能なのかを問う。


 「守り神様が、おりますので」


 カヤコさんはそう言って僕を邸宅の奥へと誘う。


 ある引き戸を開けると、暗く、湿っぽい空気が僕の顔に叩きつけられた。


 「これが、村の守り神様。私をはじめ、村長の家系が代々お祀りしています」


 暗い中、目を凝らした僕が見たのは、鉄製の椅子に鎮座した人のようなものだった。


 今にも動き出しそうな迫力を感じたことを覚えている。


 両脇の扉が閉じられているせいで、僕がいた場所からその椅子までが一直線に結ばれていた。


 あれは人か、と僕は問うたのだと思う。


 カヤコさんは、静かに答えてくれた。


 「いえ。あれは人ではございません。もう少し近づいてみますか?」


 カヤコさんの問いかけに、僕は小さく頷く。


 「では、ここで少しお待ちください」


 そう言って、カヤコさんはどこかに行ってしまった。


 取り残された僕に、邪な気持ちが芽生える。


 ゆっくりと、僕は鉄製の椅子へ近づいた。


 開けっ放しの戸から入り込む光はあれど、椅子のところまでは届かない。


 そっと、僕は手を伸ばして椅子の足に触ってみた。


 ひんやりとした感覚と、ザラザラと錆びた手触り。


 少々、鉄の匂いが濃いことを除けば、いたって普通の椅子だと感じた。


 ほとんど手探りの状態で、僕は少しずつ椅子を撫でる手を上にあげていく。


 ヒタ。


 不意に感じた感触に、僕は慌てて手を引っ込めた。


 椅子に座っている人を模した何か。


 その手の部分に触れたのだと理解する。


 しかし、その感触はあまりに精緻で、僕はそれの顔の部分を目を凝らしてみた。


 それは、石膏で作られた不格好な面を被っていた。


 目の部分は空洞になっているが、何かが流れたような跡が黒く残っている。


 額の辺りに小さな角が二つ、突起していた。


 ざわざわと、僕は久しぶりに心の奥で恐怖を覚えた。


 しかし、好奇心が勝っていた僕は、もう少しよく見ようとさらに顔を近づけた。


 不意に、不気味な面が明かりに照らされる。


 そのグロテスクさに驚いて身を仰け反ると、後頭部に柔らかな感触を覚えた。


 甘い匂いに包まれながら、僕は恐る恐る振り返る。


 「お待ちください、と申し上げましたのに……」


 光源を持ちながら不機嫌そうに言うカヤコさんの胸の中で、僕は申し訳なく頭を下げた。


 僕の頭の中は、カヤコさんの感触と匂いでいっぱいになった。


 直前の恐怖心は、どこかにすっ飛んでいった。


 ××××


 守り神の部屋を見せてもらった後も、僕はカヤコさんに案内を続けてもらった。


 邸宅の人にも何人か会うことができ、挨拶もそこそこに村での暮らしぶりを尋ねる。


 会う人は皆優しく、一様に「旅人さんは、久しぶり」と言っていた。


 「次はこの人なんだねぇ」


 「若いねぇ~。長生きしそうだねぇ」


 なんてことも言われたけど、意味はよくわからなかった。


 あの老婆と同じく、皆の目は爛爛と輝いていたのが、少し気持ち悪かった。


 部屋に戻ると、僕は荷物の中から携帯を取り出す。


 予想通り、圏外だった。


 カバンに携帯を放り込み、手を枕にしながら僕は仰向けに寝転ぶ。


 どれくらいそうしていたのだろう。


 サッと引き戸が開けられ、カヤコさんが顔を出した。


 「お食事のご用意がありますけど……」


 おずおずと聞いてきた彼女に、僕は二つ返事で答えた。


 運ばれてくる料理には、肉が無かった。


 正直物足りなかったが、カヤコさんが隣でお酌しながら話し相手をしてくれたので、すぐにどうでもよくなった。


 昔懐かしい五右衛門風呂を体験し、僕は割と充実した気分で用意された床に入る。


 最高のもてなしと感じながら、僕は静かな寝息を立てた。


 何時間、眠っていたのだろうか。


 僕は、引き戸が開けられる音で、寝ぼけ半分に目を覚ます。


 誰かが、部屋の中に入ってきた。


 眼鏡を探して枕もとを探る手を、握られる。


 「――旅人さま」


 耳元で囁かれ、僕は思わず目を見開いた。


 薄絹一枚で座すカヤコの凹凸が、月明かりで鮮明に浮かび上がる。


 「旅人さま。どうか、楽になさって」


 鼻腔全体が、艶めかしい香りで充満する。


 僕は、理性を失い、乱れた。


 「旅人さま。――私たちをお守りください」


 そう言った彼女は、僕の上に乗ったまま。


 ――石膏の面を僕の顔面に押し当てた。


 ××××


 急激に狭まる視界。


 何が起こっているのか、僕は分からなかった。


 カヤコさんは僕の上に乗り、両手を押さえつけてくる。


 つながったままの状態では、体を身じろがせることもままならなかった。


 声を出そうと試みた。


 喉の奥に、何か固いものが食い込んでいた。


 ドタドタ、と何人もの足跡が近づいてくる。


 引き戸が乱暴に開けられるとともに、男女入り混じった喧騒が耳に飛び込んでくる。


 「あぁ。守り神様が来てくださった」


 「これでこの村もしばらくは安泰じゃのう」


 「ささ。早く準備をすませねぇと」


 カチャ。


 小さな金属音がやけにはっきりと聞こえた。


 部屋に置かれた火鉢。


 そこに刺さった火鉢棒を、僕は思い出す。


 この部屋で金属のものなんて、そのくらいだった。


 ためらいも、恐怖する猶予さえ、僕にはなかった。


 赤熱した鋭い先端が、チラリと映る。


 頭の中心に近いところで、何かがはじけ飛んだ。


 悶える僕の世界は、明滅を経て暗闇に落ちた。


 ズルズルーー。ズルズルーー。


 暗い世界で、僕は引きずられていた。


 引き摺られ、持ち上げられ、降ろされたところで僕は、背中と尻に冷たい感覚を覚える。


 ――僕は、あの鉄製の椅子に座らされたのだと、直感した。


 ××××


 もともとここにあったもの――いや、人はどこに行ってしまったのか。


 そのような問いは、途中で途切れた。


 手首から肘に掛けて、僕の両腕は完全に肘置きと一体化する。


 生暖かな感覚が、椅子を伝い、落ちていく。


 鉄くさい匂いが、さらに強くなった。


 両足に自由を奪う何かが打ち込まれたが、その時の僕はもう何も感じなくなっていた。


 ――そして、その感覚が僕に戻ってくることは永遠になかった。


 ××××

 

 薄れゆく意識の中、僕の耳は、祈りを捧げる村人たちの声を聞いていた。


 「どうか哭くのはおやめください。どうか私たちをお守りください――」


 ――どうか、どうか。


 「どうか、この贄を召し上がりください」


 ――贄? にえ?


 僕は思い出した。


 鉄の椅子に座る人の後ろ。


 カヤコさんが明かりで照らしたあの一瞬。


 人の後ろに、大口を開けた何かがあったことをーー。


 ××××


 ――僕は、いつまでこうしていればいいんだろう。


 ――次の贄が来る時までか……。


 ――ねぇ。


 ――次は君が、来てみないかい?


 ――「鬼哭き村」へ。


 ――興味本位、でいいからさ。

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