召喚と禁書
平凡な日常の中に、突如として差し込んだ“異界の光”。
黒崎レンは、ただの高校生だった。
だがその日、教室の床に描かれた光の陣は、彼を別の世界へと引きずり込む。
勇者召喚の儀――そう呼ばれたその儀式で、彼は「勇者」としてこの世界に迎えられた。
けれど、彼が求めたのは正義でも栄光でもない。
「俺はこの世界を知りたい」
そうして踏み入れた帝国の書庫で、レンは一冊の禁書と出会う。
その名は――原罪の書。
そこに記されていたのは、この世界そのものを覆す禁忌の魔術群。
それを開いた瞬間から、レンの運命は狂い始める。
理性と狂気の狭間で笑う少年が、やがて“原初の禁忌”と呼ばれる存在になることを、
まだ誰も知らなかった。
教室。午後の授業中。
いつも通りの退屈な時間に、ふと机の下から光が漏れていることに気づいた。
「……え?」
床に描かれた幾何学模様が、じわじわと輝きを増していく。
(これ……召喚陣? マジで? いやいや、ラノベの読みすぎだろ俺。)
周囲を見渡すが、誰も気づいていない。
隣のやつはスマホをいじってるし、先生も黒板に向かったままだ。
(おいおい、俺のとこだけ光ってるってどういうことだよ……!)
「せんせー! ちょっと――!」
声が届かない。音すら吸い込まれるようだった。
次の瞬間、視界が白に染まる。
──そして、目を開けると。
きらびやかな宮殿の大広間。
頭上には巨大なシャンデリア、周囲には鎧をまとった兵士たち。
壇上の魔術師が腕を広げていた。
「成功だ!」
「……は?」
声を漏らす俺を無視して、彼の隣で豪華な衣装の男が立ち上がる。
おそらく皇帝だろう。年は五十前後、冷たい金色の瞳が印象的だった。
『そちらの者よ、こたびは勇者召喚の儀に応じてくれて感謝する。
今、我らアルディア帝国は魔族の侵攻にさらされている。
勇者の力で、魔族を討ち滅ぼしてほしい。』
(テンプレ展開キター。……いや落ち着け、今は普通の人のフリしとけ。)
「えっと、勇者召喚ってどういうことですか? 魔族って……何の話です?」
『動揺するのも無理はない。だが、そなたは我々の希望なのだ。
名は?』
「……黒崎レン。希望とか言われても困る。俺を元の世界に返してくれよ。」
「貴様! 皇帝陛下の御前でその口の利き方は何だ!」
怒鳴ったのは隣の魔術師だった。
銀髪の壮年、鋭い眼光。たぶんこの儀式の主導者だ。
『よい、ザルヴァートよ、下がれ。』
皇帝は手を上げ、重々しく言葉を続ける。
『黒崎レン、残念だが帰還の方法は今のところ存在せぬ。
だが、魔族を討伐すれば――必ず道を探そうではないか。はっはっは!』
(いや意味わからねぇよ……。でもまあ、状況は把握した。こいつらが敵だな。)
「あー……わかった。じゃあその、部屋とか用意してもらえるか?」
「もちろんだ。君は我々の希望だからな。案内をつけよう。」
ザルヴァートが笑みを作った。だがその笑顔は、妙に人工的で、気味が悪かった。
──そして案内人の後をついて部屋へ。
壁は白大理石、窓からは月明かり。どこか息苦しいほど整った空間だ。
「この国の……書庫? みたいな場所って、あるか?」
「書庫、ですか。……ございます。明日、手の空いた者を案内させましょう。」
「助かる。」
──夜。
俺は部屋を抜け出し、書庫に向かった。
(とりあえず、この世界を知るところからだな。)
書庫の中は静まり返っていた。
本棚をひとつずつ探る。
帝国史、植物史、民族史……全部違う。
魔法史、これだ。
数冊を取り出し、片っ端から読む。
(だいたいこういうところには、“禁書”があるのがお決まりなんだよな。)
そして俺は見つけた。
一冊の黒い装丁の本。重く、どこか脈打つような気配を放っている。
タイトルは――
『原罪の書』。
(……名前からしてヤバそうだな。)
ページを開くと、そこには見たこともない魔法陣と呪文の数々が並んでいた。
“収納魔法”
“魔力増幅”
“存在再現”
“禁忌条約違反”
(なるほど……禁術ってやつか。
条約違反? 極刑? 最高じゃん。使わない手はないだろ、こんなの。)
興奮を抑えきれず、ページをめくる指が止まらなかった。
(おお……“魂構成理論”“物質同調式”“再現構文”……初めて見る。
なんかすげぇな、さすが禁書だ。
これがないと、ダークファンタジー好きの黒崎レンの名がすたるってわけよ。)
やがて、“収納魔法”の章に差し掛かった。
(あ、これだ……。ふむふむ、なるほどね。
はぇ〜……禁忌とされた理由がわかったわ。)
そこには明確に記されていた。
この禁書『原罪の書』に記された魔術群は、
アルディア帝国、レナス王国、神聖フェルシア国、エルフ自治領、ドワーフ鉱王国――
そして人間諸国との間で結ばれた「五国魔導制約条約」により使用を禁じられている。
これらの術式を用いることは条約違反とみなされ、最悪、極刑に処される。
(なるほど、“五国魔導制約条約”か。
戦争に使えるから禁止されてるってわけね。
そんなもん聞いたら……ますます使いたくなるじゃねぇか。)
俺は笑い、禁書を手に取った。
そしてページに記された収納魔法の陣式を試す。
指先から淡い光が漏れ、書庫の空気が一瞬震えた。
次の瞬間、目の前の本がひとりでに光に包まれ、消える。
(おお……マジで入った。これが収納魔法……!
だったら――)
収納値を最大まで引き上げ、目についた本を片っ端から収めていく。
棚から本が次々と消えていく光景に、恐怖ではなく純粋な興奮が込み上げた。
(禁書、禁術、収納魔法……。
これでやっと、面白くなってきたじゃねぇか。)
静かな夜の廊下に、俺の足音だけが響く。
この時、誰も知らなかった。
――この少年が、やがて世界を狂わせる“原初の禁忌”になることを。
「禁書を読む」という行為そのものが、世界の禁忌に触れる第一歩。
レンの目的はまだ明確ではない。
彼はただ“知りたい”だけだ。
だがその好奇心こそが、後に帝国を滅ぼし、五国の均衡を崩す“原罪”となる。
次章、『模造創成』――
彼が原罪の書に記された禁術を“試す”時、
世界は初めて、“人ならざる理”を目撃する。




