帝国への逆襲
神の檻は壊れた。
だが、人は“神なき世界”を恐れた。
祈りを失った帝国は、
自らの罪を覆い隠すために、新たな偶像を造った。
それが――“災厄の勇者”。
捕らえよ、討て、封じよ。
その命が帝国全土に響く。
だが、その声を聞いた少年は、
もう祈らない。もう赦さない。
「――だったら、見せてやるよ。
本物の“神罰”ってやつを。」
第五章『帝国への逆襲』。
祈りの終焉が、滅びの夜明けを告げる。
第一節 暁の布告
朝霧がまだ街を覆う頃、
帝都全域に緊急命令が発せられた。
『異界の勇者、黒崎レンを捕らえよ。
これは神への冒涜であり、帝国への反逆である。』
鐘の音が重なり、通りを兵たちの足音が埋め尽くす。
神殿の崩壊から一夜。
“神の声”を失った帝国は、恐怖と混乱のままに動いていた。
民は怯え、祈り、そして誰もが――
沈黙を壊した少年の名を呪いとして口にした。
黒崎レン。
もはや“勇者”ではなく、“災厄”と呼ばれる存在。
その頃、帝都から少し離れた荒野に、
レンはひとり立っていた。
空は白み始め、風が冷たく頬を撫でる。
「……討伐令、ね。
お前らにとって俺は、神を殺した罪人ってわけか。」
唇に浮かぶのは、皮肉にも似た微笑み。
その手には、禁書《原罪の書》。
赤黒く脈動するページが、静かに開かれていく。
「なら――見せてやるよ。
本物の“神罰”ってやつを。」
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第二節 黒の召喚陣
レンが掌を掲げると、地面に黒い紋様が浮かび上がった。
幾重にも重なる魔法陣は、帝国の召喚儀式を反転させたもの。
かつて“勇者召喚”に使われた術式を、
彼は完全に解析し、逆方向に展開していた。
「祈りの陣じゃない。
これは――怨嗟の呼び声だ。」
空気が凍り、轟音になる。
黒い稲妻が地を走り、
異界の門が、ゆっくりと開かれていく。
「俺の名の下に、呼び応えよ。
深淵の彼方、忘れられし三柱の魔将――
我が魔力を贄として、今ここに顕現せよ。」
轟音。
裂けた空から溢れ出す紅い光。
やがてその中心から、三つの影が姿を現した。
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第三節 三柱の魔将
一体目は、漆黒の鎧を纏う魔族。
長大な剣を肩に担ぎ、瞳は深紅に輝いている。
「我が名はヴァルゼイン。
戦を司る黒刃の魔将。
汝が呼び声に応じ、我ここに現れたり。」
二体目は、黒炎をまとった女性型の魔族。
髪は紅蓮のように揺れ、声は低く艶やかだった。
「名をネフィア。
冥炎を操る、葬送の魔将。
我が主よ、滅びの宴を望むか。」
三体目は、漆黒の翼を持つ青年の姿の魔族。
静かに笑いながら、指先に闇の球を転がす。
「俺はザグレイド。
幻影と策謀を司る影の魔将。
退屈は嫌いだ。面白い命令をくれよ、人間。」
レンは三体を見渡し、軽く頷いた。
「いい面構えだな。
……帝国の中心に“皇帝”と“宮廷魔術師”がいる。
あの二人だけは、生かして捕らえろ。」
ヴァルゼインが剣を鳴らす。
「主の命とあらば、命は取らぬ。
血と骨以外、残しておこう。」
ネフィアが笑う。
「神の檻を壊した人間が、今度は王の檻を壊す。
……愉しい夜になりそうね。」
ザグレイドが肩をすくめた。
「あの二人以外は、どうする?」
「構わん。燃やせ。壊せ。好きにしろ。」
三体が一斉に膝をつく。
「御意――我ら、主の御心のままに。」
荒野が揺れ、魔力が空へ渦を巻く。
黒い軍勢が地平線まで展開していく。
帝都の城壁に、影が覆いかぶさった。
「神の加護も、祈りも、もうない。
帝国の最後の足掻きを見ようじゃないか。」
黒崎レンが指を鳴らした瞬間、
地獄の咆哮が響き渡った。
帝国への逆襲が、始まった。
