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精霊国物語

【精霊国物語番外編】進むべき道

作者: 夢野かなめ

 随分と分厚い封書からバラバラと零れ落ちたものを前に、ラトゥロスは目を瞬いた。


「おや、何だい、それは?」


 母のクルトロが奇妙そうに首を傾げて、ひとつを拾い上げた。


「花に……こっちは刺繍かい? 何だって、こんなもの……アンタ、想い人でも出来たのかい? それにしては贈り方が大胆だね」


「ち、違うよ!」


 ラトゥロスは慌てて全てを拾い上げると、母の手の中の花と刺繍も回収して、足早に家を出た。


 近くの森に入り、辺りに誰もいないことを確認してから、しっかりと胸に抱いていた封書の差出人の名前を確認する。


 ──インターリ殿。


 そこには整った文字でインターリの名が記されていた。


 肝心の文には「役に立てな」とただその一言。


 改めて封書に入れこまれていたもの達を見つめ、ラトゥロスは自然と笑顔が零れるのを感じていた。


 幾つかの押し花や、刺繍の切れ、図案が描かれた紙片に、小さな書も入っていた。書は幾つもの文様や図案が描かれていた。頁の間に「これは大陸のもの」という紙片が挟み込まれていて、思わずクスリと笑ってしまう。


 何処かくすぐったいような、それでいてドキドキと高鳴る胸を抑えながら、ラトゥロスは送られてきた数々の品を眺め、自然と考え込んでいた。


 ──この文様は、帯飾りに使ったら映えそうだな。


 ──この花は……そのまま配するよりも、こっちの図案と合わせて……。


 夢中で考える内、今すぐにでも何かを造りたいと思い立ったラトゥロスは、顔を上げて、すっかり陽が沈み、星の瞬き始めた空を目にして驚いた。


「あ、あれ……夜だ!?」


 慌てて広げていた図案等を封書へと仕舞い、家に向けて走り始める。


 体はすっかり冷えていた。


 種蒔期が訪れていても、時折肌寒く感じる日もある。


 それでも、胸の内が熱く滾っているからか、寒さを感じることはなかった。


 家に着くと、丁度家の前に父と母の姿があった。


 二人は、ラトゥロスを見止めると、はぁと大きな息を吐いて歩み寄って来た。


「何処に行ってたんだい!?」


 クルトロがそう言って、勢いよくラトゥロスの頭を叩く。


 うっ、と呻いてから、ラトゥロスは「ごめんなさい」と頭を下げた。


 行方も告げず、すっかり夜となるまで家に帰らなければ、心配されても仕方がない。夕方に手伝う筈だった仕事も放り出してしまっていたし、叱られるのも仕方がなかった。


 しょぼくれて俯くラトゥロスの肩を、クルトロの温かい手が包んだ。


「無事だったんだから、それで良しとしましょう。それほど、嬉しいことがあったみたいだからね」


 そうやってニンマリと笑う母に、複雑な気持ちで口を尖らせると、父が問うような視線を向けているのに気が付いた。


 少しだけ考えたラトゥロスは、封書を掲げて見せた。


「これ、インターリ殿から届いたんだ」


 その言葉に、クルトロが「はぁ?」と気の抜けた声を出す。


「なんだい、想い人じゃないのかい!?」


「だから、違うって言ったでしょ、母さん!」


 むくれたラトゥロスに、残念そうに溜め息を吐いたクルトロは、それでも愛おしそうにラトゥロスの頭を撫でた。


「そんなに夢中になるような文だったのか?」


 テュルイスが分厚い封書を奇妙そうに見つめながら言ったのに、ラトゥロスは封書の中から小さな書を取り出してそれを見せた。


「インターリ殿は、色んな図案や文様を送って下さったんだ。前に、うちに来た時に帯留めを買って下さったって言ったでしょ。その時に少しだけ話をしてさ。インターリ殿は、大陸の出だし、こうした装飾品について詳しいらしくて。この間挨拶の文を出したけど、その返事がこれだったんだよ。文自体は……あまり書かれてはいないけど、これは俺のことを応援してくれているんだと思う」


