表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編集

うわばみ

作者: チャラン

 止まない雨はないというが、夕刻から降り続く雨の量は普通ではなかった。会社からの帰り道、男は雨宿りのため傘を畳んだ(のち)、いきつけのバーに入った。


「いらっしゃい、よく降りますね」


 顔なじみのマスターは、カウンターの中でグラスを拭きながら男に話しかけた。


「困ったもんさ。こう降るとうんざりしてくるよ、小止みになるまでいさせてよ」


 男は雨に対する苦笑いを浮かべながら、マスターにそう言い、


「バーボンをちょうだい」


 と、いつもの酒を注文した。




 男はバーボンを少しずつやりながらマスターと談笑していると、しばらくして、店の片隅のテーブル席に若い女がいるのに気づいた。客であるようには見受けられる。ただ、格好があまりにも清楚で、この店に似つかわしくなく、そのため、その若い女の姿が目立って見えた。


「マスター、あの人はいつ頃からいるんだい?」

「ん? ああ、二時間くらい前からかな、結構早いペースで飲んでるみたいだけど、全然様子が変わらないな。あの女性は相当酒が強いぞ」


 カウンターを拭いていたマスターは手を止め、抑揚をつけてそう言っている。


(そんなに強いのか)


 件の女性は先ほどから、まるで変わらないハイペースでウイスキーを飲み続けている。酒によって何一つ乱されない、見事なうわばみぶりに興味を持った男は、その清楚な女性に話しかけてみることにした。




「こんばんは、かなり長い時間雨宿りをなさっているようですね」


 男は気さくな風に、清楚なうわばみの女性に話しかけた。そうすると、


「ええ、よく降っているところに、このお店を見つけたんですよ。雨宿りにちょうどよくて助かりましたわ」


 笑顔を交えた返事がその女性から返ってきた。男に悪い印象は持たなかったようである。


「そうでしたか、それはお困りだったでしょう」


 清楚な女性に話しかけながら男は「相席していいですか?」とさりげなく訊き、了承を得ると、うわばみの女性から見てテーブル越し正面の席に座った。そして、しばらく色々な話を交えながら、男は女性と打ち解けていった。


「ところで、あなたはお酒が非常に強いんですね」


 男はいい酔い加減で話していたが、相手の女性を見ると飲酒によって乱れた所は微塵もなく、ほんのりともしていない。相変わらずの清楚さである。


「いえ、私は本当は全然呑めないんですよ」


 考えに全くなかった女性の返事を聞き、男は一瞬きょとんとした。


「いやいや何をおっしゃいます、さっきから相当な量をお呑みですよ」


 気を取り直して、笑いながら女性に訊くと、


「私が呑めているのは、これをあらかじめ飲んでいたからなんです」


 と、ある物を取り出しながら女性は返答をした。それは小さな白い錠剤だった。


「実は、この時間の雨に合うのも、ここでお酒を飲むのも、そしてあなたとお話するのも予定通りでした」


 女性は言葉を続けたが、男には勿論何を言っているのか理解ができない。


「わけが分かりませんよ、どういうことです?」


 女性は「ふふっ」と笑い、


「私は時間旅行中なんです、普段呑めないお酒を楽しみ、あなたとの話をこの時代のこの時で楽しみに来ました。あなたが何を話してくれるのか楽しみにしていたんですよ」


 そう、男を柔らかく包み込むように言った。男は呆然としていて、酔いもかなり回っていた。


「そろそろ止む頃ですね、では私はこれで失礼致します。あなたと呑めて楽しかった」


 外の雨が止み始めたのを確認すると、清楚な女性はマスターに、お金を払い店から出ようとしたが、何かを思い出し男の所へ戻ってこうささやいた。


「言い忘れていましたが、雨が止んでも1時間はこのお店にいて下さいね。もっとも、あなたはこれから1時間半眠ることになりますが……」


 そう謎の予言を残すと、女性は微笑みながら店のドアを開け、出て行った。


「何だったんだいったい……」


 酒に酔った男の意識は徐々になくなり、眠りへと落ちていく……。




「起きたかい?」


 男は酒に潰れて意識を失ったあと、うわばみの女性が予言した通り、丁度1時間半眠った。


「ああ、なんだか狐につままれた気分だよ」

「そうだろうなあ。まあ何にしても運がよかったよ。いやね、この近くでさっき通り魔が出たらしくてね、かなりの人が斬られたらしいよ。酔い潰れててよかったよ」


 マスターの言葉を聞き、男はゾッとした。


(何もかもあの女性が言ったことは本当なのかも……)


 うわばみの女性が何者だったのか全く分からないが、そう考えざるを得ない。




 後日、男はある女性と知り合い、結婚することになる。その女性の笑顔は、店で話をした、清楚なうわばみの女性とよく似ていた。


 他人の空似なのか何なのかは分からない。ただ、男はその女性の笑顔が好きで、結婚の決め手にもなったらしい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 ご無沙汰しております。  今回はSF短編なんですね。  登場したふたりの女性ですけど、同一人物かな……と思いかけたのですが、あらすじからすると別人とのこと。だとするとやはり定番なのは娘がお節介を焼き…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