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第四節 血と影の宴
帝都の上空を覆う黒雲が裂け、赤黒い閃光が地を貫いた。
次の瞬間、地響きとともに魔族たちの軍勢が進軍を開始する。
その後方、召喚陣からはさらに無数の影が湧き出していた。
四つ足の獣、翼を持つ蛇、黒鉄の鎧を纏った巨人。
それらは“魔物”と呼ぶにはあまりに統率が取れていた。
レンの魔力がすべてを支配し、命令はただ一つ。
「――帝国を滅ぼせ。」
炎が上がり、兵の叫びが夜空に散る。
矢が放たれても、魔族たちは一歩も退かない。
斬りかかった兵士の剣は、ヴァルゼインの一振りで粉砕された。
「貴様ら、人のくせに“神の力”を口にするか。笑止。」
漆黒の剣閃が兵士たちを薙ぎ払う。
炎と鉄の匂い、崩れ落ちる塔。
帝国が築き上げた千年の城塞は、半日も経たずに崩壊した。
ネフィアはその光景を見下ろし、紅い舌で笑う。
「人間の絶叫は、花火みたいね。
刹那で消えるのに、美しい。」
ザグレイドは幻影を操り、逃げ惑う兵士たちの視界を歪める。
仲間同士が殺し合い、悲鳴と血飛沫が地を染めた。
やがて帝城の最奥、玉座の間。
皇帝アレストと宮廷魔術師ザルヴァートを、
漆黒の影が包み込む。
「ま、待て……! まだ……神は我らを――!」
「……いいえ、陛下。神は沈黙しました。」
三体の魔将が静かに姿を現す。
ヴァルゼイン「目標確保。主の命により、殺さず拘束する。」
ネフィア「生け捕りね……ずいぶん手間な命令。」
ザグレイド「まあいい。どうせ死より退屈な場所に送られるんだ。」
床に黒い渦が生まれ、空間がねじれる。
皇帝と魔術師の姿は光の中に吸い込まれた。
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第五節 亜空間
そこは音も風もない世界だった。
灰色の地平、形を持たない空。
ただ淡い光が漂い、空間そのものが静止している。
その中心で、黒崎レンは目を閉じて待っていた。
禁書《原罪の書》を手に、ゆるやかに息を吐く。
やがて、三体の魔将が現れる。
それぞれの腕に、拘束された皇帝と魔術師を抱えて。
ヴァルゼイン「任務完了。主の御前に敵を連行。」
ネフィア「殺さず連れてきたの、褒めてほしいわね。」
ザグレイド「さあ、“処理”はどうする?」
床に放り出された皇帝と魔術師は、
周囲の景色に目を見開いた。
アレスト「……な、なんだここは……!」
ザルヴァート「私の知らない魔術です…!いえ、魔術では……説明がつかぬ……!」
レンは静かに目を開けた。
その瞳は冷たく、深淵のように光を映す。
「ここは俺の領域だ。
この場所には、俺と、俺が許した者しか存在できない。」
足元に黒い魔法陣が浮かび、
皇帝と魔術師の体を縛る鎖が音を立てて伸びる。
「逃げようとしても無駄だ。
ここは“亜空間”。
俺の魔力で創った、理の届かない別次元の牢獄だ。」
二人は息を呑み、顔を見合わせた。
アレスト「お前は……一体……何者だ……!」
レン「ただの“災厄”さ。
――お前たちが、そう呼んだ通りにな。」
鎖が地面に沈み、二人の身体を固定する。
三体の魔将が跪き、静寂が落ちた。
「さあ――これからは、“俺の番”だ。」
炎と影が交わり、
帝国は“信仰”という名の鎖を焼かれた。
三柱の魔将、そして無数の魔物たちが
人の国を蹂躙し、千年の秩序は瓦解した。
皇帝と宮廷魔術師は捕らえられ、
世界の中心にあった帝国は、
いまや一人の少年の手の中にある。
静寂と炎が交錯するその光景の中で、
誰もが理解した。
――神を失った帝国の“新たな主”は、
黒崎レンという名の、ただの人間だったと。
祈りの代わりに理を、
加護の代わりに支配を。
帝国は滅んだ。
だが“世界”は、まだ終わっていない。