 そう話すうち、胸の中で期待感のような高揚感のような熱い気持ちが再び沸き上がり、ラトゥロスは深く息を吐いて気持ちを抑えようとした。


 何しろ、自分に任された仕事を放ってしまったのだ。


 浮かれている場合ではない。


 封書を懐に仕舞い、口を引き結んだラトゥロスの頭を、今度はテュルイスがポンと撫でた。


 見上げると、何処か嬉しそうな瞳が温かく見下ろしていた。


「父さん?」


「お前はお前の道を行けばいい。カルヴァス……兄さんも言っていたんだろ?」


 その言葉に、ラトゥロスは一瞬、言葉に迷った。


 ずっと考えていたこと。悩んでいたこと。


 兄であるカルヴァスは、当然幼い頃は父を継ぐのだと思われていた。しかし、十歳にも満たない内に兵となる為にグラウスへと出てしまった。


 姉のグルニカも鍛造技術が優れているが、いずれ他の家に嫁ぎその家で腕を振るうこととなる。そうなれば、次に父を継ぐべきはラトゥロスということになる。


 カルヴァスは精霊隊隊長として、そしてヴルーナ火山での一件から火の精霊の器としてもより広く、高く名を上げ、今では国内で名を、そして功績を知らぬ者はないだろう。


 精霊国内で特別な存在である精霊姫付きの兵として隊長という座を頂いたのだ。責任も、羨望も、尊敬も一身に受け、今更「父の跡を継ぐべきだ」という者は居ない。


 そんな兄と姉の存在。


 自分の興味の向くもの。


 それら様々なことを幼い頃から考え、ラトゥロスは悩み続けていた。


 自分はどうするべきか。どうしたのか。


 答えは出ないまま、ぼんやりとした「父の跡を継ぐ」という目標を口にして、日々は過ぎていく。


 そんな中で出会ったインターリという存在。


 最初こそは、随分と取っ付きにくい相手だと思ったものだが、ラトゥロスは、何処かそうではない魅力というものを感じていた。


 実際に話してみれば、言葉はきつくても、そこには美しいものに対する信念のようなものが感じられて、益々インターリの言葉に興味を持った。


 何より、飾らず、気遣いもない言葉が、ラトゥロスの心には真っ直ぐに響いていた。


 悩み続けていた自分の頬をぱしゃりと打たれた気がしたのだ。


「それで、どうしたい訳?」


 実際、そう言われた訳ではないというのに、インターリの声が耳に聞こえた気がして、ラトゥロスは小さく笑みを浮かべた。


 怪訝そうな顔をする両親の顔を見比べ、ラトゥロスは言った。


「俺は、こうした装飾のことを考えることが好きだ。武器や祭具も、もっと他に様々な装飾を施せると思う。身に着けるものだって、ただ使えるだけじゃない……凝った装飾、ううん、凝ってなくても、意匠が気に入ったから付ける、っていう感覚を、今以上に持ってもいいと思うんだ。だから、俺は、父さんの跡を継いで、その上でその可能性を模索していきたい。それが俺の道だよ、父さん、母さん」


 言い終えてから、ラトゥロスは急速に自信が萎んでいくのを感じていた。


 俺の道だ、と言いながら、まだ鍛造の腕は姉に及ばない。


 本来なら、装飾のことを学ぶ時間があれば鍛造の腕を磨く方が先だ。


 それでも、それだけでは何かが足りない、違う、と感じてしまう。


 そんなことを感じている暇などないのに。


 力強い手が、ラトゥロスの両肩を掴んだ。


 テュルイスが呆れたように笑っていた。その表情に、胸の奥が冷えた心地がする。しかし、続いた言葉に、ラトゥロスは目を瞬いた。


「何も、私の跡を継がせないと言ってる訳じゃない。私は、お前に工房を継がせるつもりだ。ただ、そのやり方はお前の思う通りにすればいい、と言っているんだ。全く、お前は、昔から一人で考え込んで収拾がつかなくなる。──どれ」


 そう言ったテュルイスは、ラトゥロスの体を持ち上げて笑った。


 ふいに高くなった視線に、ラトゥロスは父の頭に慌ててしがみ付くと言った。


「ちょ、ちょっと……恥ずかしいよ、父さん。俺はもう子供じゃ──」


「いいや、お前はまだ子供だ。こうして抱えられる程にな。だからこそ、沢山悩み、試して、失敗して、そこからまた道を探せばいい。お前の速さで、少しずつ進めば良いんだ、お前の道を」


