第7話 図書館の最初の謎とふたりの決意[3]
午後の光が、図書館の高い窓から柔らかく差し込んでいた。
なつみとそらたは、地下の資料室に隠された「秘密の壁」の前に立っていた。
壁には小さなプレートがあり、そこには読みにくい手書きの文字でこう書かれていた。
――まほうのとびらをひらくには、
ほんとうのゆうきとねがいをもってのぞむべし。
「これって……どういう意味だろう?」
そらたがプレートを指でなぞるように読み上げた。漢字とひらがなが交じり合った言葉に、どこか懐かしさを感じる。
なつみは、壁の前でしゃがみこむようにして、古びた煉瓦の隙間を見つめていた。
「“ゆうき”って、ただ怖くないってことじゃないと思う。わたし……ちゃんと覚えてるもん。お姉ちゃんが最後に、言ってたこと」
そらたは、なつみの背中を見つめながら黙ってうなずいた。
なつみの「お姉ちゃん」。
そらたにとっては、"いなくなった人"だ。
でもなつみにとっては、今でも、心のどこかで一緒に生きている存在だった。
「ねぇ、そらた」
なつみが振り返り、小さな声で言う。
「もし、本当に“まほうのとびら”が開いたら、その先に何があると思う?」
そらたは少し考えてから、まっすぐに答えた。
「なっちゃんの“ゆうしゃ”としての答えが、あるんじゃないかな。……それを一緒に見つけたい」
なつみは驚いたように目を見開いたあと、ふっと微笑んだ。
「うん。そらたが“まほうつかい”でよかった」
言葉にしなくても、通じるものがある。
その静かな空気の中で、ふたりは手を取り合った。
「たしか、お姉ちゃん……いや、お姉ちゃんの使ってた図書カードって、いつも番号が決まってたよね」
なつみがぽつりと言った。
視線は壁のプレートから天井へ、それから宙を見つめるように泳いでいる。
その目は、まるで時の流れをさかのぼっているかのようだった。
「0147。覚えてるの。お姉ちゃん、その番号の貸出カードをずっと使ってた」
「……それって、何かの手がかりかも」
そらたが頷きながら、さっと近くの端末で蔵書検索を始める。
彼は機械に強い。学年で一番タイピングが早いのも、図書委員で一番記録を正確に入力できるのも、全部そらただ。
「0147で借りてた記録……あった。これ、全部、ほのかさんが読んでた本じゃない?」
なつみが端末をのぞきこむ。
そこに並ぶのは、冒険、神話、魔法、異世界、そして「まほうのとびら」という本のタイトルまであった。
「これ……まさか」
「“まほうのとびら”って、本のタイトルそのものだったんだ」
そらたが目を見張る。
「しかも、貸出記録の中で、この本だけ、返却日が空欄になってる」
「……返してない?」
なつみは思い出すように、目を伏せた。
「お姉ちゃん、最後にその本を持ってた気がする。たしか、病院のベッドでも読んでた……」
その瞬間、ふたりの胸にひとつの考えが浮かぶ。
「もしかして……この図書館のどこかに、その本が今もあるのかも」
「そして、それが“まほうのとびら”を開く鍵――?」
なつみとそらたは顔を見合わせ、小さく頷きあった。
「探そう。最後まで」
「うん、“ふたりの冒険”なんだから」