神の檻
信仰とは、人の恐れが形になったもの。
帝国は“神の声”を掲げ、人々を従わせてきた。
その神託こそ、支配の証であり、統治の柱。
だが――その実態は、かつて召喚され、封印された
勇者たちの魂の残響にすぎなかった。
祈りのたびに震え、叫び、
その声を“神託”と呼んだ世界。
そこに救いはなく、ただ支配だけがあった。
神は存在しない。
帝国が作り出した“神の声”こそが、最大の偽りだった。
そして、その偽りに気づいた一人の少年――黒崎レン。
彼は決めた。
「壊すのではなく、解き放つ」と。
第四章『神の檻』。
それは、祈りを終わらせた夜の物語。
第一節 神の声の正体
禁書《原罪の書》の中、これまで沈黙していた頁がひとりでに開く。
そこには、帝国が“神託制御装置”と呼ぶ魔導機構の設計が記されていた。
それを解析したレンは、目を細めた。
「……勇者の魂を、加工して“神の声”に変えてるのか。
こいつら、救いようがねぇな。」
記述によれば、召喚された勇者は討伐ののち封印され、
その魂を抽出され、神殿の最奥にある水晶機構に封じられる。
祈りを捧げれば、魔力変換によってその魂が反応し、
“神の言葉”として再生される仕組みだった。
レンは小さく息を吐く。
帝国が民に与えてきた“神の加護”――
それは、死んだ勇者たちの嘆きと痛みの再生音に過ぎなかった。
⸻
◆ 第二節 神殿への潜入
夕刻、レンは《存在隠蔽》を発動し、
帝都中央神殿の白い階段を上がっていく。
参拝者のざわめきの中を、誰にも気づかれず通り抜けた。
扉の奥――
神殿の最深部に、巨大な水晶装置《神の檻》があった。
管と魔導炉が絡み合い、内部には無数の光粒が漂っている。
それぞれが勇者たちの魂であり、今もなお祈りのたびに痛みに震えていた。
「勇者の魂を神に見せかけて……
信仰を動力にしてるわけか。
救いを求めた連中が、他人を利用して救いを語る。滑稽だな。」
禁書が静かに光を放ち、
レンの指先が構文を書き換えるように動く。
「封印構文、第三層――解除。」
水晶に走ったひびが、やがて全体を覆う。
光が溢れ、柔らかな風が吹いた。
魂の粒がひとつ、またひとつと浮かび上がり、
まるで空へ還るように、天井を突き抜けていく。
その光景は、破壊ではなく――浄化だった。
「もういい。
お前たちは充分戦った。
……あとは、眠れ。」
声に応えるように、残りの魂たちが一斉に光へと溶けた。
神殿全体が音もなく震え、
神の声は――止んだ。
光の粒が天へと昇りきったあと、
神殿は静かに崩れ落ちた。
信仰を支えていた装置は完全に沈黙し、
帝国の象徴だった“神の声”は、二度と響くことはなかった。
神託を失った帝都は、混乱に包まれた。
祈祷師たちは崩れ落ち、
民は空を見上げて叫ぶ。
「神が……沈黙した……!」
「なぜ、声が聞こえない!?」
恐怖と混乱が街を飲み込み、
兵たちは暴走し始めた。
まるで、支配の柱を失った帝国そのものが軋んでいるようだった。
⸻
◆ 皇帝の間
その夜、皇帝アレストは玉座の間で怒りを抑えきれずにいた。
周囲の魔導灯が明滅する。
彼の前で、宮廷魔術師ザルヴァートが頭を垂れる。
アレスト「どういうことだ……神の声が途絶えるなど、ありえぬ!」
ザルヴァート「……原因は不明。しかし、勇者たちの封印に異常が確認されました。」
アレスト「封印の異常?」
ザルヴァート「はい。勇者の魂は消滅しました。ですが――」
ザルヴァートはわずかに笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「――まだ、ひとつ残っています。」
アレスト「……残っている?」
ザルヴァート「はい。現世に在る“異界の勇者”――黒崎レン。
彼の魂こそ、封印から逃れた最後の欠片にございます。」
その言葉に、皇帝は拳を握り締めた。
アレスト「ならば……捕らえよ。
あの少年を封じ、神の座を取り戻すのだ!」
⸻
◆ 帝国全域への布告
翌朝、帝都全域に緊急命令が下された。
鐘が鳴り響き、通りには伝令が走る。
『異界の勇者、黒崎レンを捕らえよ。
これは帝国への反逆であり、神への冒涜である。』
その声は、かつて“神の声”が響いていた放送塔から発せられていた。
もはや“神の代弁者”は存在しない。
皇帝自身がその座を奪ったのだ。
民衆は恐れ、兵たちは狂気に走る。
――帝国は、自らの信仰を失いながら、
新たな“敵”を作り上げようとしていた。
祈りが消え、世界が沈黙した。
勇者たちの魂は光へと還り、
長きにわたる束縛から解放された。
神を失った帝国は混乱し、
皇帝は“勇者討伐”という新たな信仰を掲げた。
それでも、確かにあの夜――
神の檻は壊れた。
誰も知らない場所で、
誰にも見られぬまま、
一人の異界の少年が、
世界の“祈りの輪”を断ち切った。
声なき夜の静寂は、
残酷で、それでいて美しかった。
――世界が初めて“神に見られていない夜”。