 ラトゥロスは、ふいに目頭が熱くなり、言葉を詰まらせた。


 抱えられた、まだ細い脚を、母の温かい手が寄り沿うように撫でる。


 今すぐに泣いてしまいそうだった。でも、絶対にそうはしたくないと思った。


 自分の速さで進むとしても、今此処で涙を流すのは、なりたい自分じゃない。


 唇を噛んで空を見上げると、星の光は包むように瞳に降り注いだ。


 スン、と鼻を鳴らすと、テュルイスが「そういえば」と思い出したように言った。


「カルヴァスもな、グラウスに行って少しした時に、鍛錬で酷くしごかれたらしくて『もう無理かもしれない』って文を送ってきたんだ。『職人の方が向いてるかもしれない』ってな」


「え、兄さんが?」


「そうだ。カルヴァスは……お前の兄さんは今では立場のある身となった。そうなるまでに、兄さんも沢山悩んだし、試して、失敗して……そして、それはきっと今でもそうなんだ。もうそんな弱音を吐くことはなくなったが……それでも、決して心からそうした想いや悩みが無くなる訳じゃない。判るだろう?」


 ラトゥロスは遠く、微かに見える精霊山の方へと視線を移し、じっと考え込んだ。


 眩いばかりの存在でも、自分と同じように悩み生きている。


 ほんのりと胸の奥に温かいものが広がり、ラトゥロスは小さく頷いた。


「うん……そうだね。俺は、俺の道を進むよ。沢山悩んで、試して、失敗して……それでも」


 懐にしまった封書を確かめるように指でなぞる。


 テュルイスはゆっくりとラトゥロスを下ろすと、再びポンと頭を撫でた。


「父さんも、少し装飾のことを学ぼうと思うんだ。確かに、今までの伝統のものを造り続けてもいいが、お前の言うように意匠に拘った品があってもいい。ここの所、国外からの巡礼者達は、お前の造ったものを興味深そうに見ていることが多くてな。これは人々が、お前が造るようなものを求めているということだ。伝統を守りつつ、新しいことに挑むことも必要だからな」


「父さん──」


「あー! 兄さん、居た! 何処行ってたの!? オレ腹減ってるんだけど!」


 その時、リュビナが家から飛び出してくると、ラトゥロスに勢いよく飛びついた。そうしてから「うわ、冷たっ」と言って体を離す。


「兄さん、病を得ても知らないよ」


 知ったような口を利くリュビナに、ラトゥロスは思わず笑うと、その背を押して歩き始めた。


「悪かった。ちょっと考え事してたんだ。早く夕餉にしよう。待たせたな」


 そう言ってから、クルトロを見やり、申し訳ない気持ちで続けた。


「明日、今日の分も働くよ。それで、鍛造の腕も磨くし、インターリ殿に送って頂いたもので装飾についても学ぶ。それで、母さんと、父さんに自慢の息子だって言って貰えるように……頑張るよ」


 じっと耳を傾けていたクルトロは、小さく笑うと、テュルイスと目を見合わせてから、愛おしそうにラトゥロスを撫でた。


「何を言ってるんだい? そんなの、もうとっくに自慢の息子だよ」


 ラトゥロスは折角堪えた筈の涙が溢れそうになり、それを取り繕うようにリュビナの背をぐいぐいと押して足を速めた。


「おい、兄さん、そんなに押すなよな! って、何で撫でられてんの? 母さん、オレも!」


「はいはい、仕方のない子だね」


 クルトロはリュビナを抱きかかえると、その頭を愛おしそうに撫でた。きゃーと嬉しそうに騒ぎ出したリュビナの鼻を摘まみ「静かにしなさい」と付け加える。


 家の窓からは、グルニカが心配そうな顔を覗かせ、皆の姿を見止めると「もう食べられる?」と母に訊く。


 その光景を見つめながら、ラトゥロスはひとつ長い息を吐いた。


「……もっと、もっとだよ。兄さんみたいに……ううん、それ以上に『自慢の息子だ』って言って貰えるように、俺は、俺の道を行く」


 その言葉が聞こえたのか、そうではないのか、少し先を歩いていたテュルイスが振り向き、手を差し出した。


「ほら、リュビナもグルニカも……いや、父さんも母さんも腹が減ってる。お前もそうだろう?」


 それに応えるようにラトゥロスの腹がぐぅと空腹を訴えた。


 僅かの恥ずかしさに顔を染めてから、ラトゥロスは父の手を取り家へと入った。


 久々に繋いだ父の手はまだまだ大きい。


 それでも、以前に繋いだ時よりは少しだけ自分の手がその大きさに近付いた気がした。


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